足取り

「戻りました」

馬舎に自身の馬を置き、兵団舎の食堂に顔を出すと、丁度ナナバさんとゲルガーさんが座っていた。

「アネモネ、戻ったかい」
「はい。…他の団員は?」

夕刻近くだと言うのに、食堂には2人だけしか居なかった。

「団長の指示で格闘術の演習に行ってるよ」
「…こんな時間からですか?」
「古城に籠ってたら鬱憤が溜まっちまうだろ。身体動かして発散させた方が良いってやつだな」
「まぁ、こんな考えをするの、ネス辺りかな」
「あぁ…」

ネスさんなら、言いそう。

「という訳で、今なら話をしても誰にも聞かれないよ」
「そうですか。早速ですが、そちらは何か収穫は?」

私が訊ねると、ゲルガーさんが肩を竦めた。

「それなりの人数が居て、それなりの証言があるのに、肝心の所を見ている奴が誰一人も居ねぇってどういうことだと思う?」
「誰も…ですか?」
「変な話なんだけどねアネモネ、殺された団員、あの時の休憩時に誰とも顔を合わせていないんだ」
「…そんなことあります?」

ナナバさんの答えに思わず問いてしまう。
調査兵団は壁外調査時、点呼は勿論、休憩時には各報告で団員が他の班へ動き回る。
そんな中で誰にも顔を合わせず、そして殺された…。

「無いね、普通は。だから誰かが、私達に嘘をついているんだよ」
「そうなりますね…」

嘘をついているのは、多分、殺された団員と一緒に居た団員、となる。

「そっちはどうなんだ?」
「はい、ゲルガーさん。兄上が見つけた薬品が特定できました。…あ、」
「お?どうした?」
「ゲルガーさん、5年前は在籍していましたか?」
「5年前?あぁ、俺もナナバも居たぜ」
「あの、つかぬ事をお聞きしますが。5年前、兵団舎近くで起こった違法な薬品の製薬事件を覚えていますか?」
「あぁ〜…あの事件か」
「良く覚えているよ。中々遭遇する類の物じゃないからね」
「今回の事件に使われた薬品が、その事件で造られた薬品に酷似しているんです。何か手掛かりがあればと…」
「…待って、アネモネ」
「は、はい」
「ねぇ、ゲルガー」
「んぁ?」
「あの事件、最初に発見したのって…」

ナナバさんがゲルガーさんに問うと、ゲルガーさんの顔色が変わった。

「…ハンジだ」
「えっ!?」
「あの事件、最初に駐屯兵団に通報したの、ハンジだ」

繋がりが、出た。

「ハンジさんが発見、通報したことによって、事件が明るみに出た…」
「偶然、にしちゃぁ、出来過ぎだな…」

偶々、な、筈はない。
免許をはく奪された医師、その元医師が製薬した薬品、酷似した今回の薬品…。

「でも待って。もし、ハンジが狙いだとしたら、この状況はおかしくないかい?」
「何でだよ」
「だって狙いがハンジなら、ハンジを殺せば良い。何故、ハンジを犯人にするんだい?」
「それも…そうですね…」

ナナバさんの言い分は納得出来る。
理屈にまだ無理があるんだ。
ということは、まだ、何かが足りないのか。

「アネモネ」
「エルヴィン分隊長」

分隊長に報告に行っていた兄上と分隊長が揃って食堂に入ってきた。
私は分隊長に敬礼を見せる。

「戻ったか」
「はい」
「アドニスから報告は聞いた。手掛かりが出てきたそうだな」
「はい。…ただ、まだ情報が足りないようで…」
「アネモネ、5年前の事件だが…」
「それについては私達から軽く説明しておいたよ」
「そうか、ナナバ」
「なので、次はその5年前の事件について調べたいと思います」
「分かった」
「じゃあ、俺はお役御免かな」
「兄上、とても助かりました」
「礼を言う、アドニス」
「言葉だけじゃあなぁ〜」

