■ ■ ■

ナイスキーの空耳

「ナイスキーって、だいすきーに聞こえるよね」
「唐突だな」

 唐突、そうだろうか? 訝しげな表情で見てくる夜久には一先ず気付かないフリをして、休憩中だというのにひたすらバレーボールを追って走り回る1年組を眺めつつ頭を捻る。バレー部のマネになって以来、ずっと気になってたんだけど。

 放課後。熱気の籠もった体育館には、ボールの渇いた音と靴の鳴る音が反響する。時折外まで聞こえてくる怒号は多分夜久ので、鬼先輩の名はやっぱり伊達じゃないなーなんてごちつつボトルを洗うのがマネージャーとしての日課だ。
 かれこれ3年目になる仕事内容を頭の中で確認してから、ドリンクを入れて幾分重くなったボトルを籠に詰め込み体育館に入る。えーと、休憩挟んだら次はゲームだから……倉庫からスコアボード出しとかないと。
 取りあえず、既に休憩に入ったらしい部員達にドリンクを手渡して(元気が有り余っているらしい1年組のは脇に並べて置いた)、それから隅っこでストレッチをしている夜久に突撃したら何だかんだで冒頭の話になったわけだが。

「え、でも聞こえない? 大好きーに」
「いや聞こえるけども……別にあんま気にしたことない」
「いやいやいや、それ男にナイスキーって言われてるからじゃない? ほら女の子がナイスキーって言ってたら絶対みんな反応するからね?」
「なまえだって言うだろ、ナイスキー」
「……いや、私はノーカン」

 言わせんなよ。悪意しか感じないよ。
 そりゃあ私だってナイスキーくらい言う。それでもみんな平然としているのはあれか。やっぱりナイスキー=だいすきー空耳説は一般的なものじゃないのか? それとも唯単に私だからか。私だからなのか。

「じゃああれか、今度から私ナイスキーじゃなくてだいすきーって言えば良いのか」
「何でそうなるんだよ……」

 私の短絡的な思考に夜久がくれたのは、呆れたため息一つ。だがしかし、私の提唱するこの説を証明するには最早これしかないんじゃないか。それでも尚みんなの様子に変化が無かったとしたら、私の仮説は完璧に立証される。

「いや、寧ろお前の女子としての魅力の低さが立証されるだろ」
「だまらっしゃい」

 休憩修了を知らせるホイッスルが鳴り、その場は直ぐにお開きになった。「自滅すんなよ」という夜久のアドバイスは取りあえず丁重にお断りして、試しにゲーム中にスコアボードを捲りながら「黒尾だいすきー」と叫んだら、当人どころか部員全員の視線が私に向いた。
 顔から火が出るかと思った。


2016.11.06
ALICE+