30話

星龍会本部に駆けこめば、沢山の組員が入り口のホールに倒れていた。
奥の壁に、1人凭れている人を見つける。

「高部のカシラ…!」
「春日…」

一番君が駆け寄って、膝を折って高部さんに視線を合わせる。

「撃たれたのか!?」
「近江連合だ…。銃を持ったのがひとり、他に約10人。親父んとこに向かった…!お、親父が…!!」

高部さんのスーツは血に染まった箇所が見て取れた。
私も駆け寄って、医療バッグを開いた。

「会長の部屋?」
「一番君、会長の部屋は上よ」
「頼む、急いでくれ…!」
「高部さん、動かないで下さい…」
「樱花ちゃん。高部のカシラを頼む」
「うん…。会長をお願い…!」
「分かった」

会長の部屋に向かっていく皆の背中を横目に、高部さんの傷の程度を診た。
まずは出血の多い足の止血にかかる。

「チエンさんも…親父の所へ…!」
「傷を診るのが先です」
「俺のことは良い…」
「これだけ撃たれている人が何を言っているんですかっ」

足の圧迫止血を強くすると、痛みから高部さんが呻いた。

「応急処置だけさせて下さい。それが終われば、私も行きます」

星野会長のことも心配…だけど。
医師として、目の前の怪我人を放ってはおけない。



※※



高部さんの応急処置が終わり、会長の部屋まで走った。
大丈夫、一番君達が向かったから…きっと…間に合って…。

会長の部屋の扉が大きく開かれていた。
そこに皆の背中が見える。
私の足音に気が付いて、趙が振り返った。

「趙、会長は…」

聞きながら、私は室内に会長の姿を探した。



会長の姿は直ぐに見えた。
いつも座っている会長室の椅子に。
胸から血を流し、目を開いている会長の姿…。



「…インフゥア、」

趙が私の肩に触れようと手を伸ばしてくる。
私はそれを押しのけ、医療バッグをその場に落とし、会長の元に駆け寄った。

「…会長」

首に指を当てたけど、脈はふれなかった。
私は会長の開かれた瞼をそっと下ろし、力の抜けた手を会長の胸元に合わせた。


間に、合わなかった…。


強い絶望感が私を襲い、その場に膝をついた。

「…俺が憎いか」

聞き覚えの無い声が聞こえ、膝をついたまま顔を上げる。
一番君達を対峙するように立っていた男が、私に声をかけていた。

「…あなたは…沢城…?」

この男は確か、東城会の若頭…。

「憎い…?」
「そうだ、憎いか?」

挑発的な態度で更に聞いてくる。

「あなたが…星野会長を…?」
「…そうだとしたら、お前は俺を殺すのか?」

…何を、言っているの…?

「お前にとっても、このジイさんは支えだっただろ?」
「どうして…星野会長を…?」
「どうなんだ?」

沢城の口調は私から冷静さを奪っていく。
星野会長を殺し、星龍会を襲った張本人。
この人が…星野会長を…!
そう考えると、沸々を怒りが湧いてくる。
今まで味わったことの無い、震えるような、怒り。

「樱花ちゃんダメだ!耳を貸すな!」

一番君の声は聞こえてくるのに、言葉を上手く理解出来ない。


この人は。
私の大事な人を。
奪った。
だから。
その命を…。


「お前もこっち側・・・・の人間、なんだろ?」


奪ってやる。



その衝動で私は勢い良く立ち上がった。






その時。
会長の手が私に触れた。
有り得ない出来事に、沸々と湧き上がっていた怒りがスッと収まった。


見てみると、それは偶然の出来事で。
私が勢い良く立ち上がった時に、椅子にぶつかって。
肘当てに置いていた私の手に、会長の手が当たったのだ。


でも、今の私には。
会長に衝動を止められている様に感じた。
『嬢ちゃん。それは止めときな』
『嬢ちゃんはこっち側・・・・の人間じゃねぇ』
『その手は、そうやって使うもんじゃぁねぇだろ』
って…。



私は動いてしまった会長の手を、もう一度胸の上で合わせた。



ごめんなさい、会長。
一瞬でも、私は愚かな気持ちになりました。



まだ暖かい会長の両手をギュッと握り、そして沢城を見た。

「…いいえ」
「あ?」
「私はそちら側の人間じゃない。カタギの漢方医よ」


私は、漢方薬局の店主。
この異人町に流れ着いてきた、グレーゾーンの人間の命を診る者。
決して…奪う者になってはいけない。


「だから、貴方には起こした罪は償って貰います。…それが、会長への、私の弔いです」



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