事の終わり

「ミケさんかゲルガーさん、ナナバさんを探さないと!」

駆け足で調査兵団舎に戻ってきた私とリヴァイは早速兵団舎内を走る。
視界の端に、大柄な人の姿を映った。

「ミケさん!」

廊下を歩いていたミケさんを呼び止める。

「アネモネ、駐屯兵団に行っていたんじゃあ?」
「はい。そこで…犯人が分かったので急いで戻って参りました」

私の説明に僅かに目元を動かしたミケさんが、近くの空き部屋の扉を開いた。

「それで、」
「はい。犯人はシキミ・イリウム…いえ、アケビ・ピエリスです」
「…名が2つあるのか…?」
「シキミは5年前の事件の犯人、ドクター・ピエリスの娘です。施設に預けられる前、改名をしています」
「改名…」

ほんの瞬間、考え込んだミケさんは直ぐに顔を上げた。

「シキミを探す」
「はい」
「事は急ぐ、俺達だけで動くぞ」
「ミケさん、自分はエルヴィン分隊長の元に行きます」
「エルヴィンの元へか?」
「はい。早急に許可頂きたいものがあります」
「…そうか、分かった。リヴァイ、行くぞ」
「…待て、アネモネ」
「リヴァイ、君はミケさんと行って」
「お前、さっきと話が違うだろう」
「分かっている、さっき約束した事と、違うことを頼んでいる。でも、シキミを探し出さないと、ハンジさんが危ない。私の願い、叶えて欲しい」
「…その言い方は卑怯じゃないか」
「卑怯でも何でも良い、お願い」
「…分かった」

私の頼みを聞いたリヴァイが先に室内から出て行く。
それに続いて私とミケさんも出た。
空き部屋から出た私達はそれぞれ別方向に足を進めた。
私は分隊長室に急ぐ。

「エルヴィン分隊長、アネモネです」

在室を知らせるドアが閉まっていたので、ノックをして声をかけた。

「入れ」

直ぐに返事が返ってくる。
扉を開き、素早く敬礼を見せた。

「駐屯兵団はどうだった」
「分隊長、事を急いでおります。無礼をお許し下さい」

今までそんなことを言った事が無い。
分隊長も私の異変に気が付いて、椅子から腰を上げた。

「…何があった」
「駐屯兵団に残されていた資料で犯人が特定出来ました。新兵のシキミ・イリウムです。彼女はハンジさんを狙っていると思われます。現在、ミケさんとリヴァイが兵団舎内を捜索しています」
「…それで」
「イェーガー先生から借りた当時の記事には続きがありました。事件を掲載した数日後の記事です」

私は分隊長に近づいて記事が載っているページを開いた。

「ドクター・ピエリスの診療所にあった薬品を分析した記事です。とても小さいですが…ここです」
「…肉体を強化させる作用…?」
「はい。ドクター・ピエリスは事件の薬品以外にも試作品として幾つも製薬していたようです」

私の説明を聞いた分隊長が無表情で黙った。

「…シキミが、これを所持、最悪使用する可能性があるということか」
「はい。私はそう考えます」
「何か策があるのか」
「暴れ馬を鎮める用に、銃で使う鎮静剤がここには用意されています」
「それを使うと…?」
「常駐医に頼んで、弾に込める鎮静剤の量を変え、所持の許可を頂きたいです」

エルヴィン分隊長はまた黙り込む。

「分かった。私も行こう」






「これで…人間に使っても問題は無いとは思いますが…保証は出来ませんよ」

常駐医は自信無さげに、弾を3発私達に手渡した。

「その際は私が始末書を受ける」
「始末書で済みますか…?」
「事態が事態だ。責任は私が負う。アネモネ、行くぞ」
「はい」

肩にかけていた猟銃に弾を込めると、エルヴィン分隊長が私からそれを取り上げた。

「分隊長…?」
「これは俺が持つ」
「猟銃の扱い方はウィスティリアの家で教わりました。出来ます」
「いや、そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味でしょう…?」
「これは、俺の判断が起こしたことだ。俺が責任を負う。君が撃つ必要は無い」

