複雑

自身の分隊長室にて、先日の壁外調査の資料を纏める。
今日は天気が良く、開けた窓から涼やかな風が部屋に舞い入った。

「…今作戦の死傷者…全壁外調査において最小…」


長距離索敵陣形の成果が早くも出てきている。
何より、俺の考えた陣形に順応し活用、更には改善点を自発的に発案する団員達の成果、と言っても過言ではない。


開いた窓から声が聞こえた。
見てみると、馬舎にアネモネとリヴァイが居た。
揃って自身の馬のブラッシングを念入りに行っている。



第27回壁外調査から帰還後、団長に呼ばれた言われた通告がある。

『アネモネ・ウィスティリアの、お前の分隊への異動を保留にする』

詳細を聞いたところ、壁外調査時、野営地へ奇襲した巨人の討伐を行ったアネモネとリヴァイのチームワークの良さを見て、団長は考えを改めたそう。
ならばリヴァイと共に異動を、と俺は提案をした。
が、そうなれば分隊内の能力バランスが悪くなる為、承諾は出来ない。と。
確かに、今俺の分隊にはミケ、ナナバ、ゲルガー等討伐能力の高い団員が多い。
更にアネモネ、リヴァイが加われば、他の分隊の討伐能力が下がってしまう。
だからと言って、信頼出来る団員を、他の分隊に渡す訳にもいかない。
今は団長の決定に同意する他無い。



笑い声に思考を現実に戻される。
見てみると、アネモネがリヴァイを指さして笑っている。
すっかり打ち解けた2人に安堵しつつ。
2人の仲睦まじい姿を見ていると、何故だか得も言われぬ気持ちが生まれた。

「何をそんなに熱心に見ているんだ」

背後からの突然の声に振り返る。

「…アドニス、ノックしてから入室しろ」
「何回もしたけど、返事しなかったのはお前だ、エルヴィン」

で、何を見てたんだ?とアドニスは俺の横に並んで窓の外を眺めた。

「お、アネモネ!」

妹の姿が見えて嬉しそうにしたアドニスだが、目が据わった。

「…誰だ、横に居る男は」
「リヴァイだ」
「そんな奴居たか?」
「最近入った」
「途中入隊なんて珍しいな。有能なのか」
「あぁ。立体起動の腕が良い」
「訓練兵団から引き抜いたのか?」
「いや」
「じゃあ、どこで立体起動を?」
「地下街だ」

俺の返事を聞いたアドニスはゆっくりした動きで俺の方を向く。

「地下街って…シーナの地下街か」
「そうだ」
「待て、立体起動、地下街…。少し前に父上から立体起動装置を持つゴロツキの話を聞いたぞ」
「あぁ。そのゴロツキだ」
「お前っ…何考えてるんだ!?」
「その台詞はリヴァイを引き入れる時に随分言われたな」
「商人から物品を強奪していた奴だぞ!」

アドニスは窓の外を睨み付けた。
ジッと、何かを探るように2人を見ている。

「…どうした」
「あいつ、アネモネに気があるな」
「何を言っている」
「俺には分かる。ずっとそういう奴を見てきたからな」
「何が違うんだ」
「目だよ、目。アネモネを見る目が違うんだよ」
「気のせいだろう」

2人を見ていた琥珀色の瞳が俺を見た。

「エルヴィン。アネモネは、何て言うか、裏が無いんだ」
「まるで他の人間に裏があるような言い方だな」
「あぁ。この壁の中の住んでりゃ誰だってそうなる。どこか歪んでいて、それを隠して生きている。…あいつは、違う気がする」

アドニスが言わんとすることは、何となくだが解る。
アネモネは、翼を手に入れたい。という無垢な夢が現す、そのままの人間なのだろう。
真っ直ぐで、真っ白で、でも、穢れるような弱さも無い。
紅葉色の髪を揺らし、琥珀色の瞳で悪いものからも目を逸らさず、しゃんと生きている。

