「はぁ…落ち着く」
今日は一番君が、夜から親っさんとデートだ!とはしゃいでいたので、各々が自由行動となって。
私は暫く預けていた自分の店に立つことにした。
目まぐるしい日々から、日常に戻った気分だ。
「引き継いだカルテに目を通さないとね…」
今日は予約やオーダーが入っていない。
カルテを読んだ後は…生薬の在庫チェックでもしようかな。
タブレットに目を向けていると、ガラス扉の開く音が聞こえた。
「いらっしゃ…」
立っていた人物に、固まった。
「やっほ〜」
「趙…!」
え、どうしよう。
心の準備が出来てない…!
って、何で準備が必要なの。
「ど、どうしたの…?」
「樱花ちゃん、何してっかな〜って、思って」
「…店に立ってますけど」
「見りゃ分かるよ〜」
ドキドキ。
まただ。
また、胸が鳴っている。
近づいてきた趙の顔を見て、気になった。
「どうしたの?その…傷」
趙の口元には殴られたような痕があった。
「あ〜。これ?さっきぃ、コミジュルに顔出したら、ソンヒさんに殴られた」
「え??」
何かしたの?
「どうして?」
「心当たりはあるんだけどぉ、殴られるとはね〜」
「そう…」
何かやらかしたのかしら。
趙にしては珍しい。
「樱花ちゃん〜、手当てして」
「もう、しょうがないな」
私はカウンターから救急箱を取り出す。
カウンターの向こう側から身を乗り出して趙が待っていた。
蓋を開けて消毒液と綿を準備して、と。
「イイ男が台無しだよ〜」
「それ自分で言う?」
消毒液を漬して、趙の顔を見て。
その距離の近さに、緊張した。
…あれ?
こんなに意識してたっけ。
これ位の距離に居ること、良くあるのに。
胸の鳴る音が大きくなる。
緊張で、指先が震えそう…。
「イタッ」
「え!?」
「そんなに強く圧しつけないでよ〜」
「あっ、ごめん…」
力加減すら上手く出来なくなってる。
どうしよう、もう、自分が自分じゃないみたい…。
早く終わらせようと、手早く消毒して、傷薬を塗った。
「はい、終わり」
は〜…、緊張した。
ささっと距離を取って、目を合わせないように、救急箱に道具を仕舞う。
「ち、ちゃんと消毒してね…」
救急箱を元の場所に戻し、趙から目を逸らして話し続けた。
「じゃあ…私、仕事あるから」
ここは逃げよう。
店の奥に向かおうとした。
が、趙の手が私の腕を掴む。
そのままグイと引き寄せられ、広げた距離が縮む。
カウンターが間にあるだけの、近い距離。
「ぃ…!」
「どこ行くの?」
「しっ、しごと!」
直ぐそこに趙の顔がある。
腕を掴まれた部分から、趙の指の感触を感じる。
背けた顔に、趙の視線を感じる。
それだけで、顔に熱が籠ってくる。
「樱花ちゃん、こっち向いて」
「っ、なんで…」
「顔が見たい。ね、見せて」
甘えたような言い方をしてくる。
おずおずと見ると。
趙は幸せそうに目元を細めていた。
「…なに、」
「樱花ちゃん、可愛いなぁって思って」
「はぁ?」
言ってる意味が分かんない。
「離してよ…!」
「や〜だ」
「仕事するんだってば…!」
「ね、樱花ちゃん」
「今度は何っ」
「この前の答え、出た?」
「答え…?」
「そ、答え」
趙が聞く『答え』って、多分、あの話だろう。
私が今、趙に感じているこの良く分からない胸の高鳴る感情が、答えなの?
この感情を、恋だと、好きだと、呼ぶものなのか…。
「…分からない」
「…そっか」
「分からない…けど、」
「ん?」
「趙に対して…何か、感情は、ある…」
「…へぇ」
「それが…何なのか、良く分かんない…」
「…うん、分かった」
そう返事をした趙は、私の腕を離した。
「その何かが分かったらぁ、教えてね」
カウンターに頬杖をついて、私を見上げてくる。
「…うん」
趙って、こんなに優しい表情するんだなぁ…。
そうぼんやりと見つめていると、向こうから顔を背けた。
「そんなに見つめられたらぁ、照れちゃうな」
恥ずかしそうに頭を掻く趙を見て、私も何だか照れてしまった。
何なんだ、この空気。
※※
「ん〜!今朝も良い天気」
居間のカーテンを開けば、青空が広がっていた。
今日も洗濯日和だ。
紗栄子とソンヒさんが起きるまで、まだ時間あるし、洗濯しちゃおうかな…。
「…あ、電話」
テーブルに置いていたスマホがバイブで揺れていた。
手に取って、液晶を確認する。
「星野会長…?」
着信をスワイプして、耳に当てた。
「もしもし、樱花です」
『起きてたか…』
「はい。おはようございます」
電話に出た会長の声から、重々しい雰囲気を感じた。
「どうされました?こんな朝早く…」
そう訊ねると、少し間があり。
「………え?」
星野会長は、今朝方、荒川さんが亡くなったことを私に告げた。
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