趙がソンヒさんに訊ねる。
目を覚ました一番君と共に、用心棒さんに連れられ来たコミジュルの最奥部に、ソンヒさんが待っていた。
告げられた内容は、留置場に居る沢城へ、殺し屋が仕向けられているということ。
その指示は、青木遼からという。
その殺し屋は趙も知っている、ミラーフェイスという、プロ中のプロ。
大っぴらにしたくない殺しの時に、呼ばれる男らしい。
一番君は青木遼と沢城の事情を、青木自身が知らない可能性を口にした。
それを教えないと、と。
ソンヒさんがそれを否定した。
仮に知っていても、邪魔者は全て切り捨てる、そんな気がするね。と。
私もそう思う。
今までの行動を見る限り、青木遼という人間の動く原動力は、自身の目標達成だ。
野望と呼んでも良い。
人情やそんな感情は感じられない。
冷徹で、ある意味純粋な行動。
そして、ここからは私達だけで動くしかないようだ。
用心棒さんが動くことは、”契約違反”だそうだ。
じゃあな…頼んだぜ。
最初と変わらず、多くを口にすることなく、一番君にそう言って用心棒さんは去った。
何か大きな、自身が動くことが出来ない事情を、用心棒さんがは抱えているらしい。
その理由には、フィクサーの残党が絡んでいるという。
渡瀬さんと顔見知りといい、コミジュルのシノギを知っているといい。
あの人は、一体…?
「…死んだはずの、生きている訳が無い人間だよ。だから私達も何も見ていない、このことを誰に言う必要もない。…それでいいじゃないか」
ソンヒさんはそう、言葉を濁しながらも的確な返事をした。
私も正直、用心棒さんが誰なのか気になる。
そして、あの写真の人物も。
私がどこかで、あの写真の人物に接触していた可能性があった…?
最近の写真じゃない辺り、既に亡くなっていると考えられる。
となると、幼少期…。
幼い頃は、この異人町から出たことは無かった。
じゃあ、異人町に居た人…?
だとすれば、私以外にも接点があった筈。
そもそも、どうして
「総帥!…例の場所に動きが」
私達が立っている網目状の床の下から、白衣の人が声をかけた。
そしてモニターの1つに現在の映像が映される。
殺し屋が潜伏しているビルに入っていく、3人の人物が見えた。
1人には見覚えがあった。
あれは確か…石尾田。
沢城は、荒川さんを殺したのは石尾田の可能性があると言っていた。
殺し屋を雇って沢城の口封じに動くことは間違いない。
問題は、時間だ。
今は夜の時間。
沢城は今、拘置所に居る。
いつ口を割るか分からない。
口封じは、早ければ早いほど良い。
となると、実行は恐らく、今夜…。
「俺らはこれから石尾田んとこに行く。…異人町から反撃開始と行こうや!」
一番君が咆吼の様な声を上げて、部屋から出て行った。
皆も後に続いてドアへ足を向けている。
私はそれには続かず、ソンヒさんへ爪先を向けた。
動かない私に、ソンヒさんも気が付く。
その見つめる端麗な瞳は、私が何を聞きたいか解っている。
「樱花」
私を呼ぶ声は、普段とは違い、口調が少し強い。
「…はい」
返事をすると、ソンヒさんは私に近付く。
「…あの男について、知りたいのか」
「はい」
「さっきも言ったが、あの男は生きている訳が無い人間だ。私からそれ以上言うことは無い」
「ソンヒさ…」
「知らないことはお前の為でもあるんだ、樱花」
「私…?」
「あの男も、自身について何も言わなかっただろう」
「はい…」
「それは、お前が巻き込まれない為でもある」
「巻き込まれない…?」
私が用心棒さんの情報を知ると、何かに巻き込まれる可能性が出てくる…?
