私はこれでもかと怒鳴った。
趙はぽかんとした様子で私を見る。
顔には沢山の傷が出来て、腫れていた。
その姿に胸が痛んだ。
「また…また自分を後回しにしてっ!こんなに怪我して…!」
医療バッグを探って白色の小瓶を取り出す。
私達の足元で割った。
趙と私の傷が治っていく。
「…まだ全快にならないね…」
私は完治したけど、趙の顔や胸元にはまだ傷や痣が残っていた。
もう1つ割ろうとバッグを探る。
「樱花ちゃん…もう、大丈夫だから…。それより…これぇ、取ってくれる…?」
そう言って趙は視線を自分の後ろを指した。
「あ、…直ぐ外す」
近くに何か無いか探すと、さっきまで趙を囲んでいた人のドスが落ちていた。
それを拾って拘束を外す。
「わわっ…!」
途端に趙はバランスを崩して倒れそうになる。
慌てて肩を掴んで支えた。
「こいつら…樱花ちゃんが…倒したの…?」
「うん」
「1人で…来たの?」
「途中までは一番君達と一緒だったよ。今…馬渕さんと戦ってる…」
汪さんの話では、馬渕さんには来客が来ていて、流氓の戦闘員の殆どがそっちに行っていると言った。
そちらに向かう数が多い方が良いと皆で結論を出して、ジュンギさんが見つけた扉の先には私1人で来た。
「…そう、馬渕と…イテテ」
「ほら、もう。まだ痛むじゃない」
「動けない程じゃぁないから…。あぁ、でも、樱花ちゃん…肩貸して貰って良い…?」
「歩けるの?」
趙の片腕を私の肩に回し、引いて起こした。
フラフラとした様子で立ち上がる。
「力入る?」
「何とかね…」
そのまま部屋から出ようとした時、廊下から人の声が聞こえた。
足を止め、扉の先に神経を向ける。
「…流氓の増援?」
「そのようだねぇ…」
「趙はここに居て」
「樱花ちゃん…俺も戦うよ…」
「そんな怪我で戦える訳ないでしょ」
趙を壁に凭れさせるように立たせ、私は部屋を出た。
廊下の先には物騒な武器を持った流氓の戦闘員が、私を見るなりガラの悪い言葉を浴びせてくる。
さて、もうひと踏ん張り、いけるか、私。
体力は回復したけど、調剤の余力が少ない。
拳法だけで全員を伸すことになるかな…。
腕を伸ばして軽くストレッチを行い、構えた。
「…ん?」
流氓の後ろに、大柄の人が見えた。
暗くて顔が良く見えないけど、何かあの人だけ雰囲気が違うような…。
「え?」
その人が流氓の人達を、殴り始めた。
ぎゃぁ!何じゃお前!ぐうわぁ!と声を上げて、流氓の戦闘員があっという間に床に倒れた。
大柄の人が私に近づいてくる。
いつでも殴りにかかれるよう、構えを解かずに警戒した。
「…あんた、趙さんの仲間か?」
グレーのスーツに黒生地の柄シャツ、リーゼントと左の眉に入った剃りこみが印象的な男性。
その男性が私に訊ねた。
「樱花ちゃん…」
「趙、動いちゃダメだよ」
答えを言おうと口を開いた時、趙が部屋から出てきてしまった。
まともに立ってられない身体を支える。
だけど趙は私の身体を、自分の背中に隠すように押してきて、前に出た。
「あんたが趙さんか」
「…そうだけどぉ…君、誰?」
これだけやられてるのに、趙の凄みはいつも以上に強い。
「…言えない」
「はぁ…?言えないって…どういうこと」
「…どこかの組の人ですか?」
スーツに見えたバッチから、私はそう訊ねた。
「…近江連合の者だ」
「近江…?」
「余計訳分かんない…。今近江が何してんのか…分かってんの」
「あぁ。だけど、これは俺の独断だ」
「独断ねぇ…。それで…、タダで助けてくれた…って訳じゃないよね」
「…春日一番を呼んで欲しい」
「一番君…?お知り合いか、何かですか?」
一番君はどこかの組に居たって、前にナンバさんが言っていた。
もしかしてその頃のお知り合い?
