疑惑

分隊長室にけたたましいノック音が響いた。

「入れ」

答えるとミケが珍しく僅かに焦りの表情を浮かべていた。
顎鬚からは昼間アネモネに付けられた青痣が見える。

「どうした?」
「新兵が…殺された」

ミケの言葉に琥珀色の瞳が頭を過る。

「何処で?」
「寝室付近の廊下だ」
「私も行こう」

机に置いていたランタンを持ちミケの後に続いた。
何時もより自身の鼓動が速い気がする。
緊張からなのか、ミケと同じく自分も動揺しているのか。
執務室から寝室がある廊下には途中に食堂が設けてある。
そこには何人かの兵士も居た。
その中に、紅葉の様な髪色の後ろ姿を見つけた。


間違いないのか?そこに居るのは彼女なのか?
私の考えが聞こえたように紅葉の髪が振り返る。
琥珀色の瞳と目が合った。

「…アネモネ」

泣いてはいなかった。
彼女は椅子に座って涙を流すモブリットの背中を擦っていた。
僅か数秒、合った瞳は俺から逸らし現場に向かった。



※※



「エルヴィン分隊長が来たわ」

モブリットの背中を擦りながら伝えると彼も顔を上げて分隊長を見た。

「…アネモネ」
「ん?」
「悲しく…ないの?」
「え?」
「何で…そんな風に平然と…」
「平然となんてしてない」
「してるよっ!」
「してないって」
「じゃあどうして涙も流さずにいれるんだ!?」
「涙を流すのが今じゃないからよ!!」

モブリットは私の言葉に小さくハッと息を呑んだ。

「…マーガレッタは、誰かに命を奪われたの。その奪った奴を探すのが先でしょう」

そうは言うが私だって混乱はしている。
それに私のように泣くな、なんて言えない。
モブリットだって、大切な友人が突然殺された。なんて聞かされて悲しいし涙を流すことは普通なんだ。
私はモブリットの隣の椅子に腰を下ろした。

「…ゴメン」
「…ううん。俺の方こそ…」

暫く2人の間に沈黙が流れる。

「…マーガレッタに、何があったと思う…?」

先に口を開いたのはモブリットだった。
鼻を啜り、涙は落ち着いたようだった。

「…分からない。そもそも、就寝中とはいえこんな人の多い場所で…」
「目撃者、出るかな…」
「…そうだと良いね」

最後の姿を見たのは私だ。
風呂に入り、割り当てられたベットに横になって、隣の彼女を見た。



『おやすみ、アネモネ。また明日』

そう言って微笑んだ。



「アネモネ・ウィスティリア、モブリット・バーナー」

呼ばれ顔を向けるとハンジさんが立っていた。

「敬礼は良い」

胸に手を当てようとする私達を静かな声で制した。
心なし表情が沈んでいた。

「団長が呼んでいる。団長室まで行きなさい」
「畏まりました」


2人で食事を出て団長室に向かう。
その中、マーガレッタが倒れていた廊下の横を通った。
既に彼女の亡骸は運ばれて、血の海だけが残っていた。

「…あんなに、血が…」

その光景を初めて見るモブリットが唇を震わせながら呟いた。
返す言葉が見つからず、私は黙って団長室に急いだ。



※※



ドアをノックすると内側から扉が開いた。

「エルヴィン分隊長…」
「入りなさい」

表情の無い何時もの分隊長だけど、顔を見たらほんの少し安心した。
幼い頃、良く眠れるように出されたホットミルクを飲んだ時のような気分がほんの少し。
中に入ると分隊長クラスが全員揃っていた。

「2人供、悪いがことを急いでいる。訓練兵団時代から仲の良かった君達に問いたい。マーガレッタに何か不審点は無かったか?」

敬礼をする間もなく団長は私達に問う。
モブリットが私に視線を寄越したので私も返す。

「モブリット・バーナー。どうなんだ」

団長に改めて問われモブリットは団長に向き直った。

「…就寝前ですが、先輩兵団員にマーガレッタが集られていました。その…彼女の、来歴のことで…」
「その団員は?」
「…申し訳ございません、顔を見ていなくて…」
「人数は3人でした。皆モブリットより背は低かったです。茶色の髪が1人、金色が1人、後1人が松明が届かない場所に居た為不明です」

私が覚えていた情報を言うと、後ろから嘘だろ…。と声が聞こえた。

「誰か分かるか?フラゴン」
「自分の隊に…思い当たる奴らが居ます」
「よし、連れてこい」
「分かりました」

フラゴン分隊長が急いで部屋を後にする。

「他には無いか?」

団長が改めて問う。
私はマーガレッタが立体起動装置を見るよう言った時、少し様子がおかしい事を思い出した。
口を開こうとしたが、思い止まった。
モブリットにも言わなかったことを、ここで言って良いものか?
もしかしたら、私にしか言いたくなかったことじゃないのか?
だから、様子がおかしかったのではないか。
私は奥歯を噛み締めた。

