接触

立体起動で飛び上がれば、真っ先に目に入ったのは、ワイヤーが絡まり空中でもがいてる憲兵団の姿だった。

「…何してるの」

呆れながら横を通過する。
スピードを上げて道を進めば、雨具を付けた集団が見えた。
後ろを飛んでいた団員の横につく。

「アネモネか」
「はい、ミケさん」

フードの下から私を確認したミケさんが前を向く。

「ゴロツキが出てきた。今追っている」
「はい。さっき憲兵団がぶら下がっているのを見ました」
「あれは放っておけ」
「…そうですね」

立体起動の訓練を怠った結果だろう。
飛びながら前を見ると私服姿が3人先頭に飛んでいる。
あの人達か。

「…あ」

ゴロツキが3手に分かれた。

「どれを追いますか」
「残った奴を追う」

ミケさんは並んで飛んでいた団員に左右を追うよう目と指の動きで指示した。
私はミケさんと残ったゴロツキを追う。
ゴロツキが動いた。
ワイヤーを長く伸ばし、建物の中に窓から入っていった。

「先回りします」

私もワイヤーを伸ばし、近くの塔にアンカーを刺す。
ゴロツキが入っていった建物を通り越し、地上に着地した。
建物が見える細い通路に入って、出てくるのを待った。

「…来た」

入っていった建物の対となる窓から出てきたゴロツキ目掛け立体起動に移る。
ブレードで切りかかる。
寸でのところでワイヤーを射出され、躱されてしまった。

「速い…!」

立体起動の使い方は独特で、こなせるのには時間がかかる。
ゴロツキのトリガーの扱い方は、兵団で訓練を受けた様な使いこなしだ。
私の上に影が飛ぶ。
ミケさんだ。
私も再度立体起動に移り、ミケさんの後を追った。

「…うわ。」

ミケさんはゴロツキの真上の建物の1部を壊しながら突撃していった。
凄いパワープレイ。

「私、本当に去年格闘術で勝ったんだよね…あの人に」

下手したらあのゴロツキみたいに叩き落とされていたのかと思うと、仲間だけど、ちょっとヒヤリとした。
金属音が響いた。
ミケさんのブレードが弾かれ、ゴロツキの手にはナイフ。

「危な…!」

2人の間に何かが飛びこんできた。
あの速さと静かさ。

「分隊長…」

エルヴィン分隊長は素早い動きであっという間にゴロツキの動きを封じた。
小さく何か声をかけたかと思ったら、左手から分かれた2人が追った団員に連行されてきた。
ゴロツキはその様子を見て左手に持っていたナイフを放した。



※※



今、非常に、気まずい。
あの後、私の想像していたスカウトとは程遠いスカウトが行われ、リーダー格が分隊長の取引に応じた。
そもそも、取引の時点でスカウトと呼べるのか?
調査兵団らしいといえばらしいのかもしれないけど、けど。
そのゴロツキを乗せた馬車は4人乗り。
ゴロツキは3人。
残りの1人に私が押し込まれた、分隊長の命によって、だ。
よって、非常に、気まずい。



ゴロツキ達は話すこと無く、窓の外を見たり、目を閉じたりしていて、空気が重い。
私は目の前の、窓の外を見ているゴロツキを視界の端に入れる。
リーダー格、彼がリヴァイ。
マダムの情報通り、非常に目つきが悪い。
そしてさっき話している雰囲気から察するに、多分口も悪い。
今まで接したことの無いタイプの人間で、どう話を切り出して良いのか。
いっそのこと兵団舎に着くまで沈黙を貫くか。

「おい」

リヴァイは声を発した。
しっかりと視界に入れると、彼は私を見ていた。

「な、何…?」
「あいつ、どういう奴だ?」
「あい…つ…?」

え、何、誰を指しているのか分からない。

「あいつだ、エルヴィン・スミスの野郎」

分隊長に野郎って…。

「あの、君」
「あぁ?」

小さな黒目がギロリと音が聞こえそうな位睨んでくる。
凄まれた、怖い…!

