呪縛

あれからリヴァイは変わった。





「で、ここの分隊を先頭に立たせて、索敵に回す」
「はい」
「私達フラゴン分隊は今回、団長の後ろを付くよ」
「承知いたしました」

第27回壁外調査を控え、私達調査兵団は準備に余念が無い。
今も演習場の側にある休憩所のテーブルに陣形の地図を広げ、ハンジさんからレクチャーを受ける。

「ハンジさん、団長の後ろにつくということは、全方位に対しての支援を行うということですか?」
「そうだね、機動力が1番優れている部隊が私達の所になるから…ひっ」
「え?」

地図から顔を上げたハンジさんが突然小さな悲鳴のような声を上げた。
その視線は私の肩の先を見ている。
何だろう?
後ろを振り返る。

「リヴァイ、いつから居たの?」

振り返ってみれば眉間に皺を寄せたリヴァイが腕を組んで立っていた。

「おい」
「何?」
「勝手に動くな」
「は?」

あれ、私何か演習の予定入っていたかしら。
今日の演習内容は全部消化した筈なんだけど。

「リヴァイ、この後何か演習入ってたっけ?」

私が忘れちゃったのかな。

「いや、入ってはいない」

用事があって探したとかでは無いのか。
じゃあ、何で。

「何度も言っているが、俺の目の届く場所に常に居ろ。良いな」
「え?…う、うん。分かった」

何か聞きたい事があった時に、私が側に居なかったとか。
返事をするとリヴァイは組んだ腕を外し林の中へ歩いていった。

「…特に用事は無かったのかな」
「アネモネ…私は見ちゃったよ…」
「何をですか?」
「君と話している時、リヴァイが君の肩越しに私のこと、すんごい睨んでたのを!怖かった〜。ありゃ目線だけで巨人を討伐出来るんじゃないのかな」
「…それは流石に…」

そんなに睨まれたのか、それは気の毒な。
私は返事代わりに空笑いを浮かべた。


あの1件をきっかけに、リヴァイは私との同行を求める機会が増えた。
気が付いた時には私の後ろや隣に立っている。なんてことが何度も。
そして、さっきみたいに釘を刺して去っていく。
理由は分からない。
訊ねても答えてくれないのだ。


「しかし、リヴァイはすっかり元気だね〜」
「はい。あのケガから3日で復活してました」
「普通なら1週間以上はかかる怪我なのに…やっぱり何か特別なものを感じるよ…ふふ…ふふふ…」
「…ハンジさん…」

探求心が強いことは調査兵団としては良い事なんだけど、熱量が強過ぎるのが問題だ。


※※


厚く空を覆っていた雲から雨粒が落ちてきた。

「雨…」

雨具のフードを被り、手綱を握り直す。
右側から赤の煙弾のが見えた。

「くそ…さっきの戦闘で右側の団員がやられたってのに…アネモネ!」
「はいっ!」
「リヴァイを連れて援護に回れ!完了後生存の団員を連れて合流しろ!」
「承知いたしました!リヴァイ、行こう!」

援護の指揮を任されているフラゴン分隊長が後ろに居た私に指示を止飛ばす。
返事を返し隣に並んで馬に乗っていたリヴァイを見ると既に馬の方向を変えていた。
私も後に続く。
その間にも雨が強くなる。


嫌だな、何だかあの日を思い出す。
リヴァイが1人ぼっちになってしまった、壁外調査の日を。


煙弾が上がった場所の近くまで来ると巨人の姿が見えた。
その手には、既に首の無い団員が握られている。

「…っ」

遅かった…。

「リヴァイ!両側からいくよ!」

先を走るリヴァイの背中に声をかけると、返事替わりにアンカーを射出した。
リヴァイは左側に回る。
私は右側に向かって飛んだ。
それぞれ、項に近い場所にアンカーを刺す。
10メートル級の大きな体に見合わず、この巨人は早い動きで両腕を私達に伸ばしてきた。
はずみで捕まっていた団員の身体が落ちる。
泥になり始めた地上に粘着質な音を立て、仲間の身体が落ちた。


