ああ、酷い顔だ。リビングで身支度を整えている恋人を見て煉獄は思わず口から出そうになった言葉を呑み込んだ。これは昨日も徹夜だったに違いない。
寝室から出てきた煉獄に気付くと名前は力の無い笑みを浮かべて、おはようと口にした。
「…俺の記憶が確かなら今日は日曜で君は休みでは?」
「ちょっと仕事が終わらなくて…、少し出てくる。すぐ帰ってくるから。」
その台詞を先週も先々週もそしてそのまた前にも聞いた気がする。
すっ、と名前の顔に手を添える。コンシーラーで隠したつもりの隈を煉獄の指がなぞった。
もう限界だろうな。
煉獄は添えた手を後頭部にやって、空いている手で彼女の細腰を引き寄せた。元々大きな瞳が更に大きく見開かれる。批難の言葉を形にする前にその唇を塞ぐ。都合が良いとその開いた口内に舌を侵入させて、深く深く口付ける。
目測を違えず彼女の体をソファに沈めこめて、綺麗に整ったスーツを剥ぎ取っていく。久しぶりに触れる肌に下半身が一気に熱くなるようだ。
「ちょ、ちょっと、杏寿郎、なにする」
「今から君を抱き潰す。」
「は?」
煉獄らしからぬ言葉に目を剥く。いつも合う視線が今は何処を見ているのか分からない。
「わ、私、これから仕事行かなきゃ、」
「言い訳をくれてやる。」
「い、いいわけ?」
「君は俺に抱き潰されて仕事にいけなくなった。」
「えっ?!いや、わたし、」
「もう見てられん。休め。」
「ひんっ、ちょ、だめ、っあ」
二人分の重さにソファがギシギシと悲鳴をあげている。朝日が差しこむ室内にそぐわない行為がやらしいというか背徳的だというか。獲物を捕らえた虎の如く煉獄は首筋に赤い華を付けて仕上げだとばかりに齧り付く。その甘く切ない痛みは快感を伴って名前の舌は上手く回らないようだ。
「あっ、や、しご、仕事、行く、からあ、」
「行かせない。」
「んっ、帰ったら、ふ、っ、しよ?ね?」
「そんな事を言ってどうせまた帰って来ないだろう。」
少し拗ねた声音になる位は許してほしい。
帰ってきたら、仕事が終わったら、と言い聞かされてもう随分経つ。
白い肌に次々と華を咲かせていく。煉獄の唇が触れる度に灼かれるように熱い。熱くて痛くて気持ち良くてもうよく分からない。ただこの熱からもう離れたくない。でも仕事が。迷う視線が漸く煉獄と結ぶ。先程の冷たいような無感情な瞳と異なり柔らかく愛おしそうに慈しんだそれに堪えていたものが堰を切る。
「つかれた…」
ぽつりと溢れた声に手を止めた。
ぽろぽろと静かに大粒の涙を零す姿に背に腕を回して抱きしめる。
「もう、がんばれない」
「君は十二分にやった。もう頑張らなくていい。」
幼児のように涙を流す彼女の頭を優しく撫でる。
馬鹿だと思う。
ここまで逃げ場を作ってやらねばこの子は弱音を吐けない。
「ごめん、きょうじゅろう、そばにいてくれる?」
「謝るな。俺は此処にいるぞ。大丈夫。少し眠るといい。」
「ん、」
ゆらゆら揺れる視線がゆっくりと瞼に隠れていく。暫くすると規則的な吐息が静かに聞こえてくる。赤い目元に胸が痛む。
もっと甘えてくれたらいいのに。
細い体をぎゅう、と抱きしめて煉獄は歯痒く思った。