結局、何も進まなかったじゃない。
余計モヤモヤしてしまった…気もする。
鍵を紗栄子さんに渡してしまったので、部屋のインターホンを鳴らした。
程なくして、ドアの先に人の気配を感じて、開いた。
「おかえり、樱花ちゃん。遅かったわね」
「ただいま戻りました。趙と…話をしてましたので」
出迎えてくれた紗栄子さんはバスローブ姿だった。
先にお風呂入ってたのかな。
紗栄子さんからボディーソープの良い香りがする。
「あいつと…?」
紗栄子さんは何かに気が付いたような表情になった。
「…泣いてたの?」
そう聞かれて、自分の失念に気が付いた。
あれだけ泣いたんだ、目が赤いのだろう。
「あ〜…、えと…」
良い言い訳が思い浮かばなく、言葉に詰まっていると、紗栄子さんの目がスッと細くなった。
そして部屋の中に戻り、簡易的なキッチンの戸棚を漁っている。
「どうされました?」
私も室内に入り声をかけた。
「…あぁ、あったわ」
紗栄子さんが振り返る。
その手にはアイスピックが握られていた。
「さ、紗栄子さん…?」
「ちょっとあっちの部屋に行ってくるわ。これであいつの股間をブッ刺して…」
「待って下さい紗栄子さん」
物凄く物騒なこと言い始めてる。
「女を泣かせるなんて最低な男に、釈明の余地なんて無いわ…」
「落ち着きましょう紗栄子さん!目から本気と殺気が伝わってきます!!」
※※
「なるほどね〜」
何とかアイスピックの刑を阻止して、お酒片手に先程の話を紗栄子さんに聞かせると、そんな返事が返ってきた。
お互いのベットに座り、紗栄子さんはバスローブから伸びる綺麗な足を組んだ。
「ふ〜ん…」
「疑問ばかりが増えて、はっきりとした答えが出なくて…。趙は最後にヒントを残したって言ってましたけど…」
「それすらも分からない。ってことね」
「はい…」
話の始まりは、どこだっただろう…。
…そうだ。
「紗栄子さん」
「ん〜?」
「紗栄子さんはどうして、趙が私を口説いているって思ったんですか?」
「え?」
趙が私に、不思議な質問をするようになったのは、確かこの辺りからだ。
「どうしてって…、あれはどう見ても口説いてるわよ」
「へ?」
どう見ても?
「そう思わないのは樱花ちゃん位じゃないかしら」
「そう…ですか?」
「えぇ。私が言われたら、この人私に気があるのかしら?って思うもの」
「う〜ん…。紗栄子さんの感覚を私の話に当てはめると、趙はずっと私を口説いてたってことになるんですけど…」
「そうじゃないの?」
「えぇ!?」
からりと返事をされて思わず大声を上げてしまった。
「…あ、もしかして、」
「?」
紗栄子さんが何かに気が付いた口ぶり。
そして手入れの行き届いた綺麗な指を顎に当て、何か考える素振りを見せた。
「はは〜ん、分かったわ」
「え?」
「あいつの考え。何となく分かっちゃった〜」
にんまりと紗栄子さんは笑う。
そして、あれはこういう意味で、そういうことね〜。と1人合点がいったような言葉を並べている。
「これは確かに、樱花ちゃんが答えを出さないとね〜」
「やっぱり…私なんですか?」
うわ、頼みの綱の紗栄子さんにまで言われちゃった。
「うぅ〜〜ん…」
「樱花ちゃんはどう思うの?」
「どう…?」
「あいつが自分を口説いてるってこと」
「…まず思うのは、どうしてだろうって…」
「まぁ、そうね」
「何が目的なんだろうって…」
「…雲行きが怪しいわね」
「ハッ!まさか…趙…」
私、このシチュエーションに近いの、昔昼ドラで見た!
「漢方薬局が目的…!?」
「どうしてそうなるの!?」
「昔ドラマで見たんです。主人公の女性に長年言い寄って来てた男性が、実はその女性の財産が目的だったって!」
それだ!!
「…多分違うわ」
紗栄子さんが呆れ顔で私に首を横に振って見せる。
あ、この呆れ顔、足立さんに良くしてるやつだ。
「…違うんですね」
「えぇ。その考えからは絶対!離れた方が良いわ」
絶対、が強調されて言われた。
違うのか…。
「聞き方を変えるわね。樱花ちゃんはどう感じた?」
「感じた…?」
会話の中で感じた感覚を思い出す。
「最初はクエスチョンマークがいっぱいでした」
「うんうん」
「その後は…胸に違和感?」
「違和感?」
「はい…。感じたことの無い…何て言ったら良いんでしょう…この辺りが…」
そう言って私は自分の胸を指す。
「こう…感じたことの無い感覚になって…あ!さっきはドクドクいってました」
「ドクドク?」
「バクバク…?胸がドンドンってなる感じです」
「それって…もしかしてなんだけど」
「はい?」
「ドキドキの間違いじゃない?」
「ドキドキ…?」
ドキドキって…少女漫画に良く出てくる表現の、ドキドキ?
「これ…ドキドキなんですか?」
分からずに聞くと、紗栄子さんが一瞬固まり、そして爆笑し始めた。
「え?紗栄子さん??」
「アハハ!ひ〜、面白い!!」
「えぇ…」
そんなに笑うことですか?
「は〜、笑った。恋を知らない子が実感を持つと、こうなるのね」
「…コイ?」
ドキドキとか、コイとか、この人生でほぼ使ったことの無いワードばかりだ。
「え…と、」
「戸惑うよね〜分かるわ〜」
紗栄子さんがベットから乗り出して、私の頭を撫でてくる。
「樱花ちゃん可愛いわ〜。良くこんなに真っすぐ育ったものだわ。趙の賜物ね」
「え、これ趙のせいなんですか?」
「私、前言わなかった?『樱花ちゃんがお付き合い出来ないの、趙が原因だったりして』って」
「あ〜…。確かに…」
「あ〜!でも、ここから先は私から言えないかなぁ〜…」
「ここまで言っておいてですか!?」
「ちょっと手助けし過ぎちゃったかな〜」
「…紗栄子さん、楽しそうですね」
こっちは訳が分からないというのに。
紗栄子さんはニコニコと上機嫌だ。
「異人町で、こんな純愛話が聞けるなんてねぇ〜」
「は、はぁ…」
何か、紗栄子さんまで趙みたいになってきてる。
これ、本当に私1人で答えを出さないといけないの…?
.