真相
―真実は、時として残酷だ。
「はぁ…はぁ…は…ぁ…」
第23回壁外調査、暫くは天候も良く長距離索敵陣形が保たれた。
しかし、天候が悪化、信煙弾が目視不可能となった。
雨の為視界も悪い。
陣形が保たれているのか分からない中、ひたすらに馬を走らせる。
「2時の方向!10メートル級1体!」
誰かの声が叫んだ。
「誰か!戦える奴は居るか!?」
「はいっ!自分が戦えます!!」
馬を走らせながら聞こえてきた声に返した。
「アネモネか!?」
「はいっ!!」
馬が近づいてくる。
フラゴン分隊長だった。
「行くぞ!」
フラゴン分隊長は馬の方向を変える。
私も後に続いた。
「…!居たぞ!」
少し走らせると巨人のシルエットが雨の降る中浮かんだ。
「立体起動に移るぞ!」
「承知しました!」
近くの木にアンカーを刺して馬から飛び上がる。
「分隊長!自分が囮になります!!」
「喰われるなよ!」
「はいっ!!」
力のあるフラゴン分隊長が項を狙った方が確実だ。
私の申し出に分隊長が動いてくれた。
巨人の前に立体起動で移動する。
「こっちだ!」
態と視界に入るように動くと巨人が私を見つけ手を伸ばしてきた。
ワイヤーを巻いて逃げる。
動きが鈍い…いける!
巨人の後ろから分隊長の姿が見えた。
「貰ったぁ!!」
項が削げると音と共に巨人が倒れ込む。
蒸気が発せられた、完全に沈黙だ。
私はここで違和感に気が付いた。
何故、私達の分隊の団員が、立体起動に移ってこない?
雨の視界の悪い中、必死に目を凝らす。
耳も澄ます、雨音と馬の声以外、何も聞こえない。
「分隊長!」
立体起動から地上に着地し、先に地上に来ていた分隊長に叫んだ。
「他の団員が…誰も居ません」
「何!?」
フラゴン分隊長も巨人の討伐に必死だったのか、改めて周りを見回した。
「何時から…」
「探しに行きますか?」
雨足が少し弱くなってきた。
分隊長を見上げるとフードの端を上げて空を見上げている。
「…いや、団長達との合流が先だ」
「しかし…!」
「俺達2人で何が出来る。自身の置かれている立場をよく考えろ、アネモネ」
2人で、この悪天候。
本隊への合流を優先するのは、冷静な判断。
「…はい」
「フラゴン!アネモネ!」
馬が2頭駆ける音が聞こえた。
霧がかかった道からマントを付けた団員が走ってくる。
「ハンジさん!モブリット!!」
「良かった!無事だったんだね…!」
私達の側に馬を止めた2人が降りてくる。
「ハンジさん、他の団員は?」
「いや…私もモブリットも気が付いた時には逸れていた…」
「多分、大きな森の横を過ぎていた辺りだと思う」
「大きな森…」
嫌な、予感が胸に湧く。
「アネモネ?」
「分隊長、森は私達人間の隠れる格好の場所です。そして…巨人が隠れるにも…」
先が言えなかった。
私の考えた予想が皆に伝わったのか、分隊長もハンジさんもモブリットも、表情が強張ってくる。
「雨の中、森の中に居た巨人に襲われた団員が居る可能性があるのか…」
「それで、陣形が寸断された可能性もあるね。どうする、フラゴン」
「方針は変えない。団長達を探す」
「…そうだね、それが1番良いね」
※※
「雨…上がったね」
「…うん」
4人で弱まった雨の中、地図を頼りに何とか団長達との合流に成功した。
しかし、エルヴィン分隊長の団員、そして、フラゴン分隊長の私達以外の団員がまだ来ていなかった。
待機命令の中、雲間の青空を見上げた。
「エルヴィン分隊長達です!」
木の上で監視をしていた団員が待機していた私達に告げる。
私は持っていた遠眼鏡で先を見た。
「…馬が少ない」
ざっと数えて5、6頭だろうか。
今合流出来ていない団員は10人以上。
恐らく予想が当たったのだろう。
「エルヴィン分隊長とミケさん…後、リヴァイかな…?」
リヴァイの名前を口にして気が付いた。
ファーランとイザベルと思わしき髪色の団員が、馬に乗っていない…。
「…まさか、」
やられた?
