廊下に立ち塞がる美少女に獪岳は面倒だとばかりに溜息を吐く。それに少女の大きな猫目がキッと釣り上がる。
「人の顔見て溜息吐くなんて失礼な男ね。」
「どうせ碌な用じゃねえだろ。」
他の男だったら土下座して喜ぶわ、と相変わらずな態度に再び出そうだった溜息を飲み込む。もしも再び溜息を吐こうものなら更に烈火の如く怒り狂うのは目に見えている。
「で、何の用だよ。」
「決まってるでしょ。アンタのデレデレした面見に来たのよ。」
「ああ?」
「おー、梅ぇ、獪岳ぅ。待たせたなぁ。」
「お兄ちゃん!遅い!!」
後ろからがしりと勝手に組まれた肩に完全に面倒事に巻き込まれたと確信する。恐らく今自分は凶悪な顔面になっているだろう。すれ違う同級生達がびくりと肩を震わせるが、それに怯む事なく謝花兄妹は笑みを浮かべている。
「なんだよ、お前ら。」
「昼メシ食おうぜえ。お前の連れとぉ。」
「断る。」
間髪入れない返事に妓夫太郎は更に笑みを深くする。この男のご執心の女を揶揄いたくて堪らないのだ。またそれは妹の梅も同じく。
スマホを取り出し、名前にこちらに来るなと連絡しようとした時、
「うおう、モーゼの海割れですか?」
「…タイミング最悪だな。」
何も知らない呑気な声に、獪岳は額に手を当て項垂れた。
***
「へえ、こんなとこあるのね。」
サボるには絶好の場所だわ、と初めて司書室に入った梅が言う。埃っぽいからと窓を開ける名前が梅を嗜める。
「授業中は鍵が掛かってますから入れませんよ。」
「なら鍵貸しなさいよ。」
「ダメです。」
「ケチ。」
鍵を寄越せと差し出された手をぱちりと叩く。意外とすぐ仲良くなってるなと獪岳はじとりとした視線で二人のやり取りを見つめている。
「もう止めてやれ。獪岳が羨ましそうにしてんぞぉ。」
「なあに、混ざりたいの?」
口では止めろと言うが全く止める気がない妓夫太郎と、どさくさに紛れて名前の背後から抱きつく形の梅に軽く、いやかなりブチ切れかけている。
「てかアンタ本当に女?胸無いじゃん。」
「ぎゃあ!ちょっ、どこ触ってんですか!?」
「胸。無いけど。」
「す、少しはあります!!」
「あるってのはこういうのよ。」
「うっわ、柔らかい!!」
「おいコラいい加減にしろ。」
力任せに梅と名前とを引き剥がす。何故女同士胸を揉みしだく所を眺めなければならないのか。呼吸困難とばかりに笑い転げる妓夫太郎に一発お見舞いして(軽くいなされたが)どかりと椅子に座り込む。
「…メシ。」
「はい、どうぞ。」
あれから言付け通り毎日律儀に二つ分の弁当を持ってきている。一度目は手の込んだキャラ弁であったが獪岳が激怒した為それからは普通のものが続いていた。
「へえー」
「ほおー」
「テメェらその面やめろ。」
ニヤニヤと笑みを浮かべて顔を見合わせる兄妹。
「だってねえ、振ったって言ってたのに。」
「結局くっついててなぁ。」
「あー、私も梅ちゃんと一緒に歩いてる時には本当にフラれたと思いました。」
なんでお前も謝花兄妹に混ざって話してんだよ、そう口にしたいが、何を言ってもこの兄妹を喜ばせるだけだと分かっている獪岳は無言で昼食を片付ける事にした。
それにつまらなそうな表情を浮かべて二人も昼食を食べ出した。
「美味しそうなお弁当ですね。」
梅の好みらしく可愛らしく型どった卵焼きや果物が入っている。
「美味しそうじゃないわ、美味しいのよ。お兄ちゃんが作るお弁当は世界一なんだから。」
「梅ちゃんはお兄さんが大好きなんですね。」
「獪岳のも美味そうだよなぁ。」
「俺に突っ掛かるのはやめてくれ。」
まあ、味は悪くないという小声は隣に座る名前だけにひっそり届いたようで、名前は嬉しそうにはにかむ。
「バカップル。」
「バカップルぅ。」
「本当にメシ食ったら出てけよお前ら。」
今度こそキレた獪岳が机を拳で叩くのを二人は楽しそうに笑っていた。
***
結局あの後も謝花兄妹は事あるごとに突っ掛かって揶揄っていった。もうすぐ予鈴が鳴る廊下を先に出た二人をゆっくり追うように獪岳と名前が歩く。
「賑やかでしたね。」
「俺は暫く関わりたくない。」
どっと疲れた獪岳とは反対に名前はにこにこと機嫌がいい。最初は梅と獪岳の仲を訝しんでいた名前もすっかり打ち解けたようだ。いや、打ち解け過ぎの気がしてならない。
「お前も乳繰り合うとか何やってんだよ。」
「…梅ちゃんのおっぱい悔しいけどめちゃくちゃ柔らかかったです。」
くうぅ、と自身の胸に手を当てて渋い顔をする。
「お前絶壁だからな。」
「少しはありますよ!!あ、触ってみます?」
ほんの軽い気持ちで獪岳に言うと、目を見開いて固まる姿にまずい事を言ったかもと内心焦る。
「なんて冗談で、」
す、と続く前に近くの扉を開けて空き教室に腕を引かれて入り込む。逆光で彼の表情がよく見えない。
「…獪岳?」
問いかけに答える事なく、獪岳は名前のカーディガンの隙間から手を差し入れた。更に温かい手がワイシャツ、下着を越えて慎ましい双丘を探る。
体温が一気に上がるのが分かる。顔も、触れている箇所も燃えているのではないかという程熱い。梅に触れられたのは違う感覚に名前はパニックになった。
なにこれ。こんなの知らない。
寒い訳でも、怖い訳でもないのに体が震える。足に上手く力が入らない。辛うじて扉に凭れ掛かる事でしゃがみ込んでしまう事を防いでいる。
「あ、ぁ、ふっ、ん」
変な声が出そうで震える両手で口を押さえるが息だけそれでも溢れてしまう。
それに気付いたのか獪岳が顔を寄せる。意図を察して手を離せば、口を塞ぐようにキスをする。途中ギラギラとした肉食獣のような双眸と目が合って、堪え切れずに彼の背中に手をやった。
耳に予鈴が届くと獪岳は少し名残惜しげに唇を離した。紅潮した頬に涙を湛えた恋人にごくりと生唾を飲む。学校じゃなけりゃこの先も。いや逆に待てが出来てよかったかもしれない。
「まあ、ほぼほぼ無いな。」
「あ、あんなに揉んでて無いだなんてひどいです!」