不信

分隊長の心理が読めない。
最近の行動は特に良く分からない。
ゴロツキをスカウトしたり。
話を聞きに行けと言ったのに、報告は碌に聞かない。
かと思ったらリヴァイに私物を貸したことを執拗に聞こうとした。

「何なんだ…」
「何がだい?」
「うわぁ!!」

演習場の林の木の下に座り考え事をしながら独りごちたら、隣にハンジさんが座っていた。
何時の間に、全然気が付かなかった。

「居るなら声をかけて下さい!」
「いやぁ〜、アネモネ考え事に耽っていたからつい、観察しちゃってたよ〜。相変わらず見目麗しいね〜」
「…何を言っているんですか、ハンジさん…」

壁外調査前の緊張感漂う中で、って考え事に耽っていた私が言えた立場じゃないけど。

「何か悩み事かい?」
「え?」
「そんな表情してたから」
「そんなに顔に出てました…?」
「そうだね、私はそう見えたかな」

鋭いんだよね、ハンジさんって。

「悩み事…と言えるのか分からないんですけど、エルヴィン分隊長が何を考えてるのか良く分からなくて…」
「どの辺りで?」
「どの辺り…」

沢山あってどれから話したら…。

「リヴァイを、どうしてスカウトしたのでしょう…」
「そりゃ、戦力強化だろうね」
「にしても、随分と大胆な考えです…」
「エルヴィンも焦ってるんだろうね」
「…焦っている?」

そんな様子とは程遠い人だ。

「アネモネは知らないんだね、エルヴィンがどれ程この長距離索敵陣形に時間を費やしたか」
「ここ最近の話では…?」
「ううん。もう君が入隊してくる何年も前からだよ。ずっと団長に打診し続けて、昨年やっと案が通ったんだ。この好機を逃したくないと誰だって思うさ」
「そうだったんですか…」

それは知らなかった。

「見ていて思うよ。良く心が折れないなって。それ程…不屈な精神を持てるなって、感心する」
「分隊長、以前、野心が強いと言われていたことがあります」
「野心というより…理想が高い、の方が近いんじゃないかな」
「理想…」
「うん、理想。長距離索敵陣形を使い、団員の生存率を上げ、人類未踏の地へ足を踏み入れる。傍から聞いたら理想が高いだろう?」
「まぁ、そうですね…」

壁の外で生き残るだけで精一杯なのに、そんなことが出来るのか。
調査兵団に入ってから良く聞くようになった評価の1つ。

「エルヴィンは君が入ってきてから更にモチベーションが上がったよ」
「そうですか?」
「団員の戦力が決して高い訳では無いからね。皆、腕を上げる前に巨人に喰われてしまう。そんな中、アネモネみたいに戦力の高い新兵が入れば壁外で出来ることが増える、嬉しいさ」
「そんなことは…」
「それに、偶然とはいえ、君はエルヴィンの理想の1つを実現させる手助けをした。その命をもってね」
「あれだって偶々ですし」
「アネモネは自己評価が低いな〜。私だったらそれを理由に巨人の捕獲を提案するのに」
「…今、何て仰いました?」
「巨人の捕獲だよ。色々と調べる為に」

ハンジさんの言葉を飲み込むのに数秒を要した。
捕獲、って捕まえる、あの、捕獲?

「い、生け捕りということですか?」

巨人は行動不能になれば蒸発して消える。
調べる為には生きたままでなければならない。

「そうだよ」

さらりと返事をされ言葉を失ってしまった。

「捕獲するちゃんとした装置さえ開発出来れば夢の話では無いと思うんだけどね〜」
「どうでしょう…私には夢の様な話にしか聞こえません…」

変人と呼ばれる人の考えは全く予測が出来ない。

「さて、君の悩み事は直ぐ解決出来るものだったし、私は演習に戻るかな」
「解決…?」

出来ないから悶々とした気持ちだったのに。

「簡単じゃないか。直接エルヴィンに問えば良い」
「…あ、」

確かに、ロヴォフの1件から意識的に接触を避けていたけど、分隊長は用があれば私に声を掛けてきている。
話してはいけない訳ではないのだ。

「でも、分隊長、今お忙しいですし…」
「悩み事があると、壁外に行った時判断が鈍るよ。解決出来るものはしておきなよ、アネモネ」

ハンジさんの言葉がそっと背中を押してくれる。

「…はい。」

私が参加する演習はもう終わっている。
分隊長は団長に呼ばれて今兵団舎に居る。

私は立ち上がって兵団舎に向かった。


※※


「団長室には居なかったな…」

となると、分隊長の執務室に戻られたのかな。

「取り敢えず、行くだけ行ってみよう」

行動が大事、うん。
団長室から分隊長の執務室は直ぐそこだ。
廊下を歩いて、突き当りを右に曲がる。
その先を更に右に。

「やっぱり」

分隊長の執務室はドアが閉まっていた。
これは在室の合図。

「おい」

突然声が聞こえ肩を叩かれた。

「…リヴァイ、何をしているの?」
「それはこっちの台詞だ」
「私は分隊長に用事があったから来たの。居るみたいだし」
「居ねぇ」
「どうして分かるの?」
「…さっきノックをした」
「返事が無かったの?」
「あぁ。そうだ」
「おかしいわね…」
「何故だ」
「ドアが閉まっているのは在室の合図なの。分隊長、間違えて閉めたのかな…」
「恐らくそうだろう。ここを離れるぞ」
「いや、私は待ってるから良いよ」
「あぁ?」

廊下を進もうと背中を向けたリヴァイに伝えると、ギロリと睨むながら振り返った。

「…リヴァイは人を睨むのが癖なの?」
「あ?」
「そうやってギロッって…」
「悪いか」
「良いか悪いかの話じゃなくて、直した方が良いよ、怖いし」
「てめぇがどう思おうと俺には関係ねぇ話だ」
「イヤ、私だけじゃなくて…」
「何をしている」

