交流
「よし、綺麗になった」
壁外調査が近いこともあったので、夕食後、立体起動装置をしっかりとオーバーホールした。
お陰で今は就寝時間を過ぎてしまった。
金属で汚れた手をしっかりと洗って、洗い場を後にする。
「うわ…月が綺麗…」
古城の窓から月明かりが差し込んでいた。
今夜は冷え込んでいるせいか月が良く見えた。
「…ん?」
廊下の外れの階段に人影。
誰だろ、こんな時間に、…って、私が言えた台詞じゃ無いけど。
「あれは…リヴァイ?」
ほっそりとした小柄なシルエット。
でも女性ではない体格。
「あの階段って…屋上だよね」
他に通じる場所はなかった筈。
何の用だろう?
私は考えながら、ふと明るい月を見上げた。
※※
屋上に続く古びた木の扉を開けば、城壁の端にリヴァイは腰を下ろしていた。
そちらに歩いて行くと、足音で振り返る。
「…何だ」
「それはこっちの台詞だよ。どうしたの、こんな時間に」
「…てめぇには関係ねぇだろ」
相変わらず口が悪い。
「ほら」
私は持参したブランケットの1枚をリヴァイの肩にかけた。
リヴァイは迷惑そうに私を見る。
「何だ、これは」
「今日は冷え込むから、そのままだと風邪ひくよ。壁外調査も近いんだから」
私はもう1枚のブランケットを肩かけにして、隣に腰を下ろした。
「飲む?」
同じく持参したポットから食堂で作ってきた白湯をカップに注いで差し出した。
「何だ、それは」
「お湯だよ」
中身を聞いてリヴァイは鼻で笑った。
「酒じゃねぇのか」
「私、未成年。あったまるよ」
更に差し出すと、リヴァイは素直に受け取った。
私が白湯を飲む姿を確認して。リヴァイもカップに口をつけた。
「…寝れない?」
「あ?」
「月明かり、今日は明るいから、そうなのかなって」
「…どうしてそう思う」
「親友にね、地下街出身の子が居たの。訓練兵団に入って暫くは月が眩しくて眠れないって。私も何度かこんな風に眠くなるまで付き合ったんだよ。だから、そうじゃないかなって」
膝を立ててブランケットで身体を包む。
内側からほんわりとあったかい。
「…違ってたらゴメン」
リヴァイを見ると、私のことをジッと見ていた。
昼間の様に睨むわけでは無く、探るように見ていた。
「…居たのか」
「え?」
「地下街の人間が」
「え、あぁ、うん。居たよ」
「そいつはどうした」
「…死んだよ。1年前に、ね…」
マーガレッタの笑顔を思い出す。
花の様に可愛く聡明な私の親友。
あの事件に巻き込まれなかったら、今頃、本当はそう思ってはいけないけど、今頃きっと、沢山活躍する調査兵団員になっていただろう。
「…そうか」
リヴァイはどうして、とか何故、とか何も聞いてこない。
死に対してとても冷静な人なのだろう。
「…お前は」
「お前じゃない、アネモネ」
「何でそんなに、普通に俺と話す」
「普通…?」
「その親友で免疫が出来ているのか」
「異物みたいに言わないでよ。リヴァイも親友も人間なんだから、普通に話すのは当たり前じゃない」
私は手元のカップに目を向ける。
月が映っていた。
「…そうだな、強いて言えば、リヴァイにこの環境に慣れて欲しいから、かな」
「環境だと?」
「そ、この調査兵団っていう特殊な環境に、ね」
私は月を見上げた。
隣のリヴァイも見上げる気配がする。
「慣れて、当たり前になって欲しい。兵団員と交流することも、この月明りの中眠ることも」
最初は眠れなかったマーガレッタも何時しか当たり前のように、こんな月明りの中眠った。
だから、リヴァイ、君だって。
「…お前は」
「ん?」
「お前は、なんでこんな時間に起きている。消灯時間とやらはとっくに過ぎているだろ」
「さっきまで立体起動装置のオーバーホールしてたの。許可は取ってあるよ」
「オーバーホール?」
「部品を解体してしっかりメンテナンスすること。大事だよ」
「…そうか」
「したことないの?」
「あの機械はファーランに任せている」
「そうなんだ。じゃあファーランは機械に強いんだね」
「あいつは知識がある。顔も広い。社交性もある」
「随分褒めるのね」
マダムからの情報を思い出す。
成程、仲間思いなのは本当だ。
「イザベルは?」
「あ?」
「リヴァイから見たイザベルって、どんな人なの?」
「馬鹿だ」
「え」
何この落差。
「馬鹿だが真っすぐな奴だ。…生き物が好きらしい」
「生き物…動物ってこと?」
「あぁ」
「そういえばイザベルは馬術が凄く上手ね。馬に気に入られたみたい」
「馬鹿同士気が合うんだろ」
「馬は頭が良いんだよ。きっと動物好きなのを感知したのよ」
