■ ■ ■
降り積もる雪を意に介さず、足早に過ぎる人達は誰一人として傘をさしていない。お国柄なんだろうか。日が沈むとさらに冷え込むロシアの酷さも考えず、慌てて羽織った薄手のコートを抱きしめるように回した腕で摩りながら、ぼんやりとそんな事を考えてみる。目の前の5歩先を行くノルディックブロンドの頭には既に薄く白が積もっていた。寒そうだ。
「帰ろう、ユーリ」
サクッと小気味好く鳴り続ける、雪の音。返事はない。
付き合いは長くないけど、それでも何となく想像できてしまうユリオの心境は結構分かりやすい。天邪鬼なのか、素直じゃない言葉と表情からは一周回って感情が筒抜けだ。氷上で見せる美しく優雅な姿からは一変、反抗期とでも言おうか、そんな年相応の態度に時折安心させられる。
「子供扱いすんな」
「何、急に」
黙りかと思いきや、突然放たれた言葉に足が止まる。一瞬、頭の中を見られたのかと心臓が跳ねたけど、まあそんな事はない。多分これはずいぶん間を置いた返答何だと気付いてから、視線の先で揺れたブロンドがこちらを向いた。
「たった6年だろ」
「されど6年、でしょ」
少年にとって6年と言う年月は取るに足らないものなのか。それでも、どれだけ月日を費やしても埋められない溝が其処に有るのは明白だ。来年も、その次の年も、私たちは疑いようもなく一つずつ年をとって、埋められない差は開かずとも縮まらない。21と15。大学生と中学生。大人と子供。
不満げに歪んだ顔は再び前を向いて歩き出す。慌ててその後を追って横に並べば、意外にもユリオは逃げようとはしなかった。
「寒いね」
車道を行き交うヘッドライトの残光を目で追いながら、今更吐く息が白いことに気付いた。同時に悴む剥き出しの手を思い出して、そっと息を吹きかける。
「手袋は?」
「忘れた」
「バカじゃねーの」
「じゃあユーリの所為だ」
そう言って笑えば「はぁ?!」と声を上げたユリオが何かもの言いたげに口をモゴモゴさせたけど、結局何を言うわけでもなく私から視線を逸らした。その代わり差し出されたのは細く白い左手。無愛想な素振りに、その意図を感じて笑いを堪えながらその手を取る。
「生意気だねぇ少年よ」
「うるせぇババァ」
握った手は至極当然のようにパーカーのポケットに突っ込まれる。
手袋を忘れたのはユリオの所為。勇利とヴィクトルとつい数分前までいた店から飛び出したユリオを追って、手袋をはめる間もなく外に駆け出したんだから間違いない。ユリオも分かっているのだろう。右の掌から伝わる温もりを逃すまいと強く握れば、遠慮がちに柔く握り返された気がした。
「ユリオの手、意外と大きいね。細いけど」
「ユリオじゃねーし。つーか手だけじゃねぇだろ、背だってお前よりデカい」
「あ、確かに」
今更気が付いた。年は6つも下なのに身長は抜かれてしまっている。流石男の子と言ったところか。外人の優良な遺伝子の所為もあるだろうけど、線が細い割には思ったより背が高いようで驚いた。今は視線を合わせるのに苦労はないけど、これからもっと身長は伸びるだろうし、細い体躯もその内男らしくなるんだろう。そう思うと少しだけ寂しい。
勝手だろうか。
「……5年」
「待てないよ、そんなに」
「じゃあ3年」
「あんま変わんないじゃん」
そういう事じゃないんだと、食いさがるユリオに言うのは余りにも酷だと思うから、はぐらかして笑うことしか出来ない。それが一番冷たく、突き放した答えだと知っていても。多分ユリオだって分かっているはずだ。
青く透き通った視線が足元に落とされたと同時に、手を握っていた力がゆるりと抜けた気がした。
「ごめんね」
「……お前、趣味悪いよな」
「そうかも」
それでも、私には勇利が必要だ。
勇利に無いものを沢山持っているユーリ。比較すればどうしようもなくボロが出てしまうような勇利だけど、私にとっては誰にも代えがたい大切な人。例えアイツが私の事をただの幼馴染としか見ていないとしても、私は勇利が誰よりも好きで何があっても傍にいたいと思うから。
「ありがとう、ユーリ」
「……黙れブス」
逸らされた顔を視線で追うのは気が引けて、解こうともしない繋がれた手を確かめるように握った。