詮索とこれから
マーガレッタの遺品を届けてから数日が経った。
調査兵団は何時もの日常に戻りつつある。
分隊長と私が地下街に行った夜、一部の兵士のみに知らせていた犯人の情報が、口外しないことを条件に調査兵団員全員に知らされた。
と言っても、犯人が駐屯兵団員だということと、自ら出頭をしてきて憲兵団に聴取を受けている、という部分のみ。
団長の言葉を聞いた皆が静まり返り、何名かは私を見た。
隣に座っていたモブリットもそうだ。
皆がマーガレッタの死を悼んだ。
しかし憲兵団の聴取は今も変わらず行われ、それ以上の詳細は伝えられていない。
「アネモネ!!」
朝食を食べようと食堂に向かっていると新聞を持ったモブリットが血相を変えて走って来た。
「おはよう、どうしたの」
「新聞!読んだ!?」
「ううん。まだ…」
「これ読んで」
目の前に突きつけられたので文字を追う。
「調査兵団員殺害の罪で憲兵に聴取中だった駐屯兵団団員、死亡…死亡!?」
モブリットから新聞を奪って読み直したけど、間違いない。
「聴取の為投獄していた牢屋内にて死亡が確認された…死因は自殺…」
「アネモネ、これって、マーガレッタを殺した団員…」
「駐屯兵団員に殺された調査兵団員なんて他に居ないでしょ」
モブリットに新聞を押し付けるように返して歩く方向を変えた。
「アネモネ!どこ行くの!?」
「エルヴィン分隊長のところ!」
早足で分隊長室に向かうとドアが少し開いていた。
ドアが閉まってない、これは不在の合図。
「…まだ、いらしてないのかな…」
となると、分隊長の私室?
いや、知らせを受けて団長に呼ばれたのかも…。
「アネモネ」
「分隊長、おはようございます」
考えていると丁度エルヴィン分隊長が戻ってきた。
敬礼を見せると小さく頷いた。
「新聞は読んだか?」
「はい。あの、一体何が…?」
「記事の通りだ。聴取されていた駐屯兵団員が死亡した」
「新聞には自殺と書いてありましたが…」
「あぁ。あれは私だ」
「え…?分隊長…え??」
「私が新聞記者に情報を漏らした。少々偽りを入れて」
「は、はい!?」
びっくりし過ぎてあんぐりと口を開いたまま分隊長を見る。
情報を漏らした…って、意図的にって事?
公に出来ない情報を?
しかも嘘を混ぜて!?
「分隊長…」
「どうした」
「い、意図をご説明願いますか…自分の頭では到底想像が出来ません…」
「取り敢えず入りなさい」
分隊長室のドアを開けて中に入るよう促される。
従って入るとドアを閉められ、分隊長はそのままソファに腰を下ろした。
「アネモネ、座りなさい」
「はい…」
向かいに腰を下ろし分隊長の顔を見る。
表情の無い顔、何かを考えているのだろうか。
「新聞記者に情報を漏らしそれを記事にさせた。ここまでは理解出来ているな」
「理解はしていますが意図が分かりません」
「簡単だ。憲兵団に情報を出させる為だ」
「出させる…」
「アネモネ、聴取を始めて何日経っている?」
「えぇ…と…」
私が襲われた次の日から、傷口が塞がって、マーガレッタの遺品を届けて…。
「考えないと出てこない位日数が経っているのに、憲兵団は何も情報を出してこない」
「それで、世論を騒がせれば憲兵団が情報を出す、と…?」
「そうだ」
「死亡したのは確実なのですか?」
「それは間違いない」
「分隊長は死因をご存知で…?」
「いや、知らない」
「では、そこが嘘ということですか…」
「そうだ」
随分大胆な嘘だ。
「先程、団長に憲兵団へ向かう許可を貰った。アネモネ、朝食を食べた後向かう」
「私もですか?」
「そうだ」
「でも、…大丈夫でしょうか…?」
駐屯兵団に異動を申し出た、死亡したとされる団員は確実にロヴォフの息がかかっている。
同じような団長が憲兵団に居る恐れもある。
「問題無い。君が狙われることはもう無いだろう」
「何故ですか?」
「行けばその答えが分かる」
行ったら私が狙われてないと、分かる?
