鬼事

「以上が変更点だ。何か質問があるものは」
「はい、ミケさん」

調査兵団に隣接している演習場。
そこでミケさんの班と長距離索敵陣形について話を詰めていた。
フラゴン分隊長がリヴァイ達についているので、私はミケさんの班で話を聞いた。

「アネモネ」
「荷馬車の台数が増えたのは何故でしょう?」
「今回の長距離索敵陣形でどれ程の補給が可能か情報が欲しい為、まず多く持って行くと判断した」
「逆ではなくて?」
「そうだ。数を増やすより、数を減らす方が判断しやすい」
「成程。分かりました」

林の外れでミケさんを囲んで話を進める。

「他には無いか」

ミケさんが囲んでいる私達団員を見回す。
特に意見は出なかった。

「以上で話を終える。各自演習に戻ってくれ」

私達はミケさんに敬礼を見せて解散した。

「おいっ。アネモネ」
「フラゴン分隊長」

分隊長が立体起動装置を付けて私の元にやってきた。
確か、リヴァイを見ていた筈。

「どうされました?」
「お前、今すぐ立体起動装置を付けてこい」
「え?は、はい…」

私の演習はもう少し先だったのでまだ付けていなかった。

「何かあったんですか?」

演習内容変わったのかな。

「付けたら林の入り口に来い」
「あの、何を…?」

私、今日は林の演習入ってなかったような気が…。

「リヴァイの相手をしろ」
「…は?」

リヴァイの、相手?

「え、分隊長?」
「あいつと鬼事をしろ。そして負かせ」
「ま、負かせとは…」
「そのままの意味だ」

良いから早く来い。とフラゴン分隊長は林の方へ戻っていった。
話の内容から察するに。

「リヴァイ、何かしたのかな…」


※※


立体起動装置のベルトの確認を行いながら林の入り口に向かうと、フラゴン分隊長とリヴァイ達、何故かハンジさんとモブリットも居た。

「…何しているんですか、ハンジさん」
「いやぁ!これから君とリヴァイが戦うって聞いたもんだからこの目で見たくてね!」
「戦うんじゃなくて、鬼事です。それより、そんなことしている暇、あるんですか…」
「アネモネ、無い。無いからこれが終わったら俺が直ぐ持ち場に引っ張ってく」
「…大変だね、モブリット」

モブリット、これから先も苦労しそうな予感しかしない。

「アネモネ、最終確認を」
「はい、分隊長。モブリット、頼んで良い?」
「もちろん」

モブリットは慣れた手つきで私の身体に張り巡らせてあるベルトの確認を行ってくれる。

「大丈夫」
「ありがとう」
「よし、始めるぞ」

フラゴン分隊長の号令で私はホルダーからトリガーを取り出す。
少し離れた所で木に寄りかかっていたリヴァイもこちらにやってきた。

「何をするんだ」
「鬼事だよ。聞いたこと無い?」
「…餓鬼がする遊びじゃねぇか」
「そうだけど、立体起動装置の鍛錬には最適なんだよ」
「くらだねぇ」
「そう言わずに、試しにやってみようよ。リヴァイ、立体起動装置上手じゃない」
「相手はお前か?」
「お前じゃなくてアネモネ。名前で呼んで。鬼はどっちがやろうか?」
「やるとは言ってねぇぞ」
「じゃあ鬼はリヴァイね。分隊長!号令を下さいっ」
「おい…」
「始め!」

分隊長の号令を聞いてさっさと林の木にアンカーを刺した。

「早く来ないと置いて行くよ〜!」

リヴァイに声をかけてトリガーを操作して林に入っていく。
アンカーを外して次の木に刺し、また飛ぶ。
暫くすると後ろから音が聞こえてきた。
よしよし、やる気になってくれたかな。


※※


「お〜!勢い良く飛んで行ったね」
「ハンジさん、これ終わったら戻りますよ。忘れないで下さいね」
「分かってるよ〜。モブリットはしつこいな」
「しつこくしないと言う事聞かないのは誰ですか!」

何で俺がこんな役目を!

