34話

「ここ…で、合ってるわよね…?」

私はスマホに送られた地図を頼りに神室町を歩いた。
指定されたれたのは…。

「ゲームコーナー、シャルル…?」

ネオンの付いていない看板にはそう書かれていた。
入口も柵で閉じられている。

「入口、開けてくれてるって聞いてたんだけどな…」

入れる場所を聞こうか考えてると、柵がほんの少しだけ開いてるのに気が付いた。
あ、ここからかな。
柵を私1人分開いて、素早く閉じた。
事情は聞いてないけど、この場所は普段は人を入れない場所らしい。
そんな場所を、貸してくれたのだ。
こちらとしては好都合だ。

通路を歩いて先にある階段を降りると、ガチャが数台とクレーンゲームがある。
その奥に扉が見えた。
薄暗いが電気は点いている。
ここで良さそうだ。
私は扉を開ける。

「あ、先生。来た」

待っていたのは明るい茶色の髪色をした青年だった。
ストリートファッションが良く似合う、爽やかな好青年。
あれ?

「…え、っと〜…」

待ち合わせしていた人物と違う人が待っていたので、私はどう尋ねたら良いのか迷った。
困惑している私を見て、好青年はプハッと吹き出し笑い始めた。

「先生、僕ですよ。寺澤文也」

そう言って自分を指差す好青年をぽかんと見上げた。

「え!?文也君!!??」

昔見た姿との余りの変わりように驚いた声を上げると、好青年、もとい文也君はケラケラと笑う。

「ふ、雰囲気変わったね…」
「アハハ、そうだね。先生は変わらない」
「先生って呼ぶの止めてよ…。もう家庭教師じゃないんだし」
「そうじゃなくても、僕からしたら樱花さんはずっと、先生だよ」


寺澤文也君。
私の知人だった女性の弟さんだ。
その繋がりで、彼の学生時代に家庭教師をしていた時期がある。


「突然の頼み、引き受けてくれてありがとうね」
「ううん、楽な依頼だったよ。代金は社長さんにもう払って貰ったから」
「一番君?」
「そう。荷物・・はあの扉の奥に置いてあるよ」
「ありがとう。あ、このことは隠密に…」
「分かってるよ。何だか訳ありみたいだし、詮索はしないから」
「助かるわ。神室町に伝手が無かったから」
「久しぶりに連絡来たかと思えば、荷物・・の隠し場所を紹介してくれ。だもんね」
「ゴメンね」
「じゃあさ、今度。埋め合わせに…僕とデートでもしてよ」

昔の文也君らしくない言い方に、私は目をぱちくりと瞬いて見た。
見た目が変わると…中身も変わるのかしら。

「デート…」

食事位なら…と思った時。
ふと頭を過ったのは、趙の顔。

「…ゴメン。そういうのは…」

私が言葉を濁すと、文也君は何かに気が付いたような顔をした。

「あれ、もしかして、相手が居た?」
「相手が居る訳じゃ無いんだけど…」
「ふ〜ん…そっか。…もしかしてだけど、幼馴染の人?中華料理店の、店主の息子さんだっけ?」
「…何でそう思うの?」
「だって、僕の家庭教師してる時、良く話してくれたじゃん。あの人じゃないの?」

この時期から、私、趙のこと周りに話してたんだ…。
無意識ってコワイ。
改めて意識させられると、恥ずかしいな。

「ん〜…秘密」

話すと長くなるし、今は荷物・・を優先しなければならない。

「そっか。じゃあ大人しく引き下がるよ」

そういった文也君は上着のポケットに手を入れ、ドアに向かって歩き始めた。

「終わったら声かけて。上に居るから」
「分かったわ」
「あ、樱花さん」
「ん?」

ドアに手をかけたまま、文也君は振り返った。

「姉貴の墓参り、来てくれてありがとう」
「…気が付いてたんだ」
「うん…。姉貴が好きだって言ってた花、飾ってあったから。そんな気の遣い方出来るの、樱花さん位だし」
「…言い過ぎだよ。他に良い花が、思い浮かばなかっただけ」
「覚えていてくれたことが嬉しかったんだ。…本当にありがとう」

じゃあ。と言って、文也君はドアを開けた。


お姉さんが亡くなった後、しっかりと立ち直ったみたいで良かった。


「さて…と、」

私は、勇者様に頼まれた用事を済ませないとね。



※※



「説得?」

ここは天下一通りにあるニューセレナというお店。
足立さんの知人が貸してくれた場所だ。
慣れない土地の上、近江連合の組員も沢山いるこの神室町で、下手に動くことは出来ないと、足立さんが用意してくれた。
明日に備えて、そろそろ休もうかと思っていると、一番君がそう声をかけてきた。

「説得って…誰を?」

私達が説得する相手なんて居たかしら?

「樱花ちゃんに知り合いに頼んで運んで貰った、荷物・・だ」
「え…?」

奴を…説得?

