26話

「はぁ…落ち着く」

今日は一番君が、夜から親っさんとデートだ!とはしゃいでいたので、各々が自由行動となって。
私は暫く預けていた自分の店に立つことにした。
目まぐるしい日々から、日常に戻った気分だ。

「引き継いだカルテに目を通さないとね…」

今日は予約やオーダーが入っていない。
カルテを読んだ後は…生薬の在庫チェックでもしようかな。
タブレットに目を向けていると、ガラス扉の開く音が聞こえた。

「いらっしゃ…」

立っていた人物に、固まった。

「やっほ〜」
「趙…!」

え、どうしよう。
心の準備が出来てない…!
って、何で準備が必要なの。

「ど、どうしたの…?」
「樱花ちゃん、何してっかな〜って、思って」
「…店に立ってますけど」
「見りゃ分かるよ〜」


ドキドキ。
まただ。
また、胸が鳴っている。


近づいてきた趙の顔を見て、気になった。

「どうしたの?その…傷」

趙の口元には殴られたような痕があった。

「あ〜。これ?さっきぃ、コミジュルに顔出したら、ソンヒさんに殴られた」
「え??」

何かしたの?

「どうして?」
「心当たりはあるんだけどぉ、殴られるとはね〜」
「そう…」

何かやらかしたのかしら。
趙にしては珍しい。

「樱花ちゃん〜、手当てして」
「もう、しょうがないな」

私はカウンターから救急箱を取り出す。
カウンターの向こう側から身を乗り出して趙が待っていた。
蓋を開けて消毒液と綿を準備して、と。

「イイ男が台無しだよ〜」
「それ自分で言う?」

消毒液を漬して、趙の顔を見て。
その距離の近さに、緊張した。


…あれ?
こんなに意識してたっけ。
これ位の距離に居ること、良くあるのに。
胸の鳴る音が大きくなる。
緊張で、指先が震えそう…。


「イタッ」
「え!?」
「そんなに強く圧しつけないでよ〜」
「あっ、ごめん…」

力加減すら上手く出来なくなってる。
どうしよう、もう、自分が自分じゃないみたい…。

早く終わらせようと、手早く消毒して、傷薬を塗った。

「はい、終わり」

は〜…、緊張した。
ささっと距離を取って、目を合わせないように、救急箱に道具を仕舞う。

「ち、ちゃんと消毒してね…」

救急箱を元の場所に戻し、趙から目を逸らして話し続けた。

「じゃあ…私、仕事あるから」

ここは逃げよう。
店の奥に向かおうとした。
が、趙の手が私の腕を掴む。
そのままグイと引き寄せられ、広げた距離が縮む。
カウンターが間にあるだけの、近い距離。

「ぃ…!」
「どこ行くの?」
「しっ、しごと!」

直ぐそこに趙の顔がある。
腕を掴まれた部分から、趙の指の感触を感じる。
背けた顔に、趙の視線を感じる。
それだけで、顔に熱が籠ってくる。

「樱花ちゃん、こっち向いて」
「っ、なんで…」
「顔が見たい。ね、見せて」

甘えたような言い方をしてくる。
おずおずと見ると。
趙は幸せそうに目元を細めていた。

「…なに、」
「樱花ちゃん、可愛いなぁって思って」
「はぁ?」

言ってる意味が分かんない。

「離してよ…!」
「や〜だ」
「仕事するんだってば…!」
「ね、樱花ちゃん」
「今度は何っ」
「この前の答え、出た?」
「答え…?」
「そ、答え」

趙が聞く『答え』って、多分、あの話だろう。
私が今、趙に感じているこの良く分からない胸の高鳴る感情が、答えなの?
この感情を、恋だと、好きだと、呼ぶものなのか…。

「…分からない」
「…そっか」
「分からない…けど、」
「ん?」
「趙に対して…何か、感情は、ある…」
「…へぇ」
「それが…何なのか、良く分かんない…」
「…うん、分かった」

そう返事をした趙は、私の腕を離した。

「その何かが分かったらぁ、教えてね」

カウンターに頬杖をついて、私を見上げてくる。

「…うん」

趙って、こんなに優しい表情するんだなぁ…。
そうぼんやりと見つめていると、向こうから顔を背けた。

「そんなに見つめられたらぁ、照れちゃうな」

恥ずかしそうに頭を掻く趙を見て、私も何だか照れてしまった。


何なんだ、この空気。





※※



「ん〜!今朝も良い天気」

居間のカーテンを開けば、青空が広がっていた。
今日も洗濯日和だ。
紗栄子とソンヒさんが起きるまで、まだ時間あるし、洗濯しちゃおうかな…。

「…あ、電話」

テーブルに置いていたスマホがバイブで揺れていた。
手に取って、液晶を確認する。

「星野会長…?」

着信をスワイプして、耳に当てた。

「もしもし、樱花です」
『起きてたか…』
「はい。おはようございます」

電話に出た会長の声から、重々しい雰囲気を感じた。

「どうされました?こんな朝早く…」

そう訊ねると、少し間があり。

「………え?」

星野会長は、今朝方、荒川さんが亡くなったことを私に告げた。



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