好奇

「ふわぁ〜…ねむ」
「寝不足だね、アネモネ」
「ん〜…」

開かない目を必死に開いて朝食のスープを掬う。

「昨日の遅くまで起きていたの?」
「うん。リヴァイに立体起動装置のオーバーホール教えてた」
「大変だね」
「大変…では無いかな。リヴァイが出来るように手伝うの、同じ兵団員として当然だし」

パンを千切って口に運ぶ。
咀嚼しているとモブリットが私を凝視していた。

「…え、なに」
「いや、俺もアネモネ見習わないとなって思って」
「ん?」
「俺もリヴァイに色々教えてあげようかな」
「うんっ!リヴァイ、目付き悪いし口も悪いけど、話はちゃんと聞くしアドバイスも参考にしてくれるよ」
「誰の口が悪いんだ」
「あ、リヴァイ。おはよう」

声に振り返るとリヴァイが私の後ろに立っていた。

「俺の居ないところで何言ってやがる」
「挨拶が聞こえないよ」
「さっさと食え。演習に行くぞ」
「リヴァイ、朝食は?」
「要らん」
「駄目だよ。食べないと力出ないよ」

眠いけどお腹も空いてるんだ。
後ろで待っているリヴァイを無視して、またパンを千切った。

「…先に行っている。終わったら林の前に来い」
「リヴァイ!ご飯…ってもう居ないし」

行き先だけ言い残して行ってしまった。

「本当に食に無頓着なんだから」
「リヴァイって飯食べないよね。俺、見たことない」
「そんなことは無いけど、人より食はかなり細いよ」

あの体型だ。
立体機動にはもってこいだが、スタミナが心配される。
第23回壁外調査以降、3回壁外調査へ行っているが、今の所問題は無い。
が、これからもっと長時間の調査になるかもしれない。
長時間馬に乗りっぱなしという場合もあるのだ。
体力が無いと最悪の場合、乗馬中に気を失ってしまう。

「何だか意外だな」
「何が?」
「リヴァイ。あの後、退団するんじゃないかって思ってたのに」
「…そんなことはしないよ、きっと」

リヴァイにもリヴァイなりに考えがあってここに残っているのだろう。

「ご馳走さま!さて、先に行くね、モブリット」
「うん。怪我に気を付けて」


※※


「ベルトの最終確認…大丈夫だね。私のもお願い」
「あぁ」

林の前で待っていたリヴァイの遅い。という冷たい視線に迎えられ、立体起動の演習の準備を進める。

「…問題無い」
「ありがと。さて、今日は何をしようか?」
「昨日の続きで良い」
「また新しいこと?大丈夫?」
「どういう意味だ」
「ここ1週間、新しいことばかり教えてるけど、覚えきれてる?」
「何だ、俺が覚えれない莫迦とでも言いたいのか」
「違う違う。覚える量が多過ぎて頭パンクしちゃわない?」
「ここに居る奴らの脳味噌は鳥レベルなのか」
「…酷い言いようね。分かった。じゃあ、また新しい項目に進みましょうか。その前にウォーミングアップも兼ねて少し飛ぼう」
「分かった」
「リヴァイ、先に飛んで。私がついて行くよ」

ホルダーからトリガーを取り出しリヴァイに告げると、頷いてアンカーを射出した。
時差を付けて私もワイヤーを飛ばす。
リヴァイのすぐ後ろをを飛びながら、昨日オーバーホールを行った装置に不具合が無いか確認する。
うん、快調に動いてるな。

「おい」
「何?」
「どこまで飛ぶ」
「もう少し先まで。リヴァイ、そこを左に」

指示を飛ばすとリヴァイは素早く左側のアンカーを外し、遠くへ射出した。
方向を返す為に少しだけガスを吹かす。


ゴリン。


普段聞こえない音がリヴァイの立体起動装置から聞こえた。

「リヴァ…!」

明らかに操作では出ない量のガスが勢い良く噴射した。
仰け反ったリヴァイが近くの木に叩きつけられる。

「リヴァイ!!」

アンカーが外れ落ちるリヴァイを飛んで受け止める。
出血等は見当たらないが、気を失っている。

「リヴァイ、しっかりして!リヴァイ!!」


※※


「アネモネ、どうだった?」

リヴァイを医務室に預け、食堂に足を運ぶとモブリットが座って待っていてくれた。

「うん。裂傷や骨折とかは見当たらないって。でも、木に打ち付けられた時に打撲を数か所してる…」
「…信じられない。良くそれだけで済んだね」
「運が良かったんだよ。…私のせいだ」
「アネモネ、余り自分を責めないで」

