33話

「ソンヒ。…なんかあの人のこと、知ってる風だったよね?フィクサーの残党がどうのとかって…」

趙がソンヒさんに訊ねる。



目を覚ました一番君と共に、用心棒さんに連れられ来たコミジュルの最奥部に、ソンヒさんが待っていた。
告げられた内容は、留置場に居る沢城へ、殺し屋が仕向けられているということ。
その指示は、青木遼からという。
その殺し屋は趙も知っている、ミラーフェイスという、プロ中のプロ。
大っぴらにしたくない殺しの時に、呼ばれる男らしい。

一番君は青木遼と沢城の事情を、青木自身が知らない可能性を口にした。
それを教えないと、と。
ソンヒさんがそれを否定した。
仮に知っていても、邪魔者は全て切り捨てる、そんな気がするね。と。
私もそう思う。
今までの行動を見る限り、青木遼という人間の動く原動力は、自身の目標達成だ。
野望と呼んでも良い。
人情やそんな感情は感じられない。
冷徹で、ある意味純粋な行動。

そして、ここからは私達だけで動くしかないようだ。
用心棒さんが動くことは、”契約違反”だそうだ。


じゃあな…頼んだぜ。


最初と変わらず、多くを口にすることなく、一番君にそう言って用心棒さんは去った。
何か大きな、自身が動くことが出来ない事情を、用心棒さんがは抱えているらしい。
その理由には、フィクサーの残党が絡んでいるという。
渡瀬さんと顔見知りといい、コミジュルのシノギを知っているといい。
あの人は、一体…?



「…死んだはずの、生きている訳が無い人間だよ。だから私達も何も見ていない、このことを誰に言う必要もない。…それでいいじゃないか」

ソンヒさんはそう、言葉を濁しながらも的確な返事をした。


私も正直、用心棒さんが誰なのか気になる。
そして、あの写真の人物も。
私がどこかで、あの写真の人物に接触していた可能性があった…?
最近の写真じゃない辺り、既に亡くなっていると考えられる。
となると、幼少期…。
幼い頃は、この異人町から出たことは無かった。
じゃあ、異人町に居た人…?
だとすれば、私以外にも接点があった筈。
そもそも、どうして私に・・聞いたんだろう…。


「総帥!…例の場所に動きが」

私達が立っている網目状の床の下から、白衣の人が声をかけた。
そしてモニターの1つに現在の映像が映される。
殺し屋が潜伏しているビルに入っていく、3人の人物が見えた。
1人には見覚えがあった。

あれは確か…石尾田。

沢城は、荒川さんを殺したのは石尾田の可能性があると言っていた。
殺し屋を雇って沢城の口封じに動くことは間違いない。
問題は、時間だ。
今は夜の時間。
沢城は今、拘置所に居る。
いつ口を割るか分からない。
口封じは、早ければ早いほど良い。
となると、実行は恐らく、今夜…。

「俺らはこれから石尾田んとこに行く。…異人町から反撃開始と行こうや!」

一番君が咆吼の様な声を上げて、部屋から出て行った。
皆も後に続いてドアへ足を向けている。
私はそれには続かず、ソンヒさんへ爪先を向けた。
動かない私に、ソンヒさんも気が付く。
その見つめる端麗な瞳は、私が何を聞きたいか解っている。

「樱花」

私を呼ぶ声は、普段とは違い、口調が少し強い。

「…はい」

返事をすると、ソンヒさんは私に近付く。

「…あの男について、知りたいのか」
「はい」
「さっきも言ったが、あの男は生きている訳が無い人間だ。私からそれ以上言うことは無い」
「ソンヒさ…」
「知らないことはお前の為でもあるんだ、樱花」
「私…?」
「あの男も、自身について何も言わなかっただろう」
「はい…」
「それは、お前が巻き込まれない為でもある」
「巻き込まれない…?」

私が用心棒さんの情報を知ると、何かに巻き込まれる可能性が出てくる…?
それだけ、危険な何か・・に近い人、ということ。

「話は終わりだ、樱花」
「…分かりました。私も向かいます」
「用心しろ。相手はプロの殺し屋だ」
「はい」

これ以上ソンヒさんに聞いても、もう何も出てこないだろう。
このグレーゾーンで生きてきたソンヒさんだ、口は堅い。



※※



コミジュルを出ると、当然ながら皆の姿は無かった。
行き先は私も知ってるから、皆先に向かったのだろう。
確かあのビルはスナック街の裏手、ここから川向うって言ってたかな。

