回想と襲撃

「アネモネ?」

呼ばれた驚きから肩がビクリと跳ねた。

「…兄上…」

振り返れば保管庫のドアの前に私と同じ髪色の同じ瞳を持つ兄が立っていた。
何時も綺麗にスーツを着こなして、今日もスリーピースのスーツをジャケットを手にかけて身に着けていた。
その顔は少し悲しそうだった。
あぁ、兄上、聞いたのか。

「アネモネ…マーガレッタのこと、エルヴィンから聞いたよ」
「…そうですか」
「残念だよ」

マーガレッタは訓練兵団時代に何度か家に遊びに連れて行っている。
聡明なマーガレッタは私含めウィスティリア家皆が人柄を気に入っていた。

「兄上…今日は何故ここに?」

整備用の椅子に座っていた私は立体起動装置を机に置いて立ち上がり、兄の居るドアまで近づいた。
兄は少しの間目を伏せ、私の目を見た。

「マーガレッタを引き取りに来た」

あ。私は言葉は出なかったけど、そう口にした。
調査兵団は壁外での死以外、亡くなった際その遺体を一度医師団に預ける。
人体の研究の為だ。
兄上はそれを献体、と呼んでいた。

「…そう、でしたね」
「お前に話そうか悩んだけど…言っておいた方がいいかと思ってな」
「はい…」
「別れの前に…もう一度会うか?」
「え?」

そんなこと出来るの?

「エルヴィンや団長には俺から話しをつけれる。どうする、アネモネ?」

それは、仲の良かった団員同士が会えるという訳ではなく、アドニスの名前を使って…ということ、か。

「兄上…お断りします」
「…良いのか?」
「他の団員が会えないのに私だけ会うのは話がおかしいです」
「そうか、…分かった」
「アドニス」
「エルヴィン」

ドアの先からエルヴィン分隊長の声が聞こえた。

「どうした」
「アネモネに会っていた」

廊下を歩いてやってきたエルヴィン分隊長の姿が見えて私は敬礼をした。

「アネモネ、ここで何をしている」
「立体起動装置の整備をしておりました」
「…昨日は余り寝ていないのだろう、休みなさい」
「まぁ、寝ろって言われて眠れる精神状態じゃないよな」

分隊長は相変わらず表情をの無い瞳で私を見る。
答えられずにいると兄が助け舟を出してくれた。

「整備中悪かったなアネモネ」
「アドニス、馬車を待たせている」
「分かったよ。全く、おちおち妹とも話せない」
「兄上、馬車を待たせているのでしょう?」
「そうだけど…アネモネ」

兄上が突然声色を変える。
表情も変わった、さっきまで少しおどけていた顔が凛々しくと変わる。
そして私をそっと抱き締めた。

「あ、兄う…」
「アネモネ、よく聞きなさい」

兄上の手が私の項を撫でる。
私の耳元に来た兄上の唇がそっと囁いた。

「今回の事件、嫌な感じがする。気を付けなさい」
「嫌な…感じ?」
「情報が少ないから断言は出来ないが…マーガレッタが死んで終わりじゃない気がする」

兄上の胸の中で握りしめていたマーガレッタの文字が存在感を強くする。

「だから!しっかり休むんだぞ〜」

ガバリ!と離れた兄上はガシガシと私の頭を乱暴に撫でた。

「じゃあな」

何時もの飄々とした兄上に戻って彼は私に手を振りながら去っていった。
私もドアから身体を出して手を振り返す。
兄上の歩いてく先にはエルヴィン分隊長が待っていて、私を一瞥して歩いていった。

