半年後

「おいおいおいおいおいエルヴィン」

俺を見つけるなりアドニスは俺を捕まえた。

「何だ」
「それはこっちのセリフだ」

そう言って数メートル先にいるアネモネを指差した。

「折角の夜会に何であいつ燕尾服着てきてんだよ!」

数メートル先に居るアネモネは男性さながら、身体のサイズに合わせ直しを入れた燕尾服を見に纏い、貴族のご婦人方々に囲まれている。
髪型も普段下ろしているそれじゃなく、前髪を上げ、後ろにキッチリと結わえている。
見目麗しいと言われているアネモネが紳士的な格好をすると、それは様になり、会場に入るや否やドレスに身を包んだ参加者のご婦人方に囲まれてしまった。
あの人の輪から偶に黄色い上がっている辺り、アネモネは上手にご婦人方を歓ばせているのだろう。

「お前…!何で止めなかったんだよ!」
「それはお前の思惑がアネモネに筒抜けだからだ。許婚、探す気だっただろう」
「…くっ」
「安心しろ。お前が事前に贈ったヒール靴は喜んで履いてたぞ」
「それで身長が伸びて余計ハンサムになってんじゃねぇか!」
「今日は調査兵団への支援の声が多く寄せられそうだ」
「それがお前の狙いか…!エルヴィン…!!」
「俺ではない。彼女の提案だ」
「アネモネの?」
「あぁ。他にも理由があるらしいが、それは俺は聞いていない」
「…他の理由が俺への当てつけ、とかじゃねぇだろうな」
「あぁ。かもしれないな」

数時間前、調査兵団の兵団舎、俺の執務室にやってきた燕尾服を着こなしたアネモネは自分の胸を叩き、”分隊長!私、頑張って支援者募ってきます!”とヤル気十分だった。
その格好とアネモネの勢いに驚いた俺は唖然としていたが、やっと社交の場に自ら向かおうという意思が生まれたのだ、水は差せない。
頼むぞ。と返事をするだけにした。
…あの事件以来、半年間、殆ど接触をすることの無かった俺とアネモネは2人きりで行動するのは久しぶりだ。

「最近どうよ?調査兵団の方は」

アドニスと壁際に寄り、飲み物片手に聞かれる。

「変わりない」
「アネモネは?」
「良くやっている」
「そういえば、俺の耳にも入ったぞ」
「何がだ?」
「長距離索敵陣形。話通ったんだな」
「あぁ。来年辺りから壁外調査に導入できる」
「それってさ…アネモネに関係してんの?」
「…聞いたのか、最初の壁外調査の話」
「あぁ。心臓止まるかと思った」



嘘みたいな本当の話、現実は小説より奇なり。



アネモネは最初の壁外調査で、壁の外に取り残されてしまった。
配属された班が巨人の群れに遭遇してしまい、彼女を残して全滅。
休憩時の点呼で発覚した。
夜になり、生き残った兵団員で予定通りの場所で野営をした。
深夜、見張りが騒ぎ出した。
テント内で明日の行動を考えていた俺は外に出た。
見張りに何事かと問えば。

アネモネが1人で帰ってきた。と。

最初は耳を疑った。
今まで調査兵団の壁外調査において、そんな記録は無い。
俺の記憶の中でも逸れてしまった団員が合流出来たという話も無い。
松明の集まる場所に行ってみれば、地べたに座り水を勢いよく飲むアネモネが居た。
ハンジがどうやってここまで来れた?と聞いた。

『巨人に遭遇しないように行動をしました』と。

その時の壁外調査で行った場所は広いウォールマリア内の観光地、巨大樹の森に似た大きな森がある場所。
彼女は木の上に登り、その身を隠した。
新兵だったアネモネは先輩団員の荷物持ちの役割も担っていた為、他の団員の荷物も彼女の腰のバックに入っていた。
バックには先輩団員の地図があり、それを頼りに動いたそうだ。
太陽の位置で自身の場所を地図で確認し、野営しているこの場所を目指して。
高い木から木へ、動いては愛馬を指笛で呼ぶ。
それを繰り返し、日が落ちるまでに森の端まで移動。
日が落ちて馬で一気にここまで駆けてきた。
アネモネは自身の行動をそう説明した。

