スカウト

まだ死になくない、まだ死にたくない…!!!


私は懸命に馬を走らせた。
後ろには私の班を壊滅させた巨人が追いかけてくる。
恐怖から振り返れない。
でも、振動で、あの不気味な息遣いでかなり近いことは分かる。


まだ死になくない、まだ死にたくない…!!!


あぁ、この気持ちを手記に書きたい…!



「新兵!」

先輩の男性団員が逆側から馬でかけてくる。

「そのまま走れっ!」
「はい!!」

命令通りに馬でかけた。
先輩の男性団員は巨人に向かって立体起動に移る。

「死ねぇ!!」

ブレードを構え切り付けた。
先輩は討伐したか?後ろを振り返る。

「…ぁ…」

先輩の下半身は巨人の口の中に収まり、腰から上が出ていた。
口から出ようともがいている、まだ、生きてる…。

「せ、せんぱ…」

助けた方が良い?でも、私に出来る?新兵の私に?
馬の手綱を握ったまま、呆然とその光景を見た。



その時。
私のすぐ横を紅葉がなびいた。



「イルゼ!馬を走らせて!」
「アネモネさん…!」



※※



馬に跨ったまま立ち竦んでいたイルゼを叱咤し、愛馬の腹を蹴って走るスピードを上げさせた。
巨人に近づいて、立体起動に移る。
頬にアンカーを打ち付け素早くワイヤーを巻いた。
巨人の顎の筋肉を切る。
バカリ。と口が開き噛まれた団員が地上に落ちた。
巨人の目線はまだ私を捉えてる。
頬からアンカーを外し、今度は後ろにアンカーを放つ。
近くにあった木に刺さり、私は後ろ向きのままワイヤーを巻いた。

「こっちよ!!」

ブレードを鳴らし巨人をおびき寄せる。
幹に着地し、待った。
巨人は歩く速度を速め、今にも走り出しそうな体制になる。

「今ですっ!」

私の合図で近くの木からハンジさんとモブリットが飛び出した。
丁度巨人の項を狙える辺り。

「貰ったよ!」
「うぉぉぉ!」

2人のブレードの刃が巨人の項を刳り貫いた。
ドスン…。と巨人が倒れ沈黙する。

「やった…」

討伐を確認して噛まれた団員の元へ急ぐ。
イルゼが団員の止血を行っていた。

「アネモネさん…」

イルゼは今にも泣きそうな表情をしていた。
私は噛まれた団員の顔のそばに跪く。
目を閉じていた先輩団員が顔を上げた。

「よぉ…アネモネ」
「巨人は倒しました」
「新兵は…?」
「無事です」
「良かった…命張った…甲斐が…ごほっ」

出血が酷い。
もう、視界が狭くなっているのだろう。
向かいに居るイルゼが見えない程。

「アネモネ…」
「はい」
「ありがとよ…」
「え?」
「お前が…助けてくれた…おかげで…巨人の口の中で…死なずに…済んだ…」

先輩団員は空を見上げた。

「…ひろいな…」

そう呟いたまま、彼は動かなくなった。

「ごめんなさい…ごめんなさい…!私のせいで…!!」

堰を切ったようにイルゼが声を上げ泣き始めた。

「イルゼ、貴方のせいじゃない」
「でも!私を助けようとして先輩は…!!」
「彼を殺したのは巨人よ。責める相手を間違えてはいけないわ」


行動に後悔をしないで。
それは後の貴方を惑わせる。


イルゼの肩を叩いて励ました。
彼女は涙を拭い、強く頷いた。

「アネモネ」
「フラゴン分隊長」

私が今所属している隊の分隊長、フラゴンさんが馬に乗ってやって来た。
敬礼を見せると小さく頷いた。

「被害は?」
「死亡者1名です…。イルゼ、貴方が居た班は?」

隣で同じく敬礼を見せていたイルゼに問うと、彼女は俯いた。

「…全滅、です…」

この瞬間はいつまでも慣れない。
失った仲間の命を、どうにか助けてあげられなかったか、一瞬、自分に問いてしまう。

「…そうか」

フラゴン分隊長は冷静に返事をした。
そして手綱を引いて馬の方向を変える。

「イルゼ、お前は俺達の隊に合流だ。アネモネと供に行動しろ」
「はい」
「アネモネ、新兵を頼むぞ」
「畏まりました」



私が調査兵団に入団して1年強が過ぎた。
壁外調査での兵士の死亡率は尚も高い。



※※


「今回の調査で、壁外に出た兵団員の約6割を失ったそうです」

団長から頼まれた書類を分隊長室に居たフラゴン分隊長に渡しながら、簡潔に報告する。

「6割…」
「その中の約半数が、新兵だと…」

目を通した書類を執務机に置きながら、フラゴン分隊長は深いため息をつく。

「で、エルヴィンの分隊は毎度のことながら被害が無かったのか…」
「はい」
「あいつの分隊から死者が出ない壁外調査は、もうこれで何回だ?」
「…さぁ、私も数えていませんので…」


