13話

「さて…と。取り敢えずシャワー浴びて貰わないとね」

家に着いたは良いけど、趙は傷だらけの埃だらけ。
私は1度クローゼット部屋に行き、男性用の部屋着と下着を取り出して居間で座る趙の元へ戻った。

「これ使って。お風呂場はキッチンの横、タオルは置いてあるやつ好きに使って。あ、下着は新品だからね」

差し出した服を趙はまじまじと見ている。

「…どうしたの?」
「何で男物の服、あるの。しかも部屋着に下着まで」
「何でって…使うから」
「…誰か泊めてるの」
「まぁ…偶にだけど」

趙の声の温度がどんどんと下がってきている。
機嫌が悪くなってるようにも見えるけど、何に対してなのかさっぱり。

「…誰?」
「誰って…弟。身長同じ位だから着れると思うんだけど…」

私の返事を聞いた趙は1度ぱちくりと瞬いて、そしてへらりと笑った。

「なぁんだ〜。弟君か。俺、びっくりしちゃった〜」

いつもの調子に戻った趙は私の持ってる部屋着を受け取って、入ってくるねぇ。と上機嫌にお風呂場に向かった。

「…何だ?」

一連の流れがさっぱり理解出来ない私は、頭に?を一杯浮かべて趙の背中を見送った。
ポケットに仕舞っていたスマホのバイブが鳴る。
取り出して画面を見ると、相手はソンヒさん。

「もしもし」
『樱花か』
「はい」
『ハン・ジュンギから連絡があった。趙がお前の家に行ったと』
「はい。怪我が完治してないので治療します」
『趙は無事なのか』
「命には関わらないですよ」
『…そうか。それで、樱花』
「はい」
『泊めるのか、趙を』
「…そのつもりですけど…」

こんな深夜に、怪我人を追い出す訳にはいかない。
しかも趙の家は、さっきまで私達が暴れていた慶錦飯店だ。
帰ったとしてもゆっくりは休めない。

「何か…マズいんですか?」

ソンヒさんの声のトーンは、表現すれば真剣そのものといった声色だった。
込み入った事情でもあるのかな。

『…いいか、樱花』
「は、はい…」
『あいつを寝所には入れるな』
「……はい?」
『奴は隙さえあればお前に手を出してくるだろう。その時は構わず殴れ、いいな』
「待って下さいソンヒさん…。これ、趙が家に泊まるって話で合ってますよね?」
『あぁ。そうだ』

話が変わったのかな?と一瞬思って改めて聞いたけど、話題は分かってなかった。
ソンヒさんの言葉をどう飲み込んで良いのか分からず、思わず額に手を当てた。

『お前は警戒心が無さ過ぎる、特に趙に関してはだ。樱花、あいつも男だぞ』
「男性なのは分かってるんですけど…過剰じゃありませんか?」
『樱花お前…。はぁ、私はお前が心配だ』
「何か…すみません…」

ソンヒさんに溜息をつかせてしまった。
耳に当てていたスマホが私の手からするりと抜けた。
後ろを振り向くと、いつの間にかシャワーから上がった趙が居た。
サングラスしてないの久しぶりに見たな。

「趙…」
「もしもし〜?うん、そう、俺ぇ。今、風呂借りてたの。…え?そぉんなことしないよ〜。ソンヒさんってぇ、樱花ちゃんのことになると本当に過保護だよねぇ。……あはは、肝には銘じておくよ」

話が終わったのか、趙はスマホを私に返してきた。

「ソンヒさん?」
『私から釘は刺したが…用心はしろ、いいな』
「…まだその話ですか。それより、コミジュルはどうですか?」
『これから本格的な復旧になるだろう…暫くはこちらにかかり切りになる』
「余り無理はされないで下さいね」
『フッ…。心配してくれるのか』
「勿論です」
『長話してしまったな。そろそろ切るぞ』
「はい」

スマホを切って趙を見てみると、肩からかけたタオルで髪を拭いていた。

「ドライヤーあったでしょ?」
「ん〜。そのうち乾くから良いよ」
「そう?じゃあ、そこ座って」

私が言うと趙は大人しくソファに腰を下ろした。
薬箱を取ってきて、私は床に座る。

「…え、小瓶で回復してくれるんじゃないの」
「生憎切らしてるんで」
「さっきのは〜?」
「紗栄子さん達に渡しちゃった」
「じゃあ、何か食べて樱花ちゃん回復してよ」
「…何でそんなに直接的な治療が嫌なの?」