一体、どうゆうとこだろう。
※※
「調査兵団分隊長、エルヴィン・スミスだ。ナイル・ドークは居るか?」
憲兵団に着くや否な、分隊長は近くの兵団員に尋ねた。
聞かれた兵団員は嫌そうな顔をする。
「今それどころじゃないんですが。新聞の記事のせいで朝から兵団内がてんやわんやで…ナイルさんも対応に追われて何処にいらっしゃるか」
自業自得な気もするけど、まぁ、そうですよね。
心の中で同意する。
「時間がかかっても構わない。待たせて貰う」
「…はぁ。それではナイルさんの執務室に案内します」
この前の憲兵団員といいこの人といい、この兵団内には真面な対応が出来る団員が居ないのか。
かったるそうに歩く団員について行く。
その間にもすれ違う憲兵団員は、何で調査兵団員がここに居るんだ?と訝しんだ表情を隠さずこちらを見てくる。
「こちらでお待ちください」
通された部屋は派手な装飾で飾られ、殺風景な調査兵団の兵舎とは随分印象が違った。
けばけばしいソファに分隊長と揃って座る。
案内してくれた憲兵団員は挨拶も無しに乱暴にドアを閉め去っていった、最後まで失礼な人だな。
「何だか…目がチカチカしますね…」
「貴族も訪れる場所だから意見が反映されているのだろう」
「趣味が合いません…」
正直、マダムの娼家の方がセンスがあった。
家具の調和も何も無いな、この部屋。
「ナイルさん戻ってきますかね…」
「分からないな」
「ずっとお待ちになるのですか?」
「そのつもりだ」
耐久戦かな、これは。
ふぅ。と息を吐いて何となしに横を見ると奥に簡易的なティールームが見えた。
ご丁寧にお湯を沸かせるコンロも設置してある。
「分隊長、紅茶は如何ですか?」
立ち上がって奥を指差すと分隊長はフッと笑った。
「俺達は客だぞ、アネモネ」
「憲兵団の方々は礼儀というものを知らないようですから、飲み物も出てこないでしょう。自分で淹れます」
「そうだな、貰おう」
「畏まりました」
ティールームへ行き、置いてあるピッチャーからヤカンに水を移し火をかける。
カップを2つ出したところでドアが大きな音を立てて開いた。
「エルヴィン!」
ナイルさんだ、カップをもう1つ用意しよう。
カップを3つ並べティールームから1度出る。
「…アネモネ」
「ご無沙汰しております、ナイルさん」
敬礼を見せるとナイルさんは分隊長を睨むように見た。
「被害者を連れてくるなんて何を考えている、エルヴィン」
「彼女は聴取内容を聞く権利がある。だから連れてきた」
成程、私が居れば分隊長も聴取内容が聞けるって訳ですね。
良い様に使われた…って解釈はよそう。
お湯が沸いたのでティールームに戻る。
茶葉を入れたポットにお湯を注いでカバーをかける。
トレイにカップと一緒に載せて戻ると、2人は変わらず言い合い、というより一方的にナイルさんが怒っている様な状態だった。
「だから!聴取内容は出せない!これは決定事項だ」
「何故出さない。被害者は聞く権利がある筈だ」
「これからの各兵団への影響を懸念して、だ」
「懸念?情報はもう新聞で世論に出ているぞ。何を懸念する」
「関係悪化をだ。お前は身に覚えがあるのではないか?」
「無いな」
「憲兵団や駐屯兵団を散々無能呼ばわりしたのはどこの誰だ」
「そんなことを言った覚えはない」
「そうだな、エルヴィン。お前はいつも遠回しに、言い方を変え、嫌味を込めて言うからな」
うわ、もうこの部屋出たい。
2人の間にピリピリとした空気が出ている。
刺激しないようにそっとトレイをテーブルに置いて、音を立てないように紅茶を注いだ。
「あぁ、淹れてくれたのか。うちの兵団員は気が利かない奴ばかりですまない、アネモネ」
「いいえっ」
カップを2つ、分隊長とナイルさんの前に出す。
自分の分も淹れて分隊長の隣に腰を下ろした。
「あ、あの…分隊長」
「何だ」
「私、外に出てましょうか…?」
「何故だ」
「お2人のお話の邪魔をしていないかなぁって…」
「そんなことは無い、ここに居なさい」
「…はい」
この緊張した空気から逃げられないのか。
