私はスマホに送られた地図を頼りに神室町を歩いた。
指定されたれたのは…。
「ゲームコーナー、シャルル…?」
ネオンの付いていない看板にはそう書かれていた。
入口も柵で閉じられている。
「入口、開けてくれてるって聞いてたんだけどな…」
入れる場所を聞こうか考えてると、柵がほんの少しだけ開いてるのに気が付いた。
あ、ここからかな。
柵を私1人分開いて、素早く閉じた。
事情は聞いてないけど、この場所は普段は人を入れない場所らしい。
そんな場所を、貸してくれたのだ。
こちらとしては好都合だ。
通路を歩いて先にある階段を降りると、ガチャが数台とクレーンゲームがある。
その奥に扉が見えた。
薄暗いが電気は点いている。
ここで良さそうだ。
私は扉を開ける。
「あ、先生。来た」
待っていたのは明るい茶色の髪色をした青年だった。
ストリートファッションが良く似合う、爽やかな好青年。
あれ?
「…え、っと〜…」
待ち合わせしていた人物と違う人が待っていたので、私はどう尋ねたら良いのか迷った。
困惑している私を見て、好青年はプハッと吹き出し笑い始めた。
「先生、僕ですよ。寺澤文也」
そう言って自分を指差す好青年をぽかんと見上げた。
「え!?文也君!!??」
昔見た姿との余りの変わりように驚いた声を上げると、好青年、もとい文也君はケラケラと笑う。
「ふ、雰囲気変わったね…」
「アハハ、そうだね。先生は変わらない」
「先生って呼ぶの止めてよ…。もう家庭教師じゃないんだし」
「そうじゃなくても、僕からしたら樱花さんはずっと、先生だよ」
寺澤文也君。
私の知人だった女性の弟さんだ。
その繋がりで、彼の学生時代に家庭教師をしていた時期がある。
「突然の頼み、引き受けてくれてありがとうね」
「ううん、楽な依頼だったよ。代金は社長さんにもう払って貰ったから」
「一番君?」
「そう。
「ありがとう。あ、このことは隠密に…」
「分かってるよ。何だか訳ありみたいだし、詮索はしないから」
「助かるわ。神室町に伝手が無かったから」
「久しぶりに連絡来たかと思えば、
「ゴメンね」
「じゃあさ、今度。埋め合わせに…僕とデートでもしてよ」
昔の文也君らしくない言い方に、私は目をぱちくりと瞬いて見た。
見た目が変わると…中身も変わるのかしら。
「デート…」
食事位なら…と思った時。
ふと頭を過ったのは、趙の顔。
「…ゴメン。そういうのは…」
私が言葉を濁すと、文也君は何かに気が付いたような顔をした。
「あれ、もしかして、相手が居た?」
「相手が居る訳じゃ無いんだけど…」
「ふ〜ん…そっか。…もしかしてだけど、幼馴染の人?中華料理店の、店主の息子さんだっけ?」
「…何でそう思うの?」
「だって、僕の家庭教師してる時、良く話してくれたじゃん。あの人じゃないの?」
この時期から、私、趙のこと周りに話してたんだ…。
無意識ってコワイ。
改めて意識させられると、恥ずかしいな。
「ん〜…秘密」
話すと長くなるし、今は
「そっか。じゃあ大人しく引き下がるよ」
そういった文也君は上着のポケットに手を入れ、ドアに向かって歩き始めた。
「終わったら声かけて。上に居るから」
「分かったわ」
「あ、樱花さん」
「ん?」
ドアに手をかけたまま、文也君は振り返った。
「姉貴の墓参り、来てくれてありがとう」
「…気が付いてたんだ」
「うん…。姉貴が好きだって言ってた花、飾ってあったから。そんな気の遣い方出来るの、樱花さん位だし」
「…言い過ぎだよ。他に良い花が、思い浮かばなかっただけ」
「覚えていてくれたことが嬉しかったんだ。…本当にありがとう」
じゃあ。と言って、文也君はドアを開けた。
お姉さんが亡くなった後、しっかりと立ち直ったみたいで良かった。
「さて…と、」
私は、勇者様に頼まれた用事を済ませないとね。
※※
「説得?」
ここは天下一通りにあるニューセレナというお店。
足立さんの知人が貸してくれた場所だ。
慣れない土地の上、近江連合の組員も沢山いるこの神室町で、下手に動くことは出来ないと、足立さんが用意してくれた。
明日に備えて、そろそろ休もうかと思っていると、一番君がそう声をかけてきた。
「説得って…誰を?」
私達が説得する相手なんて居たかしら?
「樱花ちゃんに知り合いに頼んで運んで貰った、
「え…?」
奴を…説得?
「何を説得すると言うの?」
奴は偶々生き残って、ここに連れてきただけなのに。
「俺達に協力するようにだよ」
「協力って…」
「俺が伝えたブラフに、若はしっかり食い付いた。となりゃ…奴の力を借りた方が、より若に効く計画が立てられんだ」
「つまり…私は奴に、私達に協力するように説得させて、ミレニアムタワーに連れてこい…と?」
「まぁ、そんなところだな」
「…出来ると思う?」
相手はプロ中のプロだよ?
