「あら、アンタ一人なの?」
「梅ちゃん。」
昇降口で揶揄いがいのある背中を見つけて声を掛けた。これから帰宅するのだろう。既にローファーに足を入れている。
「彼氏は?」
「獪岳は、……今日はいいんです。」
「何よ今の間。」
「怒ってるので。」
「なになにケンカしたの?別れるの?」
「別れないです!」
不吉な事言わないで下さい、と顔を真っ赤にしてぷんすこ怒る名前に梅は面白いおもちゃを見つけたとにやりと笑うのだった。
***
図書室に名前の姿はなく、スマホにも何も連絡が無い事にこれは怒っているのだなと獪岳は確信した。胸を触った事に対しては彼方が言った事だし、無い事は事実なのだから怒られるのは心外だ。アイツの家に押し掛けてやろう。
獪岳は踵を返した。
「獪岳君、」
見知らぬ女子に声を掛けられて足を止める。恥ずかしいとばかり口元に袖を当てて上目遣い。媚びた態度に胸がむかつく。
「あの、話したい事があって、ここだとなんだからちょっと来てくれるかな?」
「断る。ここで話せ。」
ふんわりと整われた明るい色の髪にばっちり顔に施されたメイク。恐らく世間一般では可愛い部類だろうが生憎興味がない。
「え、ま、待ってよ」
話しても無駄だと女生徒の横を通り抜けようとするとぎゅっと腕を掴まれた。ついでに豊満な胸が押し付けられる。
「ね?名字より、私の方が可愛いでしょ」
有無を言わず腕を振り払う。嫌悪の瞳に女生徒がたじろいだ。
「気安く触るな、ブス。」
「な、ブス?ブスって私の事?」
「他に誰がいんだよ。顔だけじゃなくて耳も悪いのか。」
救いようがねえ、と吐き捨てると怒りと羞恥で女生徒はふるふると震えている。般若とはこんな容貌だろうか。
「だから言っただろ。顔はイイけど性格最悪だって。」
「でも彼氏取ったら面白そうって皆言ったじゃん。」
「NTRー。」
男女合わせて六、七人だろうか。チャラチャラした見た目は名前の友人にはとても見えない。恐らくコイツらがあの痣の原因なのだろう。
ニヤニヤと笑いながら獪岳囲む。周りを見渡すが、校舎の端の図書室の近くには教員も生徒もいない。
一つ溜息を吐いて口を開いた。
「お前らが名前の事を殴ったのか?」
「殴ってなんかねえよ。」
「そうそう。」
「蹴り飛ばしたんだよ。」
びきりと額に血管が浮き立つ。何が面白いのか目の前の輩どもは笑いが止まらないようだ。理解出来ない。
「この前もさ、腹蹴り上げたらくの字になってイモムシみたいで気色悪くてさ。」
「うええー!ってあのダミ声も気持ち悪くてウケたよねー」
「そうなの。あの子うちらのサンドバッグだからさ、返してくんない?」
「アイツは俺のだ。てめらこそ手ぇ出すな。」
「は?」
ガタイのいい男子生徒が胸倉を掴む。
「今なんつった?」
「あれは俺のだ。手ぇ出すな。」
左頬に痛みが走る。獪岳より幾分背の高い男は彼を殴って凄んだ。
「お前だって俺達と似たようなもんだろ。なあ、もうアイツとヤった?具合がいいなら」
続く言葉が出る前に頭を掴んで膝を入れた。ごきりと不快な音とともに男子生徒から夥しい血が鼻から流れる。鼻を折るつもりはなかったが力が入り過ぎたようだ。
爛々と怒りに光る双眸に彼らは身が竦んで動こうとしない。それに獪岳は獲物を追い詰めた獣のように嗤う。
「正当防衛だろ。俺は一人で殴られた。お前らは複数で俺を攻撃してきた。…これから地獄見せてやるよ。」
言外にわざと一発殴らせてやったと匂わせれば、悲鳴を上げながら逃げていく。痛みで蹲る男子生徒は置いていったまま。その男の髪を引いて顔を無理矢理上げさせれば情け無い声をあげた。
「お前らが面白おかしく蹴り飛ばしたんだアイツは悲鳴を上げたか?やめてくれと泣いたか?」
いや、絶対名前はしない。悲鳴も助けも声も無く耐えるような奴だ。
憎しみでどうにかしてやりたい衝動をなんとか抑える。
「二度と名前に関わるな。」
そう言い手を離せば、男はよろよろと去って行った。
残された血溜まりに再び溜息を吐く。
「甘いんじゃねえのぉ?」
「居たなら片付け手伝えよ。」
最初から物陰にいた妓夫太郎が眉を寄せて顔を出した。
「前のお前なら女子含めてボコボコにしてたじゃねえかぁ。」
「もうすぐ就活だからな。面倒は起こしたくない。」
学校内では優等生の彼は一度校外に出れば謝花兄妹に負けず劣らずの不良だ。売られた喧嘩は必ず買う。男だろうが女だろうが気に食わなければ容赦無く殴り飛ばす。本来なら先程も正当防衛を盾に男子生徒全員を伸すのが普段の獪岳だ。それを男一人だけ、更に一発だけで済ませるとは丸くなったものだ。
「女ができると変わる奴だったんだなぁ。」
意外だよなあと揶揄う妓夫太郎を一つ叩いて、血溜まりを掃除すべく掃除用具を探しに行った。