それだけ、危険な
「話は終わりだ、樱花」
「…分かりました。私も向かいます」
「用心しろ。相手はプロの殺し屋だ」
「はい」
これ以上ソンヒさんに聞いても、もう何も出てこないだろう。
このグレーゾーンで生きてきたソンヒさんだ、口は堅い。
※※
コミジュルを出ると、当然ながら皆の姿は無かった。
行き先は私も知ってるから、皆先に向かったのだろう。
確かあのビルはスナック街の裏手、ここから川向うって言ってたかな。
「先に連絡しておこうかな…」
「樱花ちゃん」
スマホを取り出そうとポケットを探っていると、大きな道の先から私を呼ぶ声。
「趙」
「皆には先に向かって貰ってるよ〜」
私を手招いたので、小走りで近づいた。
「私達も急ごう」
「そうだねぇ」
そのままスナック街へ足を向ける。
「樱花ちゃん」
「ん?」
「ソンヒさんにぃ、何聞いてたの?」
「え?」
「あの男のこと?」
ランニング程度の速度で並走する趙は、ちらりと私に視線を向けた。
「あの人に、写真を見せて貰ったって言ったっけ?」
「…初耳だねぇ」
「蒼天堀での渡瀬さんの出所祝いの場、会ったのはあの人だったの。で、古い写真を見せてきて、知ってる人か?って」
「知り合いだったの?」
「ううん…。ねぇ、趙。右手が義手の人に会ったことある?」
「義手ぅ?」
「そう」
「…いやぁ。俺の記憶の中には居ないねぇ」
「そっか…」
やっぱり、私に接点がある、可能性のあった人だったのかな…。
「写真の人がそうだったの?」
「うん…。古い写真だったから見た目は変わってるかもしれないけど、義手って早々変わる見た目じゃないじゃない?異人町の人なのかなって思ってたけど、趙も知らないって言うし…」
「良く分からない話だねぇ」
「うん…」
「でぇ、ソンヒさんはあの男のこと、教えてくれたのぉ?」
「ううん、教えてくれなかった。私が巻き込まれない為でもあるからって…。」
「…そっか。…じゃあ、変に詮索しない方が良いみたいだねぇ」
「趙もそう思う?」
「思うって言うか、そうお願いしたい」
「お願い?」
「そ。君にぃ、何か厄介事が降りかかるようなら、ね」
「…さっきは何者なのか、ソンヒさんに聞いてたのに」
「何者なのかは気になるよぉ。でも、それで樱花ちゃんに危険が及ぶなら、本末転倒だからねぇ」
本末転倒?
「趙があの人のこと知りたいのって、私の為なの?」
「そうだよぉ。素性が分からな過ぎる男だからね〜」
「…確かに」
自分の大事なものと引き換えに、”無であること”を受け入れた人間だ、と言っていた。
本来この世に居ない筈の人間なんだ、と。
自身の存在と引き換えに、大事なものを…恐らく、用心棒さんは守ったのだろう。
私が下手に探りを入れて、用心棒さんの行動が無駄になってしまったら、取り返しがつかなくなってしまう。
「触れない方が、良いのかもね…」
※※
「さぁ皆さん!!春日一番、生きております!後ろのみなさん、見えますか?幽霊じゃありませんよ!どんどん写真でも動画でも撮ってやってください。正真正銘、春日一番でございます!」
ここは神室町、ゲームセンター前の広場。
とある候補者の演説が行われている。
目的はその候補者の応援に来た人物。
青木遼。
選挙カーの上に姿を見せた所で、演説を聞きに来た群衆の中に待機していた、一番君が拡声器で声を上げた。
青木遼は、一番君を幽霊でも見てるような目で見た。
一番君は助走をつけ、車の側で待っていた足立さんとナンバさんの手を借り、選挙カーの上に飛びあがる。
私は群衆の後ろに場所を取って、スマホのカメラを向けた。
そして、一番君は最初の言葉を放ったのだ。
私達はあの後、ミラーフェイスと石尾田の元に向かい。
石尾田から
私達が居たビルは爆発した。
巷では異人町で行方不明だの、爆死しただの言われている。
が、こうして、私含め、皆無事だ。
恐らく、指示をしたのは青木遼。
知っている者を片っ端から消してゆくのか、それとも私達の始末に失敗した石尾田を、私達共々消そうと目論んだのか…。
どちらにしろ、私達が生きているので、その計画も失敗に終わっている。
「今日はただただ、尊敬する青木先生に握手をさせて頂きたく、神奈川二区より参りました!というわけでみなさん、ほんの少しだけ青木先生をお借りしたく存じます!!」
一番君が青木遼と握手を交わし、そして顔を近づけた。
この案は一番君から出されたもの。
私も最初に聞いた時は驚いた。
だけど、とても良い案だと思った。
青木遼を徹底的に打ち負かす筋書きとして、良い案。
言付けが全部終わったのか、一番君が選挙カーから降りてきた。
歩いてくる一番君の側に向かい、並んで歩いた。
「どうだった、樱花ちゃん。俺のカメラ映り」
「悪くは無いと思うわよ。元が良いからね、一番君は」
「へへ、嬉しいこと、言ってくれるじゃねぇか」
一番君と並んで歩きながらも、スマホを操作しつつ、さっきの動画をタップした。
早速複数のSNSへ、足のつかない匿名アカウントとして動画を上げる。
直ぐにリアクションが付き始めた。
私は後ろを振り返り、まだ演説を続けている青木遼を見た。
異人町を好きにはさせない。
反撃開始と行きましょう。
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