未知
エルヴィン分隊長の分隊長室に行ってみると、既に円形の会議用テーブルが出され、団員が座って待っていた。
「ナナバさん、ゲルガーさん」
「やぁ、アネモネ。やっぱり君達だったね」
「おぅ。お揃いで」
「お2人も分隊長に呼ばれたのですか?」
「そうだよ。分隊長が後2人連れてくるって言ったから、待っていたんだ」
だから『やっぱり』だったのか。
「アネモネ、リヴァイ、座ってくれ」
「はい」
空いていた椅子に腰を下ろす。
リヴァイも私の隣に座った。
分隊長はリヴァイの2つ先、私の向かいに腰をかけた。
「全員揃ったところで本題に入る」
「まずは何故、私達が招集されたか、だね」
「あぁ、そうだな、ナナバ。先日発生した変死事件の捜査を調査兵団で請け負うこととなった」
「俺達が…?」
「そうだ、ゲルガー」
「エルヴィン。どうして俺達なんだ。他にも団員が居るだろう」
リヴァイの質問に分隊長は視線をリヴァイに移し、そしてまた皆を見た。
「ハンジを除いた場合、この調査兵団内で高い分析力と思考を持っているのは、アネモネとナナバだと俺は思っている」
「…どうしてハンジを除くんだい」
「ハンジには今、嫌疑がかけられている」
「嫌疑って…!あいつが犯人だって言うのかよ」
「ハンジさん、亡くなった団員と揉めていたそうです」
「アネモネ、君、知っていたのかい」
「いいえ。知っていたのはモブリットです。さっき彼が私の部屋に来て、事情を話してくれました」
私の答えをきいたナナバさんは、知的は口元に指を当てて考え込む。
「つまりはこういうことかな。調査兵団内の団員、ハンジに嫌疑がかけられ、動ける団員に限りが出ている。その中でも私とアネモネはエルヴィンの信頼に値している、と」
「あぁ」
「そして私とアネモネの相棒でもあるゲルガーとリヴァイも作戦に加えた」
「その通りだ」
「確かに…今ミケさんはこの事件で既に別で動いているから、こっちに加わるのは難しいな」
成る程、これだけの情報量で纏め上げてくるナナバさん、ただ者じゃない。
「ナナバの推測通りだ。君達には団員の変死について調べて貰う」
「調べるとは…具体的にどのように?」
「アネモネ、アドニスがこの後ここに来る」
「兄上が来る…検死を行うということですね」
「ケンシ?なんだそれ」
「遺体を調べて死因を探ることを指します」
ゲルガーさんの問いに答えると、あからさまに顔を顰めた。
「医療に携わってない方から見ると気味が悪いですよね。でも、これで新たな病原体や疾患などが発見出来る場合があるんですよ」
「…アネモネ、俺、専門用語とか全っ然分かんねぇわ」
「君らしいよ、ゲルガー」
「話を戻すぞ」
リヴァイが私達に声をかけてくる。
おい、そんな話している場合か?私達を見る目が語っていた。
「アネモネとリヴァイはアドニスの検死に同伴してくれ。ナナバとゲルガーは再度団員への聞き込みだ」
「今日数時間かけて行ったのに、再度かい?」
「そうだ。憲兵団には話しづらい内容でも、同じ団員になら話せる場合がある。それを聞き出せ」
「…と言うことは、憲兵団は団員から大きな情報を聞き出せなかったんですね…」
思わず苦笑いが出てしまう。
エルヴィン分隊長は私の問いに、やれやれ。といった表情で肩を竦めた。
「二度手間じゃんかよ」
「そう言わずに。このままだとハンジが犯人にされてしまうんだ」
「そうです。ゲルガーさん、頑張りましょう」
「おい、エルヴィン」
「何だ、リヴァイ」
「俺も検死とやらについて行くのか」
「お前はアネモネと常に行動を共にしろ」
「…お前に言われなくても、そのつもりだ」
また、2人の空気に緊張感が漂う。
もうこれ何回目。
「さっ!決まったとなれば行動だよ」
ナナバさんは漂ってきた空気を変えてくれた。
それを合図に皆椅子から立ち上がる。
「分隊長」
私はエルヴィン分隊長を呼んだ。
「何だ」
「聞き込みの方が人手が要ります。リヴァイはそちらに回した方が良いのでは…?」
検死は最悪、兄上と私で事足りる。
「…いや、それは許可出来ない」
そう言って向かい合った分隊長は私の前髪を掬う。
