悪しき遺伝子

「どこ行っちゃったのかな…」

体術訓練が終わり、宿舎に戻ってきて、用がある新兵を探しているんだけど、どこにも居ない。
充てられた寝室にも、食堂にも、資料室にも。
他に行くとなると…風呂場?
そこは流石に俺は行けないな…。

「モブリット!」
「ゲルガーさん」

古城の廊下を歩いていると、ゲルガーさんに呼ばれた。
敬礼を見せて挨拶をする。

「悪い、人を探してるんだけど」
「誰をですか?」
「シキミだ」
「奇遇ですね。自分もシキミを探してます」
「おぉ、そうか」
「ハンジさんが溜めた仕事、片付けないといけないので…」
「…あぁ、そうか」

ゲルガーさんはエルヴィン分隊長の指示で今、壁外で発生した団員死亡事件の聴取を行っている。
何か進展はあったのかな…。

「そんな顔するな」
「え?」
「あんまり口外出来ねぇけど、ハンジは元気にしてるよ」
「…俺、どんな顔してました?」
「ハンジを心配してる顔だったぜ」
「そう…ですか」

確かに、ハンジさんがどうなっているのは気掛かりだ。
解放されないと仕事は溜まる一方だし、只ですら自己管理を後回しにする人なんだから、誰かが近くで見てあげないと…。

「そっか、シキミに聞きたかったことあったんだけど」

ゲルガーさんの声で我にかえる。

「事件当時のことですか?」

思わず聞いてしまって、言い切った後にしまった。と小さく呟いた。

「あ〜…」
「すみません、口外出来ない事ですよね」
「ん〜…。いや、そうでも無い」
「え?」
「モブリット、お前。確か当時シキミと居たんだよな」
「居た、と言いますか、彼女は団員に水を配って回ってました」
「あぁ、その証言は他の団員からも取れている。その前は知っているか」
「いいえ、自分は何も聞いていません…」
「ん〜…。そうか…」
「ゲルガーさんは何か心当たりが?」
「いや、俺もシキミが水を配っているのは見てたんだ。で、その後に団員の遺体を見つけた。それが、シキミが地上を歩いているのを見た時なんだ」
「まぁ、地上の団員に水を配っていれば、歩いてますよね」
「シキミが歩いてきた場所に、だ。あったんだよ、遺体が。俺の記憶だとな」
「え…?」
「しかも、あいつ、嘲笑っていたんだ」
「嘲笑う…」
「そう、こう口元を歪めるみたいな…。一瞬、シキミだって分からない位、不気味な嘲笑い方で」

ゲルガーさんの言葉が、正直、信じられなかった。
見間違いじゃ無いのか。
シキミはいつもニコニコと、周りに花が咲くような可愛らしい笑顔を見せる。
口元を歪めるような…?とてもじゃないが想像が出来ない。

「さっき思い出したことだし、俺の記憶違いの可能性もあるから、もう1回確認したかったんだ」
「そう、ですか…」

ゲルガーさんは酒好きで、酔っている時は良く記憶を無くすけど、素面で、しかも壁外での出来事だ。
そうそう記憶違いなんて起こさないだそう。

「あぁ、ヤバい。ちょっと話過ぎちまったかな」
「口外はしませんよ」
「ワリ、助かる。見かけたら俺の所来るように言っておいて」
「分かりました」

じゃあ。と言ってゲルガーさんは廊下を歩いていった。

「シキミが…」

関わっているのか?
まさか、あんなか弱い新兵が。
でも、記憶違いだとしたら、ちゃんと正さないと、彼女にまで嫌疑がかかってしまう。
ハンジさんの仕事の処理の手伝いの前に、ゲルガーさんの所へ向かわせよう。

「…あれ、」

古城を出た所で、黒髪の小柄な団員の後ろ姿が見えた。

「シキミ…?」

こんな所に、何の用があるんだろう。
ここにあるのは、地下牢に繋がる階段があるだけなのに。


※※


私に、何をしたんだ。
身体が全く言うことを利かない。
麻酔の類か?
それなら、意識が残るなんて有り得ない。
私は、身体の力が入らず、床にうつ伏せで倒れた状態で、辛うじて動く眼球で上を見た。