モブリットが優しく肩を叩いて励ましてくれる、けど、これは私の責任だ。
オーバーホールを教えたのは、私。

「アネモネ、良いか」
「ミケさん」

入口にやって来たミケさんは私を見つけるなり呼び出した。
私とモブリットは敬礼を見せる。

「立体起動装置の保管庫に来てくれ」
「何かあったのですか?」
「あぁ」





「あぁ。来たねアネモネ」
「ハンジさん」

モブリットと私とミケさんで保管庫に行ってみれば、ハンジさんが待っていた。

「これを見て」

敬礼をしようとしたが、ハンジさんは早速本題に入った。
整備用のテーブルに置かれていたのはリヴァイの立体起動装置だった。

「何…ですか」

ガスを噴射する部位、そこを開けてハンジさんは見せてくれてる。

「見ての通り、石ころさ」
「そんな…こんな物が入る筈…!」

私達が普段腰に着けている立体起動装置はガスを使用する為、設計上密封状態にある。
ハンジさんが見せた石は指の第一関節程の大きさがあった。

「無いね。どんなに石の多い場所を飛んでもこのサイズの物が入る隙間はこの装置には無い」
「じゃあ…外側から入ったという訳では無い…」
「そうなるね」
「誰かが、意図的に、リヴァイの立体起動装置に石を入れた…?」
「残念だけど、そうなる」

背中がゾッとした。
立体起動装置は団員の命に係わる装置だ。
訓練兵団時代の3年間で、嫌という程叩き込まれる。
ぞんざいに扱うな、さもなくば巨人では無くこの装置に殺される、と。
リヴァイ以外の団員は皆、この課程を修了している。
それなのに。
今度は怒りで指が震えた。

「誰が、こんなことを…!」
「分からないが、これから団長に報告してくる。お前達は待機していろ。良いな」

ミケさんは私達にそう告げ、保管庫を後にした。

「リヴァイの命を何だと思っているの…!」
「落ち着いて、アネモネ」
「落ち着いていられない!これは悪戯というレベルの話じゃないよ!殺すところだったかもしれないのよ…!」

モブリットが宥めてくれるけど、これは怒らないと駄目なことだ。

「アネモネ、感情的になれば視野が狭くなるよ。モブリットの言う通り、1度落ち着こう」

ハンジさんにも宥められる。
私は怒りで震える肩から力を抜き、深呼吸をした。

「…少し外の空気を吸ってきます」
「一緒に行こうか?」
「ううん。大丈夫。ありがと、モブリット」

保管庫を抜けて古城の外に出た。
城の壁に沿ってゆっくり歩む。

「…リヴァイ、大丈夫かな…」

何だか悲しい。
調査兵団員としてやっていこうと懸命なリヴァイに対して、何であんな事が出来るのだろう。


『この世界の人達はね、肩書とか役職とか、そういうもので人を格付けするの』


マダムの言葉を思い出した。
本当にそうだ。
きっと立体起動装置に細工した人たちは、地下街出身のゴロツキとしかリヴァイを見ていない。
口は悪いが、律儀で、勉強熱心な所があって、向上心が強い。
一緒にいれば分かるのに。

「…ん?」

人の話し声が聞こえた。
この角を曲がった所だ。
こんな人けの無い所で、何だろう。

「やっぱりマズいんじゃないのか」
「黙っていれば分からないだろ」
「誰も見てないからな」

姿が見えた。

「…あの人達」

マーガレッタに集った、リヴァイ達にも嗾けた先輩3人。

「いや〜あのゴロツキの生き残りがぶっ飛ぶ所見たかったのになぁ」
「木に叩きつけられたって話だぜ」
「いい気味だ」
「地下街出身の汚ねぇ奴が地上に出てくるからこうなるんだ」
「とっととあの薄暗い穴の中に帰れってんだ」
「あいつは臭ぇ穴の中がお似合いだな」

3人分の卑劣な笑い声が聞こえた。


※※


身体の痛みで目が覚めた。
見えたのは白い天井。
どこだ、ここは。

「…ッ」

起き上がろうとすると胸が痛んだ。
あぁ、そうだったな。
俺はあいつと立体起動の演習をしてたんだ。
急に装置がガスを吹きやがって…後は覚えてねぇ。

「…?」

片腕をついた態勢で辺りを見ると、俺が眠っていたベットには仕切りのカーテンが引いてあった。
ベットの側の椅子にはあいつが座っていた。
分厚い本の上に紙を敷き、何かを書いてやがる。