長距離索敵、それが採用の方向に進んだのが半年と少し前。
先にエルヴィン分隊長の隊で小規模ながら運用を始めている。
効果は明らか。
調査兵団内でも、準備が出来次第運用を始める手筈になっている。


分隊長室のドアがノックされる。
私はドアまで行き開けた。

「…エルヴィン分隊長」
「アネモネ、フラゴンは居るか?」
「はい」

ドアを開いて敬礼を見せ、執務机までの道を開ける。

「何だ、エルヴィン」
「急で悪いがアネモネを貸して欲しい」
「またか」

若干腹立たしい声色でフラゴン分隊長は椅子から立った。

「お前、アネモネが俺の隊の兵団員だって自覚あるのか?」
「あぁ。悪いと言っただろう」
「そんなにこいつが欲しいなら、お前の隊に異動させれば良いじゃないか」
「それは断る」

フラゴン分隊長の腹立たしい雰囲気が全く伝わっていない様に、エルヴィン分隊長は平然と答える。
いや、これは分かっててわざと言っているな。
相変わらず人が悪い。

フラゴン分隊長は、はぁ。と大きく溜息をついた。

「好きにしろ。アネモネ、エルヴィンの指示に従え」
「…承知、しました…」

エルヴィン分隊長の後ろで会話を聞いていた、内心ちょっとひやひやしていた私が返事をすると、エルヴィン分隊長が振り返る。

「アネモネ、私の分隊長室に来なさい」



※※



「スカウト、ですか?」
「あぁ」
「どなたを、でしょうか?」
「地下街のゴロツキだ」
「ゴロツ…?」

何、それ?

「知らないのか」
「はい…」
「地下街で地下商人の品を強奪している奴らだ」
「えっ」

そんな物騒な人を調査兵団に?

「情報によると、立体起動装置を所持して強奪を働いているらしい。そいつらの腕を確かめ次第、スカウトを行う」
「だ、大丈夫なんでしょうか…?」
「団長にも同じことを言われた、が、調査兵団の戦力不足は深刻だ。新兵の教育が追いついていない現状、3年という訓練期間を踏まず壁外調査に参加出来る可能性のある者が居れば、是非迎えたい」

分隊長らしい考えと言えばらしいけど、集団行動が常のこの兵団で、荒々しい言われている地下街の住人達が馴染めるの、かしら?

「分隊長は、調査兵団の戦力強化に重きを置いたスカウト。と考えてらっしゃるのですか?」
「そうだ」

何か、引っかかるな。
私は執務机の椅子に座る分隊長をじっと見た。
分隊長も私を見つめ返す。
その青色の瞳からは、当然何も読めない。

「どうした?理解出来ないか?」
「理解出来なくとも、ご命令とあらば行動します」

そう返すと、分隊長はフッと目を細め笑った。

「君らしい返事だ、アネモネ」
「上官の命令は絶対です」
「ついては、君に別の任務を言い渡す」
「別任務、ですか?」
「あぁ。そのゴロツキの情報を仕入れて欲しい」
「どこから…でしょうか?」
「君には地下街に強い支援者が居るな」
「支援者…?」

そんな人居たかな?