俺も含め、聞いていた皆が信じられない。という表情をした。
実際に信じられなかった、だが、アネモネは現に生きて野営の場所まで来た。
それが何よりの事実。
1人の新兵がその身体で証明をしたのだ。
巨人との遭遇を避ければ、壁外での生存率を上げる。ということを。


「あの出来事がありゃ、上も首を縦に振るしかないわな」
「そうだな」

アネモネの初壁外調査から帰り、団長に話を通せば後は早かった。
補足の様にアネモネが生存したことが何より説得力を生んだ。

「兄上」

ご婦人から解放されたアネモネが俺達に気が付いてやってきた。

「おい、アネモネ」
「はい」
「はい。じゃないだろう!何だその格好は!?」
「似合っていませんか?ちゃんと仕立て直ししたんですけど」
「似合ってはいる。問題はそこじゃない」
「じゃあ何です?」
「折角の夜会に何故ドレスを着てこない!?」
「今日はドレスに用事が無いのですよ、兄上」
「用事…?」
「アドニス、アネモネ」

聞こえた声にアネモネは振り返り、パッと笑った。

「父上!母上!」

嬉しそうに呼んでウィスティリアのご両親に飛びついた。

「はっはっは、元気にしていたか。私達の姫君や」
「はいっ!父上もお元気そうで」
「最近は余り帰ってこれないのね」
「申し訳ございません、母上。訓練兵団の時の様な休暇は難しくて…」
「良いのよ。代わりに沢山手紙を送ってくれてありがとう」

ウィスティリアのご両親は紅葉の様な髪色を持つ母君と、琥珀色の瞳を持つ父君。
2人供とても穏やかな人柄だ。
父君に至っては常に笑みを湛え、目元は閉じているのでは、と思う程。

「あら、アネモネ。どうしたのその格好」
「母上からも言ってやって下さい!夜会に燕尾服で来る女性なんて、俺初めて見ましたよ!」
「はっはっは!よく似合ってるじゃないか、アネモネ」
「そうね、とてもハンサムだわ、アネモネ」
「…父上、母上…」

穏やかさからなのか、元の考えなのか、ウィスティリアの父上と母上はアネモネの姿をすんなり受け入れた。
自分側についてくれると思っていたアドニスが小さく肩を落とし、アネモネは嬉しそうに笑う。

「父上と母上はそう言ってくれると思いました」
「しかしアネモネ、何故その格好なんだい?」

ウィスティリアの父上が尋ねれば、アネモネは父上に向き合った。

「父上、今日は母上を少しお借りします」

そう言うとアネモネは母上の手を取った。

「母上、今日は母上を踊りにお誘いする為にこの格好をして参りました」
「アネモネ…?」
「昔約束したではありませんか」

アネモネが訊ねると母上は驚いた表情を見せた。

「貴女、あの約束を…?」
「はい」

アネモネは母上の手の甲にそっと口づけた。

「踊って下さいますか?素敵なマダム」



※※


燕尾服を着こなしたアネモネと母君のダンスは周りの目を引いた。
好機の目、も多少はあったがその殆どは可愛いものを見るような微笑ましいという表情だ。

「今日は珍しく空いているんだね、エルヴィン君」

壁にもたれかかり2人の踊りを見ていた俺の元に、ウィスティリアの父上がグラス片手にやってきた。

「君がご婦人の相手をしていないとは、今日は面白い日だ」
「ご婦人の相手はアネモネがして下さりました」
「寄付は集まりそうかね?」
「期待出来そうです」

持っていたグラスを顔辺りまで掲げて見せると父君は一層微笑み、フロアの中央、アネモネが踊っている辺りを見た。

「父君」
「何だね?」
「母君が仰っていた、約束、とは…?」
「アネモネから聞いていないのかね?」
「はい」

返事をするとウィスティリアの父上は懐かしむ表情を見せた。

「何、幼い子供が交わした約束だ。アネモネは母親が大好きでな、最近は良いがまたいつ崩すか分からないからの」
「…お身体の調子、ですか」
「そうだよ。アネモネは多分、家内を元気づけようとしたんだろう。『大きくなったら一緒に夜会で踊りましょう』と、約束したんだよ。きっとそれまで、それ以上に長生きして欲しかったんだろう」
「…そうでしたか」