兄上が白々しく私を見る。

「…何ですか」
「アネモネ、礼と言うのは時に形で表すものだ」
「何か欲しいものでもあるんですか?」
「1回で良いから、見合いをしないか」
「却下です」
「即答かよ…!」
「そんなことしている時間はありません。兄上、往生際が悪いという言葉、知っていますか?」
「往生際が悪いんじゃない。試しにどうかと聞いているんだ」
「お断りします。リヴァイにも嫌なら断り続けろと言われてますし」
「…何でここでリヴァイ君が出てくる」
「相棒ですもの。アドバイスは聞き入れないと」
「お前の負けだ、アドニス」
「俺の味方に…なってはくれないよな、エルヴィン、この案件では」
「そうだな」
「はぁ…。分かったよ。今回は俺が折れる。でも、アネモネ…」
「次回以降も返事は変わりませんので、悪しからず」


※※


「格闘術の演習、どうだった?」
「…リヴァイ?」
「ねぇ、リヴァイ」

私の少し前を歩くリヴァイに声をかけるも、返事も無く振り返ってもくれない。

「リヴァイっ!」

立ち止まり、腕を組んで大きな声で呼んだ。
そこでやっと振り返ってくれた。
が、随分ご機嫌斜めな表情。

「…何、その顔」
「何故俺を置いていった」
「置いていったって…。兄上の提案だったし」
「それは言い訳か」
「言い訳じゃない。兄上の提案を飲んだのは、確かに私もだけど…」
「何故、あいつの提案を承諾した」
「何でって言われても…。理由は聞いて無い。多分だけど、医学的な知識があったから、私を連れて行ったんじゃないかしら」
「だから俺を置いて行ったのか」
「その『置いて行った』って表現…」
「そうだろう」

いつにも増してつんけんとされる。

「…悪かったわよ、ゴメン。次からは同じような提案があってもリヴァイも一緒に来れるように提案するから」

私が言うと、リヴァイはつかつかと歩いてきて私の目の前に立った。
顔をずいと近づける。

「アネモネ」
「う、うん…」
「お前に何かあったら、どうする」
「何か…って?」
「その額の傷の様な事態が起こったら、何もしてやれないだろう」
「ん…ん?」
「だから俺の目の届く場所に常に居ろ」

リヴァイの理屈が、分かるような、分からないような…。

「私に何かあったら、嫌だってこと…?」
「あぁ」
「リヴァイが、自分でどうにかしたい…と」
「そうだ」
「だから、側に居ろ、と…」
「そういうことだ、理解したか」
「…何で?」

