31話

「…この患者さんの搬送、お願いします」

沢城との戦いが終わって、私はロビーに居た星龍会の組員達の怪我を診た。
その間に救急車が来て、警察が来て、星龍会の本部内は騒然となった。
外には騒ぎを聞きつけた住民や、嗅ぎ付けたマスメディアまでもが集まってきている。

一番君達、上手く逃げられたかな。

出馬していることもあり、周囲の目を掻い潜って、皆には本部の外に逃げて貰って。
私だけ医師としてここに残った。

星龍会の組員を全員、救急隊員に引き渡して、やっと一息つけた。



「…ふぅ」

人の多い周辺から少し離れ、細い路地の脇で小さく息を吐いた。
忙しなく動いていた分、落ち着くと、現実が私に押し寄せてくる。




星野会長が、殺された。
沢城がどうして、なんて。
冷静になれば、直ぐに分かる。

私達への、見せしめだ。
沢城に指示したのは、恐らく青木遼。

私達のせいで、会長が亡くなった…。




「…ぅ」

色んな感情がこみ上げて、口から嗚咽が出た。



生まれた時から私の成長を見守ってくれた、星野会長。
私からすれば、もう一人の祖父の様な人だ。
時に優しく、時に厳しく。
多くは口出しはしてこなくて、大事な時にぽつりと言葉をくれる人。
だからその言葉は大きくて、いつも私を導いてくれた。

その人が、居なくなってしまった。
私達のせいで…。
現実に堪らず、私は自分の顔を両手で覆った。



「…ここに居たんだ」

突然声が聞こえて、顔を上げた。

「…ちょう」

通りに面した路地の先から、趙が姿を見せた。

「…春日君達は上手く逃げたよ」
「…そう」
「診察、終わったの?」
「うん…。趙は…?」

どうして、ここに居るの?

「…君を迎えに来たんだよ」

穏やかな口調でそう言って、ゆったりと私の元に歩いてきた趙は、そのまま私を、その両手で包むように回してきた。

「…っ、」

突然の行動に驚いて、身を引こうと動くと、趙の腕に力が入り、抱きしめられる。

「な、なに…?」
「良いから」
「でも…」

今、私と趙の関係は、私の答えを待っている状態だ。
そんな私が、趙にこんなことされるのは…。

「俺がこうしたいんだよ」
「…趙?」

頭上から聞こえる趙の声は、昔聞いたことがある。
確か…私の母が亡くなった時。
こんな声色だった。
とても憂いのある…悲しくも優しい声。

「こんな樱花ちゃん、放っておけないよ」
「趙…」
「良く頑張ったね。立派な漢方薬局の店主だよ、インフゥア」

さっきの感情が、また押し寄せてくる。



本当は、会長の亡骸に縋って泣きたかった。
大切な人の死を、悼む暇なんて無く。
私は患者を診た。

…思い出した。
この声色の趙は、母が亡くなった時も、こうやって私を労わってくれた。
偉いね、インフゥア。
弟君の前で泣かないで、偉かったね。って。
そう言って、頭を撫でてくれたんだった。



目の奥が熱い。
瞳から、悲しみが溢れ出す。

「…う…ひっ…」

1度溢れ出した悲しみは、次々と瞳から零れ落ちてゆく。
背中に回った趙の腕が、そっと私の背中を撫ぜた。
あやすように、優しく。



※※



感情が落ち着くと、今自分が置かれている状態に気が付いて。
ちょっと、いや、大分気まずい。
でも、趙の腕の中、何だか心地が良い…。
暖かくて、優しくて。
ずっと居たいな。なんて思う位。

あぁ、そうか…。


「落ち着いた?」

私を腕の中に包んだまま、趙が聞いてきたので、その腕の中でコクリと頷いた。
そのまま離してくれるのかな。なんて思っていたら。
趙の腕に少し力が入って、私をほんの少し強く抱きしめてきた。

「趙…?」

呼びかけても返事無し。
趙は私の髪に頬を寄せてくる。
髪の間の額に、趙の髭の感触を感じて、くすぐったくて身を少し縮めた。

「こそばゆいよ」

逃げる様に顔を背けると、趙の腕の中で体の向きを直され、趙がまた頬を寄せてくる。
その趙から、笑みの感情が聞こえてくる。

「ちょっと…楽しんでるでしょ」
「バレた〜?」

クスクスと頭の上から小さな笑い声が聞こえる。
私も、フッと力を抜いて笑った。



紗栄子さんが言った意味が、分かった気がする。
趙は私にとって、『心地が良い人』なんだ。
今まで、良い感じの方が居ても、何かが違うと思っていたのはここだ。
心地が良くなかったんだ。
だから紗栄子さんは、『お付き合い出来ないの、趙が原因だったりして』なんて言ったんだ。

…うん、その通りです、紗栄子さん。



「そろそろ離して貰える?」
「え〜。俺としてはぁ、このままキスでも…」
「しない」

趙の厚い胸を掌で圧すと、あっさりと離れた。
顔を見上げると、趙は優しく微笑んでいた。

「…何?」
「いつもの樱花ちゃんに戻ったねぇ」
「いつまでもメソメソしてられないわよ」


趙の胸で一頻り泣いて、心も整頓出来て、スッキリした。
独りで泣いても、こんな気持ちにはならなかっただろう。

…趙の存在が、とても有難い。


「私にはまだ、やらなきゃいけないことがあるんだから」


今、この異人町は、青木遼に乗っ取られかけている。
それを取り戻さないと。
私の、この町に生活している人達の日常を、取り戻さなければ。
奪われたものは戻らない。
ならば、これから奪われそうなものを、守らないと。

そして。
それが終わったら…。



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