「先に連絡しておこうかな…」
「樱花ちゃん」

スマホを取り出そうとポケットを探っていると、大きな道の先から私を呼ぶ声。

「趙」
「皆には先に向かって貰ってるよ〜」

私を手招いたので、小走りで近づいた。

「私達も急ごう」
「そうだねぇ」

そのままスナック街へ足を向ける。

「樱花ちゃん」
「ん?」
「ソンヒさんにぃ、何聞いてたの?」
「え?」
「あの男のこと?」

ランニング程度の速度で並走する趙は、ちらりと私に視線を向けた。

「あの人に、写真を見せて貰ったって言ったっけ?」
「…初耳だねぇ」
「蒼天堀での渡瀬さんの出所祝いの場、会ったのはあの人だったの。で、古い写真を見せてきて、知ってる人か?って」
「知り合いだったの?」
「ううん…。ねぇ、趙。右手が義手の人に会ったことある?」
「義手ぅ?」
「そう」
「…いやぁ。俺の記憶の中には居ないねぇ」
「そっか…」

やっぱり、私に接点がある、可能性のあった人だったのかな…。

「写真の人がそうだったの?」
「うん…。古い写真だったから見た目は変わってるかもしれないけど、義手って早々変わる見た目じゃないじゃない?異人町の人なのかなって思ってたけど、趙も知らないって言うし…」
「良く分からない話だねぇ」
「うん…」
「でぇ、ソンヒさんはあの男のこと、教えてくれたのぉ?」
「ううん、教えてくれなかった。私が巻き込まれない為でもあるからって…。」
「…そっか。…じゃあ、変に詮索しない方が良いみたいだねぇ」
「趙もそう思う?」
「思うって言うか、そうお願いしたい」
「お願い?」
「そ。君にぃ、何か厄介事が降りかかるようなら、ね」
「…さっきは何者なのか、ソンヒさんに聞いてたのに」
「何者なのかは気になるよぉ。でも、それで樱花ちゃんに危険が及ぶなら、本末転倒だからねぇ」

本末転倒?

「趙があの人のこと知りたいのって、私の為なの?」
「そうだよぉ。素性が分からな過ぎる男だからね〜」
「…確かに」

自分の大事なものと引き換えに、”無であること”を受け入れた人間だ、と言っていた。
本来この世に居ない筈の人間なんだ、と。
自身の存在と引き換えに、大事なものを…恐らく、用心棒さんは守ったのだろう。
私が下手に探りを入れて、用心棒さんの行動が無駄になってしまったら、取り返しがつかなくなってしまう。

「触れない方が、良いのかもね…」



※※



「さぁ皆さん!!春日一番、生きております!後ろのみなさん、見えますか?幽霊じゃありませんよ!どんどん写真でも動画でも撮ってやってください。正真正銘、春日一番でございます!」

ここは神室町、ゲームセンター前の広場。
とある候補者の演説が行われている。
目的はその候補者の応援に来た人物。
青木遼。
選挙カーの上に姿を見せた所で、演説を聞きに来た群衆の中に待機していた、一番君が拡声器で声を上げた。
青木遼は、一番君を幽霊でも見てるような目で見た。
一番君は助走をつけ、車の側で待っていた足立さんとナンバさんの手を借り、選挙カーの上に飛びあがる。
私は群衆の後ろに場所を取って、スマホのカメラを向けた。
そして、一番君は最初の言葉を放ったのだ。


私達はあの後、ミラーフェイスと石尾田の元に向かい。
石尾田から真実・・を聞き出した時。
私達が居たビルは爆発した。
巷では異人町で行方不明だの、爆死しただの言われている。
が、こうして、私含め、皆無事だ。
恐らく、指示をしたのは青木遼。
知っている者を片っ端から消してゆくのか、それとも私達の始末に失敗した石尾田を、私達共々消そうと目論んだのか…。
どちらにしろ、私達が生きているので、その計画も失敗に終わっている。


「今日はただただ、尊敬する青木先生に握手をさせて頂きたく、神奈川二区より参りました!というわけでみなさん、ほんの少しだけ青木先生をお借りしたく存じます!!」

一番君が青木遼と握手を交わし、そして顔を近づけた。


この案は一番君から出されたもの。
私も最初に聞いた時は驚いた。
だけど、とても良い案だと思った。
青木遼を徹底的に打ち負かす筋書きとして、良い案。


言付けが全部終わったのか、一番君が選挙カーから降りてきた。
歩いてくる一番君の側に向かい、並んで歩いた。

「どうだった、樱花ちゃん。俺のカメラ映り」
「悪くは無いと思うわよ。元が良いからね、一番君は」
「へへ、嬉しいこと、言ってくれるじゃねぇか」

一番君と並んで歩きながらも、スマホを操作しつつ、さっきの動画をタップした。
早速複数のSNSへ、足のつかない匿名アカウントとして動画を上げる。
直ぐにリアクションが付き始めた。
私は後ろを振り返り、まだ演説を続けている青木遼を見た。


異人町を好きにはさせない。
反撃開始と行きましょう。



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