余りにも治療を避けようとしている言い方に思わず聞く。

「…だってぇ、痛いじゃん…」
「そりゃあ、治療だからね」
「俺痛いの、あんまり好きじゃ無いんだよねぇ。痛くするのは好きだけど」
「はいはい。服捲って下さいね〜」

趙の口車に付き合ってたら、いつまでたっても治療が出来ない。
さっさと進めようと、打撲の塗り薬を出しながら私は言った。

「げ、それ沁みるやつじゃん〜」
「沁みるってことは効いてる証拠。ほら、服捲って」

私が更に催促すると観念したのか、趙はシャツの裾を上げた。

「うわ…」

見てるこっちが痛くなりそうな痣が幾つも。
これは完治に時間かかるな。

「切り傷は無さそうね…。じゃあ、塗り薬で湿布作って貼っていくよ」

湿布にたっぷりと塗って痣の部分に貼りつける。

「ぁ〜…」
「痛む…よね」

手早く終わらせた方が良いかな。
私は手際よく湿布を作って、次々に痣の部分へ貼り続けた。

「よし…身体はこんなものかな」
「…まだあるの…?」
「顔の傷」

私はそう言って自分の左眉の上の指差した。
趙のそこはぱっくりと割れていた。

「血は止まってるよぉ…」
「そのままだと菌が入るから、縫合だよ。麻酔する?」
「いいや…。このまま縫って」
「ま、針と糸は使わないから安心して」

薬箱から該当の物を取り出して準備する。

「何ソレ?俺、始めて見る」
「最近導入したの。簡単に言えば、絆創膏にホチキスの針みたいな物がくっ付いているんだ。ほら、目を閉じて」
「…なんかぁ、樱花ちゃんに目ぇ閉じてって言われると、キスされるみたいで良いね」
「するのは治療です」

毎回毎回、良く飽きずに言うよね、この人は。
ピンセットで綿を掴み、消毒液を染み込ませ、目を閉じた趙の瞼に当てた。

「あぁ〜…。結構沁みる…」
「血は止まっても傷口は開いてるからね。ついでに他の所も消毒するよ」

使った綿を膿盆に捨てて、新しい綿を掴む。

「…樱花ちゃん」
「ん〜?」
「俺、総帥下りようと思う」

趙の言葉にピンセットを掴む手が止まった。

「…もう、決めたこと?」
「うん」
「…そっか、」

私はそう言ってピンセットを動かした。
それ以降特に何も言わない私が気になったのか、趙は右眉を上げて、右目を薄く開いた。

「…それだけぇ?」
「趙が決めたことだもの。私がどうこう言うことじゃ無いわ」
「信用されてる。って、言っていいのかな…」
「そうね」

消毒した瞼が乾いたので、絆創膏を貼った。

「はい。これで良いよ」
「ん、ありがと」
「それで、これからどうするかは決めたの?」
「いいやぁ…決まってないねぇ」
「そ。まぁ、趙なら何でも出来るだろうから、心配は無いわね」

器用貧乏を地で行く人だ。
元マフィアとはいえ、職の選択は幾らでもあるだろう。

「あ、…でも、横浜流氓はどうするの?」

馬渕さんのクーデターで崩れたとはいえ、組織としてはまだ存在する。

「それはねぇ、ソンヒさんに頼もうかと思うんだ」
「ソンヒさん?!」

韓国マフィアと中華マフィアを纏めるの?!

「また大胆な考えね…」
「大切なのは流氓の奴らが、安心して生活出来る場所を作ることだよ」
「…」

私は趙をじとりと見た。

「何?」
「まぁた自分を後回しにしてないかなぁ。って思って」
「してないよぉ。流石に反省してる」
「反省?」
「そ。君にあんな行動させちゃったから」
「助けに行ったこと?」
「うん。ねぇ、樱花ちゃん。どうして俺を助けに来たの?」
「どうしてって…一番君達が行くって言うからだけど」

私が答えると、趙は首を横に振った。

「そうじゃなくてぇ、君は・・どうして助けに来たの?って話」
「それは…放っておいたら趙、自分を後回しにするから…」


何か、改めて質問されると、本当にこの答えかな?ってなっちゃうけど…合ってるよ、ね、多分。
今までに味わったことの無い違和感を感じて、不思議な気分になる。


私の答えを聞いた趙は顔を俯かせ少し目を閉じた。

「…そっか」
「趙…?」

顔を上げた趙がへらりと笑う。

「なぁんか疲れちゃったな〜。俺、どこで寝れば良い?」
「あ…客間で…。寝室の隣の部屋…」
「オッケ。先に休ませて貰うねぇ」
「うん…お休み…」

おやすみぃ。と間延びのした返事をして、趙は客間に入って行った。

ちょっとだけ、いつもと違う調子だった様な気がしたけど…。

「…気のせいかな」

1人呟いて私もシャワーに入ることにした。



.

トップページへ