「何を説得すると言うの?」

奴は偶々生き残って、ここに連れてきただけなのに。

「俺達に協力するようにだよ」
「協力って…」
「俺が伝えたブラフに、若はしっかり食い付いた。となりゃ…奴の力を借りた方が、より若に効く計画が立てられんだ」
「つまり…私は奴に、私達に協力するように説得させて、ミレニアムタワーに連れてこい…と?」
「まぁ、そんなところだな」
「…出来ると思う?」

相手はプロ中のプロだよ?

「樱花ちゃんは異人町のパワーバランスの一端を担ってたんだろ」
「それは言い過ぎよ」

私はそれ程、力量のある人間じゃない。
祖父や父の功績に頼ってばかりだ。

「樱花ちゃん。そりゃ、過小評価ってやつだぜ」
「そんなこと…」
「俺は、俺達の中でこの役割を、一番穏便に済ませられるのが樱花ちゃんだと思ってる。引き受けてくれねぇか」
「…ん〜…」

一番君にそこまで言われちゃぁ…。

「…分かったわ。自信は無いけど、最善は尽くすわ」










奥にあるドアを開けば、スタッフルームらしい場所になっていた。
そこに人影が1つ、椅子に座っている。
大柄な体格、念の為腕は拘束させて貰っている。
顔は見えないよう、布袋を被せて。
私は近くにあった椅子を引いて、向かい合う形で座った。

「少し、お話しませんか?ミラーフェイスさん」

声をかけると、ミラーフェイスは少し顔を上げ、その布袋越しに私を確認した。
返事は無かった。

「…お話をする気は無さそうですね。じゃあ、私の独り言でも、聞いてて下さい」

私は足を少し開いて、前に屈み、自分の太ももに肘をついた。

「私達はこれから、青木遼と決着をつけてきます。そこには…天童も居ます」

天童、その名前にミラーフェイスの被された布袋が動いた。

「貴方と、私達を殺そうと指示をした人物です。先ほど、春日一番が青木遼に接触したので、私達が生きていることは、青木遼側にも知られました。…まぁ、貴方がここで大人しく縛られている辺り、抜け出してバレるより、拘束されている方が、身の安全が確保されるとお考えなのでしょうけど…」


一番君が考えた計画はこうだ。
まず、青木遼と接触をする。
そこで、『青木遼が沢城に、荒川さんを殺すよう指示を出した』録音データが、ミレニアムタワーの荒川組事務所にあること。
そして私達が明日、一番君が出馬している選挙の投票が終わるまでに、その音声データを頂きに向かうという旨を伝える。
が、そんなデータ、本当は存在しない。
一番君のハッタリだ。
だけど、そう言われた以上、無視することは出来ない。
なので、明日の投票が終わる時間までに、その在りもしないデータを探し出さなければならない。
大人数が必要だ。
青木遼が動かせる、近江連合の組員と。
そしてその陣頭指揮を、開票の時間動けない青木遼に変わって。
天童が行う筈。


「…そこを狙って、天童にはケジメをつけて貰います。それに、協力して頂きたい」

どうでしょう?とすっかり私の話を聞いているであろうミラーフェイスに聞いた。

「…見返りは何だ」

低い声が、袋越しに聞こえた。

「貴方のキャリア…は如何でしょう?」
「…キャリア?」
「殺し屋が殺しを失敗した上、カタギに助けられ、保護して貰っては、今後の仕事に支障が出るでしょう。一連の出来事を無かったことにする。これでどうですか?」
「…可能なのか」
「こちらには、情報戦に強い味方が居ます」
「…コミジュルか」
「えぇ。…悪い話では無いと思います。これが成功すれば、貴方も私達も、天童にケジメを付け、近江連合の監視からも解放されます。ミラーフェイスさんのキャリアにも傷無く、私達も異人町に帰れますし」

私の返事を聞いて、ミラーフェイスは少し俯いた。

「…何をすれば良い」



一番君。
流石会社の社長を務めてるだけあるね。
私、自分を過小評価、してたみたい。
見る目があるよ、私達の勇者。



※※



「お待たせ」

ミレニアムタワーを見上げる、皆の後ろ姿を見つけ、声をかけた。

「樱花ちゃん。どうだった?」
「一番君の言う通りだった」
「あ?」
「私が1番、適任だったみたい」
「ってぇことは…」
「上手くいったよ、説得」
「よし、俺の見込んだ通りだぜ」
「今、私達の合図を、近くで待って貰ってる」
「あぁ、分かった」

一番君のスマホが鳴った。
電話に出た一番君が、私の側を離れる。

「樱花さん」
「ジュンギさん」
「先程の電話での件、コミジュルへの取り次ぎ完了してます。問題無いそうです」
「そうですか」

ミラーフェイスの交換条件を、先にジュンギさんにはお伝えしておいた。

「それにしても、殺し屋を説得するなんて…。本当に凄いお方だ」
「褒め過ぎですよ。私はただ、互いに利益の出る選択肢を提示しただけです」

一番君の計画には、ミラーフェイスの協力が必須だ。
彼には、天童を倒した後、成り代わって貰わないと。
後から来るであろう青木遼に、ケジメをつけさせるのは難しいだろう。