確かに、今私達はシキミの後手に回ってしまっている。
ハンジさんに何かされる前に、彼女を止める一手を打たなければならない。
起こってしまったことを、終わらせるもの、また責任の1つ。

「承知しました」

私の返事を聞いた分隊長は猟銃を肩にかけた。
医務室を出た所に、息を切らしながら走ってきたゲルガーさんが私達を見た。

「分隊長!良かった、探してたんっす」
「ゲルガーさん、何か分かりましたか?」
「シキミが居た」

ゲルガーさんの言葉に私と分隊長に緊張が走った。

「どこだ」
「地下牢です」
「…ハンジと接触したのか」
「接触…?ハンジさんは地下牢に?」
「あぁ。この調査兵団舎に他に隔離出来る場所は無い」
「さっきミケさんとリヴァイに会ったので、先に伝えて行って貰ってます」
「急ぎましょう!」

どうか、最悪の事態にはなっていないで。


※※


「シキミ…?」

こんな場所に彼女が用があるんだろうか…?
不思議に思って後をつける。
地下にある牢屋に繋がる階段には、いつでも歩けるように壁に松明が付けられていた。
その灯りの届く所には、もうシキミの姿は見えない。
慎重に降りていくと、見えない壁の先から声が聞こえてきた。
断片的にも、言葉が聞こえた。
シキミの声だ。
その言葉に、俺は愕然とした。


彼女は、俺達が知っている姿が本当の姿では無かった。
復讐を胸の中に秘め、その時を伺っていた。
まるで野生の獣だ。
その獣が、今ハンジさんに牙を剥いている…。


どうすれば良い?
誰かを呼んでくるか。
確か、まだ門の辺に駐屯兵団が居たはず。
彼らに報告するのが、最適か…。


ザブン。
決して大きくはない水音に思考が戻される。
また断片的な言葉が聞こえてくる。
ハンジ・ゾエ、バケツの水、自決、…計画が完了。
その後に聞こえた、不気味な笑い声で身体が勝手に動いた。


壁の先には幾つもの牢屋がある。
その1つが開いていた。
そこに飛び込む。
目に入ったのは、バケツに顔を突っ込んでいるハンジさんと、驚きで引き攣るような表情のシキミ。
咄嗟にシキミを牢屋の外に突き飛ばした。
牢屋の扉を閉め、付いていた錠をかけ、差してあった鍵を抜いた。
ハンジさんをバケツから引き起こす。

「ハンジさん!!」

僅かに咳き込んだハンジさんが息を吸う。
良かった、間に合っていた。

「ハンジさん!!息をして下さい!!」

息はしているけど、それは余りにも浅かった。
声をかけても少しだけ目を開いて、抱きかかえている俺をぼんやりと見上げるだけ。
どうしたんだ…?
こんなにも身体に力が入っていないなんて。


ガンッ、ガンッ。
牢屋の格子を叩く音が聞こえた。
見てみると、シキミが格子を足で蹴っていた。

「モブリットさぁ〜ん…」

地を這うような声とは、正にこんな声だろう。
背筋が冷える。
落ち着け、錠の鍵は取った。
これで他の錠の鍵が無い限り、この牢の扉は開けられない。
後は見回りの団員が来れば、何もかもを明るみに出来る。

