21話

昨日の夜から、気持ちのモヤモヤが収まらない。
集中しないといけない時なのに。

「はぁ…」

今日何度目かのため息をつく。

「樱花さん、どうかされましたか?」

タクシーの中、隣に座っていたジュンギさんが私に声をかけてきてくれた。

「え…?」
「先程から、ため息をついてばかりですが…」
「あ〜…」
「お加減でも悪いのかと…。ホテルで休まれていた方が良いのでは?」
「いえ、体調は問題ありません」

心に蟠りがあるような感覚があるだけだ。

「そうですか…」

ジュンギさんの視線が前の席に向く。
そこには趙が座っていた。
その視線が戻って、また私を見た。

「これから大事な時です。気を引き締めます」
「…本当に大丈夫ですか?」
「はい」
「なら、良いのですが…」
「ご心配かけてスミマセン」
「いえ、ソンヒから貴方をしっかり護る様、仰せつかってますので」
「ソンヒさん…」

本当に過保護なんだから…。

「それに…貴方に支障をきたす者・・・・・・・は排除するようにも言われておりますので」
「し、支障をきたす…?」

物騒な言い方に驚く。

「そんな人、居ませんから…」
「…そうでしょうか?」

ジュンギさんの視線は、また前に向く。

「…なぁに、言いたいことがあったら言いなよ」

趙が前を向きながら私達に声をかけてくる。
この流れからすると、私に支障をきたしてるのは、趙ということになるけど…。

「ジュンギさん」
「はい」
「もしかして、昨日のことですか?」

昨日、真島さんに聞かれてから起こった一連の話の後。
私は趙と一言も口を利かずにホテルの部屋に入った。
そして今日も、全く口を利いていない。

「それなら、お気になさらずに」

ニコリと微笑んでジュンギさんに言った。

「…それぇ、どういう意味?」

私の言葉に趙が突っかかってくる。

「そのままの意味よ。気にすることじゃない」
「気にすることじゃない。ねぇ〜」
「何よ」
「それってさ…君がそう思いたいだけじゃないの?」

そう言って、趙は後目で私を見てきた。
その目の鋭さは、趙の意図が読めなかった。

「…趙は違うって言うの?」

私の問に趙は暫く黙って。

「…さぁね」

と、曖昧で投げやりな返事を返してきた。
流石にそれにはカチンときた。

「あのね、」
「お取り込み中すみません、お二方」

私達の間にジュンギさんが入ってくる。

「…目的地に着きました」

タクシーのスピードが落ち、近江の代紋が見えた。
車が停まると、趙はさっさとタクシーのドアを開ける。

「インフゥア」

こっちを見ずに趙が呼ぶ。

「この話、後にしよう」

一方的に言って、先に降りてしまった。

「何なの、あの態度…」
「…樱花さん」
「はい?」
「申し訳ありません。お二方が話す機会になればと思ったのですが…逆効果だったようで…」

ジュンギさんがすまなそうに眉を下げた。

「…お気遣いありがとうございます。でも、これは私達の問題ですので、本当に、気になさらずに」

蟠った気持ちは、一旦蓋をしよう。



※※



近江の代紋が掲げられたホールの入口に向かって歩いていると、案内役のミツさんが足を止めた。

「…樱花さん」

突然、私を呼んだ。

「は、はい…」
「あなたはここでお待ち下さい」
「え…?」

私だけ?

「あの…どうして私だけ…?」
「すんません。自分は詳しくは聞いてません。…渡瀬さんからの伝言だとだけ…」
「渡瀬さん…?」

私、渡瀬さんと面識、無いんだけどな…。
何だろ…?