「なぁなぁ!」

リヴァイと供にやって来た赤毛の女、イザベルが俺に声をかけてきた。

「何?」
「あの女、すっげぇな!」
「え?」
「兄貴のペースに飲み込まれねぇの!すっげぇ!」

彼女は多分、アネモネのことを言っているのだろう。

「どういう意味?」
「リヴァイの兄貴と話す奴って大体、兄貴のオーラに圧倒されちまうのに。俺だって偶にビビるぜ!」

まぁ、アネモネはある意味、怖いもの知らずだから。
相手が誰であろうと、ミケさんやエルヴィン分隊長やキース団長であろうと、決して臆しない。
訓練兵団の時に出逢ってからずっとそうだから、きっとそれが彼女の性格なのだろう。



ザッ!と林の上の葉が鳴った。
アネモネが飛び出て来て、その後にリヴァイも出てくる。
リヴァイがアネモネに手を伸ばした。
彼女は気が付いて身体を上手く捩じって避ける。

「うわっ!今のは上手いな!」

ハンジさんが思わず声を上げるのも無理はない。
普通の団員じゃあ、あの躱し方は空中では出来ない。
本当に運動神経が良いな、アネモネは。
2人揃ってまた林の中に入っていった。

「どっちが勝つか、賭けるか?」

フラゴン分隊長が金色の髪の男、ファーランに声をかけた。

「…その笑い方は何すか、余裕っすね」
「アネモネが勝つ方に俺は賭ける」
「リヴァイだって負けてないっすよ」

ファーランは分隊長に反論した。
さっきの演習を見た限り、正直リヴァイの立体起動装置の扱い方は、今の調査兵団内においても中堅の団員と肩を並べるレベルだろう。
独学と聞いたけど、凄いと唸ることしか出来ない。

「アネモネの立体起動装置の扱い方は調査兵団内でトップレベルと言っていい」
「根拠はあるんすか?」
「あるんだな〜、これが」

ハンジさんが会話に加わった。
こっちも楽しそうだ。

「アネモネはね、昔居た団員が遺した、立体起動装置のデータが全部頭の中に入っていて、それを行動に移すことが出来るんだ」
「データ…すか」
「そう。ワイヤーの射出するタイミングとか、それで移動出来る距離とか、その速さとかを、ね」
「…そんなん、覚えれば誰だって…!」
「それが上手くいかないんだよ」

イザベルが反論しようとしたが、ハンジさんが遮った。

「データを再現するにはまず、身体能力が必要なんだ。頭で解っててもそれを行動に移す肉体、殆どの団員はそれを持っていないから行動に移せない」
「…あの女は違うのかよ」
「そうだよ、アネモネは違う」

アネモネは、マーガレッタの遺品のデータを手に入れた後、時間を見つけては立体起動装置の鍛錬に励んだ。
身体を酷使し、その肉体にマーガレッタが遺した立体起動装置のデータを叩き込んだ。
とても他の団員には出来ない過酷なもの。
それを彼女はやってのけた。
そして今や、あの何百というデータの項目を全て再現し、使いこなせるまでになった。
立体起動装置において、彼女の右に出るものは居ない。

「何をしている」

後ろからエルヴィン分隊長がやって来た。
俺は分隊長に敬礼を見せる。

「何だ、エルヴィン」
「演習の進捗を聞きに来た。…何故2人がここに居る?馬術の演習はどうした」

エルヴィン分隊長はファーランとイザベルを見て、フラゴン分隊長に尋ねた。

「今、アネモネとリヴァイに鬼事をさせている」
「…何故」
「あいつも、自分より強い奴が居ると分かったら、あの傲慢な態度、どうにかなるだろ」
「それにアネモネを使ったのか」
「あぁ。俺の部下だ、どうしようと俺の勝手だろ」
「アネモネは今の調査兵団に必要不可欠だ」
「分かっている。何だ、俺に説教か?」

