14話

昨日の嵐の様な時間が嘘のように、穏やかな日中だ。
薬局の客間に淹れたお茶を持って入る。

「お待たせしました、高部さん」

先に座って待っていて貰っていた高部さんに、お茶をお出しした。
自分のお茶もテーブルに置いて、向かいに座った。

「お怪我などはされませんでしたか?」
「えぇ。慶錦飯店でも手厚いもてなしをされまして、この通り」

高部さんの顔には傷は見当たらなかった。

「チエンさんは?」
「私は一番君と行動をして、趙を連れ出しました。彼も大きな怪我はしてませんよ」
「そうでしたか」
「…あの、高部さん…」

いつもと変わらず、むっつりとした顔で私と会話する高部さん。

「何でしょう」
「何だかいつも通りだなぁ…と思いまして…」
「いつも通り、と仰いますと?」
「星野会長から…お聞きになったんですよね…?」

私が訊ねる。
何を、と言わずとも、私が何を指しているのかは分からない程、高部さんは鈍い人じゃない。

「…えぇ。それが?」

それが、ときたか。

「いえ…。その話をされに、お見えになられたのかと思っていたもので…」
「そのことについては、昨日会長から話を聞きました。なので、チエンさんとお話することは特には無いかと」

この話はケジメがついてるからもう良い。と言うことかな。

「では…今日のご用け…」

ご用件は?と言いかけた所で、客間に置いてある電話が鳴った。
高部さんが目線で、どうぞ出て下さい。と伝えてくる。

「…失礼します」

一礼して電話を取った。

「もしもし?」
『樱花ちゃ〜ん、お昼どうする?』
「………は?」
『は?じゃなくてぇ、お昼ご飯どうしようか?ってぇ話』
「それは分かってるわよ」

時間はお昼過ぎ、確かに昼食の時間だけど。

「わざわざ内線で言うことじゃ無いじゃない」

受話器の先の趙は今、上の階で安静にして貰っている。
身体中に痣があって湿布だらけなのだから、当然の診断だ。

『一緒に食べれる?食べれるなら俺、何か作るよ〜』
「良いよ。君は安静の身なんだから」
『遠慮なんか要らないよ〜。俺と樱花ちゃんの仲なんだからっ』
「どんな仲よ」

良い大人なんだから、馴れ馴れしい仲にはなりたくない。

「今、高部さんがいらしてるの。切るわよ」
『えぇ〜。一緒に食べようよ〜』

趙の返答に内心で頭を抱えた。
こうなってしまったら、趙は私に意地でも主張を通してくる。

「分かった。じゃあ…炒飯とスープお願い」
『オーダー頂きましたぁ〜』

どこの居酒屋よ。

「終わったら2階に上がるから。ご飯の場所、分かる?」
『冷凍庫のやつ使って良い?』
「うん。後冷蔵庫の物も使って良いよ。…老酒は飲んじゃダメだからね」
『えっ、何で分かったの』
「趙なら目敏く見つけそうだから」
『樱花ちゃん、ほんっとに俺のこと分かってるよね〜』
「湿布は立派な塗り薬なんだから、治るまで我慢だよ」
『ん〜…分かった』
「じゃあ後でね」

受話器を置いて高部さんの向かいに再び腰を下ろす。

「すみません…」
「横浜流氓の元総帥、ですか?」
「あら、そのお話ももう、お耳に入ってるんですね」
「春日経由でコミジュルに話が入り、そこから会長に連絡がありました」
「そうでしたか。それで…話の続きですが…」
「いえ、用は済みましたので、お暇させて頂きます」
「えっ?」

立ち上がり、客間を出ていく高部さんの後を追った。

「あの、高部さん。私、ここにいらした理由をまだ…」
「今、会長と春日が会ってるんです」
「…そうなんですか?」
「えぇ。それで、話が終わるまで好きにしていて良いと会長が仰ったので…」

