5話

目まぐるしい数時間だった。
負傷者を手当し、弟の病院と受け入れが整った病院にそれぞれの振り分け指示。
引き継ぎ作業が終わったのはてっぺん超えた時間だった。

「…疲れた」

疲労で重くなった身体を引きずって何とか薬局の2階にある家に到着。
リビングのカウチソファに倒れ込んだ。

「…何があったんだろ」

スマホを取り出すと画面には異人町外に住む友人から無事かと心配するメッセージの通知が数件。
それ以外には無かった。
ネットニュースを開くとトップニュースには『伊勢佐木異人町にてトラックが暴走!ヤクザの抗争か!?』という見出し。
クリックしてみるとこの近くでトラックが猛スピードで走り、通行人が怪我をしたという内容だった。

「それ以外の内容が知りたいんだけど…」

肉の壁の話がメディアに分かる訳無いか。
これは明日以降に誰かから報告が来るのを待った方が賢明だ。

「…寝よ」

私は明日も店を開かなきゃいけない。
メッセージをくれた友人達に無事だと返信した。
取り敢えず、寝て回復だ。



※※



スマホの着信音で目が覚める。

「………ん?」

布団から手を出して、ベットボードを探る。
手に取ったスマホを見てみると、時間は午前の4時前、着信相手は。

「…趙?」

電話の相手を確認して通話をスワイプした。

「…もしもし」
「樱花ちゃ〜ん、おはよ」
「…おはようにはまだ早いよ」
「突然なんだけど、今店の前に居るんだけどさぁ、降りてこれる?」
「……は?」
「だからぁ、君の店の前に俺、居るの」
「……何で」
「ん〜、夜這い?」
「お帰り下さい」
「あぁ!待って待って電話切らないでぇ」

酔っぱらってんのかと寝起きで腹立たしくなり、通話終了ボタンを押そうとするとスマホの先の趙が止める。

「何なの」
「ちょっと話があるからさ、ね、お願ぁい」

甘えるような声を出され、ため息が出そうになる。

「…分かった。趙、2階の玄関の場所知ってたっけ?」
「うん。反対側だよねぇ?」
「そ、そこで待ってて」
「え?部屋、入れてくれるの?」
「寝間着姿で店舗部分には入りたくないからね」
「やった〜。直ぐ行く。あ、樱花ちゃん。俺、老酒呑みたい」
「夜明けに酒飲むつもり」
「これでも一仕事終えてきたんだよ〜」
「…分かったよ。父さんが持ってきたやつで良い?」
「それそれ〜!それが呑みたいのぉ!」
「じゃあ切るよ」

今度こそ通話終了ボタンを押してベットから出た。








「ナンバさんが…!?」
「そ、偽札製造を、探ってたんだって」

部屋にやってきた趙を迎え入れ、ご所望の老酒と自分用に黒豆茶を淹れて、用件は何かと問うと。
さっきまで異人三のトップが顔を合わせていたという。
で、その理由が。
「ナンバって人がぁ、俺達の偽札製造嗅ぎまわってたんだよねぇ」
という話だった。

「樱花ちゃん、知り合いでしょ?」
「うん…ホームレス街で半年位前に知り合って…って、どうしてそれ知ってるの?」
「ソンヒさんが教えてくれた」
「あぁ、成程」

コミジュルの目が視ていたのか。

「そのナンバって人、元々はフリーライターの弟さんが、荻久保の尻尾掴んで。んで、異人町に証拠でも探しに来たんだろうねぇ。で、半年前に行方くらませてる」
「行方不明…」
「そうなの。ソンヒさん、海に沈めちゃったのかな」
「そんな訳無いでしょ」

裏切り者は饅頭の具になるって都市伝説を持った横浜流氓総帥の口が何を言っているんだ。

「多分なんだけど、そのナンバって人が樱花ちゃんに近づいたのも、偽札製造の情報が欲しかったからじゃ無いのかな〜。異人三のトップは基本的に表に出ないからぁ、手っ取り早く接触したいなら、そう考えるよね」
「そ…っか」

良く声をかけてくれるとは思っていたけど、そんな思惑があったなんて。

「でもぉ、ほら、樱花ちゃんって、鉄壁の防御じゃん」
「…その表現合ってる?」
「合ってるよぉ。で、樱花ちゃんから情報掴めないなぁ〜。なんて思っている辺りで、春日君が来たんだろうね」
「春日君…?春日君って、一番君のこと?」
「赤いスーツ着たもじゃもじゃ頭の人。樱花ちゃんに1回会った事あるって言ってたよ」
「一番君だ…」
「で、その春日君って人とナンバは、色々調べるうちに、横濱貿易公司を知って〜、偽札製造に辿り着いちゃったんだって、凄いよね」
「感心している場合じゃないよね」

