「祭り?」
「そっ。今度浜北公園でやるみたい」
「毎年開催してる、フェスティバルみたいなものですね」
買い出しに行っていた紗栄子さんが、一番君にチラシを見せている。
Survive Barのカウンターで飲んていた私も、その輪に加わった。
「樱花ちゃん行ったことある?」
「はい。大きな規模のお祭りですよ。出店も沢山来ますし、イベントも開催されて、夜には花火が上がります」
「そんなデケェ祭りなのか」
「紗栄子さんは行ったこと無いんですか?」
「無いわね〜。夜の仕事って、昼間出掛ける機会少ないから」
「じゃあよ、今年は皆で行こうぜ」
「あ!良いね、一番!」
「早速、皆に声かけようか」
※※
「わぁ!凄い!!」
始めて見る浜北公園の姿に、紗栄子さんが嬉しそうに声を上げた。
「露店、沢山出てる!何から食べる?」
「私の胃袋の規模、知ってますよね、紗栄子さん」
「ウフフ、樱花ちゃんとだと色んな種類、沢山食べられそうね」
「樱花ちゃん〜」
「何、趙?」
「迷子にならないようにねぇ」
後ろを歩いていた趙が、悪戯心をたっぷり込めた声で私にそう言った。
「ぐ…」
「迷子?」
隣に居た紗栄子さんが不思議そうに振り返り、趙に聞いた。
「樱花ちゃん、方向音痴だからぁ」
「そうなの?」
「……はい」
「そいや、お前さん。この前コンビニ行った時、店出た瞬間、違った方向に歩き始めていたな。自信満々によ」
「う…」
昔から、この欠点だけはどうにも直らない。
典型的な地図読めない人間なのだ。
「逸れないようにねぇ」
「分かってるわよ」
「じゃあ、私と一緒に行動しましょう。それなら逸れないわね」
「紗栄子さん…!」
なんて優しいお姉さんなんだっ。
「まずは腹ごしらえからだな」
そう言って一番君は自分の財布を取り出す。
「お、何だ、奢ってくれるのか、一番」
「当たりめぇよ。ナンバ、何食いてぇ?」
「そうだな…。やっぱたこ焼きか?」
「あ、それなら私、良い所知ってます」
ナンバさんの提案に私は返事をした。
「多分、今年も同じ場所で出店開いてると思います」
浜北公園の人の多い場所、そこが定位置になっているたこ焼き屋さんがある。
「こんにちは」
見慣れた柄の屋台の前で挨拶をすると、中に居た2人が顔を上げた。
「!漢方薬局のお嬢じゃないっすか!」
「お嬢!会長がお世話になってます!!」
「あ、あの…大きな声でお嬢は止めて下さい…」
「『会長』…『お嬢』…って」
「ここは星龍会のシノギの1つですよ、紗栄子さん」
若い衆が充てられる屋台。
星龍会は他にも幾つか屋台を持っていて、的屋で収入を得つつ、地域に貢献も行っている。
「星龍会ってそんなこともやってるのね。知らなかった」
「随分前に星野会長から相談されたことだったんです。的屋で何が一番良いか?って」
「それでたこ焼き屋?」
「1番スタンダードな物が良いんじゃないですか?って言いました。今は他にもカステラとか飴細工とかもやってるみたいですよ」
「全部食べ物じゃない…」
「会長は、人の胃袋を満たすのが好きな人ですから」
「お嬢!幾つ作りやしょ!」
「…4船お願いします」
どうやってもお嬢呼びは変えてくれないんですね。
「へい!お待ち!」
「ありがとうございます。お代です」
「いいえっ。お嬢から頂くなんて…!」
「後で高部さんに怒られますよ?」
「いいえ、お支払いは結構です。チエンさん」
後ろから声をかけられた。
「高部さん、こんにちは」
「若頭!お疲れっす!」
「日頃会長が世話になってます。なので、お代は頂けません」
「そうはいきません」
「ってか、何で居るの、この人…」
袋に入ったたこ焼きを持ちながら、紗栄子さんが高部さん横目に呟く。
「シノギの見回りです」
「そ。お代は要らないって言うんだから、お言葉に甘えたら?樱花ちゃん」
「駄目ですよ、商売なんですから」
「じゃあ〜、俺から支払うよぉ」
真後ろに人の気配を感じたかと思ったら、黒いネイルの塗ってる指に、私の持っていた代金を取り上げられた。
「趙」
「遅いから様子見に来たらぁ…高部さんじゃない〜」
私の前に立った趙が、高部さんにお代を押し付けるように渡す。
「俺からならぁ、受け取ってくれるよね」
「…えぇ」
「俺さぁ、君に貸しなんて作りたくないからねぇ」
「趙。何でそんな挑発的な言い方…」
後ろから声をかけるも、2人は睨み合いを止めない。
ピリピリと緊張感が伝わってくる。
もぅ、この2人はどうしていつもこう…。
「趙」
「なぁに、樱花ちゃん」
「喧嘩したら暫く口きかないからね」
私の一声に趙が振り返る。
「えぇ〜。それは嫌だなぁ」
「じゃあ止めて」
「ん〜…」
渋々といった様子で私の前から退いて、後ろに下がった。
「すみません、高部さん…」
「樱花ちゃん、行こうよぉ。皆待ってるよ」
「そうね。たこ焼き、冷めちゃう」
「先に行ってて良いですよ」
「方向音痴の樱花ちゃん置いて行ける訳無いでしょ」
「…あ、」
それもそうだ。
「高部さん…」
「…お代は頂きましたので」
「すみません、お詫びは改めて…」
「樱花ちゃん〜」
「分かったから!」
趙が急かすように私を呼ぶ。
高部さんと若い衆にお辞儀して、紗栄子さんの隣に並ぶ。
その紗栄子さんは歩きながら、楽しそうな表情で私を見た。
「どうしました?」
「いや〜。良いモノ見れたわ」
「良いもの?」
「フフ、ライバルってところかしら」
「???」
ライバル??