「樱花ちゃんは異人町のパワーバランスの一端を担ってたんだろ」
「それは言い過ぎよ」
私はそれ程、力量のある人間じゃない。
祖父や父の功績に頼ってばかりだ。
「樱花ちゃん。そりゃ、過小評価ってやつだぜ」
「そんなこと…」
「俺は、俺達の中でこの役割を、一番穏便に済ませられるのが樱花ちゃんだと思ってる。引き受けてくれねぇか」
「…ん〜…」
一番君にそこまで言われちゃぁ…。
「…分かったわ。自信は無いけど、最善は尽くすわ」
奥にあるドアを開けば、スタッフルームらしい場所になっていた。
そこに人影が1つ、椅子に座っている。
大柄な体格、念の為腕は拘束させて貰っている。
顔は見えないよう、布袋を被せて。
私は近くにあった椅子を引いて、向かい合う形で座った。
「少し、お話しませんか?ミラーフェイスさん」
声をかけると、ミラーフェイスは少し顔を上げ、その布袋越しに私を確認した。
返事は無かった。
「…お話をする気は無さそうですね。じゃあ、私の独り言でも、聞いてて下さい」
私は足を少し開いて、前に屈み、自分の太ももに肘をついた。
「私達はこれから、青木遼と決着をつけてきます。そこには…天童も居ます」
天童、その名前にミラーフェイスの被された布袋が動いた。
「貴方と、私達を殺そうと指示をした人物です。先ほど、春日一番が青木遼に接触したので、私達が生きていることは、青木遼側にも知られました。…まぁ、貴方がここで大人しく縛られている辺り、抜け出してバレるより、拘束されている方が、身の安全が確保されるとお考えなのでしょうけど…」
一番君が考えた計画はこうだ。
まず、青木遼と接触をする。
そこで、『青木遼が沢城に、荒川さんを殺すよう指示を出した』録音データが、ミレニアムタワーの荒川組事務所にあること。
そして私達が明日、一番君が出馬している選挙の投票が終わるまでに、その音声データを頂きに向かうという旨を伝える。
が、そんなデータ、本当は存在しない。
一番君のハッタリだ。
だけど、そう言われた以上、無視することは出来ない。
なので、明日の投票が終わる時間までに、その在りもしないデータを探し出さなければならない。
大人数が必要だ。
青木遼が動かせる、近江連合の組員と。
そしてその陣頭指揮を、開票の時間動けない青木遼に変わって。
天童が行う筈。
「…そこを狙って、天童にはケジメをつけて貰います。それに、協力して頂きたい」
どうでしょう?とすっかり私の話を聞いているであろうミラーフェイスに聞いた。
「…見返りは何だ」
低い声が、袋越しに聞こえた。
「貴方のキャリア…は如何でしょう?」
「…キャリア?」
「殺し屋が殺しを失敗した上、カタギに助けられ、保護して貰っては、今後の仕事に支障が出るでしょう。一連の出来事を無かったことにする。これでどうですか?」
「…可能なのか」
「こちらには、情報戦に強い味方が居ます」
「…コミジュルか」
「えぇ。…悪い話では無いと思います。これが成功すれば、貴方も私達も、天童にケジメを付け、近江連合の監視からも解放されます。ミラーフェイスさんのキャリアにも傷無く、私達も異人町に帰れますし」
私の返事を聞いて、ミラーフェイスは少し俯いた。
「…何をすれば良い」
一番君。
流石会社の社長を務めてるだけあるね。
私、自分を過小評価、してたみたい。
見る目があるよ、私達の勇者。
※※
「お待たせ」
ミレニアムタワーを見上げる、皆の後ろ姿を見つけ、声をかけた。
「樱花ちゃん。どうだった?」
「一番君の言う通りだった」
「あ?」
「私が1番、適任だったみたい」
「ってぇことは…」
「上手くいったよ、説得」
「よし、俺の見込んだ通りだぜ」
「今、私達の合図を、近くで待って貰ってる」
「あぁ、分かった」
一番君のスマホが鳴った。
電話に出た一番君が、私の側を離れる。
「樱花さん」
「ジュンギさん」
「先程の電話での件、コミジュルへの取り次ぎ完了してます。問題無いそうです」
「そうですか」
ミラーフェイスの交換条件を、先にジュンギさんにはお伝えしておいた。
「それにしても、殺し屋を説得するなんて…。本当に凄いお方だ」
「褒め過ぎですよ。私はただ、互いに利益の出る選択肢を提示しただけです」
一番君の計画には、ミラーフェイスの協力が必須だ。
彼には、天童を倒した後、成り代わって貰わないと。
後から来るであろう青木遼に、ケジメをつけさせるのは難しいだろう。
ジュンギさんの視線が私から外れ、別の方向を見た。
倣って見てみると、一番君が丁度電話を切っている所だった。
一番君が私達1人1人を改めて見る。
何も言わない辺り、計画は変更なく進められそうだ。
私達は各々、小さく頷いた。
行こう、ケジメをつけに。