大人しくカップに口をつけた。
あ、この茶葉美味しい。
「ナイル、話を戻すぞ」
「戻しても変わらないぞ」
「聴取を受けていた駐屯兵団員が亡くなったのは確かなんだな」
「何度聞いても同じだ」
「何故亡くなった?」
「答えられない」
「…どうしてですか?」
「え?」
「あ」
思わず口を挟んでしまった。
「何だ、アネモネ」
お前も俺に楯突くのか。ナイルさんはそんな顔をしている。
「いえ、新聞にもう書いてあるのに答えられないって…変だなぁ…って。まるで…」
まるで、書いてある内容が違うと言っているみたい。
そこまで言いかけて口を噤んだ。
私の言葉を聞いてナイルさんは眉間に皺を寄せる。
ドカリと足を組んで大きく溜息をついた。
「まるで?何だ、アネモネ」
「ナイル。その態度は威圧的だ」
「俺がアネモネを脅していると?」
「俺にはそう見える。アネモネ、構わず続けなさい」
「え?」
分隊長?
隣を見上げると分隊長はその青色の瞳で続きを促した。
じ、じゃあ…聞いちゃおうかな…
「…あの、1つ、気になってたことが…」
「何だ」
凄みを聞かせてくる、ナイルさん、怖い。
「ナイルさん…聴取内容を出せないと言われました」
「それがどうした」
「出さない、では無く出せない。つまり出すことが出来ない、という意味です」
「そんなの、俺も分かっている」
「出すことが出来ないような内容が聴取にあったから、という解釈が出来ますが?」
「さっきも言っただろう。これからの各兵団への影響を懸念してだ」
「その懸念する部分に、憲兵団も含まれている…と、いうことでしょうか?」
ナイルさんは目元をピクリと動かした。
「調査兵団、駐屯兵団に都合の悪い内容なら、憲兵団として情報を公開しても問題ありません。私達に恨まれようとそれが憲兵団のお仕事だからです。でも、出せないとなると、そちら側に何か都合の悪い内容があったのではないか、と思いました」
各兵団への影響、それは今の情報でも十分悪影響だ。
きっと、調査兵団員内では駐屯兵団員のイメージが悪くなり、お互いの幹部が頭を抱えることとなる。
情報を出すことが出来ないのは、憲兵団が蚊帳の外ではなく、蚊帳の中だから。
こう仮定すれば出さないのは自然だ。
「ナイル、どうなんだ」
分隊長が改めて問う。
ナイルさんはソファから立ち上がり、執務机に移動した。
「エルヴィン、頼む。今日は帰ってくれ」
私達に背を向けてナイルさんは言った。
「…分かった」
え?あっさり帰るんですか?
隣を見上げると分隊長は立ち上がった。
「アネモネ、行くぞ」
「は、はい」
慌てて私も立ち上がる。
「アネモネ」
ナイルさんが私を呼んだ。
振り返ると彼は私を見ていた。
「紅茶、美味かった。また淹れてくれ」
「…はい。失礼します」
敬礼を見せてに背を向ける。
ナイルさんは申し訳なさそうな表情を私に向けていた。
※※
「…分隊長」
「何だ」
先に歩く背中に声をかける。
「私を連れてきたのは被害者だから…だけでは無いですね」
「ほう。理解したのか」
分隊長が振り返る、その顔は少し楽しそうに笑ってた。
「その通りだ。君は口が達つ。ナイルと話をすれば奴の粗を拾うだろうと思った」
「分隊長が直接聞かれれば良かったのでは?ナイルさんの言い回しに気が付いていらっしゃったのでしょう」
「私が聞いてもナイルは頑なになるだけだ。現に私との会話は平行線だっただろう?」
分隊長とナイルさんの関係を考えれば、確かに私が問い詰めた方が効果がある。
いやぁ、しかし。
「…分隊長も人が悪いですね」
「知らなかったのか?」
「手段を選ばないというのは知っていました」
「だが、収穫はあった」
「でも、途中でお止めになったじゃないですか」
「君はあれをどう思った?」
「どう、ですか?」
「あぁ」
どう、って言われても…。
私が的を得た話をしてしまった、からじゃあ…。
でもそれじゃあ捻りが無いか。
分隊長が私に聞くということは、別の捉え方だという可能性。
…痛い所を突かれた、訳じゃ無いとしたら…?