「紗栄子さん、余計なこと言わないでよ〜」
「分かってるわよ」
前を歩いていた趙が紗栄子さんに釘を刺すような言い方をするけど。
余計?
何が??
2人だけで成り立ってる会話の流れについていけず、頭にクエスチョンマークを付けたまま、待っていた皆と合流した。
※※
やってしまった…。
気を付けていたのに。
時間も夜を指すようになり、そろそろ花火が上がる時。
見やすい場所に移動しようと動いていたら。
人混みに上手く乗れず。
案の定、皆と逸れてしまった。
「どうしよう…」
下手に動くと余計迷子になってしまう。と、取り敢えず近くの街灯の下で立ち止まった。
携帯を取り出して、紗栄子さんにメール。
『紗栄子さん、逸れてしまいました…。街灯の下に居ます』
ここまで打って、この街灯、どの辺りの街灯だったっけ?
他に目印になるものが無いか、辺りを見回す。
「あれ、お姉さん、1人?」
この時間になると多くなる、酔っ払いのナンパ。
「…いいえ」
「え〜、1人でしょ〜?」
フラフラとした足取りで街灯の下に立つ私に近づいてくる。
「待ち合わせしてるので…」
「そんなの無視して俺と一緒に遊ぼうよ〜」
何て典型的な酔っ払い。
その手が私に伸びてくる。
拳法で捻ってやろう。
静かに構えの姿勢に入ろうとした時。
「…俺の女に何か用?」
酔っ払いの後ろに見慣れた姿が見えた。
その声色は総帥と呼ばれていた時に聞いていた、低い声。
「え…あ、いやぁ…」
振り返った酔っ払いは、趙の姿を見て萎縮し始める。
「なぁに、俺の女に手ぇ、出そうとしてぇ、何も無いと思ってんの〜?」
完全に脅している。
趙の気迫に酔いが醒めたのか、酔っ払いは逃げ出すように人混みを縫って走り去った。
「はぁ…」
「…ちょう、」
ため息をつきながら側に来た趙は、腰に手を当てて私を見た。
「ゴメン…」
「すっごい心配した」
「…うん」
「逸れないように。ってあれだけ言ったのに…」
「反省してます…」
この年になって、こんな叱られ方するなんて。
「でも私、君の女じゃない」
「反省しててもそこはしっかり訂正するんだねぇ…」
違うものは違うからね。
「皆の所行こう」
「うん」
そう言った趙は私に手を差し出す。
「…何」
「今度は逸れないように」
まさか、手を繋げって?
「え〜…」
「そんなに嫌そうな声出さないでよ」
「だって、大の大人が…」
「迷子になった人が何言ってんのぉ」
躊躇っている私の手を、趙の手が掬い、繋ぐ。
「これで逸れないでしょ」
「…はい」
趙に手を引かれ、増えてきた人の間を歩く。
「何かぁ、昔を思い出すねぇ」
「昔?」
「ほら、小さい頃、地元のお祭りでも、樱花ちゃん迷子になったでしょ〜」
「……あぁ」
あったなぁ、そんなことも。
家族で遊びに行ったお祭りで、私は屋台に夢中になって、お母さんの手を離してしまったんだった。
大人が沢山居たせいで、お母さんを見失って、その時はあちこち歩いちゃって。
泣きながら迷っていた所に、同じく家族で来ていた趙が見つけてくれて。
私が泣き止むまで、こうやって手を繋いでてくれてたっけ。
「良くそんな昔の事覚えてるね」
「忘れないよ〜。俺は、樱花ちゃんとの思い出は全部覚えてるよぉ」
「その思い出は忘れて…」
当事者としては恥ずかしい。
「あ」
趙の声と共に、空が明るくなった。
「あ〜。花火、始まっちゃったねぇ〜」
「皆と見そびれちゃった…」
「しょうがないよ。ここで見ちゃおう」
趙が私の手を引いて、見やすい場所を取ってくれる。
「うわぁ!綺麗」
「綺麗だね〜」
色鮮やかな花火がドンドンと音を立てて上がっていく。
夢中で見ていると、ふと視線を感じた。
「一番君!皆!」
「お〜、居た居た」
皆が手を振って来た。
その表情は、各々含み笑いや苦笑をしている。
「…どうしたんですか?」
「フフ、だって2人、手を繋いでるから」
紗栄子さんの言葉に、まだ繋いでいたことに気が付く。
「いつまで繋いてるの!?」
「樱花ちゃんが離さないからぁ」
慌てて趙の手を離す。
「手を繋いで花火か〜。お前さん達、お熱いな〜」
「足立さん。その表現、古いわよ」
「紗栄子さん〜!」
「心配したのよ」
「ゴメンなさい」
紗栄子さんに抱き着けば優しく頭を撫ででくれる。
「樱花ちゃんが居ないって分かった時、趙が凄いスピードで探しに行ったのよ」
「…そうなんですか?」
「紗栄子さん。野暮なことは言わないでよ〜」
私の後ろに立ってた趙が困ったように頭を掻いた。
「あ〜ら?樱花ちゃんに知られたくないの〜?」
「紗栄子さん…。凄い悪い顔してます…」
「フフ。…あ、花火終わったわ」
「さぁて。皆揃ったしよ、この後Survive Barで飲み直さねぇか?」
「良いわね!」
「よっしゃ!じゃあ行くか」
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