「アネモネ?」
隣で私の様子をみていたモブリットが声をかけてくる。
私は遠眼鏡をモブリットに渡した。
見てみて。目で伝えるとモブリットが遠眼鏡で先を見た。
「…リヴァイ以外のゴロツキが居ない…ね」
「…うん」
調査兵団にはある伝え話がある。
初めての壁外調査で半数以上が犠牲になる。
リヴァイ達は3人。
「半数以上…やられたってことね」
分隊長達が待機命令の私達の元に辿り着いたが、やっぱりファーランとイザベルの姿は見当たらない。
「リヴァイ…」
馬を降りて私達の元に来る団員の中、彼だけが外れの林に向かって行ってしまう。
「アネモネ?どこ行くの?」
「リヴァイの所!」
モブリットの問いに答えて駆け出した。
「アネモネ、待ちなさい」
私の前に腕が伸ばされる。
「エルヴィン分隊長…」
「どこに行く」
「リヴァイが別行動をしているので、迎えに…」
私は林を指差した。
分隊長は視界の端にリヴァイが向かった林を入れ、そしてまた私の方を見た。
その瞳は恐ろしく冷たい青色の瞳だった。
「分…」
「放っておきなさい」
「しかし、」
「命令だ、アネモネ」
普段私には決してかけない、冷徹な声で告げる。
分隊長から発せられる威圧に瞬間、足が竦んだ。
「アネモネ、返事は」
「か、畏まりました…」
返事を返すだけで精一杯だった。
いつもなら仲間を放っておくなんて、と反論するのに、その気持ちすら萎縮させる威圧感。
恐怖すら感じる。
「エルヴィン、合流したか」
「フラゴン、そちらの被害は?」
「…俺達4人以外合流出来なかった。そっちは?」
「私達だけだ」
エルヴィン分隊長の言葉にサッと血の気が引いた。
「エ、エルヴィン分隊長…」
「どうした、アネモネ」
「ファーランとイザベルは…?」
「奇行種に遭遇、死亡を確認した」
命に対しての言葉とは思えない、全く高揚の無い声で、表情で、分隊長は私に告げた。
私はまた、林の方を見る。
ファーランとイザベルが居なくなった。
リヴァイは…独りぼっちになってしまった。
「アネモネ」
エルヴィン分隊長に呼ばれ、再び視線を彼に戻す。
「壁外調査が終わったら話がある。私の分隊長室に来なさい」
※※
沢山の墓石が並ぶ墓地を歩く。
目的の場所を見つけ、私はその前に座った。
墓石に大きな葉が乗っている。
払って綺麗にした。
記された名前はマーガレッタ・フルテッセンス。
親友の墓だ。
私は持ってきた花を手向けた。
彼女と同じ名の花。
信頼という花言葉を持つ、マーガレット。
「マーガレッタ…終わったよ」
やっと、彼女に報告出来る時が来た。
でも…。
「でもね、マーガレッタ…思ってたより心は晴れないや…」
命をかけて私に教えてくれたマーガレッタ。
彼女の命に対しての対価が…この結末。
壁外調査後、エルヴィン分隊長から告げられた内容は事後報告の様なものだった。
ロヴォフの癒着に関する証拠をザックレー総統に送り、受け取って貰えたこと。
これにより、ロヴォフの失脚は確実なものとなったこと。
…リヴァイも、この一件に関わっていた、こと。
それを知っていて、分隊長はスカウトしたこと。
サァ…と墓地に心地良い風が吹く。
「ねぇ、マーガレッタ。…分かってはいるけど、ファーランとイザベルが犠牲にならなかった結末は…可能だったんじゃないかな…」
よく考えれば、全てが納得出来る。
分隊長がリヴァイをスカウトしたのは、その能力の他に監視をする為。
兵団内に置けば常に目が届く、不審な動きは報告される。
私がリヴァイと距離を詰めようとした時、咎めたのもそのせい。
距離を詰めれば利用される可能性が出る。
分隊長は、私がこれ以上ロヴォフの件に巻き込まれない様、配慮をして下さっていた。
だから、あんなに強く私を責めた。
『…分かった、そうしよう』
少し前、私が分隊長に行った時見せた彼の仕草は、何かを隠している様に見えた。のではなく、本当に隠していたんだ。
見抜けなかった自分が悔しい。
…いや、やっぱり私は、エルヴィン分隊長には敵わない。
「…そんなこと言ったら、君が犠牲にならずに済んだ結末だってあっただろうに…ね、」
自分の愚かな考えに冷笑が浮かぶ。
「ここに居たのか」
座った私の頭を撫でる手と声に顔を上げた。
「兄上…」
「よぅ」
手向けの花を持った兄上が私の隣に立った。
屈みこんで、兄上も私の花束の横に供える。
「エルヴィンから報告が来たよ。…事件、解決したんだってな」
「はい…」
「…その割に、浮かない顔だな。この時を待っていたんじゃないのか?」
「…犠牲が、余りにも大きすぎました…」
「マーガレッタ以外にも出たのか」
「…直接的ではありませんが」
「そうか」
立ち上がった兄上は、また私の頭を撫でた。
「アネモネ」
「はい」
「何かを変えることに、代償はつきものだ。今回は特に」
「…はい」
「お前は親友の名誉を守ったんだ。もっと誇れ」
「…そうでしょうか?」
「あぁ。託された責任をしっかり果たしただろう」
私は返事が出来なかった。
兄上の手が私の頭から離れる。
「そういえば、アネモネ」
「はい」
「エルヴィンから頼まれた人探しの話、聞いたか?」
きょとりと立っている兄上を見上げた。
人探し?