「事件は…終わりじゃない…」

握りしめていた手を広げる。
紙切れは、あれだけギュッとしていたのに皺1つ付いていなかった。
それが今の私には不気味に感じた。



※※



昼食の時間になってモブリットと食堂で食事を取って、今度こそ分隊長の言い付けを守ろうと寝室のベットに横になった。

「…兄上の言う通りだ…」

何となく眠気は感じる、けど、それを思考が邪魔するような。
考えたい頭と休みたい身体が張り合ってる感じ。
ふぅ。と取り敢えず目を閉じだ。
同室の先輩は全員出払ってる。
静かな寝室に私1人ぼっち。
何時もはマーガレッタが居たからなぁ…。

「アネモネ、ボタン取れたシャツそのままでしょ?貸して」

訓練兵団時代はそうやって良く世話焼いてくれたっけ。

「え、何でそれ知って…?」
「だってアネモネがお裁縫してる所、見てないもん。どうせ後でやろうってほったらかしでしょ?」
「う…その通りです…」
「もう、そうゆうところちゃんとしなきゃ」
「面目ない」

私は割り当てられている小さなクローゼットからボタンが取れたままのシャツを取り出しマーガレッタに渡した。

「マーガレッタ様、お願い致します」
「よかろう」

オーバーに謙った態度でシャツを渡すとふふん。と鼻を鳴らしてマーガレッタはシャツを受け取った。
目が合って2人で笑い合う。

「アネモネは綺麗な顔してるんだから、こうゆうことも出来ないとね」
「別に調査兵団は裁縫の能力要らないでしょ」
「要るわよ。こうゆう時に」
「……確かに。ていうか、別に綺麗な顔してないよ」
「謙遜しちゃって。この前後輩に告白されていたのは誰かな〜?」
「あれは…その…」
「アネモネはモテモテね」
「そんなこと…」
「あるわよ。アネモネ腕が立つから、告白したくても出来ない人多いのよ?知らなかったの?」
「初耳…」
「アネモネはそうゆうところあるのよね」
「そもそもさ、訓練兵団員って恋愛とかして良いの?」
「別に禁止事項に記載は無かったわよ?」
「へ〜…。私は愛とか恋とか言ってる時間あったら立体起動装置の訓練したいね」
「色気無いなぁ〜。あ、そっか」
「え?」
「アネモネにはエルヴィン分隊長が居るものね」
「は!?」
「昔からの仲なんでしょ?モブリットから聞いたわよ」
「あいつ…余計なこと!」
「私に隠してたの?」
「隠してた訳じゃ…ただ、別に言わなくても良いかなぁ〜…って」
「それってアネモネの前に話してくれた、家に対しての考え方に関係あるの?」
「うん…」
「…そっか。なら話してくれなくても怒れないな」
「ゴメン」
「謝らないで、アネモネは何も悪くないわ。はい、出来たっ」
「ありがとう」

シャツを受け取って縫付けて貰ったボタンを確かめた。

「相変わらずマーガレッタはお裁縫が上手だね」

顔を上げるとベットに座っていたマーガレッタの姿が変わっていた。
首から血を流し、仰向けでこちらを見ている。

「マー…ガ…」





ガバリと身体を起こした。

「…ゆめ…」

何時の間にか眠りに落ちていた。
窓から射す日差しは夕日に変わっていた。
日差しに目を細め、もう一度横になる。


嫌な、夢だった。


シャツの胸ポケットに仕舞っておいた紙を取り出した。
書かれていた2つのワード、1つ目は直ぐに分かった。

壁外調査の廃止を訴える議員、ニコラス・ロヴォフ。
調査兵団の人間なら誰もが知っている。
兵団の存在自体を否定する考えを持つ人だと。
だけど、その下の言葉は?

「薔薇の…毒」

そのまま捉えれば毒のある薔薇に気を付けろ。と言う意味、だけどそんな薔薇は存在しない。
薔薇には棘がある、それに気を付けろ?
毒の塗られた薔薇?でも、私にもマーガレッタにもそんな薔薇は届いて無い。
”気を付けて”と表現している辺り、私にこれから”何か”が起ころうとしている、その喚起。
このタイミングだ、マーガレッタの命が奪われたことに関係があること。
私に、マーガレッタに、何が…?