その男性は私の質問には答えず、黙ってしまった。
「それも言えないって訳…」
「趙。どちらにしろ私達も一番君と合流しないといけないし、取り敢えず行こう?」
「そうだねぇ…春日君には借りが出来たし…」
「一緒に来て下さい。上の階に一番君達が居ます」
「話すのは春日一番とだけだ…」
「え…と、じゃあ。一番君達が居る階の、1つ下で待って頂けますか?話は趙と私から取り次ぎます」
※※
少し離れた路地で、趙と一番君が話をしているのをぼんやりと眺めていると、隣に人の気配が来た。
「…樱花ちゃん」
紗栄子さんと足立さんと話していたナンバさんだった。
「弟さんには会ったんですか?」
「あぁ。元気にしてたよ」
「…ソンヒさんらしいですね。才能があるから殺さずにいた。なんて」
「俺ぁもう、とっくに駄目かと思ってたんだ」
「あら、それは見誤ってますよ、ナンバさん」
「そうなのか?」
「コミジュルは確かに非情ですが、それはあくまで最終手段です。他に手の打ちようがない場合だけですよ」
「…なぁ、樱花ちゃん」
「はい」
「俺を責めねぇのか」
「え?」
「俺は樱花ちゃんを…利用しようとしてたんだぜ」
ネオンに照らされたナンバさんの表情は苦しそうだった。
「…自分を責めてる人を、責める趣味はありませんよ。私」
「えっ…」
「ナンバさんは十分に反省して、それを受け入れてくれてる仲間が要るじゃないですか」
私は目線を紗栄子さん、足立さん、一番君に移す。
ナンバさんがここに居て、皆と居るっていうことは、そういうことだろう。
「…ヘヘ。しょうがねぇ連中だよ」
「嬉しそうですね」
「嬉しかねぇよ」
「照れ隠しですか?」
「そうよぉ。ナンちゃん、さっき嬉しくって泣いちゃってたんだから」
「上からモノ言いやがって」
私の会話に紗栄子さんと足立さんも加わってくる。
「へぇ〜、嬉し泣きですか〜。へ〜」
「樱花ちゃんまで揶揄うなよ」
「フフ、ごめんなさい」
「それで…これからあなた達はどうするの?」
「そうですね…」
横浜流氓はクーデター、コミジュルは証拠を燃やし、星龍会も混乱が起きている。
肉の壁はボロボロだ。
「取り敢えず、私は趙の治療をします。あんなナリじゃ何も出来ませんからね」
「そうね。安心した?樱花ちゃん」
「え?」
「お前さん、横浜流氓がクーデターだって聞いた時、取り乱してたからな」
「趙が無事で良かったわね」
「まぁ…そうですね」
私は一番君と話している趙を見た。
「幼馴染ですから…やっぱり心配でしたね」
「樱花ちゃん、あいつと幼馴染なの!?」
紗栄子さんが驚いた声を上げる。
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
「初めて聞いた!じゃあ、樱花ちゃんって、やっぱり趙の女?」
「ち・が・い・ま・す」
やっぱりって何ですか、やっぱりって。
「趙が幼馴染って…お前さんも大変だな」
「いえ、そんなに大変な思いはしてないので…」
「銃向けられたりしてない?」
「足元打ってきて脅されたりしてねぇか?」
「…されたことないです」
世間のマフィアのイメージってそんな感じなの?
「私が見ている趙って、結構素の時が多いですから」
「へぇ。じゃあ、素のあいつって違うんだ。何か意外」
「あ、話終わったみたいです」
趙が私を見て手招きをしている。
「そうだ。紗栄子さん、これを」
私は最後の白色の小瓶を渡した。
「一番君が揃ったら、皆さんで使って下さい」
「ありがとう。助かるわ」
「それじゃあ、私達は行きますね」
「あぁ」
「気ぃ付けろよ」
「またね、樱花ちゃん」
「はい」
皆にお辞儀をして趙の元へ向かった。
「樱花ちゃん、お待たせ」
「ううん。取り敢えず私の家に行こう」
まだ少しふらついている趙の腕を、自分の肩に回した。
「じゃあね、春日君」
「あぁ」
「一番君」
「おぅ」
私は一番君を真っ直ぐに見つめた。
「…
「…え、何て言ったんだ?」
「樱花ちゃん…いじわる」
「フフ、またね。一番君」
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