分隊長の青い瞳に映ったのは、私の額に残っている傷跡。
「同じような事態になりかねん」
「…分隊長、この傷は新兵の頃ですよ。今は…」
「おい何してやがる」
声と共に後ろから殺気を感じる。
何で殺気なんて出してるんだか。
私の後ろに立っているだろうリヴァイを見た分隊長は、上げていた私の前髪を下ろして何度か梳いた。
「命令に変更は無い。従いなさい、アネモネ」
「…承知いたしました」
※※
検死用に借りた地下室の前で兄上が来るのリヴァイと待った。
ナナバさんとゲルガーさんに再度聴取を頼むという辺りから、憲兵団の聴取では有力な情報は、ほぼ出てこなかったと考えて良いだろう。
今の情報だと、1番『動機がありそう』という理由でハンジさんが犯人にされてしまう。
何としても、実行犯に繋がる情報を探さないと。
ナナバさんとゲルガーさんの聴取か、この検死で何か出れば良いんだけど…。
「…おい」
「何?」
「額、どうかしたのか」
「え?」
「さっきエルヴィンが前髪を上げていただろう」
「…あぁ、あれね」
私は前髪を上げ、リヴァイに見せた。
「…傷跡か」
「ロヴォフの件でね、ちょっとあって」
ロヴォフの名前を出した途端、リヴァイが再び殺気立った。
「あのハゲ、俺達を騙すだけじゃあなく、お前まで傷つけていたのか」
「ハゲって…」
私、ロヴォフを直接見たことないから、そうなのかどうか分からない。
「法的に処罰を受けているんだから、そんなに悪く言わなくても…」
「俺は最初から奴をそう呼ぶ」
「余計ダメだよ」
「アネモネ〜!!」
呼ばれた方に目を向けると、医療用のカバンを下げた兄上が手を振っていた。
「兄上」
「久しぶりだなぁ!元気にしてたか?」
私の側まで来るとギュウギュウに抱き締めてくる。
「く、苦しいです、兄上…」
「調査兵団が忙しいのは分かっているが、帰ってくる日が減って寂しいぞ」
「ウィスティリアの家は変わりありませんか?」
「あぁ。父上も元気だし、最近は母上も調子が良い」
「それは良かったです」
やっと兄上の腕から解放される。
見上げると、兄上は私の後ろに立っているリヴァイを見ていた。
「…君が、リヴァイ君かい」
「あぁ、そうだ」
「妹がお世話になっているようだね…」
「あぁ、世話しているな」
「世話になってなんかないわよ」
「挨拶が遅れたね。私はアドニス・ウィスティリア。アネモネの兄で、ここの常駐医とも繋がりがある。分隊長のエルヴィンとは昔馴染みだ」
「そうらしいな、アネモネから聞いている」
「あぁ、そうか。俺の話をしていたのか、アネモネ」
「前にエルヴィン分隊長の所にいらっしゃってる兄上をお見かけした時に、少しだけ話しました」
「これからも宜しくな、リヴァイ君」
兄上はリヴァイに握手を求めた。
「…リヴァイ、」
腕を組んだまま兄上を睨みつけているリヴァイを窘めるように呼ぶと、ふいと顔を逸らし、先に室内へ入っていってしまった。
「もぅ、リヴァイったら。ごめんなさい兄上、少し人見知りな所があって…私から言って聞かせます」
「…リヴァイ君は随分お前を気に入ってるんだな」
「え?」
「俺にも敵対心剥き出しか…面白い…」
「兄上…?何を独りで呟いているのですか…?」
まるでハンジさんのように、ブツブツと何かを呟く兄上に訊ねると、何でもないよ。と爽やかな笑顔を返された。
…何か怪しい。
※※
「それでは、これより検死を始めます」
手術用の着衣を纏った兄上が私達に告げる。
私は記録用の用紙を抱え、ペンを構えた。
リヴァイは室内の端の壁に凭れて、腕を組んでこちらを見ている。
「まずはこの花を口から出すか…」
硬直した顎を開き、まるで口から咲いているような花を取り出した。
「茎が綺麗に切られてますね…」
「…見たことない花だな。新種か、雑種か…」
「兄上が見たこと無い花なんてあるんですね…」
変人。というあだ名通り、兄上は色んな物への知識が精通している。
その1つが植物類。
製薬にも使われてる為、兄上やウィスティリアの住まいの近くには栽培用の温室があったりもする。
「そりゃ、花だって日々進化してるんだ。見たこと無い種類位あるさ。…花の裏側に唾液が多く付着、記録してくれ」
