どろりと情欲に溶けた金環の双眸と焦点を結べない事が悲しい。ゆさゆさと揺すられる度に壊れた人形のように出る自身の声が、まるで他人のもののように聞こえる。早急に開かれた体は快楽よりも痛みを拾って苦しくて堪らない。

どうしてこうなった。

熱に浮かされた頭では何度も浮かぶ疑問に答えを出せなかった。


***

あの夜からどれだけ月日が経ったか思い知らせたのは自身に宿った命だった。

「妊娠、してますね。」

蟲柱、胡蝶しのぶは普段と変わらぬ笑顔を浮かべていた。それが動揺させまいという気遣いだとよく理解している。

「…父親に心当たりは?」

俯き言葉を紡げずにいる様にしのぶは優しく彼女の頭を撫でた。優しい手つきに涙が出そうになる。

「どうするか、考える時間はまだあります。どちらにしても体を大事にして下さい。」
「…はい、ありがとうございます。」

なんとか感謝の言葉だけ伝えて、力の入らない足を叱咤して立ち上がる。扉に手を掛けると力を入れる前に扉が開いた。

「む?すまない。」

そこには金糸に所々火が飛び散ったような髪の男が立っていた。ひゅ、と呼吸が乱れる。首を傾げる煉獄が何か言及する前に辛うじて一礼をして横を通り過ぎた。

どうしてどうして。あのまま一生自分だけの秘密にしようと決めていたのに。

まだ何の変化のない腹部を触る。外目には変わらないこの中にあの人との赤子がいると思うと絶望する気持ちと、泣きたくなるほど愛おしく思う気持ちとが湧いて来る。

産みたい。

そう願うのは女の性だからだろうか。

***

「名前ちゃんがいなくなると寂しくなるわね。」

甘露寺はいつもの人懐こい笑みは消え、涙を浮かべている。ころころ表情が変わる彼女が名前は好きだった。

「落ち着きましたら文を送ります。どうかご武運を、甘露寺様。」

そう言うとぎゅううと万力で抱きつかれた。嬉しいが苦しい。甘露寺の横にいた伊黒が止めなければ窒息していただろう。

「煉獄の所へは挨拶に行ったのか?」

泣きじゃくる甘露寺の頭を撫でながら伊黒が問う。その名前に内心びくりとしつつ悟られないよう笑顔を作った。

「いいえ、これから伺います。」
「あれも待っていると思うから早く行ってやれ。」

甘露寺の泣き声を背に歩を進める。勿論行き先は炎柱の所ではない。
彼に会う前に早く生家に戻らなくては。もう誰も住んでいないあの家はきっとボロボロになっているだろう。けれど新しく生まれてくる命と新たに生活を始めるには悪くない。

「お母さんがあなたを守ってあげるからね。」

そう言いながら愛しい子のいる腹を撫でる。

「そうか。では噂は本当だったのか。」

突如背後から湧いた声に肩が跳ねる。聞き間違いをする筈のない声。振り返ればやはり炎柱、煉獄杏寿郎が立っていた。感情が読めない瞳が見下ろして、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。

「君が身籠ったから隊を去ると聞いて、真偽を確認しに来れば、よもやよもやだ。」

じりじりと詰め寄る煉獄から後退るが塀に追いやられ、極め付けに逃がさないとばかり襟を掴まれる。

「聞けば父親は誰か口を割らないそうだな。君に無体を働いたのは誰だ?」

煉獄は空いている手を名前の腹の上に置いてぐっと力を入れた。

「煉獄様、お願い致します。手を退けて下さい。稚児に障りが、」
「君が話せば考えよう。」
「…話せません。どうか御慈悲を、」
「話せ。」

未だかつてない冷たい瞳にこのままでは稚児に何をされるか分からない。名前は逡巡して、とうとう震える唇で稚児の父親を口にした。

「……貴方様です。」

驚愕に大きく目が見開かれる。

「…俺?」

そうなるのも致し方ない。彼は知らないのだから。

「四ヶ月程前、任務に同行させて頂きました際でございます。」

鬼の頚を切り落とし、塵となる寸前、何かの血鬼術を名前に掛けようとした所を煉獄が庇った。恐らく催淫の類だったのだろう。前後不覚となった煉獄に体を開かれた。何度も何度も貪られてやっと陽光が差した頃に彼は糸が切れたように倒れ、そして次に目を覚ました時には夜の出来事の一切を忘れていたのだ。