ずっと前から思ってたけど、本当に何で。

「…理由が必要なのか」
「要るね」

むしろ理由が無いってこと、無いでしょ。
リヴァイは私を見つめていた三白眼の瞳を少し伏せ、そして横顔を向けた。

「…分からん」
「へ?」
「俺も良く分からない。だが、そうしたい」
「理由も分からないのに…?」
「あぁ」

私は困ってしまった。
自分がどうしてそうしたいのか、分からないけど、行動はしたい、と。
まるで本能みたいだな。

「う〜ん…。リヴァイがそうしたいって希望があるのなら、出来るだけそれには沿えるようにするよ」
「あぁ、分かった」
「だから、改めて謝るよ。ゴメン」

私が言うと、リヴァイは再び私を見つめ、そして少し遠慮がちに頭を撫でた。

「行くぞ、日が暮れる」
「うん」
「当てはあるのか」
「駐屯兵団に顔見知りが居るの。その人ならきっと相談に乗ってくれるよ」


※※


駐屯兵団、トロスト区を管轄している支部は調査兵団の兵団舎から歩いて行ける距離にある。
門番の駐屯兵団員に話すと、すんなりと通してくれた。

「待たせたの」

客間で待っていると、お目当ての団員がやって来た。

「ピクシスさん、ご無沙汰しております」
「アネモネ、久方ぶりだな…。隣の団員は」
「ピクシスさんは初めてお会いしますね。昨年入団したリヴァイです。…挨拶して」

私は立ち上がって話しているのに、リヴァイはソファに座ったまま、しかも足を組んで。

「リヴァイってば…!」
「はははっ!噂通りの男じゃの」
「申し訳ありませんっ!」
「君が謝る必要は無い。規律なんぞ討伐の役には立たん」
「ご配慮感謝いたします」

後でリヴァイと話し合わないと。

「それで?話とは何だね」
「はい。5年前の事件のことでお尋ねしたく。ピクシスさんはこの部隊におられましたでしょうか?」
「いや…その時は別の隊だ」
「そうですか…この事件なんですが…」

私はイェーガー先生から借りてきた書物をピクシスさんに差し出す。

「…おぉ、この事件か…。当時の捜査資料ならまだ残っておるの」
「拝見することは可能でしょうか?」
「あぁ。わしが許可しよう」
「ありがとうございますっ!」
「確か当時からこの地区を担当していた部下が居る。そやつに案内させよう」








「ここが資料保管庫です」
「ありがとうございます」
「5年前の資料は入って右に保管されています。自分は入口で待っていますので、何かありましたら声をかけて下さい」
「はい」

ピクシス隊長の部下の方に案内された保管庫に入り早速右側の棚を探した。

「駐屯兵団の兵団舎は整備されてるね〜。壁にランタンが掛けられてる」

保管庫は夜でも閲覧が出来る様に整備されている。
これ、調査兵団でもやって欲しいな。

「この年か」

一緒に探していたリヴァイが1冊の資料を棚から引き出す。

「あ、それだよ」

受け取った私は早速該当の捜査資料を探す。

「あった、これだ…。ありがと、リヴァイ」

ページを捲っている私の手元をリヴァイが持っていたランタンで照らしてくれる。

「違法な薬品を作っていたのは調査兵団の兵団舎近くに住んでいた医者。名前は…ドクター・ピエリス」
「知っているのか」
「ううん、聞いたこと無いかな…。あ、ハンジさんの聴取があった。『以前より人が消えるという報告があった。知人だった医師にかかった患者だと気が付き訪問したところ、違法な薬品を使用している場面に遭遇。そのまま通報をした』…」
「その医師が犯人か」
「…いいえ、その医師は亡くなっているわ。医師は逮捕後、獄中死している…。死因は、自殺…4年前ね」

となると、今回の事件の黒幕でも無い。

「あれ、」
「どうした」
「ドクター・ピエリスにはお子さんが居るわ。女の子、事件当時10歳。名前はアセビ、アセビ・ピエリス…。その後が書いていないわ」
「案内した奴に聞いたらどうだ。当時からここの担当だったんだろう」
「そうね」

捜査資料が載った書物を手に入口に戻る。

「あの、良いですか?」
「どうかされましたか」
「該当の事件の医師にはお子さんがいらっしゃったようなんですが、その後どうしたのかが書かれていなかったので…」

私はページを開いて駐屯兵団員に見せる。

「あぁ、その子でしたら施設に預けられていますよ。その記録もここにあります」
「見せて頂くことは可能でしょうか?」
「はい。ピクシス隊長に許可は頂いておりますので。ご案内します」
「お願いします」

室内に入った駐屯兵団員は真っすぐ進み、左側にある棚の1つの前に立った。
840年、と背表紙に記された1冊を取り出す。
パラリとページを捲り、文字を指で辿る。
その手が止まった。

「…おかしいな」
「どうかされましたか?」
「いえ。確かにピエリスの娘はこの施設に預けられた筈なんですが…」
「無いんですか?」
「名前が違うんです。時期的に合致しているので、この子だとは思うんですが…」

私は思わずリヴァイを見た。

「そんなことって、あるのかな…」
「俺が地上の常識なんぞ知っていると思うか」
「…そうね。それで、その子の名前がどう違っているんでしょうか?」

駐屯兵団員は私達にページを見せる。


「…え」


その記された名前に私は目を見開いた。



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