私達の頷きに、一番君も首を縦に振って答えた。
「よっしゃ……、行くぞ!!」
一番君が歩みを進める。
皆も続く中。
「趙」
私は後方に居た趙を呼んだ。
趙は歩みを止め、私の方へ振り返る。
「ん?」
「これが終わったら…話があるの」
これが終わったら。
君に、気持ちを伝えよう。
星野会長が亡くなった後のあの時、趙の側でそう決めた。
返事を待っていると、趙はフッと優しく笑った。
「うん、分かった」
「行こう」
私と趙は、足並みを揃え、一番君の後に続いた。
※※
「若が何と言おうと、俺にとって若は家族なんです!!生まれて初めてできた友達なんす!!なのに俺は、あんたが暴走すんのを止められなかった…。そして、親っさんはもう帰ってこれねぇ人になっちまった……。でも、若は、まだ帰れるところがあります!!……帰ってきてください。お願いですから!」
一番君の悲痛な叫びが、ミレニアムタワー最上階に響く。
タワーに乗り込んだ私達は、近江連合の組員を倒しながら最上階までたどり着いた。
そこには予想通り、天童が待ち構えていた。
苦戦しながらも無事倒し、外に待機していたミラーフェイスを呼び。
準備を整え、青木遼を待った。
程なくしてやってきた青木遼は、一番君の仕掛けた罠にまんまと嵌った。
青木遼が、ミラーフェイス扮する天童に、直接的な指示を出す動画が撮れたのだ。
内容は、私達に関わる全ての人物を見つけ出し、殺すというもの。
今度は青木遼と、関東近江連合が立ち塞がった。
それも倒し、それでも青木遼は足掻いた。
戦いの途中で逃げ出した。
一番君が後を追って、その拳で青木遼、いや、荒川真斗を伸して止めた。
荒川真斗との最初の戦いの負傷を回復させて、私達も後を追った。
一番君の姿が見えた時。
エレベーターのある方向から複数の足音が聞こえてきた。
警察が乗り込んできたのだ。
私達の言葉を聞いてくれるか、賭けだった。
青木遼と繋がりのある、警察の上層部の息がかかった警官かもしれない。
でも、それは杞憂だった。
一番君の説明と、ジュンギさんの撮った動画を見た警官は、同行を求めた。
私達にではなく、荒川真斗に。
警官1人が荒川真斗に近付く。
その時、荒川は懐に隠していた尖ったガラスで警官を脅し、そしてその銃を抜いて、人質にとった。
まだ…足掻くというの?
どうして…どうして彼は…一番君の言葉が届かないの…?
拒む理由は何…?
こんなにも…一番君が、必死に訴えているのに…!
後ろに立っていた警官が、動く気配がした。
その気配に、私は少しだけ後ろを向く。
その時。
パン。と乾いた音が前方から聞こえた。
今度は前を向くと、荒川真斗の持っている銃がこちらを向いて、銃口から硝煙が上がっていた。
発砲…した…?
お腹辺りに、今まで感じたことのない熱を感じた。
見てみると。
私の白いロングTシャツが。
真っ赤に染まっていた。
「…え?」
何が起こっているのか。
頭で整理する前に。
激痛が身体を襲った。
「…っ!」
痛みで声も上がらない。
立っていられなくなり、身体が後ろに傾く。
その時。
荒川真斗と目が合った。
どうして。
どうして、そんな顔しているの…?
「インフゥア!!」
私の身体を受け止めてくれたのは、趙だった。
「動かすな。出血が酷い」
「救急隊員は来てないのか!!」
冷静に指示を出すナンバさんの声と、大声を上げる足立さんの声が聞こえる。
少し揺らぐ視界で、荒川真斗を見てみると、人質を引き摺り、エレベーターに乗るところだった。
私が撃たれたことで、警官達も混乱してる。
「インフゥア、インフゥア」
趙の声が聞こえる。
少し上を向くと、趙の顔が見えた。
今、私が探しているのは…趙じゃない…。
揺らぎが強くなってくる視界で彼を探した。
どこ、私達の勇者…。
「…いた」
少し離れた場所から、呆然とした表情でこちらをを見ていた。
「いちばんくん…」
私と目が合った一番君が近づいてくる。
その彼に、私はエレベーターを指差した。
「いって…」
「樱花ちゃ…」
「たいせつな…かぞく…ともだち…でしょ…?」
大切な人を、放っておいちゃ、ダメだよ…。
「春日君、行って。樱花ちゃんは俺達で見るから」
言葉を上手く紡げない私の代弁を、趙がしてくれた。
趙の言葉を聞いて、一番君はエレベーターに向かって行った。
間に合って…どうか…。
彼の表情は…きっと…。
視界が段々と暗くなってくる。
「…てんゆ…」
趙を呼ぶと、私手を強く握ってくれた。
「インフゥア。ここに居るよ」
空いた片手で頬を撫でてくれる。
きみに…いわなきゃ…。
わたしの…き…も…。
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