昨日の嵐の様な時間が嘘のように、穏やかな日中だ。
薬局の客間に淹れたお茶を持って入る。
「お待たせしました、高部さん」
先に座って待っていて貰っていた高部さんに、お茶をお出しした。
自分のお茶もテーブルに置いて、向かいに座った。
「お怪我などはされませんでしたか?」
「えぇ。慶錦飯店でも手厚いもてなしをされまして、この通り」
高部さんの顔には傷は見当たらなかった。
「チエンさんは?」
「私は一番君と行動をして、趙を連れ出しました。彼も大きな怪我はしてませんよ」
「そうでしたか」
「…あの、高部さん…」
いつもと変わらず、むっつりとした顔で私と会話する高部さん。
「何でしょう」
「何だかいつも通りだなぁ…と思いまして…」
「いつも通り、と仰いますと?」
「星野会長から…お聞きになったんですよね…?」
私が訊ねる。
何を、と言わずとも、私が何を指しているのかは分からない程、高部さんは鈍い人じゃない。
「…えぇ。それが?」
それが、ときたか。
「いえ…。その話をされに、お見えになられたのかと思っていたもので…」
「そのことについては、昨日会長から話を聞きました。なので、チエンさんとお話することは特には無いかと」
この話はケジメがついてるからもう良い。と言うことかな。
「では…今日のご用け…」
ご用件は?と言いかけた所で、客間に置いてある電話が鳴った。
高部さんが目線で、どうぞ出て下さい。と伝えてくる。
「…失礼します」
一礼して電話を取った。
「もしもし?」
『樱花ちゃ〜ん、お昼どうする?』
「………は?」
『は?じゃなくてぇ、お昼ご飯どうしようか?ってぇ話』
「それは分かってるわよ」
時間はお昼過ぎ、確かに昼食の時間だけど。
「わざわざ内線で言うことじゃ無いじゃない」
受話器の先の趙は今、上の階で安静にして貰っている。
身体中に痣があって湿布だらけなのだから、当然の診断だ。
『一緒に食べれる?食べれるなら俺、何か作るよ〜』
「良いよ。君は安静の身なんだから」
『遠慮なんか要らないよ〜。俺と樱花ちゃんの仲なんだからっ』
「どんな仲よ」
良い大人なんだから、馴れ馴れしい仲にはなりたくない。
「今、高部さんがいらしてるの。切るわよ」
『えぇ〜。一緒に食べようよ〜』
趙の返答に内心で頭を抱えた。
こうなってしまったら、趙は私に意地でも主張を通してくる。
「分かった。じゃあ…炒飯とスープお願い」
『オーダー頂きましたぁ〜』
どこの居酒屋よ。
「終わったら2階に上がるから。ご飯の場所、分かる?」
『冷凍庫のやつ使って良い?』
「うん。後冷蔵庫の物も使って良いよ。…老酒は飲んじゃダメだからね」
『えっ、何で分かったの』
「趙なら目敏く見つけそうだから」
『樱花ちゃん、ほんっとに俺のこと分かってるよね〜』
「湿布は立派な塗り薬なんだから、治るまで我慢だよ」
『ん〜…分かった』
「じゃあ後でね」
受話器を置いて高部さんの向かいに再び腰を下ろす。
「すみません…」
「横浜流氓の元総帥、ですか?」
「あら、そのお話ももう、お耳に入ってるんですね」
「春日経由でコミジュルに話が入り、そこから会長に連絡がありました」
「そうでしたか。それで…話の続きですが…」
「いえ、用は済みましたので、お暇させて頂きます」
「えっ?」
立ち上がり、客間を出ていく高部さんの後を追った。
「あの、高部さん。私、ここにいらした理由をまだ…」
「今、会長と春日が会ってるんです」
「…そうなんですか?」
「えぇ。それで、話が終わるまで好きにしていて良いと会長が仰ったので…」
入口のガラス扉に手をかけた高部さんが私に振り返った。
「チエンさんを昼食を誘おうと思いましたが、先を越されたようです」
「あっ…そうだったんですね…」
「また別の機会にします。宜しいでしょうか?」