「…自分は、思い当たりません…」
「私もです。モブリットと別れ、風呂に入り…」
「…アネモネ?」

私の言葉が止まったとこにモブリットが不審に思いこちらを見る。

「……ベットに入り…彼女は『おやすみ、アネモネ。また明日』と言って…休みました」

言い切るとモブリットが私から視線を背けた。
私の言葉を聞いて団長が目を閉じる。

「…そうか、マーガレッタは…。2人供もう下がりなさい。そしてゆっくり休むといい、敬礼はいい」

私とモブリットは頭を垂れて団長室を後にした。

「…アネモネ」
「ん?」

ドアを閉めたモブリットが私を呼ぶ。

「ありがとう」
「え?」
「マーガレッタの最後の言葉…教えてくれて」
「…ううん。もう、休みましょう」
「そうだね」



※※



翌日目を覚ますと良く晴れた日だった。
起き上がり、何時もの癖で隣を見る。
そこで現実が待っていた。

「…マーガレッタ…」

シーツと枕しか無い、もう眠る主が居ないベットへ静かに呟いた。



食堂に行くと何時もの席でモブリットが待っていた。

「おはよう、モブリット」
「おはよう、アネモネ」

挨拶をして向かいに座るとモブリットの目は腫れていた。
心優しいモブリットはあの後、きっとまた泣いたのだろう。

「アネモネは眠れた?」
「少し。モブリットよりはね」

自分の目元を指差すと、彼は苦笑いをほんの少し浮かべた。

「注目!!」

何時の間にか団長はじめ分隊長クラスが全員食堂の入り口に立っていた。

「皆、座ったまま聞いてくれ。昨日の事件を受け、本日の新兵の訓練、及び会議類を全て取りやめる。各自兵団宿舎内にて待機するように。以上!」

伝達内容を手短に言うと団長は食堂を後にした。

「待機かぁ…」
「宿舎内なら移動しても良いんだ。でも、何しよう?」
「何をしても今日はダメそうだよね」
「うん」

モブリットの問いかけに頷いて答える。

「おはよう、アネモネ」

何時の間にかエルヴィン分隊長が私の側に立っていた。
表情の無い顔で私を見ている。

「お、おはようございます…」
「眠れたか?」
「…はい。多少は…」
「…そうか。寝足りないようなら朝食後休みなさい」

それだけ言って食堂から出ていった。

「…え、何?」
「分隊長、心配だったんじゃないか?ほら、昔馴染みなんだろ?」
「そ、う、だけど…」

ぎこちない会話だった、ような。
そんなに寝不足の顔をしていたのか。
心配されるなんて、新兵としてまだまだだな。

「それよりモブリット、今日どうする?」
「俺は資料室に行くよ。集中して読めるか分からないけど、気は紛れる」
「そうね。私は…立体起動装置の整備にするよ」
「え…」

私の言葉を聞いてモブリットは複雑な表情を浮かべた。

「…マーガレッタが丁寧に整備してくれた物だもの…大切にしなきゃ…」

言っていて、心の中にほんの少し空しさが沸いた。
当の本人はもう居ないと自分に改めて突きつけるような行動だ、自分でもなんて自虐的な。

「…分かったよ。俺は午前中は資料室に居るから」

何かあったら来るんだぞ、アネモネ。
続きは言わなかったけどモブリットからそう言われている気がした。



※※



モブリットと別れて立体起動装置の保管庫へ足を向けた。
向かいからミケさんが歩いて来たので立ち止まって敬礼する。

「アネモネ」
「はい」
「今日は宿舎内で待機だ。どこに行く」
「立体起動装置の整備です」
「…そうか」

ミケさんは私の肩をポンと叩いて歩いていった。
その手はミケさんの労わりを感じた。



「私の立体起動装置…と」

保管庫に着いて自分の立体起動装置を引っ張り出す。

「マーガレッタは何を教えたかったんだろ…結局、」

結局、聞けずじまいだ。
こんなことになるなら、あの時問い返せば良かった。
そこまで考えて首をふるりと横に振った。
悔いても何も変わらない。

「…ん?」

ベルト部分の掃除をしていると、紙くずが出てきた。
紙くず、というより綺麗に折りたたまれた小さな紙、だ。

「何だろう…?」

広げて現れた文字に思考が止まる。




紙には”ニコラス・ロヴォフ”と書かれていた。
その下には”薔薇の毒に気を付けて”、とも。
言葉の意味は分からない、でもその字は良く見知った字だ。

「…マーガレッタの…字…」


『必ずよ、約束して、お願い』


懇願するマーガレッタの表情が頭に浮かぶ。




マーガレッタが見て欲しいと言ったのは、立体起動装置自体ではなく、挟んだこの紙のこと…?
モブリットに聞かれたくなさそうな態度だった、じゃあこれは私にだけ伝えたい内容。
止まった思考が一気に動き出す。

「マーガレッタ…」

貴方は何を伝えようとしているの…?



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