…2人の間に緊張感が漂ってきた。

「わわっ!」

慌てた様な声と共にアネモネが林から飛んできた。
その直ぐ後ろにリヴァイがついていた。

「リヴァイが追いつきそう…!」

信じられない、あのアネモネの速さについて行けるのか。
アネモネはワイヤーを巻いて木の枝に着地すると、方向を変えてアンカーを放つ。
ワイヤーを短めにし、枝から枝へ器用に移動する。
その後をリヴァイもついて行っている。

「同じ速さで動けるんだね…!興味深い…!」

ハンジさんは食い入るように2人を見ている。
…この後、仕事になるかな…。

「アネモネ!!」

突然、エルヴィン分隊長が大きな声でアネモネを呼んだ。
呼ばれたアネモネは1度空中に飛び、分隊長を見た。

「アネモネ!ガスは節約しなくても良い!」

分隊長はそうアドバイスをした。
そうか、何時もの壁外調査の癖で、アネモネはガスの残量を気にして、速さが全力じゃないんだ。
アネモネがニッと笑う。

「了解しました、エルヴィン分隊長!」

アネモネはガスを吹かし空中をワイヤー無しで飛んだ。

「うわっ!アネモネはまだ速くなるんだね!!」

ハンジさん、鼻息が荒い…。
ガスの節約をしなくなったアネモネはあっという間にリヴァイとの距離を離していった。


※※


「距離、離れたかな…」

ガスの節約が必要無いと気が付いて、全力で飛んだ。
壁外調査の癖がついちゃってるんだな、良いことだ。
近くの枝に着地してリヴァイの様子を見る。
結構離れた場所で私を探していた。

「よしよし」

ここは1つ、細工を使おう。
手頃な枝を1つ手に取り、ワイヤーの1本に巻き付ける。
バネの原理を使って撓らせ、アンカーを打って固定した。

さぁ、来い。

私を探しながらリヴァイが飛んできた。
もう少し、引き付けて。

今だ。

枝に巻き付けていたアンカーを外した。
リヴァイ目掛けて枝がバネの様に跳ねた。
目の前に枝が飛んできたリヴァイは反射的に避ける。
そして、私が側に居るだろうと探す為にスピードが落ちる。

予想通り。

私は枝と一緒に用意していた、自分の身体を支えていたもう1本のワイヤーを静かに下ろした。

「タッチ」

リヴァイから見えない場所、丁度真上に隠れていた私は、彼の頭上に降りて両肩に触った。

「私の勝ち、だね」

リヴァイが私を見上げる。
その表情は鬼の様に険しかった。

こわっ!

「そこまで!」

立体起動でやって来たフラゴン分隊長が声を上げた。
いつの間に。

「アネモネの勝ちだな、リヴァイ」

フラゴン分隊長はそれはそれは満足そうに言ってくる、けど、鬼事したの、私なんだけどな。
分隊長を睨んだリヴァイがもう1度私を見上げてくる、だから怖い。

「…そんなに睨まないでよ…」

思わず言ってしまった。

「リヴァイ、これで分かっただろう?立体起動装置の扱い方が上手いだけじゃ壁外調査では生き延びれない。アネモネのように使いこなし、応用を効かせられるようになれ」

まるで自分が行ったかのようにフラゴン分隊長は言う、けど、いや、もう良いや。
フラゴン分隊長の言葉を聞いたリヴァイは大きな舌打ちをして、ワイヤーを伸ばし1人林の入口に向かってしまった。

「リヴァイ!どこ行くの?」
「放っておけ」

後を追おうとしたけどフラゴン分隊長に止められてしまった。

「あいつも馬鹿じゃない。頭を冷やせば自分の立場を理解するだろ。それよりアネモネ、よくやった」
「…ありがとうございます」

何だか素直に喜べないな。


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