「…ぃ…ぉ…」
「あら、舌が動くの?」

この目で見ている彼女は、誰なんだ。
彼女は、まるで口が裂けた様な嘲笑いを浮かべ、私を見下ろしていた。
手には先程私の首元に刺した注射器を持って。

「薬品の量が足りなかったかしら。原料の花の品種改良を行ったから、摂取量も変えないといけないわね」

恐ろしいほど冷静な声に、背筋がゾッと冷える。
彼女は私の顔の近くにしゃがみ込んだ。

「私があの医師の娘だって気が付いてなかったんですね、ハンジさん」

目を見開き、ニタリと笑うこの子は、私の知っている新兵なのか…?
あの医師の娘…?

「ここまで言っても思い出さないの?」

スッと真顔になり、私の耳元に顔を寄せてきた。

「ドクター・ピエリス」

囁くように伝えられ、全て合点がいった。
あの医師、違法な薬品で患者を何人も死に追いやった、あの医師の娘…!
じゃあ、打たれた薬品は、あの時の改良版か…!!

「やっと分かったのね」

私の耳元から顔を引いたシキミがまたニタリと笑う。

「お父様が成そうとしたことを貴方が邪魔をした日から、この時を待っていたの。ずっと、ずぅっっと、ね」

彼女がガっと私の髪を掴み、顔を無理矢理上げさせられる。

「どうして貴方はお父様の偉大さに気が付かなかったのかしら…きっと馬鹿なのね」

引き上げられた喉が引き攣る。
小さく呻くと、彼女は鼻で笑った。

「無様ね、ハンジ・ゾエ。お父様の偉業を止めた罰だわ」

私の髪から手を離し、彼女は何かを持ってくる。
受け身が取れず、顔が地面にぶつけた。
口の中に血の味が広がる。

「まぁ、良いわ。これから貴方にもお父様が味わった苦しみを与えるもの」

私の側にゴトリと置かれたのは水の入った木のバケツだった。

「ねぇ、ハンジさん。あの後、お父様がどうなったか、知ってる…?」

ドクター・ピエリスは獄中で自決した。と聞いている。

「惨めな最後だったの…。医師免許ははく奪され、牢獄に入れられている間も、やぶ医者、人殺し扱い。お父様は、医学を進歩させようとしただけなのに…。だからね、ハンジさんにも同じ目にあって貰おうと思って、あの団員を殺したの。そしたら、思った通りに貴方が犯人だって疑われて、私嘲笑いを堪えるの大変だったわ」

再び私の側にしゃがみ込んだシキミは心底面白そうに嘲笑う。

「団員殺し、社会的制裁を受ける気分はどうかしら…?」

そうか、そういうことか…。
彼女は、父親が社会的制裁を受け、それに耐えられず自決した、その報復を私に行おうと、こんな手の込んだことを行ったのか。
殺された団員は、確かに私と揉めていた。
だから、あの団員を殺せば、私が疑われ、そして…。
身体は動かないのに、どうして頭は良く動くんだろう。

「本当に、この調査兵団は馬鹿ばかり。皆、私の思い通りに動くんだもの。私をいい子のシキミ・イリウムだって受け入れて、誰も疑わない」

肩を引き攣らせ、不気味に笑う。
その目は爛々と光っていて、真面じゃないことは直ぐ分かる。

「もう少し甚振ってからでも良いんだけど、誰か来たら計画が台無しになるから…。もう死んで貰うわね」

さっきより強い力で私の髪を鷲掴み、引き上げた。
視界の端に木のバケツが入る。
咄嗟に出来るだけ息を吸い込み、止めた。

ザブンッ。

「この状況に耐えられなくなったハンジ・ゾエは牢獄の中にあったバケツの水を使って自決。見回りの団員が見つけて…私の計画が完了するの…」

耳元で聞こえる、水音に混ざって、淡々と説明を続けるシキミの声が聞こえる。
身体を動かして、抵抗したいのに、指先1つ動かない。
こんなところで、私の人生は終わるのか…。
なに1つ、巨人について解明出来ていない…!





突然、シキミの手が私の髪から離れた。
何か物音がして、私は水から引き上げられる。

「ハンジさん!!」

息を止めていたせいで意識が霞む…。

「ハンジさん!!息をして下さい!!」

この声は…、モブリット…?


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