「シキミ…!君は、私欲でこんなことを…!」
「あぁ、話、聞いてたんですか…」

格子を蹴っていた足が止まり、そして廊下の奥へ行ってしまった。

「ハンジさん…」

腕の中のハンジさんは相変わらず身体をグタリとさせたままだ。
彼女の身体に何かが起こっている。

ズルリ、ズルリ。
今度は何か重い物を引き摺る音がシキミの消えた廊下の奥からこっちに向かって聞こえてくる。


シキミの姿が見えた。
その手には斧を持っていた。

「気分によってはハンジ・ゾエの手足を切ろうかなぁ〜…なんて思って、持ってきたんです」

肩をだらりとさせ、小首を傾げながらシキミは言う。
その姿は、真面じゃない。

「鍵を持って行くなんて、先輩賢いですねぇ。お陰で今、物凄く腹が立ってます…」

肩に力を入れたシキミが斧を振り上げる。

「でも、持ってきてよかったぁ…。これで鍵を壊して、あぁ、計画が変わっちゃうけど、ハンジ・ゾエを殺して…」

錠を見ていたシキミの目が俺に向く。
瞳孔が開き、充血した、悪意が籠った瞳。

「ひっ…」
「事を知っている人も消さないとですねぇ…」





「待て」





シキミの声以外の声が、彼女を行動を制止した。
格子に近づき、その姿を見る。

「ミケさん…!リヴァイ…!」

ミケさんとリヴァイが、数名の団員を連れて立っていた。


※※


「…あれ?」

分隊長とゲルガーさん、私で急いて地下牢の階段を降りると、その先の廊下では。
リヴァイがシキミをうつ伏せにさせ、上から押さえつけていた。

「終わった…の?」
「そのようだ」

分隊長は肩にかけていた猟銃を壁に立てかけ、近くに居たミケさんに声をかける。

「エルヴィン」
「ミケ、シキミは何か不審物を持っていなかったか」
「俺達が来た時に斧を持っていたが、没収している」
「そうか」
「ハンジさん…!」

私は扉が開いている牢屋に駆け寄る。

「…モブリット?」
「やぁ、アネモネ」

そこにはハンジさんを両腕に抱いたモブリットが座り込んでいた。

「何しているの!?」
「いやぁ…偶々シキミを見かけて後をついて来てみたら、こんなことに…」
「ケガは無い?」
「俺は良いから、ハンジさんを…」

モブリットに抱かれているハンジさんは首から上が濡れていた。
側にはバケツがある。

「何をされたの…?」
「俺が駆け付けた時にはバケツに顔を入れられていた」
「呼吸は…!?」
「しているんだけど、浅いんだ」

薄暗い牢の中に行き、膝をついてハンジさんを診る。
モブリットの言う通り、息はしているが浅く、身体にも力が入っていない。

「これが、弛緩…」
「弛緩?」
「シキミが薬品を打ったのよ。多分、殺された団員と同じものを」
「そんな…ハンジさん、大丈夫なの…?」

私は後ろを振り返り、リヴァイに押さえ込まれているシキミを見た。

「それを聞き出さないとね」

私は立ち上がって、シキミの側に再び膝をついた。
彼女は虚ろな瞳で私を見上げた。

「シキミ、ハンジさんに打った薬品は、君のお父様のものね」
「…だったら何」

驚く程、ぶっきらぼうな声だった。
これがきっと、本当の彼女、アケビ・ピエリス。
今まで見ていたシキミは、彼女が取り繕っていたものなのか…。

「教えて。あの薬品は、ワクチンが必要なものなの?」

そう訊ねると、シキミは不気味に笑い出す。

「何がおかしい」
「リヴァイ」
「フフフ…だって、貴方達、何も知らないんですもの。無知って恥ずかしいわね…!」
「この野郎、」
「リヴァイ、ダメ」

私は名前を呼んでリヴァイを宥めた。

「そうよ、君も、君のお父様も凄いわ。私達が思いつかないような薬品を幾つも開発して」
「そう…!お父様は偉大なの!分かってくれるのね!」
「私の父上も医者よ。薬品に対して君が恥ずかしいと思う程無知でも、それ位の凄さは分かる」