ジュンギさんの視線が私から外れ、別の方向を見た。
倣って見てみると、一番君が丁度電話を切っている所だった。


一番君が私達1人1人を改めて見る。
何も言わない辺り、計画は変更なく進められそうだ。
私達は各々、小さく頷いた。

行こう、ケジメをつけに。


私達の頷きに、一番君も首を縦に振って答えた。

「よっしゃ……、行くぞ!!」

一番君が歩みを進める。
皆も続く中。

「趙」

私は後方に居た趙を呼んだ。
趙は歩みを止め、私の方へ振り返る。

「ん?」
「これが終わったら…話があるの」



これが終わったら。
君に、気持ちを伝えよう。

星野会長が亡くなった後のあの時、趙の側でそう決めた。



返事を待っていると、趙はフッと優しく笑った。

「うん、分かった」
「行こう」

私と趙は、足並みを揃え、一番君の後に続いた。



※※



「若が何と言おうと、俺にとって若は家族なんです!!生まれて初めてできた友達なんす!!なのに俺は、あんたが暴走すんのを止められなかった…。そして、親っさんはもう帰ってこれねぇ人になっちまった……。でも、若は、まだ帰れるところがあります!!……帰ってきてください。お願いですから!」

一番君の悲痛な叫びが、ミレニアムタワー最上階に響く。





タワーに乗り込んだ私達は、近江連合の組員を倒しながら最上階までたどり着いた。
そこには予想通り、天童が待ち構えていた。
苦戦しながらも無事倒し、外に待機していたミラーフェイスを呼び。
準備を整え、青木遼を待った。

程なくしてやってきた青木遼は、一番君の仕掛けた罠にまんまと嵌った。
青木遼が、ミラーフェイス扮する天童に、直接的な指示を出す動画が撮れたのだ。
内容は、私達に関わる全ての人物を見つけ出し、殺すというもの。
今度は青木遼と、関東近江連合が立ち塞がった。
それも倒し、それでも青木遼は足掻いた。
戦いの途中で逃げ出した。
一番君が後を追って、その拳で青木遼、いや、荒川真斗を伸して止めた。

荒川真斗との最初の戦いの負傷を回復させて、私達も後を追った。
一番君の姿が見えた時。
エレベーターのある方向から複数の足音が聞こえてきた。
警察が乗り込んできたのだ。
私達の言葉を聞いてくれるか、賭けだった。
青木遼と繋がりのある、警察の上層部の息がかかった警官かもしれない。
でも、それは杞憂だった。
一番君の説明と、ジュンギさんの撮った動画を見た警官は、同行を求めた。
私達にではなく、荒川真斗に。
警官1人が荒川真斗に近付く。
その時、荒川は懐に隠していた尖ったガラスで警官を脅し、そしてその銃を抜いて、人質にとった。

まだ…足掻くというの?
どうして…どうして彼は…一番君の言葉が届かないの…?
拒む理由は何…?
こんなにも…一番君が、必死に訴えているのに…!





後ろに立っていた警官が、動く気配がした。

その気配に、私は少しだけ後ろを向く。

その時。

パン。と乾いた音が前方から聞こえた。

今度は前を向くと、荒川真斗の持っている銃がこちらを向いて、銃口から硝煙が上がっていた。

発砲…した…?

お腹辺りに、今まで感じたことのない熱を感じた。

見てみると。

私の白いロングTシャツが。

真っ赤に染まっていた。


「…え?」


何が起こっているのか。

頭で整理する前に。

激痛が身体を襲った。


「…っ!」


痛みで声も上がらない。

立っていられなくなり、身体が後ろに傾く。

その時。

荒川真斗と目が合った。

どうして。

どうして、そんな顔しているの…?





「インフゥア!!」

私の身体を受け止めてくれたのは、趙だった。

「動かすな。出血が酷い」
「救急隊員は来てないのか!!」

冷静に指示を出すナンバさんの声と、大声を上げる足立さんの声が聞こえる。
少し揺らぐ視界で、荒川真斗を見てみると、人質を引き摺り、エレベーターに乗るところだった。
私が撃たれたことで、警官達も混乱してる。

「インフゥア、インフゥア」

趙の声が聞こえる。
少し上を向くと、趙の顔が見えた。
今、私が探しているのは…趙じゃない…。
揺らぎが強くなってくる視界で彼を探した。
どこ、私達の勇者…。

「…いた」

少し離れた場所から、呆然とした表情でこちらをを見ていた。

「いちばんくん…」

私と目が合った一番君が近づいてくる。
その彼に、私はエレベーターを指差した。

「いって…」
「樱花ちゃ…」
「たいせつな…かぞく…ともだち…でしょ…?」


大切な人を、放っておいちゃ、ダメだよ…。


「春日君、行って。樱花ちゃんは俺達で見るから」

言葉を上手く紡げない私の代弁を、趙がしてくれた。
趙の言葉を聞いて、一番君はエレベーターに向かって行った。


間に合って…どうか…。
彼の表情は…きっと…。


視界が段々と暗くなってくる。

「…てんゆ…」

趙を呼ぶと、私手を強く握ってくれた。

「インフゥア。ここに居るよ」

空いた片手で頬を撫でてくれる。



きみに…いわなきゃ…。
わたしの…き…も…。





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