追求
目を覚ますと古城の天井が見えた。
あれ?…私、何…?
ぼんやりと天井を見つめているとさっきの出来事を思い出した。
右の額を手を当てると包帯が巻かれていた。
痛みが更に出来事をリアルに思い出させる。
「…ここ…は…」
医務室では無い様だ。
視線を横に向ける。
「…分…隊長…?」
幾つものランタンが置かれているここは誰かの私室のようだ。
私が横になっているベットから少し離れた場所に、椅子と低めのテーブルに足を乗せて彼が座っていた。
眠っているのか、腕を組み俯いている。
「分隊長…」
小さく呼びかけるとエルヴィン分隊長はスッと顔を上げた。
一瞬、鋭い眼光が私に向けられたが、私だと分かると眼光が弱くなった。
「…起きたか」
「あの…ここは…?」
「私の部屋だ、安心しなさい」
「…え…?」
どうして、私が、分隊長の部屋に?
「医務室だと防犯面が適切ではないと判断した」
表情に出ていたのか、私が思った疑問に分隊長は答えてくれた。
テーブルから足を下ろしエルヴィン分隊長はサイドテーブルに向かう。
ピッチャーからコップに水を注ぎ、こちらにやって来た。
「喉は乾いてないか」
「あ…頂きます…」
起き上がろうと身体を動かすと額が痛んだ。
顔を顰めると空いた片手で分隊長は手伝ってくれた。
「…すみません…」
「構わない」
コップを受け取って水を飲み干す。
「…10針縫った」
「そう…ですか」
「痕は残らないと思うが…アドニスが聞いたら卒倒するな」
「あの…分隊長…犯人は…?」
「…すまない、逃してしまった」
空になったコップをエルヴィン分隊長はそっと取り上げサイドテーブルに戻した。
「アネモネ」
「…はい」
「どうして君が襲われたか…思い当たる節はあるか?」
再び私の側に来たエルヴィン分隊長は私と向かい合う様な姿勢でベットに腰を下ろす。
近い距離、澄んだ青色の瞳が私を視る。
私は奥歯を噛み締めた。
「…いいえ」
静かに答えるとエルヴィン分隊長は私から視線を外し、目を閉じた。
「アネモネ、君は昔から嘘が下手だな」
「え…?」
「嘘をつく時、顎に力が入る」
エルヴィン分隊長の指摘に思わず自分の顎に手を当てた。
それが分隊長の誘導だと気が付いた、時にはもう遅かった。
青色の瞳が再び私を捉える。
※※
「アネモネは嘘をついているな」
馬車に揺られアドニスと彼の勤務している病院へと向かう中、アドニスは言う。
「さっきアネモネの項に触れたが、脈が随分と速かった。人は隠し事をする時緊張する」
「…何かを隠しているのは明白だ」
「知っていたのか、エルヴィン」
「アネモネは嘘をつく時奥歯を噛む」
「あぁ…言われてみれば」
随分前の話だ。
まだアネモネがウィスティリアの家に居た頃、当時雇っていた使用人が高価な花瓶を割ってしまったことがある。
使用人が怒られないようアネモネは自分が割った。と言ったのだ。
その時の彼女は奥歯をこれでもか、と噛み締めていた。
そして、アネモネは昨日団長室に呼ばれていた時も奥歯を強く噛んだ。
「マーガレッタが関係している…と考えるのが自然だな」
「あぁ」
「そっちでは調べてないのか?」
「団員に聴取はしたが、不審な点がある者は居なかった」
フラゴンの隊の者達、マーガレッタにちょっかいを出したという者達もあの後呼び出され当時の行動を聞いたが、別の証言者も居たことから疑いは晴れた。
「となると…外部の犯行…か?」
「一概に決めつけられん」
「アネモネから聞き出せそうか?」
アドニスの問いに俺は首を横に小さく振った。
「アネモネは…まるで俺を拒絶しているようだ」
「…そうも見える、な」
今の俺とアネモネの間には太く深い線があるようだ。
ここから自分の方へは入ってくるな、彼女の読めない琥珀色の瞳から僅かに見えるようになった、心情。
「しかしアネモネも凄いな。スピード昇格しているエルヴィン分隊長に対してあんな態度取って、怖いもの知らず」
「昇格と言っても先輩団員が少ないからだ。生き残った者は自然と実力のある者になる」
「そういえばお前、まだあれ諦めてないのか?」
「…あぁ」
長距離索敵陣形、俺はそう名付けた。
壁外でいかに巨人と遭わずに済むか、それによって団員の生存率を上げ隊として機能させるか。
調査するにもまずは団員の生命を確保する必要性を俺はキース団長に長年説いていた。
「調査兵団も何処か凝り固まった考えしかねぇのかな〜。理論的に考えりゃ、良い策だと思うんだけど」
「実施するにも色んな所にお伺いを立てなければならない。そのリスクと労力を団長は天秤にかけているのだろう」
「…天秤にかけてもお釣りが出る位だろ」
長年の友人はこの陣形に対して理解を示してくれている。
「アネモネがエルヴィン側につきゃあ少しは楽になるのになぁ。アネモネ口がたつし、頭も良い」
「彼女は…これからの調査兵団に必要だ」
「なら…尚更今の関係、何とかしないとな。助け舟出すか?」
「いや…俺が何とかしないと距離も縮まらないだろう」
※※
青色の瞳と目が合ったまま私は動けなくなっていた。
顎に当てたままの掌が緊張から汗ばんでいくのが分かる。
「アネモネ、答えなさい」
エルヴィン分隊長からの更なる問いかけに頭をフルに回転させる。
何か言い逃れできる手立ては無いか。
この状況を打破できる手段は。
