対面
「今日は雲空か。せっかく久しぶりに出掛けられたというのに」
「…兄上」
「最後に2人ででかけたのはいつだ?お前がウィスティリアの家に居た頃だから3年以上前か」
「…どうやって分隊長とリヴァイを説き伏せたのですか?」
「え?」
兵団舎からそれぞれの馬に乗り、私は兄上と外に出た。
常にリヴァイと行動をともにしろ。というエルヴィン分隊長と。
どこに行くにも俺と共にしろ。というリヴァイを置いて、だ。
本当にどうやったの。
「アネモネ」
「はい」
「お前はまだ交渉術が足りてないな」
「交渉…ですか」
「ま、おいおい身に付くさ」
「…出来たら直ぐに身に付けたいのですが」
リヴァイの頑固な主張にも勝てる交渉術は是非欲しい。
「これは経験がものを言うからな、自分で身に付けろ」
「こう、なにかアドバイス的なものでも…」
「無いな」
言い切った。
「…ところで兄上。どこに出掛けるのでしょう」
これ聞いても何も出ないな。
そう判断した私は話題を変えた。
そもそもそっちがメインの外出だ。
「さっきの薬品が何か調べに行く」
「知っている医師がいらっしゃるのですか?」
「知っている確証は無いが、知識が多いと有名な医師に聞きに行こう。以前、流行り病を治したことのある方だ、腕は確か」
「どこにいらっしゃるのですか?」
「シガンシナ区だ」
※※
シガンシナはウォール・マリアの最南端、2重の壁の中にある。
2重の壁はもし、本当にもしもの話。
巨人が外の門からこの壁の中に襲撃に来た時、被害を最小限に抑えられるように設計されたものである。
「ここ…ですか、」
兄上の先導で着いた先は、1件の民家だった。
「診療所…とかでは無いですね」
「この先生は色んな場所に、自ら赴いて診療されるんだ。だから、まずはお宅に足を運んだ方がどこに行かれたか分かる」
「なるほど」
馬を降りて玄関に向かう兄上の後を追う。
兄上がドアをノックした。
ドアが開く。
出てきたのは男の子だった。
「…誰ですか」
緑色の瞳が兄上を見る。
「こんにちは。突然ゴメンね、私はアドニス・ウィスティリア。医師をしている。お父さんは今日どこに行ったか知りたくて来たんだ」
少し屈んで、男の子の目線に合わせた兄上の言葉を理解出来たのかどうか、変わらず緑色の瞳が兄上を見続けた。
「…お母さんはいらっしゃるかしら?」
後ろで聞いていた私が声をかけると、男の子は私に目を向けた。
その瞳が光った。
「…調査兵団」
「え?」
「調査兵団の人だぁ!!」
大きな声を上げたかと思ったら嬉しそうに私に近づいてきた。
「ねぇお姉さん!調査兵団の人!?」
「え、えぇ。そうよ…」
「うわっ!本物だ!!」
緑色の瞳をキラキラと輝かせ私を見上げてくる。
「どうしたの?」
家の中から女性の声と共に姿が見えた。
髪を耳の横で結わえた、男の子によく似た顔立ちの、穏やかそうな女性が出てくる。
「ミセス・イェーガー。突然すみません。私、医師のアドニス・ウィスティリアと申します。イェーガー先生は今日、どちらにいらっしゃるのかお尋ねしたく伺いました」
「ウィスティリア先生…。主人からお話を聞いたことがあります。今丁度家に帰ってきたところですよ。どうぞお入り下さい」
兄上を知っていたようで家の中に案内してくれた。
私は隣で見上げていた男の子の前に屈む。
「君、ここの子?」
「うん」
「お名前は?」
「エレン・イェーガー!」
「エレン君ね。あのお兄さんと私ね、お父様に用事があるの。お邪魔しても良いかしら」
「うんっ!」
※※
「狭い所ですけど…」
ミセス・イェーガーはそう謙遜するけど、1家族が生活するには十分な広さがあり、掃除が行き届いて清潔感のある家だった。
兄上と私をソファに案内すると、ミセス・イェーガーは部屋の奥に向かって行った。
「ねぇ!お姉さん!」
座ると早速、エレン君が私の側に寄ってきた。
「壁の外に行ったことあるの?」
「えぇ。沢山行ったわ」
「巨人倒したの?」
「そうね」
「すっげぇ!」
壁の中では税金泥棒やら何やら言われたい放題な調査兵団なので、こういう反応は中々に嬉しい。
「調査兵団は好き?」
「うんっ!俺、入りたいって思ってる」
そう言われて、一瞬ハッとした。
「壁の外に、行くんだよ…?」
「俺、行ってみたい。だから調査兵団に入るんだ」
緑色の瞳には迷いが無かった。
「エレン君…今、幾つ?」
「10歳」
「そっか…じゃあ、訓練兵団に入るまで後2年あるね」
「うんっ」
「ご家族にこの話はした?」
私の質問エレン君はグッと黙った。
「エレン君、後2年あるわ。ご家族とちゃんと話して、それから入団するかどうか決めてね」
「お姉さんは?」
「私?」
「お姉さんも、父さんや母さんに話したの…?」
「…えぇ、話したわ。その時は緊張で心臓が口から出ちゃいそうだった」
「反対された…?」
「最初は驚いていたけど、父上と母上は賛成してくれたわ」
「俺は今でも反対だ」
「兄上…」
「お兄さんは反対なの?」
「当たり前だ。家族が喰われるかもしれない壁外に行くなんて賛成出来ない」
「兄上っ」
途中で口を挟んできた兄上を呼んで咎めると、素知らぬふりで顔を背けた。
「エレン君、私が言いたいのはね。他の人の話も聞いて、しっかり考えてから決めてってこと」