そう答えると、シキミは顔を上げて私を、その爛々とした瞳で見つめた。

「今更分かった所でお父様は返ってこない!その、女が!ハンジ・ゾエが!!お父様を死に追いやった!!だから、私も同じことをしてやっただけ!!」

シキミはギラリと瞳を光らせ、私の先に居るハンジさんを睨んだ。

「必ず殺してやる…。その為に私は今まで生きてきた…これからも…巨人の捕獲なんて考えられない程、あの女にを痛みを与えて…」
「…そう」




私は少し目を細め、シキミを見た。
人は、興奮すると、本音が出る。




「モブリット」
「何?」
「ハンジさんをそのまま医務室へ。緊急性は低いわ」
「えっ?」

モブリットが驚いたような声を出す。
私は立ち上がって振り返り、モブリットの顔を見た。

「『殺してやる』ってことは、今はハンジさん、死ぬ状態じゃ無いってこと」
「あっ…!」

モブリットが驚いたような声を出す。
ミケさん、分隊長、リヴァイ達も少し驚いた様子だった。


『巨人の捕獲に行けない程』ということは、身体的に残る可能性も低い。
となると、時間の経過で効果が無くなると考えられる。
後遺症等も考えて、数日の経過観察が必要、そんな所かな。


「口は禍の元、という言葉があるらしいな」

リヴァイはシキミの腕を掴み引き起こした。
シキミは顔を俯けていて、顔色は見えない。
ハンジさんの為だけど、私はシキミを騙したような気分になり、決して良いものでは無かった。

「おい、こいつを別の牢にぶち込んでおけ」

リヴァイは近くの団員にシキミを渡した。

「ケガは無い?」
「あるように見えるか」
「ううん…。機嫌悪いわね」
「お前が悪く言われ胸クソが悪いだけだ」
「別に自分が言われた訳じゃあ無いのに…」

何でそんな理由でご機嫌斜めになるのかしら。

「アネモネ、ハンジさんを連れて行くよ」
「うん。お願いね、モブリット」
「ミケ、ゲルガー、一緒に行ってくれ」
「分かった、エルヴィン。行くぞ、ゲルガー」
「うっす!」

牢からハンジさんを抱えて出てきたモブリットにミケさん、とゲルガーさんが付き添う。

「おい、牢まで歩け」
「突然止まるな」

ハンジさんが入れられていた牢の更に奥の牢屋に、シキミを連れて行こうとしていた団員が、そう言い始める。
目を向けるとシキミは私達に横顔を向け、立ち止まって何かブツブツと口を動かしている。
その口が止まって、シキミは強く歯を食いしばった。

ゴリン。と何かが砕ける音が牢の並ぶ地下の廊下に響く。

「…何の音だ」
「分からない…」

リヴァイの問いにも、こうしか答えられない。
警戒しながらシキミの様子を見ている、と。

シキミの両側に居た団員が、それぞれ左右に吹き飛んだ。

「え…っ」


何が、起こったの。


まるで立体起動のワイヤーに引っ張られたかのように、両側の団員が飛んだ。
それぞれが壁に激突をする。
シキミがゆっくり振り返り、こちらを向いた。
彼女の両肩が盛り上がった。
グリズリーの肩のように、大きく膨れ上がったのだ。
その異変に合わせ、腕も太くなる。

「まさか…」

嫌な予感が、当たってしまった。

「モブリット!急いでハンジさんを外へ!」

さっきの音は、多分薬品を砕く音。
歯の間に仕込んでいたんだ。
そこまで用意していたなんて。

「ソノ、オンナ…コロス…」

壊れたオルゴールの様な音、いや、シキミの声。
足を引き摺る様にこちらに歩いてくる。

「全員伏せなさい」

後ろから声が聞こえた。
視界の端に声の主を見る。
エルヴィン分隊長が既に壁に立てかけた銃を構えていた。
指示通り、私達はその場で床に伏せた。
銃声が3発、頭上から聞こえてきた。
続いて逆側から倒れる音。

「もう起きて良い」

数秒、音の無い間があり、分隊長が私達に声をかけた。
顔を上げてシキミを見る。
床に倒れ込んで完全に沈黙していた。

「鎮静剤が…効いた?」
「あぁ。君の予感が当たった」
「分隊長…嬉しくありません…」


全く、何て1日だ。


.