ごめんなさい、助けられなくて。
仇は必ず取るから。


ガスを吹かし速度を上げた。
項に一気に切り付ける。

「…浅い…!」

ダメージは与えられたけど、くり抜ける程ではなかった。

「ふんっ!」

すかさずリヴァイが私の切り付けた場所を更に抉る。
今度は完全に項を削ぎ落せた。
巨人が倒れ込む前にアンカーを外し地上に降りた。

「…生存者…」

私は視界の悪くなってきた周りに必死に目を凝らす。
私達以外の、生命らしきものは感じない。

「…全滅、と判断せざる得ない…ね」

悔しさや悲しみの感情をグッと堪える。
リヴァイを見ると、さっきの団員を見下ろしていた。

「リヴァイ…?馬に乗ろう、地上は危険…」

近付きながら言うけど、リヴァイからの反応が無い。
首が取られた団員の身体をジッと見ている。

「リヴァイ?」

肩を叩いて呼ぶとハッとした顔を見せた。

「どうしたの?」
「…いや、何でもない」

被っていたフードで顔を隠すように背け、そのまま馬に跨った。
私は亡くなった団員の側に屈みこみ、腕章を取った。

「戦ってくれてありがとう。貴方の戦果、連れて行くよ」

そう告げて立ち上がった。

「リヴァイ、巨人に警戒しながら走って。それ程時間が経っていないから、直ぐに追いつけると思う」

私も馬に跨りながらリヴァイに指示を飛ばした。

「分かった」

リヴァイの簡潔な返事が返ってきた。

「どの方向へ向かう」
「今の奇襲で左側に方向を変えてるから、そっちへ向かいましょう」
「お前が先導した方が良さそうだな」
「そうね」

馬のお腹を蹴って先に走らせる。
直ぐにリヴァイがついてきた。
しかし、雨が強い。
まだ風が出ていないけど、もし出てきたら馬を走らせるのは危険になるな…。
辺りを警戒しながら馬を進める。
暫くすると、景色が泥の地面以外の物が見えてきた。

「…ここでも戦闘が…」

激しい戦闘だったようだ。
団員以外にも、馬車に繋いでいた貨物部分が壊れた痕も見える。
後ろからズルリと滑る音と、バシャリと何かが落ちる音が聞こえた。

「リヴァイ?」

馬を止めて振り返る。
リヴァイの馬が泥に足を取られ転んだようだ。

「大丈夫?」

リヴァイに寄って馬を降りた。
声をかけたのに、転んだ姿勢のまま、固まったように動かない。

「どこか痛め…」

様子を見ようと屈んだ時、リヴァイの目線の先にあるものも見えた。
団員の首だ。
首だけになった団員がリヴァイを見ていた。

「リヴァイ…」

リヴァイのフードを上げて顔を見ると、その目は空っぽだった。
焦点の定まっていない瞳がじっと首を見ている。

「リヴァイ…?」

どうしたのだろう、今までの壁外調査でこんな状態にはならなかったのに…。
そこで、私は気が付いた。


直近の壁外調査で雨が降ったのは、第23回。
リヴァイと私が、真実を知ったあの壁外調査。


「リヴァイ!」

報告書にはファーランとイザベルは身体の1部となって発見されたと記してあった。
最初に発見したのはリヴァイ。
ファーランとイザベルを襲ったのは奇行種、その巨人を雨の中で討伐したのもリヴァイ。


雨、泥、襲われた団員、団員の身体の1部。
全部があの人同じ状況。


リヴァイは、まだ過去に捕らわれている。


「しっかり!!私を見て!!」

リヴァイを戻そうと身体を揺さぶるけど彼の瞳は空っぽのまま、団員の首を見つめ続けた。

「リヴァイ!!立て!!」

雨具を掴んでリヴァイの身体を起こそう引っ張り上げる。


地上が揺れた。
震えるように揺れた。
顔を上げると、雨で霧が掛ったような世界に、3メートル級の巨人が私達を見ていた。
直ぐそこだ。


「っ!リヴァイ!!戻ってこい!!!」

馬に乗せないと…!
渾身の力でリヴァイを立ち上がらせようとしたけど、リヴァイは見た目に反して体重が重い。
立体起動で逃げるか…。
近くに木々を探す。
風が大きく動くのを肌で感じた。
気候的なものではない。
巨人を見上げると、私達に向かって今にも手を払いそうな体制になっていた。
リヴァイの身体を庇う様に抱きしめる。



次の瞬間、立体起動で木に身体を打ち付けられたような衝撃が襲う。
その衝撃で私は意識を手放した。



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