15話

夕刻、午後のスケジュールを終わらせ、店を閉めて2階に上がる。
鍵を開けて玄関に入ると、美味しそうな匂いがした。

「趙?」
「あ、おかえり〜」

呼んでみると、リビングから返事が聞こえたので、靴を脱いでそこに向かった。
リビングではいつもの服装の趙が、ソファに座ってTVを見ていた。

「ただいま。帰ってきてたんだね」
「うん。夕飯用意してあるよ」
「ありがと。痣の具合、どう?」
「もう痛みは無いよ」
「…何見てるの?」

趙は私と会話しながらも、その目線はTVに向けられている。

「ニュース。丁度異人町のことやってる」

そう言われたので私も荷物を置いて、趙が座っているソファの隣に腰を下ろした。
画面には見覚えのある顔が映っていた。

「この人…小笠原?」
「うん、死んだんだって」
「えっ?」

驚きで思わず趙を見る。

「樱花ちゃん、この人に会ってるんだよね」
「うん…コミジュルで、ナンバさんと一緒に居たのを見たわ。…その後は一番君達がホームレス街に連れて行って、私はコミジュルに残ったから、どうなったのかは…」
「報道だと、そのコミジュルにカチコミした時に死んだって報道してる」
「それは違う。その時はまだ生きてたのに…」
「捏造、されてるって訳だねぇ」
「捏造する意味なんてある?聞き込みをすればバレるのに…」

私や一番君、他にもコミジュルの人達や、ブリーチジャパンだって目撃してる。

「こういうのは、言ったもん勝ちなんだよ。何が正しいか、じゃなくて、この情報が正しいです。って先に出せば、それが事実に変わる」
「事実に…?」
「ましてや、この回答はブリーチジャパンから出されてるし…そういうこと・・・・・・にしたいってことだねぇ」
「カチコミ中に死亡した、ことにしたいってこと…?」
「コミジュルが炎上した件で負傷して、死んじゃったことにすれば、事件性の感じないから、警察も病院も疑わない…。しかも、グレーゾーンの撤廃に立ち向かっている最中の悲劇的な死。ってぇ、演出のオマケ付きってこと」
「いやいや、全然後ろに居たよ、この人」

先陣どころか、ナンバさんと石尾田?とかい言う人にまるっと投げてたし。

「報道ってのは、操作されるものだから」
「そこまでブリーチジャパンって力あったかしら…」
「いや、ブリーチジャパン自体にはそんなに無いね。あるのは、この人」

趙は自分のスマホを私に見せてきた。
画面を覗き込むと、1人の青年が写っている。

「青木遼…都知事じゃない」
「この青木って人、ブリーチジャパンの創設に関わってて、小笠原とも繋がってる。で、今、幹事長の座を狙ってるって、ウワサ」

私はそのワードに敏感に反応した。

「現幹事長は…荻久保 豊…」
「そ。その荻久保は、今回の偽札事業が暴かれて、幹事長を降りざる得ない」
「まさか…それが目的?」
「あくまで仮説だけどね。でも、この筋書きに違和感、あんまり無いでしょ?」
「むしろ、そうですって言われたら納得する内容だよ」

一連の騒動が1つの線で繋がってくる。

「じゃあ…馬渕さんも…」
「俺が慶錦飯店で聞いた話だと、近江連合の良い椅子を用意して貰えたらしいよ…成功してたら、だけどね」
「…馬渕さんから直接聞いたの?」
「そ。殴られながらね」

うわ、悪趣味。

「そういえば、趙。馬渕さんは…どうするの?」
「ん〜…それなんだけどねぇ。樱花ちゃんはどうしたい?」
「え、私?」

私に聞くの?

「どうしたいって…うぅ〜ん…」
「…うん。俺もそんな感じ」
「馬渕さん…昔からお世話になってたところもあるしなぁ…」

私と趙、そして馬渕さんの関係は、それこそ学生時代にまで遡る。
私と馬渕さんは直接的な接点は無く、趙を通して知り合った。
昔の馬渕さんは口数は少なく、努力家で、面倒見も良く、最近ほど傲慢な人では無かったのだ。

「私じゃ決められないよ。そんな重責は負えない」
「そ。じゃあ俺が決めるね…っていうか、もうソンヒさんには伝えたんだけど」
「午後に会ってきたんだもんね」
「聞いたんだけど樱花ちゃん、馬渕に10臆の懸賞金かけられたんだって?」
「そう聞かされたけど…高額過ぎて現実味無いよね。そもそも、そんなに私の首が欲しかった、理由は何?」

そう訊ねると、趙は少し考える素振りを見せた。

「…趙?」
「取り敢えず、ご飯にしようよ。お腹空いてない?」
「うん、空いてるけど…」
「話は食べながら、ね」
「…分かった」
「上着置いてきなよ、用意しておくから」
「う、うん…」