余りの軽やかさに呆れてしまった。

「そんで〜、偽札製造を知ったナンバが今逃げてて〜、俺が刺客放ってて〜、星野会長も春日君達に、刺客に見つかる前に見つけろって捜させてる」
「………」

この数時間で異人町が私の想像していた何倍もの修羅場になってて言葉が出なかった。

「って感じでぇ、さっきまで春日君御一行に説明してたんだよねぇ。どっちが先に見つけるかなぁ」
「どっちだろうね」
「あれぇ?思ってたより冷静な反応。俺ぇ、ナンバって人に刺客放ったんだよぉ」
「それを追うように星野会長が一番君達を仕向けている辺り、各々何か考えがあるんでしょ」
「おぉ!流石樱花ちゃん」

感心感心〜。なんて老酒を飲む趙。

「酔ってる?」
「俺がお酒1杯で酔う訳無いでしょ〜」
「泥酔したら家から放り出すからね」
「酷いなぁ。あ、それと」
「ん?」
「春日君達にぃ、樱花ちゃんが協力者・・・だってことも話した」
「あぁ、まぁ。異人三のと偽札製造のこと話す上では外せないからね」


私の家、チエン家で祖父の代から継いでいるのは薬局以外にも2つある。
1つは、偽札製造において異人三がフェアな関係であるよう間を取り持つこと。
これはトップの3人が調整してくれているので、早々に出番は来ない。
もう1つは偽札製造の製紙をする際に使う、特殊な原料の入手。
生薬を入手する際出来た伝手を貸して原料を手に入れ、海外で製紙を行い、横濱貿易公司に卸して貰っている。


「協力者って言っても、大したことしてないよ」
「そんなこと無いよぉ。樱花ちゃん、お父さんから継いで、大きな仕事したじゃん」
「口添えした程度だよ」

異人三のトップがこんな夜中に集まった理由は分かった。
でも、

「あのさ、趙」
「ん?」
「1つ聞いても良い?」
「ンフフ〜、キス1回ね」
「やっぱ良いわ」
「冗談冗談〜。答えられる範囲なら」
「昨晩のトラック暴走の件は?」
「あ〜…。そっち、ね」
「あのトラック、私の家の近くも通ったの。高部さんが乗ってたの見た。あれ、星龍会のトラックでしょ」
「そ、星龍会のトラックが、慶錦飯店にカチコミに来たの」
「…理由は?」

そう訊ねると、趙は持ってたグラスを回して考える素振りを見せた。

「ん〜…俺の口から説明が難しいなぁ…」
「難しい…って?」
「まだ確証が出来ない話、なんだよね」
「確証…」
「俺が決めかねてる、って言っても良いかなぁ…」

随分とぼかした言い方。
と、趙はジャケットのポケットからスマホを取り出し、その目が画面の文字を読む様に動いた。

「さぁて、樱花ちゃんへの報告も終わったし、俺もそろそろ帰るかなぁ〜。…あ、」
「何?」
「このまま泊ってって良い?」
「駄目です、却下」

樱花ちゃんつれないなぁ〜。なんて言う趙を玄関に促す。

「俺ぇ、結構眠いんだよ〜」
「父さんの老酒、良い寝酒になったね」
「樱花ちゃんの添い寝付きで寝たいなぁ」
「しない」

しぶしぶといった様子で玄関にある派手なスニーカーを履き始めた。

「あ、言い忘れてた」
「ん?」

スニーカーを履き終わった趙が立ち上がる。

「患者さんの治療と搬送、お疲れ」
「どうして知って…あぁ、コミジュルの目ね」
「そ。星野会長とソンヒさんも労ってたよ」
「医者として当然のことしただけだから」
「…ねぇ、樱花ちゃん」
「ん?」
「明日…店休んでコミジュルに避難してくれる?ソンヒさんには俺から言っておくから」
「…どうして?」

訊ねると趙の顔から笑みが消えた。

「君は自分がこの抗争の外側・・にいると思ってるかもしれないけど、内側・・に居るんだよ。少しは危機感、持って」
「内…側…」
「星龍会がカチコミに来て、横浜流氓と睨み合いが激しくなってる」


横浜流氓のシマはいつ戦場になってもおかしくないんだよ。
言葉は続かなかったけど、そう言われている気がして、緊張が走った。

「…うん、分かった」

そう私が言うと趙が困ったように笑った。

「…そんな不安そうな顔しないでよ」
「え?」
「させちゃったのは俺か」

趙の指輪が沢山付いた片手が私の頬に触れた。
その親指の腹が私の強張ってしまった顔をそっと撫ぜる。

「インフゥアのことは絶対守るから、ね」
「趙…」
「だから君は、他の人を助けてあげてよ。昨日の夜みたいに」
「…うん、そうする」
「老酒、ご馳走様。ちゃんと寝るんだよ」
「うん…、おやすみ」

おやすみぃ。と返事を返して趙はドアから出て行った。



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