会話をしているうちに馬車の待機場所までやって来た。
調査兵団の馬車を探し乗り込む。
「もしかして、ナイルさんは…聴取内容を知らない…?」
「多分な」
「それなら、あのタイミングで退席を求めても理解が出来ます。でも、ナイルさんが聞かされていない理由は…?」
「知っているのは一部の憲兵団、恐らく上層部のみ、なんだろう」
「一部…ロヴォフの癒着を知っている方々でしょうか」
「あぁ。予測だが、ナイルは詳細も聞かされず、私達を追い払うよう上から言われたのだろう」
「…憲兵団も大変ですね」
「ナイルも苦労をしている」
そう返事をして、斜め向かいに座った分隊長がフッと笑う。
「あいつが”頼む”なんて俺に言う日が来るとは」
「長年の友人ではないですか」
「友人と呼ぶには殺伐としているがな」
「そういえば、分隊長」
「何だ」
「ここに来る前、私がもう狙われないと仰っていましたが…?」
確かに狙われはしなかった、けど。
行けば分かる。と分隊長は言ったが私は結局分からずじまいだ。
「ナイルは君のことを何と呼んだ」
「私を、ですか?」
ナイルさんが私を呼んだのは、名前と。
「…被害者」
「そうだ」
「ナイルさんがそう呼んで狙われなくなるのですか?」
「ナイルは今あった事を上層部に報告するだろう。その際、私との話は伝えるが、君との会話は伝えない」
「え?」
結構問い質しちゃったけど、それを報告しないというの?
「ナイルから見れば君は”私が連れてきた被害者”だ。質問の内容も被害者として知りたい内容。上層部はナイルにこう問うだろう。何か不審な点は無かったか。被害者が事実を知ろうと思うのは当たり前の事、不審とは感じない。ナイルから見ればアネモネを使って聴取内容を聞きに来た第三者の私を不審に思う」
「疑いの目を、ご自身に向ける為の行動…でもあったと?」
「そうだ」
何て危ない橋を渡ろうとしているんだ。
「…分隊長」
「心配するな。君よりは危険に慣れていると前に言っただろう」
「でも、相手はロヴォフです…何をしてくるか…」
「そうだな。でも、暫くは何も無いだろう」
「何故です?」
「新聞に記事が載った今、世論の目を気にする筈だ。ほとぼりが冷めるまではロヴォフも大人しくしている」
「そういえば、分隊長。ナイルさんは死亡したかどうかも曖昧な答でしたけど、どうして駐屯兵団員が亡くなったと知っていたのですか?」
「あぁ。…あれか」
馬車が丁度大きな建物の下を通る。
分隊長の顔に影が差した。
分隊長は自身の太股の上で指を組む。
「…君は知らない方が良い」
その声はゾッとする程冷たかった。
違う、分隊長はもう、橋を渡り始めている。
私の知らない所で、情報を仕入れる為に動いている。
「…承知しました」
としか答えられない。
「アネモネ」
「はい」
「これからの話だが」
「…はい」
「君はもう関わるな」
「…え?」
「ここからは俺の独断で動く、良いな」
「独…断…」
私を見つめる青色の瞳は、承服を求めていた。
返事に躊躇った。
始まりはマーガレッタ、そして私だ。
分隊長の通したい部分もあるが、それを全て委ねてしまって良いのだろうか…。
でも、私がここでいいえ。と答えた所で、分隊長の意志は何も揺るがないだろう。
動くには身軽な方が良い。
慣れていない私が一緒に秘匿を通しても、漏れる危険が出てくる。
分隊長の共犯者になるのは、ここまで。
自分の太股の上に置いていた掌をギュッと握った。
「…承知いたしました」
分隊長の目を見てしっかり答えた。
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