※※
兵団舎に戻るやいなや、リヴァイを探した。
「アネモネ?帰ってきたんだ」
古城の廊下を歩いているとモブリットが声をかけてくれた。
「モブリット、リヴァイ見なかった?」
「リヴァイ…?いや、見てないな」
「ありがと」
食堂にも、部屋にも居ない。
となると…。
「居た!」
屋上に続く階段を昇ると、探していた姿が見えた。
「リヴァイ!探したよ」
私が側まで行くとリヴァイが睨みつけてくる。
「…おい」
「話を聞いて欲しくて…」
「てめぇ、どの面をさげて俺の所来た」
「え?」
「てめぇも絡んでいたんだろう」
「あ〜…それは話せば長くて…」
「嘲笑っていたのか、俺達を」
「ち、違うよ!私も全部を知ったのはさっきで…」
「お前達から見たら、惨めだろうな」
「そんなこと思ってないし話を聞いて!」
「あ?」
「リヴァイ、ヤンって人、知ってる?地下街から来た人らしいんだけど」
私が訊ねるとリヴァイの表情が険しくなる。
「…何故、てめぇがその名を」
「やっぱり、リヴァイ達の知り合いなんだね…ぐっ」
リヴァイが突然立ち上がって私の胸倉を掴んだ。
「おい、またヤンを使って何かしようって魂胆か」
「また…?」
「今度は何だ?俺に壁外で巨人に喰われろとかか」
「…っ!違うよ!!」
私はリヴァイの手を振り払った。
そのまま胸倉を掴み返す。
「そんなことしないし思ってもいないしヤンって人はエルヴィン分隊長が探してくれた!!話聞けっ!!」
一息で言い切るとリヴァイの表情が驚きに変わった。
「探した…だと?」
「そう。私の兄に頼んで、探して別の病院に居るよ。って、言いたかったのに君ったら!」
掴んだリヴァイの胸倉を離すと驚きの表情のまま私を凝視する。
「何故だ」
「え?」
「あいつは何故、ヤンを探した」
「私も詳しくは聞いてない。けど、ヤンって人の立場がそうだって、きっと分隊長知ってたんだよ」
リヴァイの所に来たのは、ヤンって人を知っているかと、分隊長が何故探していたのか聞きたかった為。
だけど、状況を理解した今、探していた理由が分かった。
ヤンって人もまた、ロヴォフの件に関係していたんだ。
「今は私の兄が務めている病院で治療しているよ。経過は順調だって」
伝えるとリヴァイは私から視線を外し、古城から見える空を見つめた。
「…そうか」
「会いに行く?案内するよ」
「いや、今は良い」
「そう?」
私もリヴァイに並んで空を見つめた。
「…ヤンは」
「ん?」
「ファーランが面倒をよく見ていた」
「…そうなんだ」
「俺には懐かなかった」
「それはリヴァイの顔が怖いから」
「あ?」
「ほら、それ」
私を睨みつける眉間の皺を指でさす。
「そんな顔していたら皆怖がっちゃうよ」
「知るか」
「もっとにこやかに…リヴァイ、にこやかにしたことある?」
「てめぇ、」
「アネモネ。頑なに拒むね〜」
「呼ぶ必要なんざねぇだろ」
「まぁ、呼ぶ時が来たら呼んでよ」
「…お前は」
「まだその時じゃ無いんだね」
「俺が怖くねぇのか」
「うん」
「…そうか」
フッと、リヴァイの周りにあった緊張の空気が解ける感じがした。
その気配を感じて、私は嬉しくなった。
少しづつでも良い、リヴァイのペースで良いから、あった出来事を消化して、打ち解けてくれたら良いな。
警戒することも、疑うことも無く、ただ仲間を信じて生きていって欲しい。
そう思いながら、リヴァイと2人、夕暮れに移りそうな空を心地良い無言の空気に包まれながら眺めた。
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