「…足りてるんじゃないかな」
私の意識が戻って暫く経った。
眠っている間に落ちた体力も、リハビリを受けているお陰で、まだ車椅子にお世話になっているけど、戻りつつある。
そろそろ退院の時期を考えましょうか。なんて、担当医も言ってくれている。
そんな私の病室に、毎日の様に顔を出してくる、趙。
「…何で毎日来るの?物は足りてるから良いよ?」
「そんなのぉ、樱花ちゃんの顔見る為に決まってんじゃん〜。俺ぇ、総帥降りたから時間なら幾らでもあるよぉ〜」
へらりと笑いながらも、ねぇ。やっぱりこの食事、栄養バランスがぁ…。と言い続けている。
小言の多い姑か、君は。
トントン。とドアからノックの音が聞こえた。
「はい。どうぞ」
返事を返すと、ドアが開いて数人の人の姿が見えた。
「皆…!」
見えた顔は紗栄子さん、足立さん、ナンバさんにジュンギさん。
「樱花ちゃん…!」
紗栄子さんが私を見て、そして小走りで近づいてきて、ベットに座っている私にそのまま抱き着いてきた。
「良かった!元気そう…!」
「はい。怪我はもう完治してますから。…皆さんも」
「おぅ。面会謝絶が解けたって聞いたから、お前さんの顔見に来たんだ」
「そうでしたか」
「樱花ちゃんの容態は俺達、趙から聞いてたんだけどよ、やっぱ直接会いたくってな」
「そう言って頂けて嬉しいです、ナンバさん」
「ちょっと〜。来るなら俺に言ってよぉ。こんな大人数でぇ…」
「良いじゃない。私も皆に会いたかったし。…あれ、一番君は…?」
皆。と呼んだけど、一番君の姿だけ見当たらなかった。
「春日さんは、外で待たれています」
「外で…?」
どうして、また?
「多分…なんだけど…」
紗栄子さんが少し気まずそうに話しだす。
「樱花ちゃんを撃ったのが…荒川真斗じゃない。だから…顔を合わせずらいのかも」
「…そんな、」
私、一番君に話したいことあるのに…。
「一番君はどこに居るんですか?」
「病院の外のベンチで待ってるって言ってたわ」
「分かりました。趙、悪いんだけど車椅子取って」
「…会いに行くの?」
「うん」
趙が運んでくれた車椅子に座って、病室のドアへ方向を変える。
「私達も行く?」
「いいえ、紗栄子さん。1人で大丈夫です」
「おい、樱花ちゃん…」
「そんなに心配しないで下さい、ナンバさん。話たいことがあるだけですから」
※※
大きな病院の玄関まで1人で来て、ドアの前で少し休憩。
やっぱり体力落ちてるな〜。
怪我する前まで、戻せるかな…?
「樱花ちゃん〜」
「あれ、趙」
人の邪魔にならない様、壁際で休んでいた私を見つけた趙が駆け寄ってくる。
「1人で行かないでよぉ」
「大丈夫だよ」
「そぉんなこと言って〜。自分で車椅子動かす体力も戻ってないじゃん」
「う…」
見抜かれてる。
「俺が押すよ」
私の背中に回った趙が車椅子を押してくれた。
玄関の自動ドアが開いて、外の空気が私を包んだ。
「わぁ。暖かい」
「すっかり季節も変わったねぇ」
「ん〜。良い天気」
これから会う彼が晴男のせいか、適度に雲が浮かんだ、外出日和な天候。
「退院したらお散歩沢山行こうかな」
「日差しは骨を強くする。なんて言うもんねぇ」
「…何か年寄りくさい…」
いや、確かに体力落ちてる今の私には、骨を強くする成分必要だけどさぁ…。
「そんなに落ち込まないでよ」
「落ち込むわよ」
「ゆっくりとリハビリしていけば良いんだよ」
「…あ、一番君…」
玄関から少し離れた、人気の無いベンチに座る、赤いスーツの男性を見つけた。
「趙、悪いんだけど…」
「春日君に話、あるんでしょ?ここで待ってるから」
「…ありがと」
ハンドリムに手をかけて、座っている一番君に向かって進む。
近付くと、一番君が顔を上げた。
「…樱花ちゃん」
「こんにちは、一番君」
私と目の合った一番君は、目を逸らした。
「久しぶりだね」
「…あぁ。足立さん達、そっち行っただろ?」
「うん、会ったよ。一番君が来なかったから、来たんだ」
「…樱花ちゃ…」
「ストップ」
目を逸らしたまま会話を続ける一番君の言葉を止めた。
「そんな辛気臭い顔して…」
車椅子を動かして、一番君の側に近付いた。
「一番君。もしね、もし…私を撃った相手が、一番君にとって大切な人だからって理由でそんな顔しているなら、それは見当違いだよ」
「え…?」
紗栄子さんが言った通り、一番君はやっぱり、荒川真斗が発砲したせいで怪我をしたことを気にしていたのだろう。
私の言葉で、顔を上げた。
色素の薄い、形の良い瞳と目が合う。
「あのね、一番君。私、青木遼…ううん、荒川真斗に撃たれた時、彼と目が合ったの」
「目が…?」
「うん。その目はね…驚いていた」
「若が…驚いていた…?」
「そう。とても驚いていたの」
激痛が襲って、立っていられなくて。
体が傾いた時、目が合ったその瞳。
眼鏡の奥の瞳は見開かれ、彼自身も自分のしたことに驚愕していた。
そう、感じたんだ。
「どうしてそんな表情していたんだろう…って思って。…荒川真斗は、あの場で引き金を引く気は無かったからじゃないかなって、そう思うの。そう思うと、あの表情にも納得する」
「……」
「だから、あれは事故だった」
「でもよ、どんな理由だって、若は…樱花ちゃんに怪我させちまったんだ…」
「…それを君が背負う必要は無いんだよ、一番君」
もうこの世に居ない人。
ミレニアムタワー最上階で一番君は、荒川真斗を家族だと、友達だと叫んだ。
帰ってきて欲しいと願った人は、帰ってこれなくなってしまった。
「趙から聞いたよ…。荒川真斗の最後」
「…あぁ」
「残念だわ…本当に。一番君の願いが…叶って欲しかったから…」
私はどこかで、一番君と荒川親子を、自分と重ねていたのかもしれない。
似た境遇、近い家族関係。
でも、それは各々別の人間だから、辿る道も違う。
「後ね、一番君」
「ん?」
「これは夢の話…なんだけど。眠っている時私、荒川さんに会ったの」
「親っさんに…?」
「そう。でもね、私が見たことも無い恰好をしていたんだ」
「…どんな…格好だったんだ?」
「蒼天堀で会った時の格好に、中折れハットとレザーコートを着ていたの。それで、『イチを頼みます』って私に言うの。…不思議な夢よね」
どうしてあんな姿だったのかな?
