27話

Survive Barの店内に一番君の着信音が鳴る。
重い空気、皆がカウンターに1人座る一番君の背中を、言葉無く見つめていた。
私も、皆も、言葉をかけたい。
だけど、かける言葉が見つからず。
無言で見つめるしか、出来ない。





朝に星野会長から入った一報。
荒川さんが死体で発見されたというものだった。
一番君は、荒川さんの亡骸をその目で見たそうだ。

高部さんの話によると、蒼天堀でも発泡事件があったという。
幸い、用心棒が居たお陰で、渡瀬さんや堂島さんに怪我は無かった。

…同時解散の余波が、悪い方向に動いている気がしてならない。





「…鳴ってるよ、電話」

左隣に座る趙が一番君に声をかけた。
一番君は席を立ち、私達から少し離れた店内で、電話を取った。

「会長…」

力無い、一番君の声。
相手は星野会長のようだ。

「えぇ、まぁ…。いえ…。平安樓…」

食事にでも誘われてるのだろうか。
星野会長らしい気遣い方だ。

「……え?はい…居ますが…」

一番君が振り返り、その目は私と合う。

「樱花ちゃん…」

名前を呼ばれ、一番君のスマホが差し出された。
私?と自分を指してゼスチャーすると、一番君が頷く。
側に行って、スマホを受け取った。

「もしもし、会長。樱花です」
『嬢ちゃん、春日を平安樓に呼んだ。悪ぃが嬢ちゃんも一緒に来てくれ』
「私も…ですか?」
『あんな声出す状態じゃぁ、心配だろ』

私に平安樓まで付き添え、ってことね。

「分かりました」
『春日に待ってるぞって、伝えてくれ』
「はい。では、後ほど」

電話を切って、一番君にスマホを返した。

「会長が、平安樓まで一緒に来いって。待ってるぞって」
「樱花ちゃんが…?」
「心配してるのよ」
「…行くの?」

皆が側に来て、紗栄子さんが聞いてきた。

「…あぁ。親っさんの、最後の様子も聞きたいしな…」



※※



私の左前に座る星野会長は、昨日の荒川さんの様子を、懐うように語った。
星野会長と荒川さんは、ここで食事を取って、ホテルまで送って行くと言う会長の提案を断り、荒川さんは1人でここを後にした。

「だから俺は、黙ってあの人を見送っちまったんだ。あん時、強引にでも俺が送り届ければ、荒川が殺されることは無かった…」

会長は自分の行いを責める様に小さく首を横に振る。

「失敗したよ…」
「会長のせいじゃないっすよ…」

私は、2人の会話をただ聞くことしか出来ない。

「親っさんに手を下したのは、やはり近江の残党なんでしょうか?」
「間違いないだろう。荒川を殺った理由は、きっと解散に対する報復だ。つまり、解散させられて、迷惑を被っている連中だ」
「じゃあ、その中の誰が親っさんを……?」
「春日…。関東にいる近江の残党連中が、次なる組織編成に動いているらしい。そいつらは、今回の解散に、黙っちゃぁいられない連中の塊だ。犯人はその中にいる可能性が高いかもな」

肉の壁が上手く機能していない今、星野会長も近江の動きには敏感だ。
この前のブリーチジャパンが暴れた一件以来、近江連合の人達も、この異人町に入ってきている。
今まで守れたものが、守れなくなるかもしれない。

「そして、その連中を裏で指揮できる人間がいるとすれば…。今や表の世界も裏の世界も自在に操れるあいつしかいない…。青木遼だ」
「じゃあ、親っさんの殺しは、若の指示…」

2人言葉に、私は膝に置いた拳をギュッと握った。
親子である荒川さんと、青木遼。
野心家の政治家だから、手段は選ばない人なんだろうと思っていたけど。
会長の話が本当なら、余りにも残酷だ。

ボーイが料理を運ぶ台車を持ってきた。
一番君の側で止まり、クロッシュを上げた。

「え…」

そこには銃が置かれていた。

「荒川の仇を、取るがいい…」

会長の言葉に、私は目を見開いた。
一番君に、銃を握らせるつもり…?

「会長…!」
「黙ってろ、嬢ちゃん」
「これは見過ごせません!カタギの一番君に…そんな…!」

大切な人を失って、悲しみに落とされた彼に、こんなこと…!