「アネモネ」

静かな声で私を呼んだ。
見なくても声の主が分かりベットから立ち上がって敬礼をする。
目を向ければやはりエルヴィン分隊長が寝室のドアの前に立っていた。
握った拳にメモを隠した。

「アドニスを送ってきた」
「はい」
「…少しは寝たか」
「はい」

何時もと変わらず、表情無く分隊長は尋ねてくる。
私も返事をすると、分隊長はフッと笑った。
…笑った?分隊長が、そう、少し困ったように笑ったのだ。

「君は何時もその返事だな」
「え…?」
「私と話すのは嫌か?」
「いえ…そんな訳では…」
「…そうか」

2人に沈黙が走る。
何時もなら用事が済むと分隊長は直ぐにその場を去るが、今日は違った。
まだ何かあるのだろうか。

「アネモネ」
「はっ」
「どうしてそんな態度を取るようになったか…聞いたら君は答えてくれるか?」

質問の意図が読めなかった。
そんな態度、とは私が分隊長に対してのこの改まった態度のことだろう。
聞けば答えるか?そう言われれば、上官なので答えるしかない。
それを何故、このタイミングで…?

「…と、仰いますと…?」

答えたくない気持ちと、噛み砕き考え直してもはっきりした意図が読めなかったので更に仰いでみた。
私が言うとふぅ。と今度は小さな溜息をついた、珍しい。

「君は昔から頑固だな」
「…そう、でしょうか」
「あぁ。兄妹揃ってそっくりだ」

返事に困っていると分隊長は小さく頭を振った。

「今の話は忘れてくれ」

もう直ぐ夕飯だ、食堂に来なさい。そう言って分隊長は寝室を後にした。
私は緊張から解かれベットに再び腰を下ろした。
右手を開いてメモを胸ポケットに戻す。


自分から初めたことなのに、もう揺るぎそうだ。
訓練兵団を3年経験して、精神的に大人になったとは言え、自分はまだまだ子供だ。
でもここで、元に戻してしまったら、きっと彼に迷惑をかける。
距離を置け、彼は先輩で上官だ。
自分にずっと言い聞かせてきた、言い聞かせるというより刷り込ませた。
私という存在で、彼を変えてはいけない。
彼は、エルヴィン分隊長は、壁の外への希望を持つ人。
だから、私という存在が邪魔になってはいけない。
彼の進む道を塞いではいけない。
だから、距離を置いた。


グゥ〜。
自分のお腹から間抜けな音が聞こえた、腹の虫が鳴ったのだ。

「人が真剣に悩んでいるのに…」

自身のお腹を擦って自分で自分に呆れてしまった。

「…ご飯食べに行こう…」



※※



「見張り?」

夕飯を採るべく食堂に行けばモブリットが既に居た。
彼から聞いた話によると今日の夜から交代で寝室付近の廊下を団員で見張る、という内容だった。

「うん。で、今日は俺とアネモネと先輩団員数名だって」
「…急だね」
「隊長クラスは今朝から知ってたみたい」
「…あ、」

だから、分隊長はあんなに休めと言っていたのか。

「どうしたの?アネモネ」
「ううん。何でも」
「見張りか…。マーガレッタの事件、犯人まだ出てないみたいだしね…」
「皆聴取受けたのかな?」
「うん。午前中に資料室に居た先輩に聞いたけど順番に呼ばれたみたい」
「そっか…」
「でも皆寝てたし、直ぐ点呼とったから、兵団員じゃなく外部からの可能性があるんじゃないか。って」

マーガレッタが発見された時の点呼では隊長クラスの団員以外、全員が寝室に居た。
首を切られていたから返り血を浴びただろうし、凶器も隠さないといけない。
マーガレッタに手を出して直ぐにベットに入ることは不可能だろう。