「居心地が良いんだ、一緒に居て。だから、俺やお前の様な裏のある人間が寄ってくる」
「…お前と一緒にするな」
「同じだろう。じゃなきゃ、こんなに長い付き合いは出来ない」
「変な輩がアネモネの居心地の良さに寄ってこないか心配なのか」
「そんなところだ」

アドニスはフッと笑い、そして表情が無くなる。

「もしかして、あいつも同じなのかもな」
「誰だ」
「リヴァイって奴」

俺はアネモネとリヴァイを見た。
ファーランとイザベルが亡くなってから、あの2人はずっとと言っていい程共に居る。
ハンジは、リヴァイがアネモネから離れないんだ。と言っていた。

「そうなのかも、しれないな…」
「…なんて顔してやがる、エルヴィン」
「なんの事だ」

視線をアドニスに移すと、複雑な表情を浮かべていた。

「お前、何ていうか…。強いて表現するなら、嫉妬してるような顔、してるぞ」
「嫉妬…?」

思いもよらない言い回しだ。

「そんな感情など無い」
「ま、分からんでも無いけどな」
「無いと言っただろう」
「そうなのか?俺はアネモネが取られたような気分だぞ」
「…それが嫉妬だと言うのか」
「まぁ、俺の気持ちの先はお前にも向いてるけどな」
「俺に?」
「あいつは隠せていると思ってるみたいだけど、アネモネが調査兵団に入ろうと思った発端の1つ、お前だろ、エルヴィン」

アネモネが以前、マーガレッタの遺品を届けたあの日、俺に聞かせてくれた話。
やはりアドニスは見抜いていたか。

「知らないな」

こいつは確信を持っているだろうが、俺は白を切った。

「…どっちでも良いけどな」

俺の顔を見て、何かを読み取ろうとするような表情を見せたアドニスは目を伏せた。

「だって、そうだろう。家族は、自分の目の届くところで幸せになって欲しい。そう思うもんだろ。それが出来ないんだから、アネモネの周りの奴に嫉妬の1つや2つ、させろって」

目を伏せたアドニスの顔から、僅かな哀しみが浮かんでいた。
側に居てやれないもどかしさ。
アネモネが望んだ人生だから受け入れてやならいといけない、それが完全に出来ていない矛盾。
アドニスの嫉妬は、そんな辺りから来ているのだろう。


では、俺は?
俺のこの、アドニス曰く嫉妬のような表情になる、俺のこれは、何なんだ。


※※


「げ、兄上」

馬舎の横でリヴァイと馬の手入れを行っていると、分隊長室の窓からエルヴィン分隊長の姿が見えた。
その隣には兄上の姿も。

「兄弟が居るのか」
「うん。エルヴィン分隊長と同い年で、分隊長とは昔馴染みだよ」
「…随分と年が離れているんだな」
「兄上を生んだのが早かったんだよ、母上」

馬にブラッシングをかけながらリヴァイの質問に答える。

「リヴァイは?」
「何だ」
「兄弟とか居ないの?」
「居ない」
「そっか…。あのさ、」
「親も死んだ」
「あ、そうなんだ…」

聞いて良いのか分からなかった質問にリヴァイが先に答えをくれた。

「ゴメン、言いづらい内容だったね」
「別に構わない」

馬が気持ち良さそうにに耳を動かす。
私は顔の横を撫でてあげた。

「兄上、今日は何の用事だったんだろ」
「関係者以外、立ち入り禁止じゃないのか」
「うん。兄上、一応関係者なんだ」
「医者か」
「そう。ここの常駐医に薬品や流行り病の情報とか渡しに来るの」
「そうか」
「…まさか、まだ許婚の話諦めていないんじゃぁ…」
「あ?」

リヴァイが低い声を出して私を見た。

「何だ、そのクソみたいな話は」
「…その言い回し、良くないよ。兄上、私に早く結婚して欲しいのか、見合い話持ってくるの。断ってるけど」
「当たり前だ」
「だよね〜。そもそも、調査兵団に入った時点で諦めて欲しいのに、何回言っても持ってくるんだもん」
「断り続ければ良い」
「結構根気が要るんだよ」
「じゃあ、お前は見合いを受けるのか」
「いや、受けない」
「じゃあ断れ」
「言われなくても断っているよ」