「ぶ、分隊長に、野郎とか言っちゃ駄目だよ」

これから仲間としてやっていくであろう人だ、しっかり指摘しないと。

「知るか」

非情にそっけなく、非常に宜しくない返答。
分隊長…!私、もうこの馬車降りたいです…!

「答えろ、どうなんだ」
「どう…って、分隊長の何が聞きたいの?質問が曖昧で答えづらいよ。もう少し具体的に」

そう答えると今度は舌打ちされた。
聞いておいて、何て失礼な人なんだ…!

「そもそも、どうして分隊長ピンポイントで聞くの?君達がこれから行く調査兵団について聞かれるなかまだ分かるけど…」

分かるけど、どうしてこの人は聞いた?
口には出さず、頭の中で続けた。

「…なんとなくだ」

何かが、引っかかった。
この引っかかりは、数日前にも経験した。
分隊長と話していた時だ。
違和感、と表現しても良い。
行動や言動が自然だと感じないのだ、だから引っかかる。
と、なると、分隊長も…。

「…そう。言っておくけど、分隊長はとても頭の切れる方よ。何かを考えているなら、止めた方が良い」

リヴァイに向けて言ったが、隣に居たイザベル、向かい隣のファーランの空気の変わった。
この方向で合ってるみたいだ。
さしずめ、さっきの仕返しでも考えてるのだろう。

私の返事を聞いたリヴァイはハッと鼻で笑い、また窓の外へ目を向けた。



※※



「分隊長」

兵団舎に到着し、ゴロツキ達を他の団員に預け、馬車から降りてきた分隊長を捕まえた。
分隊長は私を見て、歩きはじめる。
私も後を追い並んで歩いた。

「マダムの家に行った際の報告がまだですが」
「あぁ。そうだったな」
「…聞く気、ありますか?」

歩きながら分隊長を見上げると、チラリと視線だけ送ってきた。

「どういう意味だ」
「分隊長の中ではもう引き入れるということを決められていたのでは?」

だから、私の報告を待たずに話を進めたのでは。

「君も見ただろう、彼らの立体起動装置の扱い方を」
「はい。とても扱いに慣れていました」
「あれなら壁外調査も問題ない」
「…え」

今度の壁外調査は日程的にそう遠くはない。
連れて行くつもり?

「それは…些か無謀かと」
「何故そう思う?」
「次の壁外調査では長距離索敵陣形の運用を行います。覚えるには時間が足りないかと…」
「陣形でも覚える内容が少ない箇所もある。そこに当てれば良い」
「分隊長。マダムから頂いた情報だと、リヴァイはかなり荒い性格のようです。調査兵団の皆が受け入れるかどうか…」
「こそは私が考える部分では無い。兵団員として働いてもらう以上、兵団員同士で歩み寄って貰う部分だ」
「…出来ますかね」
「して貰わないと困るな」

何だろう、上手く言えないけど、分隊長の本心が見えない気が、する。

「他に報告は?」
「…私が送った手紙は、開封された状態でマダムの元に届いたそうです」

分隊長の歩みが止まった。
私も倣って止める。

「…そうか」
「分隊長、」
「ご苦労だった、アネモネ。もう下がって良い」

一方的に話を終わらせ、分隊長は歩いて行ってしまった。
下がって良い。と言われてしまえば、従うしかない。

「…何を、考えてるんですか」

小さくなった分隊長の背中に、返ってこない疑問を投げかけた。



※※



「お前には、クソがクソを汚ねぇって言ってるようには、聞こえなかったのか」

クソみたいに汚ねぇ部屋でファーランに指摘してやる。
どんな掃除をしやがったらこんな部屋が出来上がるんだ。
ハンカチで念入りに自身の指を拭いた。
クソ、しっかり掃除しねぇとな。

「リヴァイ、ここに来た目的、忘れた訳じゃないだろ」


あのハゲが俺達に寄越した要求。
エルヴィン・スミスの野郎が持っているらしい資料を奪うこと。
それと、そいつを殺ること。


「…あぁ。分かってる」

その要求を果たせば、俺達は地上での居住権を得られる。
ヤンも取り返せる。
莫大な金も手に入る。

「それとリヴァイ」
「何だ」
「馬車に乗っていたあの女、気を付けろ」
「…どういう意味だ」
「馬車を降りた後、エルヴィンの元に行っていた。…多分、腹心の部下か何かだ」
「あの女が!?そんな風には見えねぇけどなぁ〜!」

