一番君の手には300人の諭吉が握られてる。
「あぁ。皆のお陰だ、ありがとな」
「この金額稼ぐのって、結構大変なんだねぇ」
「コミジュルも横浜流氓も、今まではもっと大きな金額を扱っていましたから」
「何なのこの2人…感覚おかしいんじゃないの」
「あはは…」
紗栄子さんのご意見はご尤も。
趙とジュンギさんの感覚のズレには、私も笑って誤魔化すしかない。
「さて、アジトに戻って連絡を待とうぜ」
一番君の提案に皆でSurvive Barまで移動を始めた。
「樱花ちゃん」
皆の背中を見ながら、ジュンギさんの前を歩いていた私の隣に趙が並ぶ。
「何?」
「どう?紗栄子さんとの生活」
「楽しいよ。あんなにお酒が飲める方だとは思っていなかったけど…」
紗栄子さんとの生活は、毎日が飲み会だ。
父の老酒を気に入ってくれたらしく、美味しく呑んでくれるのはとても嬉しいんだけど。
「老酒の壺抱えながら飲むんだよ…」
「あぁ…。それは凄いねぇ」
「趙は?Survive Barの生活、どう?」
「ん〜?こっちも毎日飲み会かなぁ。昔話に花が咲くねぇ」
「ふ〜ん…」
「樱花ちゃんの学生時代の話もしてるよ〜」
「…何か変なこと言ってないわよね?」
悪戯好きな趙のことだ、何か吹き込んでいてもおかしくはない。
「言ってないよぉ。本当のことは言ってるけど」
「本当のこと?」
「樱花ちゃん、今まで交際歴無いとか」
「その情報の必要性を教えて欲しいんだけど」
どんな話の流れで、私のその話題が出てくるんだ。
「皆驚いてだよ〜。樱花ちゃん、モテそうなのにぃ。って」
「ご縁が無いのよ」
自分で言ってて虚しくなるわ。
「恋バナって盛り上がるよね〜」
「まぁ、お酒が進んだ時の恰好の話題ね」
「樱花ちゃんは、紗栄子さんとそんな話してないの?」
「ん〜…私にはまず、恋バナ無いからなぁ…。紗栄子さんは…」
「ん?」
変な部分で言葉が切れた私を、趙が見る。
「いや…この話は私からするものじゃ無いなって思って…」
お酒が進み、する恋バナといえば、紗栄子さんが今まで引っ掛かってしまったダメ男の話ばかり。
そして締め括りは。
こんな男に引っ掛かっちゃダメよ!とか。
趙は良いわよね〜、樱花ちゃんを大事にしてくれそうで。
といった内容だ。
「そういえば紗栄子さん、趙が私を口説いてるって勘違いしてるみたいだよ」
同居初日に言われた内容を思い出した。
「訂正しておいた方が良いんじゃない?」
趙にもし、好意を寄せる相手が居たらややこしいになる。
「へぇ…。紗栄子さんが…」
「…趙?」
直ぐに返事が返ってこなくて、隣の趙を見る。
「ねぇ、樱花ちゃん」
「何?」
「…本当だったらどうする?」
「…え?」
本当だったら…?
思いもしない返しに、返事に困ってしまった。
趙は私を横目で見て、視線を前に戻した。
「そもそも、どうして紗栄子さんが勘違いしてるってぇ、樱花ちゃんは思うの?」
「どうしてって…」
あれ、どうしてだろう。
そう言われると、どうしてだかは、良く分かってない、かも。
「…そういうところだよ、樱花ちゃん」
「???」
趙が何を指しているのかが、良く分からなくなってきた。
そういうところ??