趙に従って私はクローゼット部屋に行き、上着を脱いで洗面所に向かう。
手を洗ってうがいをしながら、さっきの会話を思い出した。
会話を無理に切られた様な気がするんだけど、気のせいかな。

「深く考え過ぎかな…」

タオルで手を拭いて、リビングに戻ると、趙が既にキッチンに立っていた。

「ねぇ、樱花ちゃん」
「ん?」
「このエプロンさぁ、色気無さ過ぎじゃない?」
「色気?」

趙が付けているのは私のエプロン。
モノトーンで実用性抜群の代物だ。

「もっとさぁ、こう、フリフリのレースがついてるエプロンとかぁ」
「…なんで料理するのにレースが要るの」
「その方がぁ、盛り上がるじゃん」
「何を盛り上げるのよ、料理に」
「料理って目で楽しむじゃん。エプロンもやっぱぁ、見た目から…」
「エプロンとして使えれば問題無いでしょっ」

いつまでこの話する気よ!

「今日のメニューは何ですか、趙厨师シェフ
「青椒肉絲だよ〜」

良い匂いはオイスターソースか。

「ほい、お待たせ」
「お茶の用意するね。烏龍茶かな?」
「そうだね。コッテリ料理だから」

リビングのテーブルに青椒肉絲、スープ、ご飯にキムチ、烏龍茶を揃えて座った。

「いただきます」
「はい、召し上がれ〜」

早速、青椒肉絲を頬張った。

「ん〜っ!」

片栗粉がしっかりまぶしてある豚肉に、シャキシャキのピーマンと筍がオイスターソースに絡んで、最高。

「本当に美味しそうに食べてくれるねぇ」
「美味しんだよ」

少し濃い目の味付けで箸もご飯も進む。

「それでぇ、さっきの話の続きなんだけど」
「あ、うん」

一瞬、青椒肉絲に思考が持ってかれたけど、そうだった。

「樱花ちゃん、暫く俺と行動してくれる?」

脈略の無い趙の発言にきょとりと彼を見た。

「…馬渕さんと何か関係があるの?」
「馬渕じゃなくて、近江連合と、かな」
「近江連合?」
「そ。近江にとって君は、利用価値のあるカタギなんだ」
「利用価値…?」

そんな価値、私にある?
星野会長の処方データ位しか出ないよ。

「君は、自分が思っている以上に三すくみに深く関わってきた。ウラでも、オモテでもね」
「まぁ、そうだね…」
「そこんとこ、俺達の強みでもあって、弱み・・でもある…。肉の壁がボロボロの今ぁ、一番に狙われるカタギは、どう考えても樱花ちゃん、君ってこと」
「馬渕さんが私の首に大金掛けたのも、それってこと?」
「それは…俺の弱み・・・・に付け込んだんだよ」
「趙の弱み…?」
「君を失うなんて、考えられないからねぇ」
「…ゴメン、意味が良く分からないんだけど…」
「それだけ君が、俺にとって大事だって話」

大事…大切にしてくれてる、ってことだよね。
私との関係を?
理解者。として…ってこと、かな?

「…そんなに唸って悩まないでよ」

趙が苦笑いを浮かべて私の様子を見ていた。
無意識に声が出ていたようだ。

「…ゴメン」
「謝らないで良いから。ま、そーゆーことだからぁ、樱花ちゃん、暫くは俺と行動してね」
「でも、薬局は…?」
「それはぁ、弟君に頼んでおいた。知り合いの人で来てくれる漢方医、居るんだって?」
「私が出れない時に来てくれる人は居るけど…」
「その人に頼んでくれるってさ」
「弟の所も行ったの?」
「事情を話にね。承諾してくれたよ」
「そっ…か」

弟がそう言うなら、かかりつけにしてくれてる患者には迷惑はかからないだろう。
下手に私が残って、何かあってからでは、色々と気を回してくれた趙にも、皆にも申し訳無い。

「…分かったよ。趙の言う通りにする」
「ん。樱花ちゃんは話が分かって助かるよ」
「で、そんな趙はどうするの?」
「俺はぁ、春日君達と合流しようかなって思ってる」
「一番君と?」
「今、この異人町で、事態の中心に居るのは彼たちだから。進展させるのも、きっと彼らだろうからねぇ」
「ん〜、成程」

クーデターの一件は収まったけど、根本的な問題は何一つ解決はしていない。
近江連合という、私でも耳にしたことのある極道がこの異人町に介入してきた。
むしろ、これからなんだ。

「じゃあ、私も一番君達と行動するのね」
「そゆこと」



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