「…おい」

声をかけると、他の奴らが紅葉みたいだと表現する艶の良い髪を動かし、琥珀の石みてぇな目が俺を見る。

「リヴァイ…。起きた?」
「あぁ」
「…身体、痛む?」
「あぁ」

俺がそう答えると、形の良い眉が悲しそうに下がった。

「…ゴメン、私の管理不足でリヴァイに怪我させて」

俺は痛む身体を動かし、起き上がって片膝を立てた。

「…お前が悪いのか」

そう聞いたが、こいつは俺から目を逸らした。

「…違うのか」
「違わないよ。違わない」

まるで、てめぇに言い聞かせている様な言い方だ。

「俺の記憶だと装置が突然ガスを吹かしやがった。原因は分かったのか」

手元の紙を見つめながら、小さく首を縦に頷いた。

「何が原因だ」
「…いし」
「あ?」
「石が、入れられてたの。私達がオーバーホールした後に」
「誰がやった」

こいつは相変わらず目線を紙に向けたまま、言い淀んでいる。
その紙を持つ手の甲に、目立つ擦り傷があった。
俺が朝見た時、パンを千切っていた手には無かった傷。

「おい」
「ん?」
「その傷、どうした」

まさか俺がぶっ飛んだ時につけた傷じゃあ無いだろうな。

「あ〜…。これ、」

何がそんなに言いづれぇんだ。

「アネモネ、居るか」

カーテンの向こうから、あの野郎の声が聞こえた。

「エルヴィン分隊長。はい、居ます」

こいつは立ち上がってカーテンを開ける。
現れた姿が俺を見た。

「起きたか、リヴァイ」
「先ほど目を覚ましました。今の所しっかり会話が出来ています」
「そうか。ところでアネモネ」

俺のことはそっちのけで野郎はこいつと会話を進める。

「あの3人の処分が決まった」
「本当ですか?」
「あぁ。1ヵ月間の馬舎の掃除だ」
「…異動処分等では無いのですね」
「人員不足の今、その処分は難しい。現段階で可能な処罰で1番厳しいものだろう。ところでアネモネ、お前も怪我をしたんだろう。常駐医に診せたのか」
「あっ。いや、あの…」
「…おい」

エルヴィンの野郎が手の傷の件に触れた途端、こいつは慌て始めた。
そして視界の端に俺を入れた。

「手の甲の傷、朝には無かった。どこでつけた」

改めて聞くと、こいつは気抜けした顔で見てくる。

「…どうしてリヴァイ、朝には無かったって知ってるの?」
「当たり前だろう。朝、食堂でお前に会ったからだ」
「…良く、見てるのね」

今度は驚いた表情を見せる。

「アネモネはお前の立体起動装置に石を仕込んだ団員が逃げるところを取り押さえた。傷はその時についた」
「分隊長!」

俺と身長の変わらない女が、3人も取り押さえただと?

「黙っていようと思っていたのに…」
「名誉の負傷だ、アネモネ」
「投げ飛ばした時に、壁に手が当たってしまったんです。次は無傷に取り押さえます」

俺は唖然とした。
そういえば、こいつは前にも、俺にクソみたいなことを言ってきやがった奴を1発で伸していた。
見た目のよらず喧嘩が強ぇな、この女。

「何故黙っていようと思ったんだ」
「リヴァイは優しいから…自分を責めないかって思って…」
「あ?」

誰が優しいだと?

「何クソみたいなこと言ってる」
「…汚い言葉は良くないよ、リヴァイ。でも、そんな軽口言えるんなら大丈夫そうだね。良かった」

そう言ってこいつは安心したように目元を綻ばせる。



変な女だ。
こいつと接していると不思議な気分になる。
こんなに、ありのままを受け入て、且つ正そうとしてくれる奴が俺の側に居たことが無い。
ファーランやイザベルとはまた違う。

…変な気分だ。
だが、悪いくない。



「分隊長。報告書ですが、まだ出来ていなく…書き終わりましたら分隊長室へお持ちします」
「分かった。今日は日が跨ぐ時間まで分隊長室に在室している。いつでも来なさい」
「畏まりました」
「ここで書いていたのか?」
「はい…リヴァイが心配だったもので…」
「本の上では書きづらいだろう。机を持ってこさせる」
「大丈夫です。リヴァイも目を覚ましましたし、食堂に移動して仕上げ…」
「おい」
「…リヴァイ、名前を呼びなって言っているじゃない。どっちを呼んだの?」
「エルヴィンの方だ」
「何だ」
「こいつは今俺と話してた。用が終わったなら出ていけ」
「リヴァイ!上官に対してそんな口の利き方したら駄目だよ」

本当のことだろう。
俺はこいつと話していた、なのに途中から入ってきたのはエルヴィンの野郎だ。

「…分かった。しっかり休め、リヴァイ。アネモネ、報告書は明日でも構わない、君も早く休みなさい」
「分隊長、注意しないのですか?」
「まだ調査兵団に来て間もない、追々直していけばいい」
「…寛大ですね、分隊長は」


俺を見ていた琥珀の石のような瞳は、今エルヴィンの野郎を見ている。
それが無性に気に食わねぇ。

この女に関心を向けられるのは悪いくない。
…今までに感じたことの無い、変な気分だがな。



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