「はい」
記録用の用紙には人の絵図が書いてあり、私は口元辺りにそれを記した。
「唾液が沢山付いているということは、生前に口に入れられたのでしょうか…」
「結論を急ぐな、アネモネ。これだけが全てじゃないさ」
兄上は冷静に返事を返して、花を金属の容器に置いた。
「次は衣服を脱がすぞ」
「手伝いますか?」
「いや。疫病を持っていた場合、感染の恐れがある。お前は触るな」
「はい」
兄上は団員の上着脱がせ、シャツに当たった時に手が止まった。
「どうされました?」
「注射痕だ、首元」
団員の首を私に見えるようにしてくれた。
「…本当だ、小さいですが、僅かに…」
「こりゃ相当な医療の知識がある奴だな」
「分かるのですか?」
「こんな細い注射針、そもそも存在している事自体、知らない医師は多い。それなりの知識、もしくさ医療器具の扱いに慣れた奴か…。アネモネ、そこの紙を取ってくれ」
「これですか?」
「あぁ、それだ」
私は金属の容器の隣に置いてあった、掌程の大きさの黒い紙を1枚兄上に差し出した。
「シャツの襟に粉状の物が付着している…」
器用に粉状の物を紙の上に移し落とした。
量にして小指の爪程。
「…何でしょう」
「フケや皮膚じゃないな…。何かの薬品か…」
「匂いなどはしませんね」
「もしかしたら、注射された薬品が溢れ蒸発して残ったものかもしれない」
「じゃあこれが死因…?」
「直接的な死因は恐らく出血死だ。だけど、それを手助けしたのは、こいつかもな」
「手助け…?」
粉状の物が入った紙を丁寧に畳み、金属の容器に置いた兄上が私を見た。
「ふむ…。これで粗方の物が出たみたいだな、この3つが順番を教えてくれるだろう」
「3つ…ですか?」
「ひとつ、花についた唾液。ひとつ、大量の出血。ひとつ、首の注射痕」
唾液、出血、注射…。
「…人の身体として、自然な流れを考えれば良いんですよね」
「あぁ、そうだよ」
「切りつけられた場合、人は抵抗します。でも団員には争った痕は無い…」
「お、良い線だぞ、アネモネ」
「となると、出血は最初じゃない…花も同じ…口に入れられたら人は抵抗をする…となると、注射痕が最初ですか?」
「恐らくな」
「回りくどいな」
私達の会話を聞いていたリヴァイが口を挟んでくる。
「回りくどいんじゃないんだよ、リヴァイ君。これは問答だ」
「お前は答えを知っているんだろう。何故アネモネに教えない」
「結論だけ教えたら、何も考えない子になってしまう。アネモネには思考を止めて欲しくないんだ」
「リヴァイ、兄上は昔からこうなの」
だから諦めて付き合って。伝えるとリヴァイはワザとらしくため息をついた。
付き合うのが面倒なんだろうな、普通はそうだ。
私は生まれた時からだから、もう慣れている。
「注射痕が最初だとすると…この薬品は麻酔の1種ですか?」
「いや、違うな。麻酔の類の場合、出血や異物感で目を覚ます可能性がある」
「じゃあ何でしょう…」
「麻痺させる以外で人の抵抗を確実に無くす薬品か…。調べてみる価値はあるな」
「兄上が知らない薬品ですか…?」
「言っただろアネモネ。花だって日々進化している。原材料が進化しているんだ、作られる薬品だって、俺の知らない新種があってもおかしくはない」
「でも、そういう発見等は、医師の集まりで共有されるのでは…?」
「アネモネ。『医師』が全員、『医師』という肩書を持てる訳では無い」
「持てない方も…?」
「何らかの理由で免許をはく奪され、それでも医師だと名乗っている人は居る。君は良く知っているんじゃないかい、リヴァイ君」
兄上が凭れかかっているリヴァイに目を向ける。
「…あぁ。地下にはそんな奴がゴロゴロ居たな」
「そうなの?」
「地下では免許だどうだなんて聞かれねぇ。腕があればそいつは医師だ」
「ま、例の1つだよ、アネモネ。残りの検死を始めよう。あぁ、そうだリヴァイ君」
「何だ」
「これが終わったら、ちょっと出かけてくるから、妹を借りるよ」
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