馬車に乗っていた女を思い出す。
出来の良い顔をしていた。
それ以上に勘が良い。
僅かなやり取りで、俺の腹案を見抜いた。
琥珀の石みてぇな目が、射抜くように俺を見た。

「そいや、あの美人。止めた方が良いとか言ってたけどさぁ、俺達の計画、バレちゃったとかじゃねぇよな?」

イザベルがそう言うのも理解出来る。
随分含ませた言い方をしやがった。

「いや…問題無いだろう。気付いていたら、今頃俺達は制服も支給されず、牢屋の中だ」
「確かに…そうか。へへ、良かった」
「良かねぇだろ。あの女を警戒するのには変わりねぇ」
「あ、そっか」

イザベルは相変わらず緊張感のねぇ返事をしやがった。



※※



話を整理しよう。
最初に、分隊長がリヴァイのスカウトの話を切り出した。
そして、私はマダムの家に行った。
合流して、リヴァイにスカウト、というか、取引を行った。
彼らは取引に応じた。

…どこだ、私はどこに違和感を感じている?
最初の違和感はエルヴィン分隊長。
兵団員が減り続けているとはいえ、地下街のゴロツキのスカウトを提案してくる辺り。
どうしてスカウトなんて考えが思いついたのか。
どこかで情報を仕入れた、と考えるのが普通。
じゃあ、その情報って…?
ロヴォフがまだ動いている辺りを考慮すると、分隊長はまだロヴォフの周りを調べている。
癒着を調べているうちにリヴァイ達に辿り着いた…これに決めるのは少し情報が少ないな。
でも、品を強奪している。という辺り、憲兵団から情報を仕入れたという線も…。
最近、分隊長ナイルさんに会ったのかしら…?



「アネモネ、アネモネってば!」
「…は、え?」
「俺の話!…聞いて無かったよね、その様子だと…」
「ご、ゴメン…」

革製の巻物を広げたモブリットが向かいの席で大きな溜息をついた。
ゴメンって。

「長距離索敵陣形の復習しようって言ったの、誰だっけ?」
「私、です。モブリットさん…」
「もう少しで壁外調査だよ、アネモネ。集中しないと」
「うん。そうだね」
「反省した?」
「はい。しました」
「じゃあ、仕切り直そう」

モブリットは優しいな。
良く考えごとに耽って話聞いてない私を、嫌うことなく付き合ってくれるんだもん。
改めて、向かい合う形で陣形の図面を見た。

「1番危険が伴うのが、初列索敵班。最前列に配置される」
「うん。最初に巨人と遭遇する確率が高い団員。伝達や討伐とかの任務が多いから中堅の団員を配置する場所」
「次に来るのが…次列中央?」
「うん。合ってるよ」
「ここがキース団長と、今回はエルヴィン分隊長の班が配置される」
「で、私達フラゴン分隊長の班は索敵支援班」
「そうだね。今回は、団長達の班の後ろに配置」
「これが作戦毎に動く班だっけ?」
「というより、今回の壁外調査で最適な配置場所を見つけたいんだって」
「なるほど」

長距離索敵陣形の運用はまだまだ詰めなければならない箇所が多い。
今回の壁外調査で実践し、改善点を見つけるもの大きな役割だ。

「…あ、」
「どうしたの?モブリット」
「…あいつら、来たよ」
「あいつら?」

私の先を見てモブリットが僅かに険しい表情を見せた。
何かと振り返る。

「…あぁ。」

食堂の入り口にはリヴァイ達が居た。
他の団員も彼らを、決して良い表情では見ていない。

「あんな挨拶されて、快く迎えられないよな」
「まぁ…ね、」

昼間に行われた顔合わせは、他の団員の印象を非常に悪くするものだった。
馬車の中でもっと指摘しておいた方が良かったかも…。

「話戻そう、モブリット」
「うん、そうだね」
「最後尾が荷馬車の隊。…これって必要?」
「ガスの替えや野営する際の道具を積むからね」
「各団員の馬に括りつけるっていうのは?」
「それだと馬のスピードが落ちちゃうよ」
「う〜ん…。立体起動装置みたいに、巨人に襲われた際、直ぐ外せるような細工をするとか…?」
「馬の振動で落ちちゃわない?」
「あ〜…そうか」

