ガタン、と何か倒したような音と悲鳴とがインターフォンから聞こえ、遅れて扉が勢いよく開かれた。
ダボついたロングパーカーにレギンスといった部屋着姿の名前は驚愕の表情を浮かべた後、泣きそうな顔になった。
「ど、どうしたんですか、その顔!」
「さみいからとりあえず中にいれろよ。」
「ああもうっ!早く入って下さい!!」
氷水で冷やしたタオルで腫れた頬にそっと触れると眉を顰めるから、また名前が泣きそうになる。獪岳が溜息を吐いてその手からタオルを奪い取った。
「痛えんじゃなくて冷えんだよ。こん位どうでもない。」
「大したことですよ…っ」
数時間前の自分が悔やまれる。どうして今日に限って一緒にいなかったのだろうか。
ぴたりと心臓に耳を付ける形で体を密着させれば聞こえてくる鼓動に少し安心する。気の済むままにさせている獪岳は手持ち無沙汰に彼女の頭を撫でた。
「…もしかして、あの人達です?」
「知らねえな。」
「なんで…」
「お前も口割らなかっただろ。」
その通りなのでぐうと黙るしかない。
「…ふわふわした明るい髪の可愛い子、いました?」
「あ?」
胸のでかいあの女子生徒か。肯定も否定もしない獪岳に独り言です、とぽつぽつ名前は話し出した。
「あの子、小学校の時に一緒だったんです。ピアノが得意で、私彼女の演奏が大好きでした。中学も音楽の学校に行くくらいすごかったんです。」
きゅっと裾を握る手に力が入る。
「でも、三年生になった時同じクラスにいたんですよ。…随分派手になっていたので最初は分からなかったんですけど。怪我をしてピアノを諦めざるを得なかったらしいです。向こうも私に気付いたみたいで、」
「……憂さ晴らしに、されてるのか?」
怒気を孕んだ声に目蓋を閉じる。南無阿弥陀仏。自分の事ではないけれど、正直かなり怖い。
「分からない、けど、」
「その可哀想な巨乳に同情してんのか。」
「だって、…って巨乳って知ってんじゃないですか。どこ見て覚えてるんですか。」
「お前乳の事になると敏感だな。」
気にしてるんです、と胸元から顔を上げて真っ赤になって怒り出すから獪岳も思わず笑ってしまう。
「あの自暴自棄な感じ。初めて会った時の獪岳に似てるんですよ。だからかほっとけないんです。」
「…俺はあんなんじゃねえ。」
「巨乳は一緒じゃないですか。」
「いい度胸してんじゃねえか。おら覚悟しろ、貧乳。」
「ちょ、くすぐるのは、反則、あはははっ」
***
激しい音と共にアルミ製のゴミ箱が転がる。力任せに蹴り飛ばされたそれはべこりとひしゃげた。
鼻の頭にテーピングをした大柄の男はなおも苛々が止まらないようだ。ゴミ箱に飽き足らず机や椅子に当たり散らす。それを横目に女生徒達は少し怯えて身を寄せる。一人の男子生徒が宥めるよう声を掛ける。
「おいおい、ちっと落ち着けよ。」
「落ち着いてられっかよ!こっちは鼻折られかけたんだぞ!!」
てめえらは勝手に逃げるしよ、と胸倉を掴んで怒鳴りつける。女生徒は肩を跳ねさせた。
「明日、拉致るぞ。」
「はあ?無理だって。お前が敵わねえのに俺達じゃ何もできねえよ。」
「バーカ、そっちじゃねえ。名字の方だよ。」
下卑た笑みを浮かべる。
「一回やってみたかったんだよ、レイプ。」
男子生徒達から歓声があがる。えー、ひどーいと言いつつ女子も男子程ではないが興味があるようだ。一人を除いて。
「サンドバッグからダッチワイフにすんの?」
「ハメ撮りしてやろうぜ。」
あんな貧相なのに勃つ?等と好き勝手言う友人に乗り気ではない女子が極めて明るく静止の言葉を口にした。
「や、もうさ、名字に構うのつまんなくない?やめようよ。」
「何?一番最初にあいつムカつくって言ったのお前じゃん。」
「ノリ悪いよー。」
手が震える。
かつての友人にこんな自分を見られたくなかった。少し、ほんの少し揶揄うだけのつもりだったのに。
これから起こるであろう悲劇を想像して心臓が冷えていくような感覚がした。