「マーガレッタの遺品を届けて以来、行っていないのだろう?」
「……あっ!!」

支援者、あの方か。



※※



1年ぶりにドアノッカーを叩くと、同じ少年が顔を出した。
少し背が伸びたかな、昨年より幼さが抜けている。

「アネモネさん、お待ちしておりました」
「お久しぶりです」
「マダムは奥の部屋でお待ちです」

ここには事前に手紙を送っておいてある、届いてて良かった。
知った部屋まで行くと、マダムは煙草を吸っていた。

「マダム、アネモネさんがお越しに」

マダムは私を見て微笑む。
そしてまた、長い煙草の火を消した。

「いらっしゃい、アネモネ」
「ご無沙汰しております、マダム」

今日は兵服なので敬礼を見せた。
座って、と向かいのソファを指して下さったので腰を下ろした。

「少し見ないうちに随分綺麗になったわね」
「いえ、そんな…」
「相変わらず見目麗しいわ、アネモネ」

そんなマダムは変わらず綺麗だ。
服も化粧もこなして、大人が持つ余裕さと優雅さが漂っている。

「それで、突然の訪問には何か理由が?」
「手紙に書かずに申し訳ございません」

マダムに送った手紙には、地下街に来る日時だけ記した。

「手紙が無事に届くか不確定だったもので、曖昧な情報した認められませんでした」
「良い判断よ。この地下街は地上と違って安全なんて何も保障されていないもの」
「実は、今日はある人物を調査兵団へスカウトする為、自分とエルヴィン分隊長、数名の兵団員で来ています」
「あら、そうなの?分隊長さんはお越しにならないのかしら?」
「はい。その人物と接触する。と憲兵団と一緒に…」
「貴方は行かなくても?」
「私は分隊長の命でその人物の情報を集めるように言われています」
「情報…フフ、私から聞き出すってことね」
「ご名答です」
「それで、その人物って?」
「地下商人から品を強奪しているゴロツキです」
「ゴロツキ…ね」
「立体起動装置を所持していると…何かご存知無いでしょうか?」
「立体起動装置…って、兵団員が付けている装置よね?」
「はい」

マダムは上品に考える仕草をする。
丁度その時、少年が2人分の紅茶をトレーに置いて持ってきてくれた。

「ねぇ、ユリ」
「何でしょうか、マダム」

あ、君、ユリ君っていうんだ。

「立体起動装置を付けて飛びまわっている人達、誰だったかしら?」
「この地下街で、ですか?」
「そう。地下商人から強奪しているらしいの」
「それは…多分、リヴァイ達じゃないでしょうか?」
「あぁ、そうだったわ。リヴァイの集団だったわね」
「リヴァイ…?」

私が訊ねると、ユリ君は私の前にトレーを置き、変わらず綺麗な所作で紅茶を淹れてくれる。

「この辺りでは有名なならず者の集団が居るんですが、そのリーダー各の人物です」
「どんな人物なの?」
「粗暴、神経質、短気、手や足がすぐ出る、と言った所でしょうか」
「…うゎ…」

そんな人調査兵団に入れる気なんですか、分隊長。

「あぁ。でも、仲間思いだとも聞いたことがあります。一緒に居るイザベル・マグノリアとファーラン・チャーチの面倒をよく見ているとか」
「ファーラン…。あのギャングのリーダーだったファーランかしら?」
「はい、マダム。ファーランはリヴァイと対決して負け、リーダーを譲って今の体制になった、と」
「な、なるほど…」

入ってくる情報量もさることながら、内容が物騒過ぎてついていけない。

「とても注意人物なのは分かりました…」
「お役に立てましたでしょうか?」
「えぇ。とっても。ありがとう、ユリ君」

私が答えて微笑むと、ユリ君は少し大人になった笑顔を見せ、部屋を後にした。

「リヴァイ…」
「マダムも何かご存じで?」
「確か、誰から聞いたか忘れてしまったんだけど、物凄い潔癖だって言っていた気がするわ」
「け、潔癖…」

会った事の無いリヴァイという人物が、私の中でどんどん膨らんでゆく。

「目つきがとても悪いのよ。悪人顔ね」
「悪…人…」

粗暴で神経質で、前リーダーから対決して勝つ位には強くて、潔癖で、目つきの悪い…。

「マダム…」
「何かしら?」
「もう少し、ポジティブに考えられる情報は無いでしょうか…」

このままじゃ私、分隊長に合流してもスカウトを止める様に打診する、絶対。

「そうねぇ…ユリが面倒見がいいと言っていたけど、それはこの地下街だと珍しいかしら」
「そうなんですか?」
「えぇ。この場所に居る人達は自分のことで手一杯だもの。誰を貶めて自分が這い上がるか、そんな賢さを持った連中ばかりよ」

仲間思い、それは確かに、壁外調査で必要な部分である。
他は、会ってみないと何とも言えないなぁ…。

「アネモネ」
「はい」
「貴方は、多分他者から情報を聞くより、自分で見聞きして判断した方が良いと私は思うわ」
「私自身で、ですか?」
「えぇ。前も言ったけど、貴方の瞳は曇りが無いもの。きっとリヴァイの良い所も見つけてあげられると思うわよ」

マダムの言葉には、人生の重み、というか説得力が妙にある。
この人自身も、人を嗅ぎ分けることが得意だから、その人その人に合った言葉を投げかけられるのだろう。

「…そうですね、そうします」

窓の外が騒がしくなった。

「あら、憲兵団ね」

丁度憲兵団が立体起動で町中を飛びまわる姿が見えた。
スカウトのゴロツキが現れたのかな。

「マダム、私行きます」
「そうね」
「短い時間でしたけど、話せて良かったです」

私は立ち上がって客間のドアに向かう。

「アネモネ」

呼ばれ振り返ると、マダムは私を真っ直ぐ見ていた。

「貴方から送られた手紙は開封されていたわ…。どこで。とは、言わなくても分かるわね?」

私にそう言うということは。

「…ロヴォフが、まだここを監視しているんですね」
「えぇ。残念ながら。調査兵団が来ることが筒抜けよ。気を付けて」
「…分かりました」



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