お伽話

「わっ!懐かしい!」

資料室でエルヴィンに頼まれた書物を探していると、アネモネが声を上げた。

「何だ」

訊ねると1冊の本を俺に見せた。

「これ!小さい頃よく読んだな〜」

アネモネが手にしているのは絵本の類のもの。

「ガキの本か」
「凄く良いお話なんだよ」
「どんな話だ」
「魔法の鏡が出てくるんだけど、その鏡を覗くと違う自分が見えるの」
「ほぅ」
「例えばね…これ。『もし、自分が国を治める王になったら』とか『もしも生産者ではなく心臓を捧げる兵士になっていたら』とか。この絵本の主人公は家族を持つ女性なんだけど、最後は『夫以外の人と恋に落ちたら』って鏡を覗いて、何も映らないの」
「何故だ」
「その女性が、夫以外の人と恋には落ちないから。素敵だよね」
「ハッ」
「あ!鼻で笑った」
「くだらん」
「そうかな。私は魅力的は絵本だと思うよ。でも、何でこんな所にあるんだろ」
「ここには兵団資料しか無いんじゃねぇのか」
「そうなんだけどね、誰かの私物かな?管理番号も振られてないし、忘れ物かも」
「ガキの本を読むのか」
「お子さんが居る団員だって居るんだよ。念の為届けておこう」
「あぁ、そうしろ」

隣に並んでいたアネモネが資料室の受付に向かう。
次の書物の棚に向かおうと足を向けると、1つの棚の壁に目がいった。

「鏡…か」

そこには小さな鏡が掛っていた。
あんなもの、あったか。
特段に必要なものだとは感じないその鏡を、何となく覗いた。

「…っ!」

室内の明りが反射したせいか、鏡が眩しく感じ、俺は目を閉じた。


※※


目を開けると、そこは資料室では無かった。

「…?」

俺は家の居間に居た。
暖炉があり、炎が灯っている。
丁寧に作られただろう絨毯が敷かれ、天井の高い木造の家。
俺はその暖炉から少し離れた、居間が見渡せる場所に置かれた、大ぶりのロッキングチェアに腰をかけていた。

何だ、どこだ、ここは。
アネモネはどこに行った。

立ち上がろうとすると、膝辺りにぽすり。と何かが当たった。
見てみると、ガキが俺を見上げていた。
その顔立ちに顔を顰めた。

そのガキは、小さい頃の俺によく似ていた。
髪は幾分長い、多分服装からして女。

ガキはと目が合うと、満面に笑った。

「おきたぁ〜」
「あ?」

馴れ馴れしく膝辺りに纏わりつき始める。

「あ!こら!!」

別の声、これもガキだ、ガキの声が聞こえた。

「ダメだろ、起こしたら」
「にぃに!」

今度は男のガキだ。
最初の女のガキより少し大きい。
その顔を見て目を見張った。

アネモネと同じ琥珀色の瞳だった。
そして顔立ちもアネモネに似て出来が良い。

「パパは疲れてるんだ。邪魔したらダメだろ」
「パパ…だと?」

ここに居る奴らでそれに該当するのは、どう考えても俺だ。
何なんだ、一体どうなっていやがる。

「こ〜ら!」

聞き覚えのある声に顔を上げた。

「アネモネ…か?」

姿は確かにアネモネだったが、雰囲気が俺の知っているあいつとは随分違った。
まず年齢が違う。
俺と同じ位まで年を取っている。
そして服装だ。
兵団の制服でも、普段来ている服でもない。
足首までの長いスカートを履いて、その上にはエプロンを付けていた。
そして髪も、胸辺りまでの長さを1つに結わえている。

「リヴァイは疲れてるんだよ。起こしちゃう悪い子は誰だ〜!」

アネモネは2人のガキを抱きしめ、ふざけるような素振りで揺する。

「わ〜!ママ!」
「ままぁ!!」
「な…!」

この展開には流石の俺も言葉を失った。
このガキ2人は、俺とアネモネのガキ…なのか。

「ほら、リヴァイに邪魔をしないように、あっちで遊んでいなさい」

アネモネがそう言うとガキ2人は揃って返事をして、行儀良く別の部屋に向かった。
琥珀色の瞳が、ガキから俺に向いた。

「ゴメンね。目を離した隙にこっち来ちゃったみたい」

困ったように形の良い眉を下げた。

「アネモネ…なのか」
「寝ぼけているの?」

クスクスと小さく笑ったアネモネはそのまま俺の座っているロッキングチェアまで来た。
そして当たり前のように空いたスペースに横になり始めた。

「…何をしている」
「何って、一緒に座るんだよ。もっと詰めて」

半ば強引に俺を詰めたアネモネは、本当に横になった。
当たり前のように俺の胸に顔を乗せる。

「…おい、近い」
「どうしたの?いつもしていることじゃない」

変なリヴァイ。そう言ってまたクスクスと笑った。


ここは、一体何なんだ。
夢なのか。
さっきまで兵団舎の資料室で本を探していたというのに。



『鏡を覗くと違う自分が見えるの』



さっきの絵本の話を思い出した。
まさか、資料室で覗いた鏡が、そうだって言うのか。
馬鹿な、あれはガキが読むお伽話だぞ。


「リヴァイ」

アネモネに呼ばれ我に返った。
胸元に顔を向けると、微笑みながら俺を見上げていた。


仮に、だ。
あの絵本の鏡が現実に有り、俺がそれを覗いたとしたら。
これは別の人生を歩んだ俺、ということ、なのか。
アネモネが俺の妻になり、子を授かり、家を所持する。
まるで絵に描いたような、平穏な日常だ。


だが。


「…違うな」
「え?」

俺が望むもんはこんなもんじゃあねぇ。
平穏な日常になんか浸かっちまったら、体が鈍っちまう。
思考だって、シーナの壁の中でぬくぬくと暮らしてやがる貴族みたいになっちまう。
違う自分?そんなものは要らん。


俺の人生は、俺のものだ。
俺が満足するように生きる。




「リヴァイ!」

身体が揺すされる感覚に目を開いた。
目の前にはアネモネが居た。
いつもの年齢の、いつもの格好の、見慣れたアネモネ。

「いつまで転寝しているつもり?資料全部見つかったよ」

本を数冊俺に見せてきた。



転寝…やはり夢か。
全く、クソみたいな夢だった。



「リヴァイ?大丈夫?」

今度は掌を俺の目の前で揺らした。

「起きている」
「そっ。じゃあ行こう。エルヴィン分隊長に届けないと」
「あぁ。そうだな」

凭れ掛かっていたいた本棚から起き上がる。

「おい」
「ん?」
「あの絵本は届けたのか」
「絵本…?」

先に歩いていた背中が振り返る。

「何の話?」
「さっきの絵本だ。お前がガキの頃読んだという」
「ここは資料室だよ。絵本なんて置いている訳無いじゃない」

変なリヴァイ。そう言ってアネモネは再び歩き始めた。


何だ、絵本を勧められた件も夢だっていうのか。
ハッ、全く、なんてクソな夢を見ていた。

…待て。
アネモネとの、絵本の件も、夢。
勿論だが、さっきのも、夢だ。

…じゃあ、これは、本当に現実なのか?


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