「俺に銃は必要ありません」

一番君は、きっぱりと拒否の言葉を放った。
その表情は、悲壮を感じるものだった。

「仇を討つ気は無い、と?」
「いえ…。親っさんは、若のタマを取ることなんて、望んじゃいないはずです」
「…じゃあ、どうする?」

会長も引き下がる気は無いのか、一番君に聞く。
一番君は、少し考え、そして上を見上げた。
荒川さんを、思うような瞳だった。

「親っさんは、極道が権力者の手駒になることを憂いてまいした。だから、一世一代の大芝居を打ってまで、近江連合を解散したんです」

一番君の視線が、星野会長を真っすぐ捉えた。

「つまり極道のあるべき姿…、暴力で何かを奪うのでは無く、力を持って弱きを助ける、生き様を証明したかったんだと思います」
「…なるほど」
「それを貫くため、親っさんが辛抱し続けた日々に報いるには、人ひとりのタマとって解決なんてしちゃいけねぇ。そんなやり方、あの世の親っさんに顔向けできねぇ…」

一番君の言葉は、聞いていて胸が熱くなった。
荒川さんを深く慕っているのが、その言葉から滲んで感じる。
一緒に居ることが出来なかったのに、荒川さんの行いをこんなにも理解出来るのか。
彼の人が良く表れた言葉だ。

「だから俺は、若の目を覚まさせてやります…。ぶん殴って思い知らせてやります…!俺がやれるのは、それくらいしか…!」

最後の言葉が、余りにも一番君らしくて、私は小さく笑った。



何て真っすぐで、何て力強い人なんだろう。



「…星野会長、一番君に1本取られましたね」

フフッと笑いながら会長にそう言うと、星野会長は瞼をゆっくり、1つ瞬いた。

「つくづく…荒川って男は、幸せもんだな。いいんじゃねぇか?お前の好きにやれ。俺が少し出しゃばりすぎちまったようだ」
「会長…そんな…」
「しかし、どうやって青木と会うつもりだ?都庁の受付で『都知事に会わせてくれ』と言ったところで、追い返されるだけだぞ」
「そうですね…。一番君、手はあるの?」
「へへっ、大丈夫だよ、樱花ちゃん。若に会うルートはちゃんと考えてあるぜ」
「なるほど、既に策はあると言うことか…。しかし、青木に近づく以上、危険は避けられん。星龍会の兵隊を連れて行くがいい。もしもの時は…骨は拾ってやる」
「会長、物騒なこと言わないで下さい」

都庁に星龍会の兵隊なんて連れて行ったら、それこそカチコミになってしまう。

「会長の申し出はありがたいんですが、遠慮させて頂きます」

一番君は立ち上がり、会長にお辞儀を見せた。

「俺には既に、最高の仲間が居ますから!」
「一番君…」

私達のこと、そう思ってくれてるんだ。
改めて口にしてくれると、嬉しいな。



※※



「んふふ〜」
「…何だよ、樱花ちゃん。そんなニコニコして」

星野会長との話も終わり、店の外に出る為、絨毯が敷かれる長い廊下を歩いている。
私は一番君の、さっきの言葉を思い出して顔が綻んだ。

「一番君、私達のことそう思ってくれてたんだ。って思ってね」
「あ〜…」

改めて言われて恥ずかしくなったのか、一番君は足を止めて頭を掻いた。

「なぁ、樱花ちゃん」
「ん?」
「さっきの、黙っててくれよ」
「…最高の仲間。ってところ?」
「あぁ〜!言わないでくれっ」
「照れること無いじゃない〜」

一番君を置いて、私は先に平安樓の扉を開いた。

「…あれ、」

入り口には皆が立っていた。

「待ってて下さってたんですね」
「どうだった?」

ナンバさんが神妙な表情で私達に聞いてくる。
私は後から出てきた一番君を、微笑みながら見た。

「悪ぃな、俺達で、最高級のコースをご馳走になっちまったぜ!」
「ずいぶん、元気になったじゃねぇか」
「いつまでもメソメソしてたら、あの世の親っさんに怒られちまうからな」

安心したような足立さんの問いに一番君が答えた。
良かった、星野会長と話をして、少し心が整頓出来たのかな。

「何だ、樱花ちゃん。楽しそうな顔して」

私の心境が顔に出ていたのか、ナンバさんが聞いてくる。

「それがですね〜」
「あぁ!樱花ちゃん!!話が違うじゃねぇか!!」
「黙ってるなんて私、言ってないわよ」
「勘弁してくれよ〜」
「何なの??」

紗栄子も不思議そうに私に聞いてきた。

「何でもねぇからっ」

一番君が無理矢理話を終わらせてしまった。
この話題は、また日を改めてかな。

「…樱花ちゃん」

隣に来た趙が私を呼ぶ。
その声はどこか拗ねている様な。

「何?」
「春日君と仲良しだねぇ」
「良いことがあったのよ」

思い出してまた、フフッと笑うと趙の眉間に皺が寄った。

「なんかぁ…」
「ん?」
「…妬いちゃうな」

そう言う趙の顔は、怒っているというより、やっぱり拗ねている、という感じで。
その姿を見て、あることを思って、慌てて改めた。



私、今、拗ねてる趙のこと。
可愛いとか、思った。



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