私達の会話を断ち切るように、私のスマホがメール着信を知らせた。
「メールだ…」
ライダースジャケットのポケットからスマホを取り出し、メールを開く。
その内容に思わず足が止まった。
「樱花さん?どうかされたのですか?」
後ろを歩いていたジュンギさんが私の隣に来た。
趙も足を止めて、私の前に来る。
「趙…これ…」
「ん〜?」
スマホを見せると、趙とジュンギさんが覗き込む。
送り主は、蒼天堀に住んでいる祖母から。
内容は。
『天佑を連れて、今すぐ蒼天堀に来い』
※※
「よぉ、一番。スマホずっと見てたって、ミツって野郎がすぐ電話してくれる訳でもねぇんだからよ。つまんねぇ顔してねぇで、ここはひとつ、楽しく飲もうぜ」
「うん、賛成ぇ!大阪って最高だねぇ!」
「だぁぁもう!うるせぇな!!だから俺ぁ、1人で来るっつったのによ」
美味しくお酒が飲みたいナンバさんに、初めての大阪にテンション上がった趙、そしてそれに切れる一番君。
何だかんだ話し合って、私と趙も祖母に呼ばれたこともあり、皆揃って蒼天堀までやって来た。
目に入ったキャバレーでミツさんからの連絡を待っているけど、一向に来ない様子。
そして私も…。
「樱花ちゃんの方は?ばあちゃんから連絡、来てねぇのか」
「はい…」
右隣に座るナンバさんが声をかけてくる。
呼ぶだけ呼んでおいて、返事をしないなんて。
「メールの返事は返したんで、その内来るとは思うんですけど…」
「樱花ちゃんは肝が座ってんなぁ。おい春日、お前も樱花ちゃんを見習え」
ナンバさんの先に座っている足立さんが、そう一番君に声をかけた。
「っるせぇ!」
勢いまかせに立ち上がった一番君はそのまま席を離れてしまった。
「一番君、落ち着かなそうですね…」
「放っておけば良いのよ。それより、樱花ちゃん」
「はい」
「樱花ちゃんのおばあちゃんって、どうして今蒼天堀に居るの?」
紗栄子さんが私に訊ねてくる。
「元々、祖母は蒼天堀に住んでいたんです」
「へぇ。それでまた、何で異人町に?」
「祖父に一目惚れして、追いかけてきたって言ってました」
「一目惚れした相手を追いかけて、そして結婚したの?!凄いおばあちゃんねぇ〜…」
「前に貰った手紙では、株のトレーダーで儲かってて、そのお金を寄付に回してるって書いてありました。確か、沖縄の養護施設だったかな…」
「因みにぃ、樱花ちゃんのおばあちゃんの見た目、浜子さんより強いよ」
「マジかよ…」
「趙、浜子さんにも
酔った勢いで何言ってんだ。
ナンバさんが引いてるじゃない。
「あれ?樱花?」
キャバレーの店内から私を呼ぶ女性の声が聞こえた。
振り返ってみると、高校時代の友達が私に手を振っていた。
「え?どうして蒼天堀に…?」
「今、出張でこっち来てるの!久しぶりね」
私達が座るソファの側まで来た友人は私の向かいに目線を向けると、驚いた表情になる。
「樱花っ。ちょっと、こっち」
「何、痛い痛い」
力任せに腕を引っ張られ、立ち上がらされた上に店の端に連れて行かれる。
「痛いよっ」
「あれ、趙天佑?」
あれ、と友人はソファを指す。
「…そうだね、趙天佑だね」
「何で一緒に居るの?ってか、何の集まり…?」
友人が訝しむのも無理は無い。
見た目も年齢もバラバラな集団だ。
傍から見たらそう思うよね。
「…皆、蒼天堀に用事があって…来た感じ」
「何、そのふわっとした答え。樱花、まだ趙天佑と付き合ってるの」
「付き合ってないってば…!」
何で誰もかれもそう言うの!?
「え〜、違うの?」
「違う」
「高校時代、その噂あったんだけどな」
「うわさ?」
「そ。『仲間は多いけど、一定の距離を保つ趙天佑。1人きりで居る時、いつも視線の先には幼馴染の樱花が居る』…って」
「何それ。偶々でしょ」
「樱花も満更でも無い感じしたじゃない」
「え…?私??」
「そ。趙天佑に関わる頼み事、全部引き受けてたし」
「それは、皆が近寄りがたいって言うから…」
「趙天佑が喧嘩した。って聞いたら、怪我してないか見に行ってたし」
「怪我しても保健室行かないから…連れて行く為に…」
「他にも…」
「そんなに?」
私、高校生の時、趙と関わってたっけ。
「あるある。自覚無かったの、樱花位じゃない?」
「私…位…?」
「私ずっと、樱花は趙天佑のこと好きだと思ってたんだけど、違うの?」
「…ちがうよ」
自分の記憶と、友人の記憶の差異にちょっと困惑してしまった。
私の中では、高校時代、趙とは余り関わりが無かった思い出になっていたのに。
改めて言われると、それなりに関わってる。
何だろ、上手く言えない感情が、今までに無かった違和感が、心に起きる、この感じ。
「樱花さん」
後ろからジュンギさんの呼ぶ声が聞こえ、振り返る。
「どうされました?」
「そろそろ移動するそうです。…来れますでしょうか?」
「はい。ゴメン、そろそろ行かないと…」
「そっか〜」
「帰ったら連絡してよ。まだ異人町に住んでるから」
「そうなんだ!じゃあ出張から帰ったら連絡するね」
「うん、またね」
友人と別れ、ジュンギさんと一緒にキャバレーを後にする。
出口で皆が待っていた。
その中に勿論趙も居て、顔を見たら、さっきの心の違和感が大きくなったような感じがして、目を逸らした。
気持ちを切り替えよう。
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