生まれ変わっても不思議な事に獪岳には前世の記憶があった。生前関わり、今世でも関わりがある者の中にも同じく覚えている者、いない者がいる事を知った。例えば自身の義弟は記憶があるが、養父は記憶がない。今覚えていなくとも時間が経つと思い出す事もあるらしい。
そして名前は恐らく覚えていない。覚えていたら自身を好きになるなどあり得ないからだ。

その日は偶然近くにいた。
見知った後ろ姿に同じ路線を使っていたのかとぼんやりと考えいた時、ふと様子がおかしい事に気付いた。
後ろを何度も振り返り挙動不審な様子に眉を潜める。まさか。彼女の白く細い太ももに明らかに故意的な男の手が伸びている。太腿を弄ぶ手は徐々に上へと上がっていく。彼女は羞恥かそれとも恐怖かはたまた両方か、声が出ないようだ。逃げ場の無い状況での卑劣な行為にふつふつと怒りが込み上げる。スカートの中に消えた所で考える間もなく男の手を獪岳は掴んだ。自分でも驚愕する程力が入ってしまい、男は悲鳴をあげた。

「痛いじゃないか!手を放せ!!」
「痴漢しといて何ほざいてんだ。次降りるぞ。」
「なっ!勘違いだ!」

自分の非を認めず只管叫ぶ男に、面倒な事に首を突っ込んだなと内心舌打ちをした。

「か、獪岳、くん…」

はっと声の方に視線をやると名前と目が合った。薄らと涙の膜が張った瞳に心臓が不自然に脈打つ。

いや、待て、違う。なんだこれは。これではまだこいつに好意があるようではないか。

名前に気を取られ力が僅かに緩んでしまい、男はタイミング悪くホームの人混みに紛れてしまった。
行き場の無い激情を殺すように溜息を吐く。くそ、次に会ったら八つ裂きにして東京湾の魚の餌にしてやる。

「あのっ、助けてくれてありがとうございましたっ!」


背中から掛けられる声。懐かしくて顔に熱が上がっていく。自分でもよく理解できない。制御できない。前世を何も覚えてないのであれば離れていくことはない筈だ。しかし、思い出したら?離れていってしまうだろうか。あの時のように。
そう考えると胸が潰れるように苦しくなる。
しかし、欲が出た。
少しくらい近くにいてもいいのではないか、と。

***
獪岳は頭を抱えた。
時間は放課後。図書室に行けばいつも自習をしている名前に会える。けれどどのような顔で会いに行けばいい。
好きだと言われるとは露にも思わなかった。そしてそれに悪い気がしない自分にも。
机に突っ伏して溜息を吐く。
俺は名前をどうしたいのだろう。
この胸の内の温もりは前世の名残りか、今世のものなのかもわからない。離れたい。離したくない。両極端の感情が自身の中にある。

「ああ、くそ…」

らしくもない自分に腹が立つ。

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