ふう、と溜息を一つ。
白む空の下を煉獄が歩む。鬼を追って五日目だろうか。運悪く目的は見つからず。他の任務とも重なり、更に他の隊士の手助けに向かうなどして、食事を摂るタイミングを逃してしまい、腹の虫がぐうぐうと鳴っている。
「お疲れ様です、炎柱。」
「…ああ。」
見知った姿に口元が綻ぶ。
「お食事がまだと伺いましたので簡単におむすびを、」
張っていた糸が切れたのか、自身でも気付かなかった疲労か、少し、ほんの少し気が緩んだ。
目の前で名前が包みを取り出して自身に話し掛ける声が遠くに聞こえる。
ふと目に止まったのは、ほんのりと桃色の柔そうな唇。閉じて開くを繰り返すその唇から目が離せない。
美味そうだな。
名前の顎を煉獄の手がそっと持ち上げる。
「炎柱?」
不思議そうに見上げる彼女に応える事なく煉獄は身を少し屈めた。
ふに、と唇に触れる感触に名前が大きく目を開く。
「え、えん、」
開いた唇にこれ幸いと煉獄は自身の口を開けて食む。びくりと揺れ、煉獄から逃げようとする細い腰を捕まえ、より深く味わう為に後頭部に空いた手をやる。じゅ、じゅ、と強く名前の舌を吸う。角度を変えながら何度も。
甘いかと思ったのだが。
味がしない、と煉獄の眉間に皺が寄る。
名前は煉獄の行為に混乱していた。
逃げようとしても相手は男性、更に付け加えれば柱。いくら押し退けようとしてもびくともしない。というか、恥ずかしい事に気持ちが良すぎて力が入らない。もう足腰が立たず煉獄に縋っている状態だ。
苦しいのに気持ちいい。飲み干せなかった唾液が口の端を伝う。
「…ふう。」
気が済んだと煉獄が身を離す。息を一切乱していない煉獄とは対照的にようやく解放された名前はハアハアと肩で息をしている。膝から崩れ落ちるその様子に煉獄が首を傾げた。ぼんやりとした思考と視界が徐々にはっきりしていく。と、同時に自身の行動を遅れて理解し、一気に血の気が引いた。
「すまない!大丈夫か!?名前!!」
「…だ、だいじょ、ぶ、…じゃ、ないです…」
「そうだな!立てないのか!?」
「こ、こし、腰が、…ぬ、抜けました…」
「ああ、本当に悪い事を…、俺に掴まるといい!!」
「いえっ!いえ、しばらく、…」
抱き上げようとする煉獄を制する華奢な手、己とは異なりふわりと香る花のようなにおいに胸が少しむず痒くなる。
「煉獄様、お戻りでしたか。」
「名字、どうした?」
背後から投げ掛けられた声に共に肩が跳ねる。
「俺が、」
「わた、私がっ!転んでしまって!それで炎柱のおむすびを潰してしまい…!」
煉獄が事情を口にするより早く名前が叫ぶ。
彼女の持つ潰れた包みを見て他の隊士がまあと口に手を当てる。
「ではこちらへ。改めてご用意させて頂きます。」
「いや、俺は、」
煉獄は背を押され、未だ立てずにいる名前を目で追うしかない。落ち込んでいると思われたのだろう。他の隊士が肩を抱く。
ぞわり、と胸の内に何か暗いものが翳った。
「…煉獄様?」
足を止めた煉獄に言外にどうしたのかと尋ねる。
「腹が、減ったな。」
先の唇の感触を思い出すかの様に一つ舌舐めずりをする。それは獲物を前にした獣の様でもあった。
***
しゃがみ込んで動けないでいる名前の頭上から、仲間の心配する声や、失敗を叱責する声が降り注ぐ。けれどもどれも彼女の耳には届いていない。
勘違いしては駄目。あの御方が自分を好いているなどと。
未だ感触が残る唇に手を当てて、彼女はぎゅうっと目を閉じた。