28話

「逃げられちゃったね…」


伊勢佐木ロードのゲート下まで移動した私達。
目的は今日、公示日を迎え、『第一声』の演説を打ちに来た、久米を捕まえること。
一番君は、久米を通して若、青木遼と接触を図ろうと目論んだのだ。
演説を行う久米の元まで辿り着いた所で、彼の護衛に阻まれた。
護衛というのは名ばかりで、近江連合の連中に、だ。
近江連合の連中は倒せたが、久米には逃げられ、おまけに私達は近江連合の監視が常に付いているいる。と脅しをかけられた。
立ち向かう敵は、この国の中心部を目指す、大きな力だ。


「苦戦しているようだな」

次の手を考えている私達に、声がかけられた。
振り返ると、星野会長が立っていた。

「会長…」
「お前が言っていたルートってのは、久米を脅して青木を呼び出そうってことか?」
「へへ、ご名答っす。だけど、久米サイドに先手を打たれていて…。会長は、どうしてここに…?」

さっき別れた会長がここに来たということは、急用か何か。

「さっき平安樓で、お前に渡し忘れた物があってな」
「?」

思い当たる所が無い一番君が、不思議そうに首を傾げた。



※※



「で、会長。俺に渡し忘れた物っていったい??」

浜北公園まで移動した私達は、海の見えるカフェに腰を下ろし、星野会長の話を聞いた。

「俺に頼み事をしていた件だよ。忘れたんじゃねぇだろうな?」
「頼み事…??」

左隣に座っている星野会長は、自分の袖口を探り、何かを取り出した。
テーブルに置かれた物は、現金の300万円。

「あ…!立候補者!」

一番君が声を上げる。

「久米を落選させて、青木の面子を潰す。その為にお前はこの金を作ったんだろう?」
「見つかったんすか!?青木に勝てる立候補者!」
「四方八方手を尽くして探したんだがな…」
「居なかったか…」
「でも、いいアイデアは持ってきたぜ」

星野会長は、したり顔でそう言った。

「え?アイデアって何です?」
「春日、お前が出馬しろ」

思わぬ提案に、私も星野会長の顔を見た。
その表情からに、冗談で言っている雰囲気では、無い。

「はぁ!?」
「もう少し、早く思いつきゃ良かったんだが…」
「ちょっ、ちょっと待ってください!!何で俺が出馬しるんすか!?俺なんかが選挙で勝てるわけないっすよ!」
「だろうな。久米に勝てないどころか、供託金が返って来るほどの票も集まるまい…」
「300万円ドブに捨てるだけっすよ!?」
「捨てていいんだよ。それで久米をつかまえるチャンスがくるなら、安いもんだ」


…会長の思惑が、何となく分かった。
立候補者は、狭い選挙区で選挙活動を行う。
当然、出くわすことだって。
そうなれば、投票権を持つ有権者の前では無下に出来ない。
ましてや久米は、青木遼の後ろ盾がある為、当選確実だと言われている。
そんな彼が、無名の立候補者となる一番君を無視なんかしたら、イメージ低下に繋がる。
となると、それなりのやり取りを行うになる。
それが狙いだ、ということね。


「でも、会長…。一番君が立候補することは可能なんですか…?」
「…前科持ち、のことを言ってんのかい、嬢ちゃん」
「はい…。今まで、その肩書きの立候補者を見たことが無いので…」
「どんな前科だろうが、刑期を全うした以上、立候補する権利は法律で保障されてとる。…どうする、春日」
「一番君…」

会長が提案する理由なら、立候補者として一番君が適任だろう。
だけど、一番君が前科持ち、しかも元荒川組という過去もある。
当然そこに、マスコミは飛びつくだろう。
私達の中で、良い気がする人なんて誰も居ない。

「…俺、出ます!」

公示日にしか出馬の手続きが出来ない。と聞かされた一番君は決断した。

「ならば、急いで選挙管理事務所に届けを出しに行くがいい。あそこは役所仕事だから、夕方には閉まってしまうぞ」
「走るぞ!」

急いで行けば間に合う時間だ。
私も椅子から立ち上がり、一番君の後を追おうと身体を向けた。

「嬢ちゃん」
「はい」
「ちょっと話がある」
「話…ですか?」

一番君達は先に行ってしまった。
趙が立ち止まって、待っていてくれている。

「すぐ終わる」
「何ですか…?」

立ち上がった椅子にまた腰を下ろした。

「春日が立候補することで、久米はそこを突いてくんだろう」
「前科持ちを…って、ことですか?」
「あぁ」
「そうなると…一番君は悪役に仕立てられる可能性がありますね…」
「あぁ。そうなりゃ、春日は久米に近づけねぇ。向こうの思うつぼだ」