一連を聞いた然しもの煉獄も顔が真っ青だ。

「何故黙っていた?罵ってくれて構わなかったのに。」

幾分柔らかくなった空気に、もう全て吐き出してしまおうと言葉を紡ぐ。

「煉獄様、貴方様をお慕いしております。想い人がいらっしゃると耳にしてもどうしてこの気持ちを捨てる事ができず、あの日、浅ましくも貴方様に情を交わす事を望んでしまいました。」

自分を見ていなくても、一瞬でも一つになれて幸せだった。あの夜を一生胸に抱いて生きていくつもりだったのに。

「ご迷惑をお掛けするつもりはございません。この子の父親については、今後何があっても口外致しませんので、どうかこの子は助けて下さい。」

言い切った。
煉獄の顔を見上げる事が出来ず、俯いた。

どうかどうかこの子だけは助けて欲しい。貴方に愛して欲しいとはもう望まない。諦めるからその代わりにこの子と生きていきたい。

襟を掴んだ手が離れて、名前の背に回る。恋人のように自身を抱きしめる煉獄に名前は呆然とされるままとなった。理解が出来ない。

「恐ろしい目に遭わせてすまない。この責任は取る。俺と夫婦になろう。」

苦しげな声で紡がれる言葉に驚愕しかない。そして一切の同意を求めず決定事項として話を進めようとしている事にも。

「そんな!子供を授けて下さっただけで十分です!!」
「俺が君に想いを寄せていると言ってもか?」

瞳が零れ落ちるのではないかと思う程見開かれた様に、煉獄は苦笑する。

「そうだ、俺は君に惚れている。」

遅れて朱を帯びていく頬が愛しくて堪らないと手を添える。自身を見つめる双眸は先日の夜を彷彿とさせた。

「君の初めてを奪っておいて何も覚えていないとは…。俺は俺を殺したい。」
「れ、煉獄様、」
「安心してくれ。二度目はこの目に焼き付けよう。」

にかりと閨の事を話しているとは思えない明朗な笑みを浮かべて、名前の体を軽々抱き上げ
た。

「ここは冷えるからな。赤子に障りがあっても困る。家に帰ろう。」
「私は実家に、」
「いや、君は俺の妻になるのだからうちの屋敷に帰るに決まっているだろう。」
「そんな…」

有無を言わせない決定事項。名前は顔を赤くしたり、青くしたりで忙しない。それに煉獄は首を傾げる。

「先程の君も俺を慕っているという言葉は嘘なのだろうか?」
「いえ!嘘ではありません、が、いきなり夫婦などと…」

周りが許して下さらない、と小さな声にふむ、と煉獄が沈黙する。下ろして貰えると思ったが結局体はそのままで。

「順序が逆になってしまったが、俺は君を愛している。他の者等関係ない。君とその子もどちらも必ず幸せにするから、俺の元へ嫁いできてくれ。」

真剣な声と燃えるような心を焦がした瞳。

ずっと愛してほしいと思っていた。望んでいた。

うまく言葉を紡げない代わりに、ぎゅうと彼の首に腕を回す。

「了承、という事でいいか?」

こくりこくりと首を縦に振って応えをする彼女にまた愛しさが募る。

まずは父上に報告だな、嫁入り前に子を孕ませるなど激怒されるかもしれんなぁと、口で心配だという割に何処か嬉しそうにしていた。

前へ / 次へ
戻る
top