この話になった途端、リヴァイの声色が妙に苛立っているようになった。

「だからか」
「え?」
「お前とエルヴィンの野郎が、やけに親しいのは」
「親しくないし、野郎とか言っちゃだめ。エルヴィン分隊長は上官だよ」
「馴染みなのか、お前とも」
「うん。物心ついた頃には、家に出入りしていたかな」
「…そうか」
「でも!私が調査兵団に入ったことと、エルヴィン分隊長が所属していることとは全く関係無いからね」
「別に聞いていない」
「一応念を押しておかないと。さて、そろそろ馬を戻そう」

括りつけていた自分の馬の手綱を外し、リヴァイを見ると、リヴァイは馬をそのままに私を見ていた。

「どうしたの」
「あいつは」
「名前を言って」
「…エルヴィンの野郎は」
「野郎は要らない」
「…チッ」
「舌打ちしないの。正しく言わないと、ほら、リヴァイ」
「…エルヴィンは」
「そうそう」
「何が見えている」
「ん?」

見えている…?

「見えているって…どういうこと?」
「最初の壁外調査の時、俺には見えない何かを見てる様に思えた。何を見ている」
「壁外調査…」
「自分の力を信じても、仲間を信じても、結果は誰にも分からない…。だが、あいつは違う気がする」

サッと小さく風が舞った。
リヴァイの黒髪を揺らす。
その髪の隙間から見えた瞳からは、複雑な感情が見えた。

「そうだね…。確かに、分隊長は迷いが無いように見える、けど、それはあくまで私達に見せる姿だよ」
「どういう意味だ」
「分隊長だって人間だもの。私達には見えないところで思い悩んだり、判断を迷ったりしていると思う。けど、そんな姿を全く見せないことは、凄いことだよね。強い信念が無いと、出来ないことだよ」
「信念…か」
「強い信念には責任が伴う。判断にも、決定にも。分隊長はそれを他には委ねず、自ら全て背負って、尚も私達団員を導いてくれる」
「犠牲も…な」

私を見ていたリヴァイの目が僅かに揺れた。
きっと、ファーランとイザベルを思い出しているのだろう。

「リヴァイ」
「何だ」
「後悔しないで」
「何をだ」
「君が選んだ選択を。間違ってたかどうかなんて、過去のことだもの、分からないよ」
「過去のことだから、分かることも有る」
「それは違う。過去の選択を誰にも責めることは出来ない。だってその時、その場所に居て、その選択を迫られたのは他の誰でもない、リヴァイだもの。その場に居なかった人が、後から何か言うのは卑怯だ」
「俺はどうだ」
「…そうね、君は、確かに自分を責める権利はある。けど、それをすれば、君は過去に捕らわれて、身動きが出来なくなってしまう」

私はリヴァイに1歩近づく。

「自分で自分の未来を奪わないで、リヴァイ」


君には、ファーランやイザベルが歩めない、未来を進む権利がある。
その権利を放棄しないで。
その権利を、しっかり握りしめて、前へ進んで。


数秒、私とリヴァイは無言で見つめ合った。
先に視線を外したのは、リヴァイだった。

「地上に出るというのは、えらく面倒なことだ」
「…面倒だって思ったら、相談してよ。言ったでしょ、頼ってって」

リヴァイは自分の馬の手綱を、括りつけていた場所から外した。
馬を馬舎に向ける。

「…お前とは、上手くやっていけそうだ。アネモネ」
「え?」

声が小さくて良く聞こえなかった。

「何て言ったの?」

私も馬の手綱を引いてリヴァイに並んだ。

「良く聞こえなかったよ」

もう1回言って。そう言うとリヴァイの横顔が私に向く。
眉間にたっぷり皺を寄せて。

「もう言わん」
「えっ…え〜!?ちょっと、リヴァイ、絶対何か言ったでしょ!」
「知らん」
「待って。何となくだけど、すっごい大事なこと言ってくれた気がする」
「知らんと言っただろう」
「今度は聞き逃さないから!ねぇ、リヴァイ!置いて行かないでよ〜!!」


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