可能性があるなら、突破口を考えておかないと…。

「春日君達には、先に行って貰ったよ」

待っていた趙が、私と会長の座るテーブルまでやって来た。
空いている私の向かいに腰を下ろした。

「一番君が行けば大丈夫だから、私達は後から追い付こう」
「でぇ、会長は何の話なの?」
「一番君が出馬して、何が障害になるかって話」
「前科とか、元ヤクザとかぁ、そういうの?」
「うん」
「嫌がらせ、いっぱいされそうだね〜」
「だから考えるの」

何か良い手は無いか。
そう、例えば。
東城会と近江連合が同時解散出来た様な、周到な…。

「…あ、」
「どしたの〜?」
「会長、それですよ」
「何だ?」
「もし久米が、一番君を悪者にするなら、それを利用するんです。東城会が、青木遼の目論に乗ったように」
「あ〜、なるほど、ね」
「相手の目論に、踊らされたフリをするってのか」
「はい。一番君が『健気な泡沫候補』で居さえすれば、合法な行為に対しての攻撃は悪に映る…」
「善悪の印象を逆転させることが可能って訳か」
「一番君には大きな負担はかかりません。何せ、あの性格ですから」

一番君と最初に会った、ホームレス街での話術を聞く限り、人を煽るのは上手そうだ。

「どうでしょう…?」

私の提案を聞いて、目を閉じていた会長の瞼が開いた。

「悪くねぇ案だ」
「ありがとうございます」
「春日と合流したら、早速言ってやれ」
「はい。そうします」
「何だぁ。サクッと決まっちゃったね〜」
「他にも考えないといけないことはあるよ」

久米が素直に一番君を悪者にするとは限らない。
他の手も考えておかないと…。

「…嬢ちゃんも大きくなったな」

突然、星野会長がそう言った。

「何ですか、急に」
「そう思っただけだ」
「そりゃぁ、俺も樱花ちゃんも結構な年だからねぇ」
「…そうだな」

会長は趙にそう返し、椅子に深く座り直した。

「会長…?」
「嬢ちゃん。まだ、漢方薬局は続けるのか?」
「え?」

思いもよらない問いに、戸惑った。

「樱花ちゃん、薬局辞めるの?」
「ううん。辞めないよ」
「どしたの、会長?」
「…俺ぁよ、お前達をずっと、この異人町に縛り付けている気がしてならねぇんだ」
「縛り付ける…?」
「偽札事業は無くなった…。お前達がここに居る理由は無ぇだろ」
「なぁに、会長。俺達にぃ、出てって欲しいの?」

趙が聞くのも無理は無い。
私もそう言われている気分だ。

「そうは言ってねぇ」
「じゃあ、どうして…」
「お前達を縛るもんは無ぇ。…それでも、ここに残ってくれるのか」
「会長…」
「俺は残るよ〜。他に行くとこ無いしぃ、まだ流氓の子達も居るしね」
「私もです。自分意志で、ここに残ります」
「…そうか」

会長は僅かに口角を上げて、そう返事をした。

「これからの異人町は、お前ぇ達の世代が背負って立つ」
「え〜?隠居にはまだ早いよぉ」
「そうですよ、会長」
「年寄りをコキ使う気か?」
「貴重なご意見番としては、まだまだご活躍頂かないと」
「嬢ちゃんは人使いが荒ぇな」
「安心して下さい。会長のご健康は私が保証しますから」
「アハハ。会長、樱花ちゃんに頭上がんないね」
「ったく。…まぁ、長生きはしねぇとな」
「はい」
「お前達の子供も見てぇしな」
「こ…!?」

子供!?

「ななな、何を突然…!?」
「樱花ちゃん、動揺し過ぎぃ」

動揺もするわよ!!

「何だ。お前達、一緒にはならねぇのか」
「会長…。なる前提でお話されてます?」
「あぁ」
「…趙」
「ん〜?」
「もしかしてなんだけど、会長にも…」
「樱花ちゃんが良いならぁ、お嫁においでって話、してるよぉ」

こっちもか!

「ソンヒの件を抜きにすりゃ、悪い話じゃねぇだろ」
「そこなんですよね〜」
「…いや、そこ以外にも山積してるわよ」

だから何で、私のあずかり知らぬ所で話が進んでるのよ。

「樱花ちゃん」
「何」
「俺は、君がお嫁に来るの、いつでも大歓迎だから、ね」

そう言われて、『結婚』の2文字を、妙に意識してしまった。
いつもなら流す言葉に、ちょっと…いや、大分、動揺した。


何回も言われている言葉の筈なのに。
それが違う意味に聞こえるのは、やっぱり私の中の気持ちが変わったから?
趙が…好きだから?


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