ウィスティリアの父上から踊る2人に視線を移す。


アネモネは決してウィスティリアの家が嫌いな訳ではない。
むしろ大切にしている。
だからこそ、調査兵団に籍を置いている自分、個人の選択を尊重して欲しい、そう思っているのだろう。
最近は、ウィスティリア家と言うと、代々医師を生業にしている。という他に、調査兵団に入った奇人が居る。という方が良く言われるようになってきている。


「ところでな、エルヴィン君」
「はい」
「私が最近、医師業から身を引いたのはアドニスから聞いているかね?」
「はい。先日聞きました。そういえば、その後は何を?」
「今は無償の奉仕活動を始めているよ」
「奉仕活動…ですか?」
「そうだ。都の地下街で、な」
「地下街…」
「エルヴィン君、地下街で昔から流行っている病を知っているかい?」
「…いいえ」
「地下街は常に日照不足だから、人の骨が弱りやすい。足腰から弱りやがて寝たきりに。そのまま衰弱して亡くなる人が多い」
「その人達の面倒を?」
「日照代わりにはならないが、薬を調合して、自分の足で立てるようにまでは面倒を見る。本当はこちらの世界に迎えて上げたいところだが、数が多過ぎてそれは難しい」
「そんなことを、されていたんですね」
「何、大したことではないよ。それでだね、エルヴィン君」
「はい」
「地下街に何度か足を運ぶ内、妙な噂を聞いてね」
「噂、ですか?」
「貴族議員の周りを嗅ぎまわっている兵団員が居る。と、な」

ウィスティリアの父上の微笑みの表情が薄れ、琥珀色の瞳が俺を射抜いた。

「…何か思い当たるかね?」

その瞳は確信をついているものだった。
兵団員、と言葉を濁したが、それが俺だと特定しての投げかけだろう。

「…いいえ、私には、なんの話だか」

今はこの返事が最善だろう。
俺をジッと射抜いた琥珀色の瞳がまた、微笑みに隠された。

「そうか。私の早とちりだったか。それは良かった」
「何故、そのような話を?」
「いや、君が関わっていたら小耳にでも挟んでいこうかと思った情報があったからね」

情報?
地下街で父君は何か聞いたのか。

「どんな情報でしょう?」
「君は関係が無いんだろう?」
「内容によっては上官に報告する必要があります」

微笑んで答えると父君は困ったように微笑んだ。

「君はアドニスが食えない。と良く言うが、君も中々だよ、エルヴィン君」
「お褒めにあずかり光栄です、父君」
「地下街には地下商人、という者が存在しているのは知っているかね」
「はい。地上の何倍にも価格を跳ね上げて稼いでいるという…」
「その地下商人から品を盗んでいるゴロツキが最近現れたんだ」
「ゴロツキ…ですか」
「そのゴロツキは立体起動装置を所持しているそうだ」

俺は僅かに目を見開いて父君を見た。

「立体起動装置を持っている…どこかで奪取した、ということでしょうか」
「そこまでは聞いていないな。私が知っているのは、ゴロツキが立体起動装置を使って地下商人から品を奪っている、それだけだ」
「それは確かに…興味深い情報ですね…」
「君は…危ない橋を渡ってはいないかね?」
「橋、ですか?」

今日の父君は妙に言葉を濁しつつも切り込んだ話をしてくる。
父君は自身のグラスを揺らし中の酒を見詰めていた。

「いやね、マーガレッタが亡くなってからというもの、調査兵団は壁の中でも死と隣り合わせの職なんじゃないかと思うようになってね。心配なんだよ、君のお父様から預かった命だからね」
「父君…」

ウィスティリアの父君と我が父も、俺とアドニス同様旧友だった。
父が亡くなってからというもの、ウィスティリアの家は俺を我が子の様に労わって気にかけてくれている。

「…俺には、やらなければならないことがあります。その為には、この命は捧げる覚悟です」

父君のグラスを持つ手が止まった。

「…そうか。止めても無駄そうだね」
「申し訳ありません。これだけは、譲れないものです」
「いや、譲れない確固たるものがあるのは良いことだよ、エルヴィン君。…おや、ダンスが終わったようだね」

音楽が止まり拍手が鳴った。
アネモネも母君と抱き合って楽しんでいる。

「エルヴィン君」

父君が俺を呼ぶ。

「娘を頼むよ」

優しく微笑んでいるが、ほんの少し悲しそうな父君に向かって、返事の代わりに敬礼を見せた。




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