言ってしまうか、否か。
言って分隊長に迷惑はかからないか、イヤ、かかってしまう。
彼に言うのが適切なのか、それとも別の人に言うべきか。
調査兵団全体の問題だ、団員として報告の義務がある、だけど、これは。
だんまりを決め込む私に見つめていた青色の瞳がフッと逸らされる。
そして自嘲のような笑みを浮かべた。
「分隊長…?」
「アネモネ、俺は、君との距離をどう取って良いか分からなくなっている」
「え…?」
思わぬ弱音に私は驚き言葉を失う。
「君を生まれた時から知っている。赤子の頃に命を失いかけたことも。成長して、俺に懐いていた頃は遊びに行くと玄関に迎えに来てくれた。…その姿が懐かしい」
思い出を手繰るように私に横顔を見せる。
「…君は、きっと訓練兵団で俺の噂を聞いているだろう。非情だ悪魔だ、人の心を持っていないと。だが…」
「違います」
分隊長の話を遮るように私は言った。
「違います、分隊長」
「何が違うと…?」
横顔は私に向く。
青色の瞳は強く私を見ていた。
確かに訓練兵団時代、エルヴィン分隊長の噂は分隊長の言う通りだった。
調査兵団に悪魔が居る、団員の命を何とも思っていない奴、だと。
でも、それは違うと私は、言いたかった、でも言えなかった。
そう言ってしまえば、私という存在が分隊長と関わってしまう。
分隊長の、彼の歩む道に、私の道が交差してしまう。
それだけは避けたかった。
「分隊長は、この調査兵団を変える方です。進展が無い壁の外の世界を進む方です。巨人の正体も、きっと真実と未来に民を導いてくれる方です。非情だなんて、悪魔だなんて思っていません!」
「アネモネ…?」
「私は、そんな分隊長を尊敬しています。だから、だから…」
足にかかっているシーツをギュッと握りしめ、言葉を続けた。
「私は…分隊長の重荷にはなりたくありません…足枷にも…進む道の邪魔も…したくありません…。私情を挟む恐れがある自分は…距離を置くのが…一番だと…そう、思いました」
青色の瞳を見ていられなくなって、シーツを握った自分の手に視線を落とす。
こんな弱い私を分隊長はどう思うだろう。
失望したか、幻滅したか。
そもそもそんな期待もしてないかもしれない。
「アネモネ」
静かな声に呼ばれ恐る恐る分隊長を見る。
その瞳は優しく、そう、昔ウィスティリアの家に遊びに来た時に見せた様な優しい笑みで私を見ていた。
「ぶ、分隊…?」
「君は自分が俺の邪魔だと思っていたのか?」
「し、新兵ですし…出来る事も余りありませんし…それに、」
「ミケを格闘術で倒したのにか?」
「それは…偶々で…」
「偶々じゃない。君の実力だ、アネモネ」
「お力になれることなんて…」
「訓練兵団を主席、しかも歴代で最高の得点を叩き出して卒業した君が言っても説得力が無いな」
あれ?何か私別の意味で追い詰められてない?
分隊長を見ると心なしか楽しそうだ、私さっき怪我したんですけど。
「た、楽しそうですね…」
「君と久しぶりに問答できているからね。相変わらず賢いな、アネモネ」
この状況で褒められても全く持って嬉しくない。
「君はいじらしいな」
「そうでしょうか…?」
「アネモネ、よく聞きなさい」
分隊長から心なし楽しそうな雰囲気が消える。
「俺はこの調査兵団に変革をもたらせたい」
「変革…ですか?」
「あぁ。君が言った通り、何の進展も無い、兵士が無駄死にだけするこの現状を打破したい。だから分隊長まで昇りつめた。だが俺だけでは変革は無理だ。アネモネ、君みたいな有能な兵士が必要だ」
「わ、私…有能なんかじゃ…」
「君は十分な実力を持っている。ずっと君を見ていた俺が言うんだ。もっと自信を持ちなさい」
分隊長に言われると言葉に重みがある。
「ありがとう…ございます」
素直に受け取ることにした。
「…それで、だ。君の態度については理解が出来た。私の心情も聞いて貰ったところで、アネモネ」
「はい」
「もう1つの隠し事も話してくれないか。先に言っておくが、隠す方が俺の重荷になる」
「うっ…」
先に言われてしまったので言葉に詰まってしまった。
もう無理だ。この人に隠し事をするなんて。
観念してシャツの胸ポケットに入れていたメモを取り出した。
「…私も先に言っておきます」
「何だ」
「マーガレッタはこれを私にしか見せないよう細工をしました。私にだけ言付けをして、私の立体起動装置にこの紙を忍ばせました」
「君にだけ…?」
受け取ってエルヴィン分隊長はそのメモを開く。
2つの文字を何度も読み返し、そして顔を上げた。
「ニコラス・ロヴォフ…か」
「はい」
「調査兵団を良く思っていない人物だ」
「自分もそれは存じています」
「その下は…?」
「私もその意味は分かりませんでした…さっきまでは」
「さっき?」
「はい」
私を襲った人物、立体起動装置を付けていた。
雨具も各兵団に支給されているもの。
「さっき、というのはその傷のことか?」
「はい」
額から血を流しながら私は手を伸ばす
マントを纏ったその人は既に窓の格子に足をかけていた。
マントが風に揺れる。
「私を襲ったのは…」
風に揺れたマントの隙間から見えた、薔薇の腕章。
「駐屯兵団です」
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