何時の間にかエルヴィン分隊長廊下の先に立っていた。

「分隊長!」
「2人で何をしている」
「私は分隊長にお話がありまして…。そういえばリヴァイは?リヴァイも話があったの?」

ドアをノックしたって言ってたし。

「先に来てたんだし、リヴァイ…」
「こいつに話なんかねぇ」

吐き捨てるように言ったリヴァイは、そのまま廊下を歩いて行ってしまった。

「…え?」

じゃあ何でここに居たの??
首を傾げながらリヴァイの背中を見る。


カタリ。
分隊長の執務室から物音が聞こえた。


「…?」
「アネモネ、離れなさい」

不思議思ってドアノブに手をかけようとすると、分隊長が私とドアの間に割って入ってきた。

「分隊長…?」

自身の執務室なのに、分隊長は慎重にドアを開けた。
私は分隊長の後ろから室内を見る。
前に来た時と何も変わらない、今は会議などの予定が無いので執務机以外が片付けられている広い室内。
何がさっき音を立てたのだろう?

「…何だったんでしょう?」

分隊長を見上げると思っていたより険しい表情をしていたので驚いた。
私の質問には答えず、分隊長は入室するとカーテンの隙間や執務机の下等を執拗に調べ始めた。

「あの、エルヴィン分隊長…?」

窓の格子を見た時、分隊長の動きがやっと止まった。

「…ここから出ていったか…」
「出ていった…?」

ど、泥棒!?

「物盗りですか!?」
「いや、思い当たる節がある、問題無い」

問題大有りですよ!!

「私!ミケさん呼んできます…!」
「いや、良い。どうやら少し前からこの部屋にネズミが入ってきているようだ」
「ネズミ…ですか…」

何だ、泥棒の類かと思って驚いちゃった。
ネズミにそんなに警戒するなんて…分隊長、苦手なのかな。

「特に紙類を食い千切られた形跡は無い。問題無いだろう。それよりアネモネ、話とは何だ」
「え?あ、…えと」

勢いのまま来てしまったから、そんなに話が纏まっていなかった。
簡潔に話そうと考える私を分隊長は表情の無い顔で見つめる。

「アネモネ」
「はい」
「前にも話したが、私との接触は極力避けなさい」
「…しかし」
「ロヴォフの件はまだ終わっていない。君がマダムに送った手紙が開封されていたように、君も監視されている可能性は捨てきれない」
「…はい、ですが」
「私1人ならどうにか出来る。しかし、君を守り切れる保証が難しい」
「守る…?」
「どんな手を使ってくるか分からない。長距離索敵陣形の運用が始まった今、君の様な高い戦力と利口な頭脳を持った団員が欠かせない。壁の中で失う訳にはいかない」
「それで、私の信用を失ってでも、ですか?」
「…信用?」
「今の分隊長は…何を考えているのか分かりません…。リヴァイのスカウトの件もそうですし、マダムの所で何故、行くように命令をしたのですか?…分からない事だらけです」
「今の私は、信用に値しない、ということか」
「…正直、」

分隊長は私を見る。
私も見つめ返した。
先に目を伏せたのは分隊長だった。

「…そうか」

分隊長は立ったまま、執務机を指で撫でる。

「君は本当に、俺の想定外のことをしてくれる」
「え?」
「そうだな…君は、人であって、感情があるから、疑問に思うのも自然か」
「…はい」
「マダムの所で君を行かせたのは…少し、俺の私情が入っていた」
「私情、ですか?」
「君をマダムに会わせたかった。ああいう機会が無ければ、行ける場所ではない」
「何故、ですか?」
「それが君に良いと思ったからだ。昨年の別れ際は泣きそうだったじゃないか」
「…そうですけど、」
「それに、リヴァイ達の接触は見た目以上に危険だった」
「危険?」
「以前も話したが、地下街の人間は何を嗾けてくるか分からない。先に俺達の到着を嗅ぎ付け、他のゴロツキ共と奇襲をかけられたかもしれない。その危険から、君を遠ざけたかった」

机を撫でる自身の指を見つめていた青色の瞳が私を映した。

「アネモネ」
「はい」
「君は、俺の希望だ」
「え…」
「巨人との接触を避けることで生き延びることに成功した君は、長距離索敵陣形の運用開始時期を早めた。俺が長年説き伏せられなかった団長や議員を、君はその身を持って黙らせることが出来た。希望以外の何者でもない」
「エルヴィン…分隊長…」


知らなかった。
そんなに、私のことを、考えて、動いてくれていたなんて。
こんなにも、接する機会が無い中、評価して下さっていたなんて。
さっきまで分隊長を信じていなかった自分を恥じた。


「分隊長、申し訳ありませんでした…私が浅はかでした」
「いや、良いんだ。しかし、これで少しは君も信用してくれるな?」
「勿論ですっ!」
「そうか、ならば、リヴァイと余り関わるな」
「えっ」

何故、今、リヴァイ?

「リヴァイが何を嗾けてくるか…分からないから、ですか」
「…あぁ、そうだ」
「分隊長。リヴァイはもしかすると、分隊長へ仕返しを考えているかもしれません」
「何故そう思う?」
「ここに来るまでの馬車でリヴァイは分隊長について私に尋ねました。質問の仕方が不自然だったので…分隊長も気を付けて下さい」
「…分かった、そうしよう」



分隊長は再び目を伏せた。
その仕草は、何かを隠している様にも見えた。
けど、きっと私の思い違いだと考えた。



その考えを、後に後悔することとも知らずに。



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