ドアを開いて外に出た高部さんが私に聞いてくる。
それは…また誘っても良いか。と、いう意味かな…。
「是非。機会があれば」
高部さんとのランチ、正直かなり興味ある。
「分かりました。それでは、また」
「はい」
店の前に停めてあった車に高部さんが乗り込もうとした時、彼の視線が店の上に動いた。
何かを見ている様だったので私も倣って店から見上げる。
「あれ、趙」
出入り口の上は居住スペースのベランダに当たり、こそには頬杖をついた趙の姿が見えた。
趙はへらりとした笑顔で、高部さんに緩く手を振っている。
その姿を見て、高部さんはお辞儀を見せ、車に乗っていった。
「樱花ちゃん」
車を目で追っていると、趙が私を呼ぶ。
「何?」
「終わった?」
「うん。休憩入れるよ」
「じゃあ上がっておいでよ。ご飯解凍出来たから」
いや、ここは君の家か。
って…このツッコミ、前にもしたな…。
※※
「あ〜…。美味しい…」
久しぶりの趙のチャーハンに思わず声が漏れる。
これこれ、この薄味なのにしっかりと味がついていて、家庭用のコンロでもパラパラになるチャーハン。
搾菜の食感がアクセントになって、卵の硬さも丁度いい。
「こんなんで良かったの?もっと作れるのに」
「これが食べたかったの」
続いてスープ。
趙が作るスープは中華ダシがベースの透明スープ。
ネギの甘みと、こっちの卵はふわふわに仕上がっている。
「…これ、ベーコン?」
「そ、塩気が丁度良いんだよ」
「ベーコン入れる発想は無かったな」
今度自分でも作ってみよう。
「でぇ、高部さんは何て?」
「それが…私を昼食に誘いに来ただけだったの。趙が先に内線してきたから、またの機会になったけど」
私はてっきり、偽札事業について問い詰められるものだとばかり思っていた。
「…へぇ。まだ諦めてないんだね、高部さん」
「諦めてない?」
「高部さんってさぁ、樱花ちゃんのこと、気に入ってるよね」
「それ、前に星野会長にも言われたんだけど、…本当にそう思う?」
当の本人が1番実感出来ない話である。
「俺も星野会長と同意見だねぇ。前もそうだけど、電話で済む話をわざわざ足運ぶんだよ?相当だよ」
「う〜ん…」
今日もそうだけど、私の前であれだけのむっつりとした表情で接され、そうだと言われても…ねぇ。
「何だかピンとこない…」
「良いんだよ〜、ピンとこなくて。俺、良いタイミングで連絡したんだねぇ」
目の前のへらへらした表情もどうかと思うけど。
「星龍会は大きな混乱は無し…かぁ」
「そうみたい」
「じゃあ…コミジュルに顔、出してこようかな」
「…え、出掛ける気?」
私、午前中に安静だって言ったよね?
「うん」
「別に今日じゃなくても良いんじゃ…」
「いやぁ、この手の話はフットワークが大事だよ」
「そう…?」
担当医師としては…ちょっと良い反応出来ない。
「まぁ、総帥の座は下りるって決めたけど、まだソンヒさんに直接言えてないからねぇ。その辺りはケジメ、しっかり付けたいんだ」
「う〜ん…」
私の知らない世界は沢山ある。
目の前に居る幼馴染が生きていた世界も、またそうだ。
星野会長、ソンヒさん、高部さん、ジュンギさん。
同じこの異人町で生活を送っている彼ら、彼女は、違う世界で戦い、守っている。
「…わかった。私も往診とか買い出しが入ってるから午後は外出だったし。…じゃあ、」
椅子から立ち上がって、貴重品が閉まってある戸棚を探す。
あったあった。
「これ貸すから」
渡したのはこの家の合鍵だ。
「え、良いの?」
「貸すだけだよ。夜には返してね」
趙は受け取った鍵をまじまじと見つめている。
「…それで合鍵とか作ったら暫く口きかないよ」
「何で考えてること分かったのぉ?」
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