ピュウ。と冷えた風が吹いた。
堪らず身が震う。
「うぅ、寒い…。そろそろ寝よう。リヴァイは?」
「勝手に寝ろ」
「まだ居るってことね。ポット置いていく?」
「要らねぇ」
「カップは明日返せば良いから。白湯が水になる前には兵舎に入るんだよ」
肩にブランケットをかけたまま飲み切ったカップとポットを持って立ち上がった。
「おい」
「アネモネだってば」
「これも持って行け」
リヴァイは私が渡したブランケットを差し出す。
「良いよ。適当に返しに来て。それ無かったら風邪ひくよ」
「おい…」
「おやすみ〜」
名前を呼ばないから呼びかけを無視して手を振って屋上を後にした。
…随分、話した気がする。
このまま仲間として、打ち解けていけたら良いな。
※※
「…うぅ、さむ…」
次の日、朝日が昇る前に支度を終えて私室を出る。
「日が出ないと寒いな…」
1人ごちて古城の廊下を歩く。
まだ起床時間ではないので静かだ。
「…ん?」
向かいから人が歩いて来た。
誰だろ、こんな朝早く。
「…え、」
向かいから歩いて来たのはリヴァイだった。
「お、おはよう…」
「これを返す」
「…挨拶しなよ、リヴァイ…」
リヴァイはずい。と昨晩私が貸したブランケットを突き出していた。
受け取ってそのブランケットを見つめる。
几帳面に畳まれていた。
「…リヴァイって…」
「何だ」
「律儀?」
「あぁ?」
「いや、だって。借り物ちゃんと返しに来るし…」
ゴロツキだったらそのまま私物にされちゃいそう。
…いや、これは勝手なイメージかな。
「てめぇに借りを作ったままが嫌なだけだ。何を勘違いしてやがる」
「勘違いしてるのはどっちだか」
「あ?」
「リヴァイって自己評価が下手くそそうだもんね」
「…なんの話だ、てめぇ」
「てめぇじゃない、アネモネ」
「知るか」
「いい加減名前呼んでくれてもいいんじゃないの?」
「必要ねぇ」
「そんなことないよ。お互いの仲を深めるにはまず、名前を呼び合うことから」
「気持ちわりぃ」
「ひどっ。…そうだ!仲を深めるということで、一緒に鍛錬しない?」
「断る」
「1人でずっとやってるんだけど、いい加減鍛錬相手が欲しかったんだよね」
「…てめぇ、話聞こえてるか」
「だ、か、ら。アネモネね。どう?立体起動装置とか?」
「何かあったのか」
後ろから声をかけられ振り返ると、エルヴィン分隊長が立っていた。
ベルトをしておらず、普段きっちりと閉められているYシャツの胸元を少し開けていて、ラフな雰囲気だった。
「おはようございます、分隊長…リヴァイ、敬礼」
私が敬礼を見せているのに、する気配が無いので促すが、腕を組んで分隊長を睨んでいた。
「リヴァイ…!」
「構わない。今は就業前だ」
「でも、分隊長…」
「それより何をしている?アネモネは朝の鍛錬か?」
「はい。リヴァイが昨日貸した自分の私物を返却に来たので、鍛錬に誘っていました」
「貸した私物…?」
私が綺麗に畳まれたブランケットを見せると、エルヴィン分隊長が僅かに訝しんだ表情を見せた、あれ、どうしてだろう。
「分隊長…?」
「アネモネ、何故私物を貸すような状況になった」
「え?」
調査兵団に入って1年強経つが、こんな質問をされたのは初めてだ。
私は当惑してしまった。
「何でてめぇに話さなければならねぇ」
「リヴァイ!黙ってて…」
君が入ると確実に拗れる…!
「お前が説明してくれるのか、リヴァイ」
「話す必要がねぇだろ」
「じゃあ黙っていろ」
ぴしゃりと言い放って分隊長は改めて私と向き合う。
青色の瞳は何故か責めるような色を見せた。
「あの、分隊長。…私、何か規律に反するような行動をしましたか…?」
「いや、規律には反していない」
「じゃあ、何故説明を求めるのでしょう…?」
何が何だか良く分からない。
団員同士の私物の貸し借りなんて日常的なのに、何故こんな咎められような目で見られなければならないのか。
分隊長はジッと私を見ていたが、強い視線が弱まった。
「…いや、何でもない。今のは忘れてくれ、アネモネ」
「は、はぁ…」
「鍛錬前に呼び止めてすまなかった。壁外調査前だ、怪我の無いように注意しなさい」
「…畏まり、ました」
すれ違いざまに、分隊長は私の頭をそっと撫でていった。
振り返るとリヴァイが分隊長を睨んでいた。
その視線を横目で流し、分隊長は私室の続く廊下を歩いていった。
…何、だったんだろ…。
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