■ ■ ■

今すぐ病院に来て。
此処から少し離れたところにある総合病院の名前を告げるなり切れた電話を片手に、私は直ぐさまタクシーを捕まえて病院へ急いだ。公衆電話からかけてきたのか、神楽ちゃんの切羽詰まった声の後ろで、10円もう無いんだけど?!と、病院仕様なのか控えめに騒ぐ新八くんの声が漏れ聞こえていたのを思い出しながら、手持ち無沙汰に暗い車窓を眺める。どういうことだろうか。あの二人から連絡が来たということは、恐らく銀さんに何かあったのだろう。糖尿病が悪化して危篤状態とか……それとも怪我? いくら治安がよろしくないとは言え、普通に歌舞伎町で暮らしている分には負うはずも無いような大層な怪我を、銀さんが定期的に拵えていたことを思い出す。私が首を突っ込むようなことでも無いからと、今まで怪我について詳しく聞いたことも、況してや「怪我をするな」なんて踏み入ったことを言ったことも無い。確かに心配はしていたけど、何となく何を言っても無駄なんだろうなって、言う前から分かっていたから。

「お客さん、着きましたよ」

静かに止まった景色にはっと我に帰り、贅沢できない身としてはかなり割高なタクシー代を払って、病院に駆け込んだ。
神楽ちゃんは直ぐに見つかった。病院のエントランスで私を待ってくれていたのか、目が合った瞬間丸い瞳がさらに大きく見開かれ、私の元に駆け寄ってきた。

「こっちヨ」

電話越しに聞いたときよりも幾分落ち着いた声だった。それでも隠しきれない緊迫感を僅かに感じ取り、思わず口を閉ざす。本当に、本当に何かあったんだろうか。聞きたいことは山ほどある。だって余りにも情報が少なすぎる。何があったのか、銀さんは大丈夫なのか、何で私を呼んだのか。
奔放な普段の様子からはかけ離れて緊張した面持ちの神楽ちゃんが、私に最悪の状況を連想させる。
病室に着くまで、神楽ちゃんは一言も言葉を発さなかった。

「……ここネ」

清潔な白に包まれた長い廊下の突き当たり。そこで歩みを止めた神楽ちゃんは一言そう言うと、ドアの取っ手に手をかけた。
白い無機質な引き戸がカラカラと音を立てて開いた。

「おーい神楽、ノックぐらいしろ」
「……なに思春期の女子高生みたいなこと言ってるアルか、この三十路ニート」
「ちょっ、千歩譲って三十路は認めるけど、ニートじゃないから!!断じて違うから!!」

中から聞こえてきた聞き慣れた声に、拍子抜けした。バクバクと緊張に激しく脈打っていた心臓が肩透かしを食らったように、一気に収縮したような気分。病室にふみ込んだ神楽ちゃんの後に続いて入れば、個室の広々とした空間にポツリと置かれたベッドの上。そこに銀さんの姿はあった。
頭に包帯と、腕を釣る三角巾。ざっと見たところ外傷はその程度で、然程容態が酷いようには見えない。なんだ、よかった。ホッとしてベッドの傍へ歩み寄ろうとした時、窓際に立っていた新八くんと目が合った。神妙な面持ちで一つ会釈をされ、訳のわからない不安が一つ芽生える。何だろう、この感じ。チラリと横目に神楽ちゃんの様子を伺っても、その顔付きは新八くんの物と似通ったもので更に不安は募る。

「銀ちゃん、お客さんヨ」

神楽ちゃんの声に、銀さんの視線がこちらを向いた。カチリと視線が合って、その瞬間胸の中で何かが解けた気がした。

「なーんだ、存外元気そうね。神楽ちゃんから急に連絡来た時はびっくりしたげど。あんまり二人に迷惑かけちゃだめじゃない、もう三十路なんだから」

いつもの調子で軽口を叩いて笑う。きっと「お前まで三十路言うなよな」だとか「なーに?なまえちゃん心配してくれたの?」だとか、軽快な返事がポンポン出てくるんだろうなって思って少し待つ。一応怪我人なんだし、少しくらい図に乗った返答も今回ばかりは大目に見てやろうかなと笑いかければ、銀さんは戸惑った表情で私を見ていた。
初めて向けられるそれ。ふと違和感が胸の内に立ち込め、助けを求めるように新八くんを見れば、そっと視線を逸らされた。苦しげな表情だった。

「えっと……アンタどっかで会ったことあったっけ?」

だってまさか、忘れられてるなんて思わないじゃない。


17.08.03
ALICE+