「考えて…?」
「そう。後悔しないように、しっかり、ね」
調査兵団に入って3年目。
これまでに死んだ同期、先輩、後輩が沢山居る。
その団員の何人かはこう口にした。
『こんなはずじゃなかった』
入団までに覚悟も足りず、考えも浅く、決断に責任を取り切れなかった人が、そう口にする。
その度に思う。
こんな後悔のある死に方をして欲しくない、と。
納得した生き方を、して欲しいと。
「エレン君、お姉さんと約束出来る?」
私が問うと、エレン君は俯きながらも首を縦に振ってくれた。
「…わかった」
「良かった。時間は沢山あるから、しっかりお話してね」
「待たせてすまない」
部屋の奥から声が聞こえた。
そして男性が姿を見せた。
眼鏡をかけて、すらりとせの高い、とても知的そうな男性だ。
この方が、疫病を解明した方。
「イェーガー先生。突然申し訳ございません」
「ウィスティリア先生。私に何かご用で?」
兄が立ち上がり挨拶を交わす。
私も倣って立ち上がり、兄上の後ろに立った。
「…君は、」
イェーガー先生の瞳が私を見た。
「初めまして、グリシャ・イェーガー先生。アネモネ・ウィスティリアと申します」
「アネモネ…アドニスの妹君だね」
「はい」
「調査兵団に入った話は私の耳にも入っているよ。活躍しているんだってね」
「ありがとうございます」
「それで、話とは?」
イェーガー先生は兄上に向き直った。
「実は…昨日、調査兵団の壁外調査にて事件があったのはご存じで?」
「あぁ…新聞で見たよ。その件で?」
「えぇ」
「そうか…ならば場所を移そう。少し歩くが、私が診療所として借りている家がある」
※※
「大した設備は用意出来てなくて申し訳ない」
「いえ。立派な診療所です」
イェーガー先生に連れられて、先生が診療所として使っているという小ぶりな一軒家まで来た。
大きくは無いけど、中は清潔で使いこまれた用具にしっかり手入れが行き届いている。
医師としての腕が分かる診療所だ。
「すまないね。家族に余り聞かせたくなくて」
「いえ…こちらこそ、突然押しかけて申し訳ありませんでした」
「良いんだよ。それで、さっき話しに出てきた白い粉というのは?」
イェーガー先生の診療所へ向かう道すがら、兄上はあらましを先生に話した。
「これです。余り量はありませんが…」
採取した黒い紙を広げ、兄上は先生に例の白い粉を見せた。
「これか…」
先生は紙を手に取り調べるように眺める。
「調べてみよう」
そう言うと、先生はのぞき穴の様な物がついた器具に粉の1部を置いた。
「兄上」
「ん?」
「あれは何ですか?」
「アネモネは初めて見る物か」
「はい」
「あれは拡大出来る特殊なレンズがついている器具だ。粒の形状を見ることが出来るんだ」
「そんな技術が…」
粒の形状を見終わった先生は、その1部を試験管に入れ、何かの液体を入れた。
試験管を何度か左右に振って、液体の反応を見る。
「ふむ…」
「何か分かりましたか」
「昔、似た反応を示した薬品を見たことがあるが…」
「それはどんな薬品ですか?」
イェーガー先生は試験管を試験管立てに置き、近くの本棚に向かった。
「確かあれは5年前…あぁ、あったよ」
1冊の本を開いて私達に見せた。
「新聞記事ですか…?」
「この記事はある医師が違法な薬品を製薬し、医師免許をはく奪された記事だ」
「5年前…」
私達は記事に目を通した。
「トロスト区にて発生した事件…私達の兵団舎の近くですね」
「思い出しました。確かこの事件、第一通報者は調査兵団の人間でしたよね」
「そうだね。誰なのかは公表されてないけど、確かその情報は出ていたね」
「調査兵団の団員が関わっているんですね…」
兄上とイェーガー先生の会話に相槌を返し続きを読んだ。
「製薬した薬物で人体実験…!?」
「あぁ。アドニス君、君は『弛緩』という言葉を聞いたとこがあるかい」
「いいえ…初耳です」
「弛緩と言うのは、意志に関係無く、身体の筋肉を緩ませ、力が入らなくさせることを指す」
「その弛緩させる薬を造り、そして無断で使っていたと…?」
「そのようだ」
「兄上…」
私は思わず兄上を呼んだ。
静かに私と目を合わせてきた兄上、その目が私と同じことを考えているのが分かった。
「あぁ、これに違いない」
「求めていた情報だったかな」
「…はい。この薬品は、亡くなった団員の服の襟から出てきました。その近くの皮膚には注射痕が」
「この薬品を注射された可能性があるのか…」
「はい。そして、身体の数ヶ所を刺され、出血多量で死亡した、と推測しています。麻酔の類ですと、刺された刺激で目を覚ます可能性があります」
「身体が弛緩状態なら、刺されても抵抗出来ず、そのまま亡くなった…惨い話だ」
「イェーガー先生、この本をお借りすることは可能でしょうか」
「あぁ。構わないよ、持って行ってくれたまえ」
「アネモネ」
「はい」
「一旦兵団舎に戻ろう」
「はい。事件の詳細を知っている団員に話を聞く必要があります」
5年前、当時在籍していて、今も在籍している団員は限られている。
そして、第一通報者の団員、これも気になる。
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