入口のガラス扉に手をかけた高部さんが私に振り返った。

「チエンさんを昼食を誘おうと思いましたが、先を越されたようです」
「あっ…そうだったんですね…」
「また別の機会にします。宜しいでしょうか?」

ドアを開いて外に出た高部さんが私に聞いてくる。
それは…また誘っても良いか。と、いう意味かな…。

「是非。機会があれば」

高部さんとのランチ、正直かなり興味ある。

「分かりました。それでは、また」
「はい」

店の前に停めてあった車に高部さんが乗り込もうとした時、彼の視線が店の上に動いた。
何かを見ている様だったので私も倣って店から見上げる。

「あれ、趙」

出入り口の上は居住スペースのベランダに当たり、こそには頬杖をついた趙の姿が見えた。
趙はへらりとした笑顔で、高部さんに緩く手を振っている。
その姿を見て、高部さんはお辞儀を見せ、車に乗っていった。

「樱花ちゃん」

車を目で追っていると、趙が私を呼ぶ。

「何?」
「終わった?」
「うん。休憩入れるよ」
「じゃあ上がっておいでよ。ご飯解凍出来たから」

いや、ここは君の家か。
って…このツッコミ、前にもしたな…。



※※



「あ〜…。美味しい…」

久しぶりの趙のチャーハンに思わず声が漏れる。
これこれ、この薄味なのにしっかりと味がついていて、家庭用のコンロでもパラパラになるチャーハン。
搾菜の食感がアクセントになって、卵の硬さも丁度いい。

「こんなんで良かったの?もっと作れるのに」
「これが食べたかったの」

続いてスープ。
趙が作るスープは中華ダシがベースの透明スープ。
ネギの甘みと、こっちの卵はふわふわに仕上がっている。

「…これ、ベーコン?」
「そ、塩気が丁度良いんだよ」
「ベーコン入れる発想は無かったな」

今度自分でも作ってみよう。

「でぇ、高部さんは何て?」
「それが…私を昼食に誘いに来ただけだったの。趙が先に内線してきたから、またの機会になったけど」

私はてっきり、偽札事業について問い詰められるものだとばかり思っていた。

「…へぇ。まだ諦めてないんだね、高部さん」
「諦めてない?」
「高部さんってさぁ、樱花ちゃんのこと、気に入ってるよね」
「それ、前に星野会長にも言われたんだけど、…本当にそう思う?」

当の本人が1番実感出来ない話である。

「俺も星野会長と同意見だねぇ。前もそうだけど、電話で済む話をわざわざ足運ぶんだよ?相当だよ」
「う〜ん…」

今日もそうだけど、私の前であれだけのむっつりとした表情で接され、そうだと言われても…ねぇ。

「何だかピンとこない…」
「良いんだよ〜、ピンとこなくて。俺、良いタイミングで連絡したんだねぇ」

目の前のへらへらした表情もどうかと思うけど。

「星龍会は大きな混乱は無し…かぁ」
「そうみたい」
「じゃあ…コミジュルに顔、出してこようかな」
「…え、出掛ける気?」

私、午前中に安静だって言ったよね?

「うん」
「別に今日じゃなくても良いんじゃ…」
「いやぁ、この手の話はフットワークが大事だよ」
「そう…?」

担当医師としては…ちょっと良い反応出来ない。

「まぁ、総帥の座は下りるって決めたけど、まだソンヒさんに直接言えてないからねぇ。その辺りはケジメ、しっかり付けたいんだ」
「う〜ん…」

私の知らない世界は沢山ある。
目の前に居る幼馴染が生きていた世界も、またそうだ。
星野会長、ソンヒさん、高部さん、ジュンギさん。
同じこの異人町で生活を送っている彼ら、彼女は、違う世界で戦い、守っている。

「…わかった。私も往診とか買い出しが入ってるから午後は外出だったし。…じゃあ、」

椅子から立ち上がって、貴重品が閉まってある戸棚を探す。
あったあった。

「これ貸すから」

渡したのはこの家の合鍵だ。

「え、良いの?」
「貸すだけだよ。夜には返してね」

趙は受け取った鍵をまじまじと見つめている。

「…それで合鍵とか作ったら暫く口きかないよ」
「何で考えてること分かったのぉ?」



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