紫陽花
「ここの言い伝えでね、墓地に近い場所に咲いている紫陽花だけ、毎年何故か真っ赤に染まるんだよ。噂によると、そこには昔、身元不明の遺体が無数に埋まっていいて、その念が今も土壌に残っているって…」
「し、死体…?」
「…ハンジさん、資料作りに飽きたからって変な話作るの止めて下さい。モブリットが怯えてます」
新兵が入団する時期になり、調査兵団も準備で忙しない日々となっている。
今日もハンジさんが借りた兵舎内の空き部屋で、教育用の資料の改訂に勤しんでいる。
「いやぁ、アネモネ。これは本当の噂話さ。この時期になると皆思い出したように話し始める」
「それって新兵を怯えさせる為にじゃあないんですか。私達、入団して3年目ですよ」
「そうなんだよね〜。新兵の時に話せば良かった」
「ハンジさん、本当の話なんですか…?」
「そうだよ、モブリット」
「信憑性が薄いですね」
「アネモネはこの手の話、信じないの?」
「自分が見聞きしたものしか信じない性分なものでして」
「何だ〜。つまんない」
「つまるつまらないの話じゃ無いんですよ。手を動かして下さい」
「ハンジ、入るぞ」
ドアがノックと共に開いた。
「エルヴィン分隊長」
封筒を脇に抱えた分隊長の姿が見え、私とモブリットは立ち上がって敬礼を見せた。
「エルヴィン、どうしたんだい」
「進捗を見に来たが…順調そうには見えないな」
「そんなこと無いさ。完成は直ぐそこだよ」
「そうなのか、アネモネ」
「いいえ、完成とは程遠いです」
ハンジさんの返事が信用ならなかったのか、私に改めて聞いてきた。
「アネモネ…!君は私の味方じゃないのかい!?」
「私は正しい事の味方です」
「ハンジ」
私の返事を聞いて、分かっていはいたようだけど、エルヴィン分隊長は咎めるようにハンジさんを呼んだ。
「後輩に手本となる姿を見せず何をしている」
「アネモネもモブリットも立派な先輩団員じゃないか。私が見せずとも立派に成長したよ」
ハンジさんの返事を聞いて、分隊長が小さくため息をついた。
そのお気持ち、良く分かります。
「新兵はもうこの調査兵団で演習を始めているんだぞ。その調子で間に合うのか」
「昨年と同じじゃダメなのかい?」
「巨人については毎年判明している部分が多くある。更には長距離索敵陣形の運用を始めて初めての新兵だ。怠りたくはない」
「…分かったよ」
「ハンジ。お前は有能だが、興味の有無で熱意に差があるのが問題だ」
「これが巨人の捕獲についてだったら、とっくに出来上がってるんだけどね」
「新兵の教育が、巨人の捕獲に後々繋がるかもしれないぞ。しっかりと作るんだな」
「そうですよ、ハンジさん。墓地の紫陽花の話なんて持ち出している場合じゃないですからね」
エルヴィン分隊長に続き、モブリットまで釘を刺す。
「入るぞ」
ノックも無しにドアが開いた。
「リヴァイ。ドアのノック、忘れてるよ」
入ってきたリヴァイにそう言うと、私をチラリと見るだけで、返事は返ってこなかった。
返事が面倒なんだな。
「エルヴィン。新兵の演習が終わった」
「ご苦労だった、リヴァイ」
「苛めてたりしないでしょうね?」
「当たり前だ。俺は面倒見が良い」
「面倒見は良いんだけど、全体的に乱暴というか…」
「じゃあ次はお前がやれ、アネモネ」
「良いよ。ハンジさんの資料改訂のお手伝い、変わってくれる?」
「私は何時でも歓迎だよ、リヴァイ」
私とリヴァイの会話を聞いていたハンジさんが嬉しそうに声をかけるけど、それにも返事は無かった。
「何だい、私と仕事するのはそんなに苦痛じゃないよ」
「どこがですか」
「モブリットは苦痛なの?」
「変な話を聞かされたり、仕事押し付けられたりさえしなければ、楽しいですよ」
「変な話なんかしたかい?」
「さっきの紫陽花の話ですよっ!」
「紫陽花の話…あの墓地の話か」
「分隊長もご存知なのですか?」
私が訊ねると分隊長はあぁ。と首を縦に振った。
「調査兵団内で有名な話だ」
「そうなんですね」
「ほ〜ら!だから言ったじゃないか」
「あ〜…、でも、ハンジさん。その話、多分違いますよ」
「え?」
ちょっと言いにくかったけど、これ以上広まらないように訂正しておかないと。
「紫陽花って土の性質で花の色が青と赤に変わるって言われているんですけど、人間の性質って青色なんですよ」
「そうなの!?」
「はい。赤色の方は人間には余り含まれていない性質なので、その話は偽りかと…」
「医者の家で生まれたアネモネが言うんだから、合ってるよね、その話」
「医師界では結構有名な話なんですけどね…ハハ」
実は、最初に話を聞いて、巷に流れる都市伝説的なものだって直ぐに分かってしまっていたんだ。
「なぁ〜んだ!つまんない」
「何の話だ」
「リヴァイは途中から来たもんね。ハンジさんが墓地の近くに咲いている紫陽花が赤色なのは、人が埋まっているからだって噂を…」
「ハッ。くだらん」
「鼻で笑うこと無いだろう!」
「一蹴したね…」
ドアからノック音が聞こえた。
今日は来客が多いな、この部屋。
ドアが開くと、ミケさんの姿があった。
「エルヴィンは居るか」
私とモブリットが敬礼を見せるとミケさんは頷いて、室内を見る。
「どうした、ミケ」
「俺が担当した資料の改訂が終わった。団長に直接届けて良いか確認を取りに来た」
「あぁ、頼む」
「ミケは仕事が早いね〜」
「まだ終わっていないのか、ハンジ」
「終わっていないけど、終わりは直ぐそこだよ」
「俺は1人で改訂した。お前は有能な後輩を2人も手伝わせて終わっていないのか」
「痛いとこつくね…ミケ」
「さ、ハンジさん。紫陽花の話も迷信だと分かったことですし、終わらせますよっ」
「紫陽花…?墓地に咲く紫陽花の話か」
珍しい、ミケさんがこの手の話に乗ってくるなんて。
「はい。あ、でも、その話は迷信だってところで落ち着きました」
「迷信なのか」
「はい。人間に含まれている成分上、赤では無く青に咲く筈なので」
「アネモネ」
「はい」
「該当の紫陽花は真っ青に咲く」
「え…?」
「他の房が混ざった色の花が咲く中、墓地の中に咲く1房の紫陽花のみ、真っ青に咲く。その話が広まった」
そう言い残し、ミケさんは私達の居る部屋を後にした。
正しい話を聞いて、私は思わず喉を鳴らした。
「じ、じゃあ…」
本当に、その紫陽花の下に、1房だけを真っ青に染める、何かが埋まっているってこと…?