「…へへ」
「…一番君?」
一番君は自分の膝に乗せた拳を見つめながら、小さく笑った。
「そっか…親っさんが…樱花ちゃんに…」
「だ、大丈夫…?」
私、何か悪いこと言ったかな。
「なぁ、樱花ちゃん、親っさんのその格好は…俺の
「憧れ…?」
「親っさん…ありがとうございます…。おしっ!」
「わっ」
一番君が突然、がばりと立ち上がった。
「サンキューな、樱花ちゃん。なんか…話してスッキリしたわ」
「う、うん…。それは良かった…」
良くは分からないけど、一番君がそう思うなら、良かったよ。
「あ!居た居た!!イッチ〜」
私が来た方向から、紗栄子さん達が手を振りながら歩いてきた。
「こんな所に居たの?」
「あぁ、へへっ」
「…何よ、上機嫌ね」
「まぁな」
「私達はそろそろお暇しましょう。長居しても樱花さんを疲れさせてしまいますし」
「本当だよぉ。皆揃って押しかけてきて…」
「そう言わないで、趙。私は嬉しかったです。退院の時期が分かったら、皆さんに連絡しますね」
「あぁ。その時は盛大に退院祝いしようぜ」
※※
「はぁ〜。やぁっと帰った」
皆を見送ると、趙はさっきまで一番君が座っていたベンチに腰を下ろした。
「…ねぇ、趙」
「ん〜?」
「ミレニアムタワーの前で私が言った事、覚えてる?」
そう訊ねると、趙は身体向かい合わせる様に動かした。
車椅子に座った私の膝と、ベンチに座った趙の膝が触れ合う。
「うん、覚えてるよ」
「…私の話、聞いてくれる?」
「うん」
「私ね…。今まで好きって何なのか、良く分からなくて…。家族に向けるのとか、友達に向けるのは分かるんだけど…」
「うん」
「当たり前のようにずっと一緒に居たから、趙への気持ちとかも…そんなに意識したこと無くて…。異人町を取り巻く1件で、それに気付かされた」
「…うん」
「横浜流氓でクーデターが起こったって聞かされた時、真っ先に浮かんだのは…君の顔だった」
「嬉しいねぇ」
「昔からそうだったの。趙に関わることが起こったら…真っ先に君のことを考えた。長い付き合いだからって思ってたけど…」
「けど?」
「それは…違ったんだね」
クーデターの時も、それ以前も。
思い返せば、私の中で、趙の優先順位は高かった。
それは、幼馴染だからって理由だとばかり思ってた。
「私はずっと…好きだったんだよ、天佑。君のことが、好き」
「…インフゥア」
「幼馴染だってこと、言い訳にしていたんだよ、私。そうやって、君との関係をちゃんと考えなくて…」
「うん…」
「趙が私に向けてくれてた気持ちにも向き合わなくて…ずっとはぐらかし続けて…」
「…うん」
「だから…自分の気持ちにも、趙の気持ちにも、気が付くのにこんなに時間がかかっちゃって…」
「…樱花ちゃん」
「ん…?」
「もう1回言って」
「な、何を…?」
「俺のこと…好き?」
趙の手が、私の手に重なる。
私はその手を握った。
「好き」
「…ん。俺も、ずっとインフゥアのことが好き」
ベンチから立ち上がった趙が、私を抱きしめた。
私も趙の腰に腕を回した。
「ごめんね…趙」
「ん〜?何がぁ?」
「こんなに時間が掛かって…」
「良いよ〜」
抱きしめた腕を離した趙が、膝をついて私のすぐ側に屈んだ。
「樱花ちゃんが、自分で自分の気持ちに答え出したんでしょ?」
「うん、そうだけど…」
「俺はぁ、それがずっと欲しかった」
「…そういう意味だったんだね」
蒼天堀のホテルで出された、なぞなぞの様な言葉の意味も、今やっと分かった気がする。
「そうならそうと言ってくれれば良かったのに…」
「だぁって樱花ちゃん、何にも分かってなかったじゃん」
「…そうだけど」
「誘導とかになっちゃったらイヤだったんだよね」
「…そっか」
自分の気持ちの答えに辿り着けば、何だかとってもシンプルな話だった気がする。
私がだた、未経験なせいでこんなに回りくどくなっちゃって…。
大切にしなきゃね。
この気持ちも。
この気持ちに答えてくれる人も。
「インフゥア」
そう呼んだ趙の指が私の頬を包む。
顔が近づいてきて、サングラスの先の瞼が閉じられた。
私も、緊張しつつ、目を閉じる。
想いが通じ合ったファーストキスは、優しく温かいものだった。
-Fin-
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