※前世の話です。
なあ、と見知らぬ隊士に声を掛けられた。(実際には任務で一緒になったが獪岳が覚えていないだけである。)
「お前さ、名字と仲良いんだろ?」
「別に。そんな事ねえよ。」
「いやいや名字と話せる奴なんてお前位だろ。頼むよ、…取り持ってくれないか?」
後生だ、と自身を拝み倒す男に獪岳は忌々しく舌打ちをする。
時々名前に近付きたいと懇願してくる輩がいる。名前へと直接行けばいいものを、何故か当の本人は彼らを避けているようで、最終的に獪岳の所へ行き着く。
面倒だと、煩わしいとさえ思う。その特別視を悪くないと思う自身にも。
頼んだからな、とこちらの了承も取らず押し付け去って行く背中にもう一度舌打ちをする。
「獪岳。」
突如湧いて出る少女の声に肩が跳ねる。いくら時が経ってもこの神出鬼没には慣れない。
「君、友達なんていたんです?」
「…あいつお前の事が好きだってよ。」
「へぇ、見る目無いですね。」
抑揚のない声。興味がまるでない。彼女のそんな様子に胸がすく。
「なんでああいう手合いを避ける?」
「んー?鬼喰いって疎まれるんです。だから私と一緒にいて他の人達に嫌われるのは可哀想でしょう?」
その横顔が少し寂しそうなのは気のせいだろうか。
「俺は?」
名前は質問の意を察し損ねて首を傾げる。
「なんで俺のとこには来るんだよ?」
暫し呆けた表情で獪岳を見上げていた名前は
何度か瞬きをした後破顔した。
「獪岳はもう嫌われてるからいいじゃないですか!」
「…いちいち失礼なんだよ、お前は。」
「あと、面倒見がいいですし。迷子になっても獪岳がいれば大丈夫です。」
「そうだな、初めて会った時まさか道に迷って街から森まで彷徨ってただなんて口が裂けても言えねえよな。」
「言ってるじゃないですか…っ!」
ころころと変わる表情を彼女に想いを寄せる彼らは知らない。得も言えない優越。
「で?何の用だ?」
「いえ特に用という用は無いんですけど。」
「そうか、じゃあな。」
とりあえずは頼まれた事はしたのだ。義理は立っただろう。
「任務です?」
「それ以外あるかよ。」
「じゃあ握手。」
「は?」
思わず名前を二度見する。彼女は気にした体もなく微笑んで右手を差し出している。
「握手、しましょう。」
獪岳は差し出された手を凝視する。何故だか胸が軋む。ぐっと迫り上がる得体の知れない何かを堪えて、拍を置き、差し出された手を握った。華奢だが自身と同じ刀を持つ武術を嗜む手。想像よりも細くて小さい。
にこりと名前は微笑むとぎゅうとほんの少し強く握りしめた後に名残惜しむようにゆっくり手を離した。
「さよなら。気を付けていってらっしゃい。」
獪岳はそれに答えず背を向けた。手を振り、無事を願う言葉を口にする名前を一瞥もしない。
「さよなら、最初で最後の私の友達。」
恐らくこれが友の最後の見送りになる事を彼女だけは知っていた。
***
彼女の手を握った手が熱い。鼓動もいつもより早いようだ。
馬鹿げている。あの手を引いて抱きしめてしまいたいなど思うなんて。
胸に燻る小さな火が恋なのだと彼は失うまで気付かなかった。