細工が誤反応を起こして落ちてしまった際、陣形を保つ為に他の団員も止まらないといけない。
それは危険だなぁ…。

「てめぇ!何だその態度は!?」

急に奥の方が騒がしくなった。
見てみると、リヴァイ達と3人組の先輩団員の1人が睨みあっていた。
あの先輩団員、前にマーガレッタに集っていた人達だ。

「あぁ?」
「その目は何だ!それが先輩に対しての態度か!?」
「何だ、てめぇは」
「調査兵団は規律を重んじる!」
「よせよ、リヴァイ」

金色の髪、ファーランがリヴァイを止めに入っている、が。

「こいつがふっかけたんだ」

リヴァイは全く聞いていない。
効いていない、と表現した方が良いだろうか。

「アネモネ、あれ、止めた方が良いのかな…?」
「放っておこう」

巻き込まれるのは御免だ。

「地下街の人間が地上に出てきて同じような待遇されると思ったら大間違いだぞ!汚いごみ溜めの中で生きていた人間がよぉ!!」
「…モブリット」
「ん?」
「前言撤回」
「え?…アネモネ!?」

私は悪くない。
私の逆鱗に触れる発言をした先輩が悪い。
立ち上がってリヴァイ達の方へ向かう。

「アネモネ…!騒ぎを大きくしない程度にね…!」

出来るだけ努力はするよ。
先輩団員の後ろに立って肩を叩く。

「あ!?…何だ、アネモネ」
「先輩、前もこんなことありましたね」
「…お前は関係無いだろ」
「関係はありませんけど、表現に些か頂けない部分がありましたもので」
「はぁ?」
「地下街の人間に対しての表現。彼らだって私達を同じ人ですよ」
「犯罪に手を染めている奴らを一緒にするな、アネモネ」
「先輩。先輩が地上に生まれたのは自分自身が何かしたからですか?」
「いや…」
「地上に生まれ、地上で生活出来るというのは、生まれる前に、個人で選択出来るんですか?」

私が何を言いたいか分かったようで、先輩団員は口を噤む。
後ろに居る2人も私から目を逸らした。

「地下街で生きている人達は、好きで犯罪に手を染める環境に生まれ育っている訳じゃない。それを攻撃するのは、只の差別です」



規律は人の基準となる部分を指す。
基準を守る為には、皆が平等でなければならない。
どこの出身でも、どんな環境で育っても、兵団員の規律には関係ない。



「お、お前も先輩に歯向かうのか!?アネモネ!!」

リヴァイと言い合っていた先輩団員が突然、声を荒げた。
他に威張れる箇所が無いのかな、この人。

「あの時はミケさんを倒した直後だからビビっちまったが、1年の間に俺も強くなった!歯向かう奴には鉄づぃ…!」

言いながら私に拳を振るってきたので、私は避けて、先輩団員の顎に掌底を1発。
仰け反った先輩はそのまま床に倒れた。

「話しながら殴りかかると舌噛みますよ、先輩」

聞こえてるのか分からないけど一応注意しておこう。
先輩か1年の間に強くなっているなら、私だって、他の団員だって同じだ。
己の力を驕っているな。

「連れて行って貰っていいですか?」

見るだけだった他の2人の先輩団員に言うと、揃って慌てふためき、伸びている先輩団員を担いで食堂を後にしていった。
これで静かになるな。
リヴァイを見ると私を睨んでいた。

「…何」
「礼は言わねぇぞ」

は?

「…何で君にお礼云われなきゃならないの」
「あ?」
「腹の立つ言葉を言った先輩を指摘しただけだよ。」

何を言ってるんだ、リヴァイは。
そう返事をして私はモブリットの元へ戻った。

「…アネモネ」
「大丈夫。先に手を出してきたのは先輩だから」
「でも…」
「目撃者も多いし、問題にはならないよ。さ、続き」


私はそう言って革製の巻物を眺めた。



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