「また来るかもしれない…ってこと」
「調査兵団に恨みを持った市民の犯行かも」
「ここの門、基本開けっぱなしだもんね」

防犯面が緩めな兵団に私は苦笑いを浮かべた。

「アネモネ・ウィスティリア、モブリット・バーナー」
「「はいっ!」」

呼ばれたのでモブリットと揃って立ち上がると、今日一緒に見張りをする先輩が私達の元へやって来た。

「見張りの件は聞いたな」
「はいっ!ナナバさん」
「食事と入浴を済ませた後、ここに集合する。立体起動装置の装着も忘れるな」
「立体起動装置を…付けるのですか?」

モブリットが至極当然の疑問を投げかけた。
涼し気な目元を引締めナナバさんは私達に伝える。

「犯行が発生した場合追跡をする可能性がある。本来私達の仕事ではないが…犯人を捕まえる時必要と団長は判断した」
「承知いたしました」
「了解でありますっ」

ナナバさんの説明に2人揃って返事をした。


※※


「それではこれから見張りに入る。兵団員の寝室付近の廊下を重点的に監視する。我々は等間隔で配置につく。何かあったら大声を出すか指笛を鳴らせ。以上だ」

ナナバさんの指示にその場に居た団員がはいっ!と返事をした。

「それじゃあアネモネ」
「うん。気を付けて」

配置が離れたモブリットと別れて自分の配置場所に移動する。
念の為、立体起動装置のストッパーを外しておこう。
脇に着いているトリガーの留め具を外した。
松明に照らされた夜の古城は中々に不気味だ。
私が配置されたのは丁度通路の角の部分、なので両隣の先輩たちの姿は見えない。
呼べば直ぐに飛んできてくれる位の距離だから、問題無いだろう。
程よい緊張感を持って辺りを警戒する。

「…ん?」

すぐそこにある観葉植物の鉢植え影が揺れた気がした。
トリガーを取り出そうと右手を脇にかけようとした、時。
キラリ、光る何かが私の元に飛んできた。

「!」

声を出す暇も無かった、それを必死で避けた。
避けて分かった、それはブレード、私も今腰に装備している超硬質のブレードの刃だ。
影から雨具であるマントを付けフードを被った人が姿を見せた。


誰か呼ばなきゃ…!


息を吸うとその人がまた刃を振りかざしてきた。
私は逆方向、鉢植えのある方に転がり避けた。
助けを呼ぶ暇が無い…!
絶望的な考えから頭は軽くパニックを起こしていた。
フードの人は体制を変えてまた私に襲い掛かる。


身体が固まる、足が竦む、もう…駄目だ。




『ありがとう…アネモネ』




私の中でマーガレッタが囁いた。

まだ、私は、彼女に何もしてあげられてない…!


ブレードの刃を身体を傾けて避ける、刃の端が右の額を掠めた。
一気に血が流れる、右の頭が熱くなった。
私が身体を傾けた先はさっきまでこの人が身を隠していた鉢植えだ。
両手に力を籠める。
渾身の力で投げつけた。
鉢植えが飛んでくるなんて思いもよらなかったらしく、受け身もとらず命中した。

ガシャァン!!
派手な音を立てて鉢植えが割れてくれた。

「何の音だ!?」
「こっちだ!!」
「アネモネ!?」

両側から松明の光とともに団員がこちらにやってくる音が聞こえた。
フードの人は慌ててアンカーを放った。

「ま…て…!」

手を伸ばすもその人は既に窓の格子に足をかけていた。
マントが風に揺れる。
追いかけようと立ち上がるも視界がぐらりと揺れた。
堪らず膝をつくと自分の額から血がしたたり落ちた。
思ったより、出血してる…?

「アネモネ!!」

モブリットが私を呼ぶ、その声がいやにくぐもっていた。

「あ…っち…」

犯人の逃げた方向を指差したところで私は意識を手放した。



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