「…この患者さんの搬送、お願いします」
沢城との戦いが終わって、私はロビーに居た星龍会の組員達の怪我を診た。
その間に救急車が来て、警察が来て、星龍会の本部内は騒然となった。
外には騒ぎを聞きつけた住民や、嗅ぎ付けたマスメディアまでもが集まってきている。
一番君達、上手く逃げられたかな。
出馬していることもあり、周囲の目を掻い潜って、皆には本部の外に逃げて貰って。
私だけ医師としてここに残った。
星龍会の組員を全員、救急隊員に引き渡して、やっと一息つけた。
「…ふぅ」
人の多い周辺から少し離れ、細い路地の脇で小さく息を吐いた。
忙しなく動いていた分、落ち着くと、現実が私に押し寄せてくる。
星野会長が、殺された。
沢城がどうして、なんて。
冷静になれば、直ぐに分かる。
私達への、見せしめだ。
沢城に指示したのは、恐らく青木遼。
私達のせいで、会長が亡くなった…。
「…ぅ」
色んな感情がこみ上げて、口から嗚咽が出た。
生まれた時から私の成長を見守ってくれた、星野会長。
私からすれば、もう一人の祖父の様な人だ。
時に優しく、時に厳しく。
多くは口出しはしてこなくて、大事な時にぽつりと言葉をくれる人。
だからその言葉は大きくて、いつも私を導いてくれた。
その人が、居なくなってしまった。
私達のせいで…。
現実に堪らず、私は自分の顔を両手で覆った。
「…ここに居たんだ」
突然声が聞こえて、顔を上げた。
「…ちょう」
通りに面した路地の先から、趙が姿を見せた。
「…春日君達は上手く逃げたよ」
「…そう」
「診察、終わったの?」
「うん…。趙は…?」
どうして、ここに居るの?
「…君を迎えに来たんだよ」
穏やかな口調でそう言って、ゆったりと私の元に歩いてきた趙は、そのまま私を、その両手で包むように回してきた。
「…っ、」
突然の行動に驚いて、身を引こうと動くと、趙の腕に力が入り、抱きしめられる。
「な、なに…?」
「良いから」
「でも…」
今、私と趙の関係は、私の答えを待っている状態だ。
そんな私が、趙にこんなことされるのは…。
「俺がこうしたいんだよ」
「…趙?」
頭上から聞こえる趙の声は、昔聞いたことがある。
確か…私の母が亡くなった時。
こんな声色だった。
とても憂いのある…悲しくも優しい声。
「こんな樱花ちゃん、放っておけないよ」
「趙…」
「良く頑張ったね。立派な漢方薬局の店主だよ、インフゥア」
さっきの感情が、また押し寄せてくる。
本当は、会長の亡骸に縋って泣きたかった。
大切な人の死を、悼む暇なんて無く。
私は患者を診た。
…思い出した。
この声色の趙は、母が亡くなった時も、こうやって私を労わってくれた。
偉いね、インフゥア。
弟君の前で泣かないで、偉かったね。って。
そう言って、頭を撫でてくれたんだった。
目の奥が熱い。
瞳から、悲しみが溢れ出す。
「…う…ひっ…」
1度溢れ出した悲しみは、次々と瞳から零れ落ちてゆく。
背中に回った趙の腕が、そっと私の背中を撫ぜた。
あやすように、優しく。
※※
感情が落ち着くと、今自分が置かれている状態に気が付いて。
ちょっと、いや、大分気まずい。
でも、趙の腕の中、何だか心地が良い…。
暖かくて、優しくて。
ずっと居たいな。なんて思う位。
あぁ、そうか…。
「落ち着いた?」
私を腕の中に包んだまま、趙が聞いてきたので、その腕の中でコクリと頷いた。
そのまま離してくれるのかな。なんて思っていたら。
趙の腕に少し力が入って、私をほんの少し強く抱きしめてきた。
「趙…?」
呼びかけても返事無し。
趙は私の髪に頬を寄せてくる。
髪の間の額に、趙の髭の感触を感じて、くすぐったくて身を少し縮めた。
「こそばゆいよ」
逃げる様に顔を背けると、趙の腕の中で体の向きを直され、趙がまた頬を寄せてくる。
その趙から、笑みの感情が聞こえてくる。
「ちょっと…楽しんでるでしょ」
「バレた〜?」
クスクスと頭の上から小さな笑い声が聞こえる。
私も、フッと力を抜いて笑った。
紗栄子さんが言った意味が、分かった気がする。
趙は私にとって、『心地が良い人』なんだ。
今まで、良い感じの方が居ても、何かが違うと思っていたのはここだ。
心地が良くなかったんだ。
だから紗栄子さんは、『お付き合い出来ないの、趙が原因だったりして』なんて言ったんだ。
…うん、その通りです、紗栄子さん。
「そろそろ離して貰える?」
「え〜。俺としてはぁ、このままキスでも…」
「しない」
趙の厚い胸を掌で圧すと、あっさりと離れた。
顔を見上げると、趙は優しく微笑んでいた。
「…何?」
「いつもの樱花ちゃんに戻ったねぇ」
「いつまでもメソメソしてられないわよ」
趙の胸で一頻り泣いて、心も整頓出来て、スッキリした。
独りで泣いても、こんな気持ちにはならなかっただろう。
…趙の存在が、とても有難い。
「私にはまだ、やらなきゃいけないことがあるんだから」
今、この異人町は、青木遼に乗っ取られかけている。
それを取り戻さないと。
私の、この町に生活している人達の日常を、取り戻さなければ。
奪われたものは戻らない。
ならば、これから奪われそうなものを、守らないと。
そして。
それが終わったら…。
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