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結婚するんだ。そう幸せに満ちた笑顔で友人から報告される機会が増えた。ついこの間まで高校生だったのに、いつしか指の隙間をこぼれ落ちた時間は今年で10年にもなる。中学1年生の時に飼い始めた犬は2年前に死んだ。初めて付き合った恋人には既に子供がいるらしい。
唯一私だけが、いつまでも変われないままだ。
東京に雪が降る。明日はホワイトクリスマスが期待できるかもしれないと、テレビ越しで笑顔の天気予報士がはしゃぐイブに、友人の結婚式は執り行われた。豪華な式だった。女なら誰もが夢見るような純白のドレスを身に纏った美しい花嫁と、それに似合いの花婿。世間が奨励するような美しい形に収まった二人は、私にとっては何処まで行っても叶わぬ夢でしかない。
「綺麗だったね」
「……そうだね」
クリスマス一色の街を並んで歩く。点滅する鮮やかなイルミネーションが夜を彩り、一週間ほど前から突如駅前に出没した巨大なクリスマスツリーの足下では仲睦まじく寄り添う男女が空を仰いでいた。
揃いの引き出物の袋を提げながら及川と並んで帰るのはこれで2回目。大学の同期としてそれなりの関係を築いてきたものの、時が経つにつれ風化していく思いと連絡無精な私の質はどうにかならないものか。共通の友人の結婚式が、数年に1度不定期に設けられる再会の場と化していたことは正直否めない。
「何年ぶりだっけ?」
「多分……2年とちょっと」
それでもちょくちょくトークアプリで近況報告をくれる及川の誘いで久々に飲みに行った夏の日を思いだし、指折り数えて隣を見上げる。
長いとも短いとも言えない空白。私は私で、及川は及川で知らない道を歩いて、知らない人と笑って、お互いを思い出す間も無く夜が更ける。そんな日が何日も幾重にも続けられていくのは普通のことだ。なにも私達だけがそうなんじゃない。
でもきっと、変われないままこの場所に留まっているのはこの世界で私達二人だけだ。
不毛だ。非合理的、生産性がない、無意味。世間という名の空気が個々に存在意義を求める社会で生きていくことは人間に与えられた権利であり、罰である。だから苦しい。どう足掻いても、私が傾け続ける熱の籠もった視線に意味づけは叶わないし、それは彼も然り。受け止めてくれるものがなにも無いのだ。私達が際限なく生み出す行き場の無い想いが生み出すものは、何も無い。だから、この世界で私達の想いに存在価値は無い。
「不毛だよ」
「……何が?」
「全部」
そう全部。首をかしげるわけでもなく、ましてや疑問になどきっと思ってはいない。ただ息をするように私に話を合わせた及川は、静かに次の言葉を待っているだけ。知っているくせに。私からこの類の話を切り出す時は、必ず行き着く終着駅が決まっている。
「やめよう」
お互いに、こんな見返りを求める事すら叶わない恋など。やめよう。
及川が私の事を好きだと気付いたのは2年前の夏。久々に飲みに行ったその日、言われたのだ。
***
「どこか遠くに行こうよ」
俺たちのことを知る人が誰も居ない、どこか遠く。
かつて行った事があるというヨーロッパの国名を上げた及川は、そこで見た山並を覆う美しい星空の話をしながら、都会の灯りに沈んだ濃紺の夜空を見上げていた。
「お前にもきっと見せて上げる」
いつの間にかするりと掌に滑り込んだ大きな手が、私の手を強く握った。確かめるように、愛おしむように。何度も何度も握り直しては、冷たい温度が手の内を滑った。今この瞬間、私は及川だけによって生かされている。
世界が求める美しい形は、私が及川を好きになることで漸く完成するのかもしれない。けれど、その完成形を迎えることはこの先万に一つもないだろう。どれだけ月日を費やしても、どれだけ及川が私の事を愛しても、私がどれだけ及川を見つめても。きっと迎えることの無い終息。
それでも、今だけは。この人の傍で私達を祝福などしてくれない無情な空を、ただ見ていたいと思った。