「じゃあ、俺もここに残るよぉ…」

前を歩いていた趙がミツさんに言う。

「いえ、ここには樱花さんだけ残るように言われてます」

ますます分からない。

「樱花ちゃん…」

一番君が心配したような顔で私を呼んだ。

「…先に行ってて。きっと、何かあるんじゃないかな」

分かってはいないけど、渡瀬さんにきっと、訳があるのだろう。
荒川さんや堂島さん、何より自分の祖母が信用している人だ。

「終わったら合流するから」
「…おう」
「兄貴、中へ」

ミツさんに促されて、皆がホールへと入っていった。
さて、一体何なんだろう。
取り敢えず、ホールの出入り口辺りに、他の組員に邪魔にならないように、静かに待った。
その間も、出入りしている組員が私をちらちらと睨んでくる。

うぅ…居心地悪い…。

渡瀬さんの出所を祝う場だ。
もし、私が狙われていたとしても、ここで実行する人は居ない…と、思いたい。


ホールから沢山の組員が出てきた。
その中に、ミツさんの姿が。

「あ、あの…ミツさん…」

私が呼ぶと、ミツさんがぺこりと頭を下げた。

「私…ここで待ってて良いんですか…?」
「ええ。直に渡瀬さんを乗せた車が来ます」

組員達は、通路を作るようにズラリと並んだ。
うわ、壮観。
そして黒塗りの車が1台入ってきた。
それを見て、ミツさんはまた私に頭を下げて、車の方へ向かった。

「カシラ、よくお戻りで!お疲れ様でした!」

その言葉を合図のように、ズラリと並んだ組員が一斉に頭を下げる。
車から降りてきた男性、渡瀬さんは大柄で、如何にも極道といった人だった。
その人柄を表すかのように、真っ直ぐ前を見て、ホールへと歩いてきた。
ホールの入り口で、所在なく立っていた私を見つけると、ふと足を止めた。
私に緊張が走る。

「…胡蝶蘭さんとこの、孫か?」
「はい…」
「…ここで待っとって貰えるか。話がある奴が来るさかい…」

渡瀬さんの声は、低く優しいものだった。
あれ、話があるのって、渡瀬さんじゃないの…?
それだけ言って、渡瀬さんはホールの中に足を進めて行ってしまった。
ミツさんもそれについて行ってしまった。
そして並んでいた組員も全員。
ホールの出入り口には私1人だけになってしまった。

「あ、あれ…?」

ここで待ってたら…人が来るのかな?

「おい」

背後から突然声をかけれて、驚きから肩が跳ねた。
振り返ると、黒いスーツに、黒いサングラスをかけた男性が立っていた。


大きな男性…まるで龍の様な…。


「…胡蝶蘭さんの孫か?」

渡瀬さんと同じ質問をしてくる。
その声は、低くも温かみを感じる、不思議な声だった。

「はい…チエン・インフゥアと申します…」

男性は私を上から下まで、ジッと見てくる。
サングラス越しの瞳は、何かを確かめる様に動いている。

「あ、あの…私に話がある方って…貴方ですか?」
「あぁ」

そう言って、スーツの内ポケットから何かを取り出し、私に見せた。

「この男を知っているか」

差し出されたのは1枚の写真だった。
受け取ってまじまじと見る。



写真には1人の男性が映っていた。
品良くスリーピースのスーツを着こなし、髪型はオールバック、襟足は少し長く。
右手には手袋が着けてある。
その右手は…不自然に垂れ下がっていた。

義手…?
随分昔のデザインみたいだけど…。



「知っているか」

男性が改めて私に問う。

「…いいえ」

記憶の中に、幾ら探してもこの人との面識は無かった。
受け取った写真には日付が記されていた。
88年…。

「あっ…」

そこまで読んだ所で、男性に写真を取り上げられてしまった。

「なら良い」
「え?」

それだけ言って、特に説明が続かなった。

「あの…その写真の方は…?」
「知らなければ、それで良い。…ところで、喧嘩は強いのか」
「け、ケンカ…ですか?」
「あぁ」

何というか…無駄な愛想を出さない人なのかな。
必要最低限の言葉しか口にしない。
というか、その写真の人の説明、本当にしてくれないの?
何なの??

「…拳法なら出来ますけど」
「そうか」

それだけ私に言って、スーツの男性はホールに向かって歩いていってしまった。

「…本当に説明、してくれないんだ…」

ここで突っ立っていても仕方ない。
私も皆に合流しようと、ホールに足を向けた。



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